かげろうの君と #02 第一話 初恋①
第一話 初恋①
「死んだら楽になるかな……」
辺りはすっかりと暗くなってしまったが、呟いた若い男は、その場から動く気力もなく、ただ川に架かる橋の欄干にうつ伏せ寝するように凭れかかっている。
ぼんやりとした視界の片隅に捉えるのは、その橋のたもとに建つチャペル。聞くところによると、英国にあった本物の大聖堂をわざわざ移築してきたものらしい。
テレビドラマの舞台としても何度も登場するほどの存在感を持ち合わせた荘厳な様相の建物は、地域のランドマークとしてその街に住む者なら誰もが知っている。
そして今日の午後もまた、新たな人生を歩み始める幸せ絶頂の二人を、澄んだ鐘の音が送り出していった。
脳裏を過るのは、フラワーシャワーの中を、満面の笑顔で進んでいった新郎新婦。
参列者として二人を眺める自分は、側から見たら恐らく、かなり引きつった顔をしていたに違いない。
新婦は、小さい頃からずっと想い続けていた幼馴染だった。もっとも奥手な性分のため、告白すらできず、もたもたしている間に他の男にまんまと攫われてしまった。
いや、攫われるという言葉は不適切か。自分など、ずっと近くに居たにも関わらず、異性として意識すらしてもらえていなかったのだから。
はあっ、と深くため息をつく。披露宴が終わってから、この場所で、ずっとこの調子だ。
我ながら情けないとは思うも、ずっと一途に想い続けてきただけに、失恋の痛手は本人が思う以
上に大きかった。
「いっそ、ここから飛び降りるか……」
見つめるのは川面に映える、ぞっとするほどに美しい満月。このまま何もかも引き込まれてしまうのも良いかもしれない。
どうせ天涯孤独の身だ。両親を早くに亡くし、大学を出るまで育ててくれた祖父母も数年前に他界した。想い人も手の届かないところに行ってしまった。
自分が死んでも泣いてくれる人など、この世にはもうどこにもいない。
石の欄干に足を掛けてみる。うん、行ける。
「ここから飛び降りても足の骨を折るくらいよ」
「……え?」
独り言への思わぬ返答に、顔を上げてキョロキョロと辺りを見回すと、そこに居たのは古風な雰囲気を纏った女性。上は半袖の白いブラウスだが、下は……モンペとでも言うのだろうか?
ずいぶんと古めかしい恰好だが、年齢は自分と同年代くらいに見える。
「この季節だと、水もそこまで冷たくないから凍え死ぬこともないし、ここは水深も浅いから溺れるにも一苦労よ」
言われてみると至極ごもっともな指摘。
「あなた、死にたいの?」
小首を傾げて近づいてくる。
「あ、いや、何となく呟いてみただけで……」
聞かれて急に恥ずかしくなってくる。失恋して死にたいなどと、メンヘラもいいところ、女性から見たら気持ち悪いことこの上ないだろう。
「死んでもいいことなんて何も無いわよ?」
覗き込んでくる彼女。古風だがよくよく見ると美人だ。
ぱっちりとした大きな瞳にじっと見つめられるのが気恥ずかしくなり、あわてて目を逸らす。
「ま、まるで死んだことがあるような言い方だね?」
そもそも女性と話すのは苦手だ。だから吐き捨てるような言葉は照れ隠しのつもりだったのだが。
「そうよ。だってあたし、幽霊だもん」
真面目な顔をしてそう告げる彼女に、一瞬にして固まった。
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