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私を責め続けた声は、私を守ろうとしていた

折り紙の本の通りに折れたのに、
なぜか恥ずかしかった?

子どもの頃の話です。
手順どおりに折って、ちゃんと完成する。
なのに出来上がった瞬間「本当にこれでいいのかな?私が作る物は、なんか違う気がする」という感覚が込み上げました。

保育園や学校で作った作品も、大嫌いでした。絵、工作、作文、なんでも。作っている最中は、好きな色や言葉を選んで、全力で真面目に取り組んでいるんです。それなのに出来上がると、なぜか嫌悪感が湧いてくる。

あなたにも、こういう感覚はありますか。

この現象は、大人になっても続きました。
いつも頭の中の声が自分を責め、私の選択を疑ってくる。その声に応えようと必死に頑張っているのに、満足できることはない。

ずっと息苦しさを感じていました。

今は、だいぶ自分に優しくできるようになりました。「自分大好き!」みたいな気持ちがあるわけではないですが、「これでいい」という満足感や、安心感があります。



■静まることのない、頭の中の声

頭の中に【自分を責め疑う、もう一人の自分】がいる状態なので、その声に応えようとして、私はずっと完璧主義でした。

しかし完璧にやっても、頭の中は満足しません。またすぐにあら探しをして責めてきます。

そんな声に応えることに、限界が来ました。
産後のことです。

慣れない土地での初めての子育て。出産前から、おむつの替え方、寝かし方など、たくさんの本を読んで熱心に予習していました。

でも子育ては、ほぼすべてが想定外。
訳が分からないなりに精一杯対処しているのに、頭の中の声は私を責め続けました。

「本当にこんなんで良いの?」
「あとで大変なことになるかもよ?」

日々の寝不足で体はくたくた。
日中は頼れる人がおらず、ほぼワンオペ。
私はこの声にやられて、うつになりました。
今思うと、頑張っていた自分がすごくかわいそうです。泣



■「気楽」のやり方が、分からない

その頃、衝撃を受ける出来事がありました。

子連れで友達に会ったり、近所の公民館の集まりに参加したりすると、私よりも頑張っていないように見えるママたちが、とても幸せそうに赤ちゃんとの時間を過ごしていたのです。

「もっと手を抜いていいんだよ」
「気楽にね〜」

そう言われても、手の抜き方も、
「気楽(きらく)」のやり方も、
サッパリ分かりませんでした。

心から望んで授かった、大切な我が子との時間。ずっと楽しみにしていたはずなのに、まったく楽しめていない。そのことに絶望して、頭の中の声に、初めて反抗心が生まれました。

「もう私のことを責めるな!!」
「あなたの声には、もううんざり!!」

でも。
そう思っても、声は消えません。
相変わらず私を責めてきます。

あの幸せそうなママたちと、
自分は何が違うんだろう?

その疑問を解決したくて、私は読書にのめり込みました。近所に大きな図書館ができたばかりだったので、気になる分野の本を片っ端から、それぞれ10冊以上読みあさりました。



■全部、当てはまった

まず読んだのは自己肯定感の本。
自分の自己肯定感が著しく低い(もはやマイナス)ことが分かりました。

次に愛着障害。私のことを知っている人が書いたの? と思うほど当てはまりました。

その次はパーソナリティ障害。
これもいくつかの型が当てはまる。

続いてアダルトチルドレン。見事に当てはまる。HSP、繊細さんも、やはり当てはまる。

本当に驚きました。

そしてここまで読んだとき、
こう思うようになりました。

こんなに責められるのは、
仕方のないことだったんだ、と。



■それぞれ、こういうものです

自己肯定感
自分には価値があると感じられる感覚。低いと、自分の成功を認められない、失敗を過剰に責める、他人の評価に強く左右される、といった特徴が出やすくなります。価値がないからこそ、人一倍努力しなければ、と考えていた私は、まさにこの状態でした。


愛着障害
幼少期の親子関係などの影響で、人との関係の安心感がうまく育たない状態。見捨てられる不安が強い依存型と、人に頼るのが苦手で親しくなると距離を取る回避型があります。
私は両方が混在していて、健康や家族に関しては依存型、その他の人間関係では回避型。これが人間関係をより複雑にしていました。


パーソナリティ障害
考え方や感情のパターンが極端になり、生活や人間関係に困難が生じる状態。10の型があります。自己判断で当てはまったのは、3つでした。

参考:パーソナリティ障害の10の型

A群(少し風変わり・人を警戒しやすい)
妄想性
人を信用するのが難しい/裏切られるのではないかと疑いやすい/批判に敏感

統合失調質
人と親密になることをあまり望まない/一人でいることを好む/感情表現が少ない

統合失調型
独特な考え方や信念を持つ/不思議な言動をすることがある/人間関係が苦手

B群(感情や行動が激しくなりやすい)
反社会性
他人の権利を軽視する/衝動的な行動が多い/罪悪感が薄い

境界性
感情の波が激しい/人間関係が不安定/見捨てられ不安が強い

演技性
人から注目されたい欲求が強い/感情表現が大きい/人間関係が表面的になりやすい

自己愛性
自分は特別な存在だと感じやすい/承認欲求が強い/批判に弱い

C群(不安や恐れが強い)
回避性
拒絶されることを強く恐れる/人間関係を避けやすい/自己評価が低い

依存性
一人で決断するのが苦手/人に頼りすぎてしまう/見捨てられることを強く恐れる

強迫性
完璧主義/ルールや秩序に強くこだわる/柔軟に考えることが苦手

※特徴の一例です。当てはまるからといって、必ず診断されるわけではありません。気になる場合は専門機関にご相談ください。


アダルトチルドレン(AC)
機能不全家庭で育った影響が、大人になっても残る状態。自分を強く責めやすい、人の期待に応えようとしすぎる、完璧主義になりやすい、といった特徴があります。子どもの頃に、ちゃんと子どもをやれなかった人



