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一杯の記録|番外編|一杯の向こう 第6編 澄みへ向かう十の呼吸

一杯は、静かに消える。
けれど、その消え方は同じではない。

残る熱もあれば、
澄みきった余白もある。

光に辿り着く一杯もあれば、
静かに澄んでいく一杯もある。

ここからは、第51話から第60話までの
“澄みへ向かう十の呼吸”。

味ではなく、
その流れの移ろいを辿る。



第51話|花巴 山廃純米吟醸 うすにごり 無濾過生原酒(奈良・吉野)

美吉野醸造

酸が、最後まで引かない。

吉野の山あい。
霧を含んだ空気の中で、酒は生まれる。

口に含むと、乳酸の気配。
柑橘のような酸が鋭く立つ。

甘みはそっと触れるだけ。
旨みは、すぐに流れていく。

若さと酸が、輪郭を描く。

空気を揺らす、最初の呼吸。



第52話|遊穂 純米酒(石川・羽咋)

御祖酒造

酸が、骨格になる。

海と田園のあいだの町。
能登の米が、静かに熟す。

冷たいときは、思いのほか静か。
温度がほどけると、旨みが現れる。

米の力。
そして、きりりとした酸。

食卓の隣で、
酒は確かな形を持つ。

地面を踏み直す呼吸。



第53話|幻舞 特別純米 山田錦 無濾過生原酒(長野・千曲)

酒千蔵野

やさしい余韻。

千曲川の流れる町。
季節はゆっくり巡る。

やわらかな甘み。
丸みのある香り。

酸は強く出ない。
ただ、酒を支えている。

派手ではない。
けれど、どこか安心する。

空気をほどく呼吸。



第54話|水尾 一味 純米 火入れ(長野・飯山)

田中屋酒造店

柔らかく、切れる。

北信五岳の水。
雪国の静かな蔵。

口当たりはやわらかい。
甘みも酸も、穏やか。

けれど終いは鋭い。

余計なものを残さず、
鮮やかに切れる。

呼吸を整える一息。



第55話|七水 純米吟醸55 五百万石 生酒(栃木・宇都宮)

虎屋本店

透明な旨み。

日光の水が、
町の地下を静かに流れている。

りんごやメロンの気配。
かすかなガス。

澄んだ旨みが、すっと広がる。

軽やかさと、
奥にある厚み。

光を帯びはじめる呼吸。



第56話|陸奥八仙 ヌーヴォー おりがらみ 特別純米 生原酒(青森・八戸)

八戸酒造

酒はまだ、季節の途中にいる。

港町の冬。
海風が、町を抜けていく。

澄んだ酸。
若い果実の気配。

甘みは触れるだけ。
旨みは、すぐに流れる。

まだ整いきらない青さ。

季節の途中の呼吸。



第57話|鳳凰美田 純米吟醸 無濾過生酒(栃木・小山)

小林酒造

若い透明。

関東平野の北。
やわらかな水の町。

マスカットの香り。
瑞々しい甘旨み。

甘いのに、濁らない。

喉の奥へ、
すーっと消えていく。

透明が差し込む呼吸。



第58話|雪の茅舎 秘伝山廃 純米吟醸(秋田・由利本荘)

齋彌酒造店

山廃は、前に出ない。

鳥海山の麓。
雪に閉ざされる土地。

豊かな旨み。
それでも、重くない。

奥に、静かな力。

厚みの奥で、
酒が静かに広がる。

深みを帯びる呼吸。



第59話|雅楽代 月華(新潟・佐渡)

天領盃酒造

線が、きれいだ。

海に囲まれた島。
風の強い土地。

控えめな香り。
やわらかなタッチ。

甘みも酸も、
一歩だけ前へ出て、すぐに引く。

余白を残して整う。

線を描く呼吸。



第60話|あべ 純米吟醸 火入れ シルバー(新潟・柏崎)

阿部酒造

落ち着いた透明。

日本海の町、柏崎。
澄んだ水が流れる。

和梨の気配。
わずかなガス。

しなやかな甘み。
生命力のある酸。

すべてが静かに整う。

澄みに辿り着く呼吸。



おわりに

酒は、急がない。

揺れ、
整い、
やがて澄む。

ひとつの呼吸が終わるころ、
次の呼吸が始まっている。

振り返れば、
そこには十の静かな呼吸。

また十杯重なったら、
その先の澄みを辿ってみよう。

——   一杯の向こう、そのさらに向こうへ。

一杯の記録|第51話〜第60話 一覧

51話|花巴山廃純米吟醸うすにごり無濾過生原酒(奈良・吉野)
52話|遊穂純米酒(石川・羽咋)
53話|幻舞特別純米山田錦無濾過生原酒(長野・千曲)
54話|水尾一味純米火入れ(長野・飯山)
55話|七水純米吟醸55 五百万石生酒(栃木・宇都宮)
56話|陸奥八仙ヌーヴォーおりがらみ特別純米生原酒(青森・八戸)
57話|鳳凰美田純米吟醸初しぼり(栃木・小山)
58話|雪の茅舎秘伝山廃純米吟醸生酒(秋田・由利本荘)
59話|雅楽代月華(新潟・佐渡)
60話|あべ純米吟醸火入れシルバー(新潟・柏崎)

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