一杯の記録|第54話 水尾 一味 純米 火入れ(長野・飯山)
一杯の酒から、その土地をたどる。
長野・飯山。
北信五岳を望む、雪の深い町だ。
冬になれば、
静かな雪が町を包み込む。
音を吸い込み、
景色の輪郭までやわらかくする雪だ。
この土地の地下には、
水尾山の深い森に磨かれた水が流れている。
田中屋酒造店は、
その水に逆らわない。
香りで飾らない。
削ることに頼らない。
米の旨みを引き出し、
静かな骨格を整える。
派手ではない。
けれど、
長く飲まれてきた理由がある。
この町では、
酒は暮らしの中で静かに続いてきた。

さて、本題。
立ち上がりは、やわらかい。
香りは控えめで、
どこか落ち着いている。
口に含むと、
透明な薄甘みが、すっと広がる。
甘みも、酸も、
一歩だけ前へ出て、すぐに引く。
奥から、米の旨み。
素朴なまま、じんわりと広がる。
重くはならない。
膨らみすぎない。
そして、終い。
きりっと、切れる。
やわらかく入り、輪郭は鋭い。
余韻は短い。
けれど、
きれいに整った線だけが残る。
静かな骨格
この一杯は、
そんな記憶として、ここに残しておく。