HSP

とても感受性が高い気質。刺激に敏感で、深く考え、人の気持ちを強く感じ取り、疲れやすい。この繊細さが、他の特徴を助長しているように感じました。



■私は悪くなかった

これらの本を読んで分かったこと。

それは、自分は悪くないということでした。

赤ちゃんは、生まれたときから自分に価値があるかどうかを知っているわけではありません。
周囲の大人、特に親との関係の中で、自分は大切にされる存在なのか、安心して存在していいのか、を少しずつ学びます。

もしその過程で、いつも否定された、過剰に期待された、感情を受け止めてもらえなかった。
そうした経験が続くと、子どもは自然とこう考えるようになります。

「自分が悪い」
「ちゃんとしないと愛されない」

子どもは、環境を変える力を持っていません。
だから、自分を変えようとします。

もっと良い子になればいい。
もっと完璧になればいい。
そうやって、愛されようとする
のです。

つまり、私の頭の中で鳴り続けていた声は、私を苦しめようとしていたわけではありませんでした。

「ちゃんとしないと危ないよ」
「ちゃんとしないと愛されないよ」

必死に私を守ろうとしていた声だったのです。

その正体は、心配する気持ち、
愛されたい気持ち、見捨てられる不安や恐れ。
そう知ったことで、少しずつ頭の中の声を違う目で見られるようになりました。



■私の幼い頃

私は姉妹の長女です。両親はフルタイムの共働きで、家ではいつも祖母と過ごしていました。

祖母は壮絶な幼少期を送った人でした。とても厳しく、楽しく会話した記憶はありません。描いた絵を見せても、無表情で無反応。褒められたことは一度もありませんでした。

父は仕事から帰ると晩酌をし、時々遊んでくれることもありましたが、基本は無口。急に機嫌が悪くなることがあり、怒らせないように気を使っていました。母は同居していた姑にいつも気を使っていて、私のことにはあまり興味がない人でした。

4歳のときに妹が生まれると、家族は妹にかかりきりに。特に母は妹がお気に入りでした。妹を呼ぶときは優しい声で「〇〇ちゃん」。私を呼ぶときは、汚い物でも見るかのような目で、呼び捨てでした。

自分には向けられない優しい言葉や笑顔を、妹にかけている姿。今でも思い出すと、胸が苦しくなります。

学校で嫌なことがあったと話しても、「辛かったね」と寄り添ってもらった記憶はありません。大人たちは、自分のことで日々精一杯でした。

家は、安心できる場所ではありませんでした。
いつもなんとなく居心地が悪く、自分の居場所がないような感覚。ここにいてもいいのかなという不安。

この経験が、
がんばらないと受け入れてもらえない、という
私の根底にある価値観を作りました。


■この経験を書いた無料エッセイです↓



■子育てが、私を育て直した

そんな私は、子育てを自分の子ども時代の生き直しのような感覚でやってきました。親にしてほしかったこと、してもらえなかったことを、自分が子どもにしてあげる。そうすることで、心の傷が癒される感覚がありました。

そして、気づいたことがあります。

子どもを大切にしようとするほど、
自分に対しても同じ優しさが必要だということ。

自分が欲しているのに与えられていないものを、他人に与えることはできません。

例えば「人に甘えたいのに甘えられない」という葛藤を抱えていると、子どもが甘えてきたとき、素直に受け入れてあげられません。

私は甘えてこなかったのに。あなただけずるい!という怒りさえ湧いてきます。

だからまずは、自分が夫や周りの人に頼ったり、甘えたりする練習から始めました。



■自分を認め、愛するとは

自分を認め、愛するとは、欠点があっても価値がある存在だと認めることです。

以前の私は、欠点がある自分には価値がないと思っていました。だからこそ人一倍努力し、完璧になろうとしていた。でも、本当は逆でした。欠点があっても、そのままで存在していていい。それが分かってから、自己肯定感が育ち始めました。

満たされない心を癒すのにおすすめなのは、自分の経験や気持ちを語り尽くすことです。信頼できる誰かに話すのでもいいですし、文章に書くのもいい。愛着障害の本でもすすめられていました。

何を感じていたのか。どんなことが辛かったのか。本当はどうしてほしかったのか。それらを言葉にしていくと、押し込めていた感情が整理されていきます。

私も、頭の中の声を文章にして整理したことはほとんどありませんでした。はじめて書き出したとき、あまりに攻撃的な言葉に、とても驚きました。

もし夫がこんなことを日々言ってきたら……と思うだけでぞっとします。人から言われたらひどく傷つくような言葉を、自分が自分に、四六時中かけていたのですから。

でも、それも生きるための防衛反応でした。
仕方がなかったのです。




さいごに

ここまで読んでくださったあなたにお伝えしたいです。

あなたが苦しかったのは、あなたが悪いからではありません。理由を知り、言葉にすることで、頭の中の声は変えられます。

ただ、理由が分かっても、あの声はすぐには静かになりませんでした。優しい言葉に変わるまでには、けっこうな時間と、びっくりするほど地味な練習が必要でした。

具体的に何をしたのか。ぜんぜんうまくいかなかった時期に、どうやり過ごしていたのかも含めて、こちらに6つ書いています。


そのままで、もう十分だよ!
よく頑張ってきたよ!


喘息が出なくなるまでの過程をまとめています↓

ありがとうございました。
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