【読書】武器としての「中国思想」 その3
出版情報
タイトル:武器としての「中国思想」
著者:大場 一央
出版社:東洋経済新報社
発売日 : 2023/9/27
単行本 : 218ページ
本記事は下記のような一連の記事のその3である。
いろいろ書くのはヤボなので…
著者は結構多くの動画に出演し、公演や対談を行なっている。そのうちの一本で、「自分は儒学者です」と自己紹介していた。著者のXの自己紹介文では陽明学と水戸学が専門だという。
江戸時代には武士の精神的支柱は儒学だった。現在でも日本人の行動様式の中に儒教の影響が色濃く見られるという。特に朱子学は、江戸幕府の「正学」であり、上下関係や秩序を重んじ、幕藩体制を維持するためも奨励された。一方、陽明学は幕府に警戒された。秩序よりは理を重んじたからだ。
もちろん、儒教は外国から入ってきたものだ。だけど、「現在でも日本人の行動様式の中に儒教の影響が色濃く見られる」のだとしたら、ヨーロッパの没落にともない近代の終焉が言われるようになっている今、約140年前まで精神的支柱であり、我が国の近代化を明らかに支えてきたにも関わらず、ほとんど顧みられなくなっている思想を改めて振り返ってみてもいいのではないか?
いや積極的に振り返り、学べるものを学び、現在、そして将来へ活かしていけるのでは?と、著者が誘っているように思うのだ。
ということで、本書の章立てに沿って、読んでいこう。今回は第6章 朱子学と第7章 陽明学。朱子学はシナ思想の集大成だし、陽明学はどうやら自らの心に信頼を置く人を養成する学問のようだ。
大場一央の講演会動画は案外たくさんYouTubeにある。本書ではないが未完の名宰相 松平定信の著者本人による紹介動画もいくつかある。本記事の終わりの方に載せてあるので、よかったらどうぞ。
中国史年表
下記年表が一番わかりやすい。引用させていただいている。

もし、中国史をざっと復習したい、とご希望であれば、世界史解体新書の動画がわかりやすくてコンパクト。記事も書いたのでご参考までに。
本記事では中国とシナの二刀流
尊敬する岡田英弘センセによれば、シナの歴史は秦から始まるという。ちなみに岡田センセは1912年以前の中国はシナと呼ぶ。「シナとは城壁都市の成立、漢字という表音文字によるコミュニケーションの成立、複数の城壁都市を支配する皇帝の存在によって定義され、シナの歴史は秦の始皇帝(前221年)による統一から始まる」(書籍『シナとは何か』関連読書記事)。
本記事では、中国という呼称(本書の著者 大場一央はそう呼ぶ)と、岡田英弘流のシナという呼称と二刀流で行こうと思う。
第6章 朱子学とは何か
朱子学。なんか約1000年前の朱熹という人が始めたんだなぁ、とか、江戸時代の幕府の根幹の学問で、昌平坂学問所で教えたんだよなぁとか。朱熹は尊敬をもって朱子とも呼ばれる。そんな日本史的、世界史的断片的な知識が微かに蘇る。
本章の最後の方で著者 大場はなんと言っているか?まずそれから見ていていこう。
…朱子学的伝統が、日本の特徴的な近代化を支えていたことを考えると、「人間性と能力は比例する」と言い切って古典教育を徹底し、仕事や生活における課題設定と問題解決を自分で考えさせる、「格物致知「修己知人」」を促した方が、現代日本の停滞感を払拭する世界観や施策を生み出す人材を作れるかもしれません。
ほほう。「朱子学的伝統が、日本の特徴的な近代化を支えていた」とな。そして朱子学的な「古典教育を徹底」した方が「現代日本の停滞感を払拭する世界観や施策を生み出す人材を作れる」とな。さらに「仕事や生活における課題設定と問題解決を自分で考えさせる」とな。
古臭い学問というよりは、今すぐにでも活かせそうな気がしてくるじゃないっすか??
