かげろうの君と #03 第一話 初恋②
第一話 初恋②
沈黙。
多分、揶揄われている。だからこそ瞬時に気の利いたセリフで切り返さなくては。女の子にモテないのはこういうところだぞ、と己に鞭打つ。
「あ、はは……、面白い、冗談だね」
焦って口をついたのは、何の捻りもなくぎこちない返し。
自分に失望し、がっくりと肩を落とす。仕方ない、これが精一杯だ。
だが、彼女は至って真面目な表情でこちらを見つめている。
「本当よ。嘘だと思うなら触ってみて」
触って、って、今度は何を言ってるんだ? もしかして……これは美人局か?
そっと周囲を窺うも、怖いお兄さんはどこにも見当たらない。
「……い、いや、そんな。このコンプライアンスのご時世に、初対面の女性に気軽にお触りなんて出来ないです」
きょとんとした表情で首を傾げる彼女。
「…………天麩羅とあんず?」
「あ、いや、それ全然惜しくないです。コンプライアンス。法令遵守って意味で、むやみに女性に触れたらお縄になって、そこで人生終了するという……」
彼女の眉間に皺が寄る。
「つべこべ言ってないで触ってみて!」
「は、はいぃっ」
なぜだか彼女の言葉には逆らい難く、恐る恐る細く白い腕にそっと手を伸ばす。
「え……?」
触れたかと思った指先が、手応えなく彼女の腕を突き抜ける。ひんやりと冷たい空気。
「あ……本当だ。えっと……、疑って、ごめん」
すっと戻した手をまじまじと確認すると、深々と頭を下げた。その反応に、女が意外な表情を浮かべて、再び観察するように覗き込んでくる。
「……驚かないのね、あたしが幽霊だって分かったのに。あたしを視た人は、声を掛けるとみんな慌てて逃げて行くわ」」
彼女の言う通り、自分でも不思議な感じがする。幽霊イコール怖い、の図式はこれまで間違いなく持ち合わせていたはずなのだが。
「え、ああ……、これでも一応、混乱はしているよ。でも、現実感が無いっていうか、その、君はホラー映画みたいに俺を襲ってくることも無さそうだし」
「あなたを襲って、あたしが何か得することがある?」
彼女の指摘にようやく合点がいく。確かにこんなところでやさぐれている自分を襲ったとて、彼女には何の足しにもならないだろう。
「うん。言われてみれば、確かにその通りだね」
何だかすごく愉快な気持ちになり、あはは、と笑うと、それまで無表情だった彼女の口角も僅かに上がった気がした。
ほっとすると同時に、人生で初めて出会った幽霊の彼女に興味が湧いてくる。
「君は……どれくらいここにいるの?」
その質問に、彼女は寂しそうに目を瞑ると、首を横に振った。
「もう覚えていないわ。今は昭和何年?」
「えっと、昭和はとっくに終わっているよ。その次の平成も終わって、今は令和だよ」
「へいせい? れいわ? 皇紀で言ったら今は何年?」
「こーき? 今は202X年だよ」
「え? どういうこと? 600年前なら今は室町時代になっちゃうわよ? あなたの格好はどうみてもその時代の人には見えないわ」
話が全く嚙み合わず、ぽりぽりと頭を掻く。
「うーん、何か良く分からないけど、少なくとも俺たちには共通の時代認識が無いということだけは分かったよ」
その言葉に、しゅんと落ち込んだ様子の女幽霊。
「そうね、ごめんなさい。人と話すのは死んで以来だから……」
哀しそうな表情を浮かべる彼女に何故かチクッと胸が痛み、そうだ、と思いつく。
「ああ、えっと……、俺、織田拓海って言うんだ。この道をずっと真っ直ぐ行ったところにある自動車会社でエンジニアとして働いてる。良かったら、君の名前も教えてもらえないかな?」
いきなりの自己紹介に、彼女が驚いたように顔を上げた。
「あ……、あたしは新條幸子。奇遇ね、あたしも生きていた頃は、この一駅先の自動車工場で、経理として働いていたわ。もしかして同じ会社かしら?」
今度はこっちが驚く。自分の勤める自動車会社は戦前からあったと入社教育で聞いたことがある。もっとも、戦時中は軍用トラックや戦車を造っていたらしいが。
「そうかもしれないね。じゃあ幸子さんは俺の先輩社員ってわけか」
お互いの勤め先が同じ会社だったかもしれないことが分かり、何となく親近感を覚える。
彼女も同じ気持ちなのか、先ほどまでの無表情から一転、柔らかい笑みを浮かべている。
「で、あなたは何で死にたいと思ったの? お仕事が辛かったの?」
幸子が興味深そうに聞いてくる。
そこを蒸し返すか。とはいえ、幽霊相手に見栄を張っても仕方ない。
「……俺、ずっと好きな子がいたんだ。幼馴染の女の子」
彼女が目を見開く。何となく嬉々とした表情に見えるのは気のせいだろうか?
「でも、勇気が無くて、振られるのが怖くて、告白できないままでいたら、いつの間にか俺の知らない男と恋愛して結婚しちゃった」
自嘲気味に笑うと、欄干に手を掛けて川面に視線を落とす。
「素敵ね」
「え?」
彼女の意外な言葉に顔を上げて振り向く。
「いいなぁ、その幼馴染さん……。恋愛して結婚かぁ……。とても幸せよね。今日のお昼にあそこで式を挙げていた女性でしょう?」
キラキラと目を輝かせながら問いかけてくる彼女。
いつの時代も、女子はこの手の話が大好きなんだな、と認識する。こっちは泣きたい気分なのに。
「ああ……、うん。君も見てたんだね」
「ええ。今日だけでなく、ずっと見てきたわ。この場所から、幸せそうに笑う人たちを」
先ほどの表情とは一転、寂しそうにチャペルを見つめる幸子。
おやっ? と思い覗き込むと、目が合った。
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