かげろうの君と #09 第三話 霊障①
第三話 霊障①
幸子と一緒に暮らし始めて早数ヶ月が過ぎた。
生者と幽霊の恋愛はどうなるものかと思ったが、今ではお互い、恋人同士の間合いがだいぶ板についてきて、毎日が楽しくて仕方ない。
祖父母が亡くなって以来、一軒家にポツンと一人の寂しかった生活が、幸子のおかげで一気に華やいだ。
もっともそれは彼女も同じようで、毎日、とても幸せそうに過ごしている。
もちろん、会社に行く日は彼女は家で拓海の帰りを一人待っているのだが、退屈であろう彼女のために色々と文献を調べて、二人で試行錯誤した結果、幸子はテレビのリモコンを操作したり、書棚から本を取り出してページをめくったりすることが出来るようになった。
これが俗に言うポルターガイストだな、と妙に納得する。
そのおかげで、一人の時も楽しく過ごすことが出来ているようで、元々、幸子が勉強好きだったことも相俟って、現代用語や世相もだいぶ理解できるようになっていた。
当の幸子は、遊んでばかりでは申し訳ないと、日中働いている自分のために家事をやりたがっているのだが、そこまでの力は出せないらしく、申し訳なさそうにしている。
もっとも、前にも言ったが最初からそんなことは彼女に求めちゃいない。
こっちは一緒にいてくれるだけで幸せなのだ。
だから、彼女への愛の言葉は毎日欠かさないようにしている。
「大好きだよ……さっちゃん」
「あたしも大好きよ。ふふ、拓海眠そう」
夜は拓海が寝付くまで、可愛らしいパジャマ姿で添い寝してくれる彼女。
あれから洋服もいくつか買い足した。やはり実物があった方が着替え易いらしい。
「さっちゃん……。ん」
「もう、拓海ったら」
拓海が唇を差し出すと、幸子も目を瞑って唇を重ねてくる。
最初の頃こそ真っ赤になって恥ずかしがっていた彼女も、今では積極的に応じてくれるようになった。
もちろん、お互いの唇の感触を得ることは出来ないエアキスだが、心の深いところで繋がり合えていることが二人の心を満たしてくれる。
「今度のお休みは箱根か軽井沢に行こうか……」
「うん。でも、本当に無理しないでね。あたしは大丈夫だけど、拓海が疲れちゃうわ」
拓海がうとうとしながら次の休みの相談を持ち掛けると、幸子が愛おし気に頭を撫でてくれる。
ここ最近の休みの日は、一緒に旅行に出かけることが増えていた。行先は、彼女が憧れていたという、戦前に人気だった観光地。
近場の浅草、鎌倉、日光から始まり、会社の長期連休中には京都、奈良にも足を延ばした。
拓海はこれまでインドア派で、学校の遠足や修学旅行以外では旅行に行ったことなどなかったのだが、これがとても楽しい。
その楽しさは間違いなく、幸子と一緒だから得られるもの。
旅行先では写真も一緒に撮った。
スマホの画像では確認出来なかったが、試しにコンビニでプリントアウトしてみたところ、幸子もうっすらと写っており、トライを重ねる毎に彼女もコツを掴んだのか、より鮮明に写るようになってきた。
頬を寄せ合いカメラに向かって幸せそうに微笑むセルフィーは、とても心霊写真には見えない、二人の宝物。
それは孤独だった彼らにようやく訪れた、とても幸せな日々だった。
拓海の方は新しい職場での仕事も至って順調で、ここまで公私ともに満ち足りていると感じるのは、人生で初めてかもしれない。
だから多分、加減も分からず張り切り過ぎてしまったのだと思う。
「あー、やばい。熱があるな。今日は会社ダメかも……」
朝、目覚めと共に全身の気怠さを感じて、体温計を脇に挟む。
「大丈夫? 拓海」
心配そうに幸子が拓海に寄り添う。
結果は38度5分。
「大丈夫。インフルエンザかもだけど、死にゃしないよ」
「インフルエンザ?」
首を傾げる幸子を見てスマホで検索を掛ける。
「ええっと……ああ、さっちゃんの時代だと流行性感冒って言うみたいだね」
拓海の言葉に彼女が大きく目を見開く。
「そんな……流行性感冒と言ったらスペイン風邪じゃない! 大丈夫なの!?」
途端に平静さを失い、オロオロとする幸子。
「ああ。今は良い薬があるから。会社に連絡入れて病院に行くよ」
彼女がしょんぼりと肩を落とす。
「ごめんね……。拓海が辛そうなのに、あたし、何もしてあげられない」
幽霊であることに負い目を感じる必要など、全く無いのだが、彼女の「常識」がカタチ作られた時代背景を考えると、仕方の無いことかもしれない。
「何言ってんだよ……。病気の時にさっちゃんがこうしていてくれて、俺はすごく幸せだよ」
「拓海……」
涙ぐむ彼女に笑ってみせる。早く「今」の当たり前に馴染んで欲しい、と思いながら。
「じゃあ、さっちゃん、俺の病院に付き添ってくれますか?」
「もちろん!」
使命感に燃えた様子でうんと頷く彼女がなんとも可愛い。
拓海はベッドからフラフラと起き上がると、身支度を整え、タクシーを呼んだ。
プロローグ かげろうの君と #01 プロローグ|京