というわけで、もう少し詳しく見ていこう。
朱子学はシナ思想の集大成
朱熹は、北宋五子が危機の時代にさまざまに思想を深めていった、その後に誕生した(1130-1200)。「…北宋五子の思想をとりまとめ、気の世界観と理の法則性を統合し、膨大な数の経書を解釈し直すという、空前絶後の学問事業」を行なったp159。「朱熹は中国思想の大編集者にして集大成とも言うべき思想家」だったp160。
気の世界観と理の法則性については、少し後で説明する。
朱熹は経済にも精通していた
朱熹は19歳で科挙に合格し、官僚や知事として働きながら思想を深め著作として著していった。
「貧しい人に魚をあげるだけじゃダメ。魚の釣り方を教えてあげなくちゃ」と言う言い方はよく知られている。
朱熹は経済のありようを観察し、社倉法を開発した。
社倉法
自治的な農村経済システム
個々人では微々たる成果しか得られない資産運用を「社会単位」で行い、飢餓や事故などへの備えとした。
19世紀まで農村インフラとして存続した。
村単位による資産運用で、恒久的に自活できる原理を発見した。
朱熹が知事を務めた地域では、飢餓対策では1人の餓死者も出さず、それ以降も安定して生産事業が継続できた
後の共済保険や投資信託に通じるものがある。
日本でも活用された
江戸時代初期の名君 保科正之(1611-1873)
領地の会津藩で社倉法を実施。蓄えられた利潤を元手にして、世界初の年金制度を開始した。
江戸時代後期の名君 松平定信(1758-1829)
社倉法の原理を金融に応用。町会費用の一部を積み立てて長期運用させた。幕末期には170万両に膨れ上がり、のちに東京府近代化の資金として利用され、ガス灯、石畳、レンガ建築などの近代的な東京を作り上げた。
外敵への対応
朱熹の時代は南宋時代。王安石やその後の北宋五子の時代に脅威となっていた北方民族に、宋はついに敗れてしまっていた。そして南に逃れた皇帝が宗を再興したのが南宋だ。南宋時代になっても、やはり北方民族の国 金に脅かされていた。
よくある議論は、主戦派と講和派だ。主戦派は戦争による旧領回復と国内の団結、講和派は積極的な友好樹立と平和外交を主張する。だが金は圧倒的に強く、たとえ戦っても勝ち目はない。一方不平等な関係で興和しても、外交上で絶えず譲歩せねばならずジリ貧は必至だ。玉砕か緩慢な死か。
そうすると、海のように広い長江をを防衛線として…長期持久体制を作りつつ、緊張を共有することで国内をまとめ、国力の増強に努めて反抗の機会を狙うことが妥当…。このように考えた朱子は、「守戦派」の立場を明確にします。
では、この難しい国防をどのように成し遂げるのか?
…朱子は、統治者となる人間が、自分で自分をコントロールし、極限まで公平に物事を見る目を養うことで、合理的に国力を増強できる道筋を拓こうと考えます。
…「人間性と能力」をリンクして引き上げるための工夫論が、国家再興のための根本策として強い説得力を持った…
つまり、統治者は「人間性」も磨き「能力」も磨くことが必要で、それが国家最高の根本策だ、と言っているわけだ。
ただただ、お勉強だけできればいいってもんじゃないZO!東大や霞ヶ関のエリート諸君!!
理気二元論と倫理と物理
ここでいう気は現代人が思うようなエネルギーとかエーテルのような気ではない。むしろ、まだ形がはっきりしていない物質である。では理はどうか?
理気二元論
気:形而下:万物は気の変動によって様々な形をとり、見合った働きをする。
理:形而上:万物には理が存在する。
形而下と形而上
形而下:目に見える存在と現象。
形而上:目に見えない働きと仕組み。
…この世界には形而下の気と形而上の理が存在し、双方にリアリティがあるのであって、我々は目に見える形而下の世界を現実として受け止めつつも「これじゃない」という不全感を持ち、見たこともない形而上の世界にむしろ「これだ」という現実味を感じながら生き、目の前に存在する気を操作することによって世界を生成変化させているということです。
これが理気二元論の考え方になります。
ん??これってギリシャ哲学のイデアvs(現象or形質)に似てませんかね?知らんけど??
たぶん、ギリシャ哲学ではイデア→形質という一方方向なのだが、理気二元論では、理は気を契機にして現れ、気は理によって成り立っているという不可分が違いとしてあるのかな??まだ、不勉強であやふやっす💦
物には倫理と物理があるという。倫理と物理を用いると、包丁の物理は「物を切断する形と働き」であり、包丁の倫理は「美味しい料理を提供し人々が楽しみを共有する」となる。倫理は社会的意味づけと関係している。包丁は倫理と物理の両方を満たしてこそ、包丁の理が実現する。包丁の存在意義が全うする。
倫理と物理
物理:そのような形と働きを持つ理由
倫理:それを用いて何をすべきか
倫理と物理で不条理を克服する
朱熹の活躍した当時は、合理主義が流行っていた。以前の時代の功利であり、現代で言えば、そのまま合理主義だろうけど、「今だけカネだけ自分だけ」なんだろうね。でもそれだと、不条理に苦しむ人々がいっぱい出てくる。朱熹の社倉法は、
…基本的な経済原理(物理)を考えた上で、それを社会単位での資産運用の原理(物理+倫理)に発展させ、誰でも適応可能で、利益を共有する経済原理に引き上げました。。これは単純な形とはたらきに過ぎない気(資産の変動)を、正しい形とはたらきである理によって支配し、経済的な不条理を克服しようとしたことに他なりません。
うーん。現代と用語の使い方が違うから、なんか難しいけど、きっと朱熹という人は、常に「不条理を克服したい」と思い、そういう視点をもって世の中を眺めていたんだろうね。そして、基本的な経済原理を発見したときに、その社会的意義を見出した。それが経済原理=物理であり、社会的意義=倫理ということなのだろう。
理によって制御された気は、人々の調和と発展を織り込んだ、長期的安定を実現しますから、その利益は短期的な成功を上回り、最も「合理的」であるということができます。
短期的な「今だけカネだけ自分だけ」ではない長期的な視点。しかも「人々の調和と発展」が織り込まれている。それは、どのように可能になるのだろうか?
聖人の条件
朱熹は、人間の心と感情の働きを「性」と「情」に分けた。これは理気二元論を世界に適用させたのに似ている。
心と感情の働き:性と情は切り離すことはできない
情:個人的、日常的な心と感情の働き
情は性によって成立する
身体や環境に大きく影響され、振れ幅が大きい。
判断力:個別的な視点にとらわれ、物や人を公正に判断できない。
性:全人類にとって普遍的な心と感情の働き
性は情を手がかりにして、その姿を現す。
性を捉えることはできない。ただし、情が働くなかで「何かが違う」と感じる時がある。この時、性が働きとして現れている。個人的な感情や執着を排除した先に、自然と現れる。
判断力:心が鎮まり、性が現れるとともに判断力が高まる。
人間性と能力は比例する
判断力のみならず、心が鎮まるとパフォーマンスが高まる。人間性と能力は比例する。
修己治人:形而上の物理と倫理を理解し、制度や規範を創造した聖人そのものに、限りなく近い「個」に成る。人間性を限りなく高めることで、社会の調和を目指していく。朱熹によって「修己治人」が儒教の本旨とされるようになったp175。
以前は、聖人が作り上げた形而下の制度や規範を学んでそれに成り切ることが学術を学ぶ目的だった。
居敬と窮理XのAIGrokより
居敬:心を常に恭しく慎み、一点の弛みもなく引き締めておくこと
具体的なイメージ:
雑念を払い、集中力を保つ
主観的な私欲や感情に振り回されない
「敬」という字には「つつしむ」「うやまう」という意味があり、自分自身に対しても天地万物に対しても恭敬の心を持つ
窮理:事物の「理」(原理・道理)を窮め尽くすこと。つまり徹底的に研究・探究すること
方法としては:
読書(経書の注釈を深く読む)
格物(一つの物事について極める=「格物致知」)
居敬と窮理の関係 XのAIGrokより
居敬は「体」(本体・土台)
→ 心の姿勢がしっかりしていないと、いくら勉強しても身につかない窮理は「用」(働き・実践)
→ 敬の心を保ちながら、具体的に理を究めていく
聖人とは:
豁然貫通と呼ばれる悟りのような瞬間を経て、「知らないことはなく、できないことはない」聖人になるというp176。
その手前に「主一無敵」という状態があり、情は限りなく性に近づく。
朱子はこうして聖人は存在し、学んで到達できると規定した上で、
理や聖人の内容を具体的に規定しないことによって、人々が緊張感を持って一つひとつの物事や人に向き合い、それがそのまま人格の完成と社会の調和を実現する作業となる道を拓こうとしたのです。
そして、「儒教で最も尊ばれるべきは、古代の聖王ではなく孔子」とした。孔子は確かに能力も人格も優れた聖人ではあったが周の復興を成し遂げるという悲願は達成できなかった。だが、常に読書に励み普段に己を修めた。「聖人が成人たる理由は、その完璧さにあるのではなく、完璧であろうと努力することにある」のだ。
こうした世界観と工夫論を用意することで、朱子学はあらゆる事態に整然と対応する人材を育成する思想として完備されました。
人間性や主義主張による対立を防ぐために
朱熹以前には、新法党と旧法党の対立があり、主戦派と講和派の対立があった。その硬直化や腐敗を防ぐために…
朱子学の絶妙なバランス
物理と倫理の追求を目的にすえると同時に、
朱子学の絶妙なバランスにした
朱子学の絶妙なバランス 言い換えると
徹底的な知性と実務能力を要求した
観念的な議論に終始して現実から遊離することも
是々非々と称して普遍的な議論を忘れることも許さなかった
そして、文明開化以降、定期的に「日本型」と呼ばれる特徴的な企業体質や経営手法が登場するのは、こうした朱子学の土台があるからではないか、と著者 大場一央は、この章を結んでいる。
そして古典教育を徹底し、「格物致知」や「修己治人」を促す方が、現代日本の停滞感を払拭する世界観や試作を生み出す人材が作れるのでは、と。
第7章 陽明学とは何か
正直なところ、本書を読んで、朱子学と陽明学の違いがはっきりわからなかった。ただ、朱熹と王守仁の人生は、似ているところと、違うところがあるなぁ、とか、両方とも聖人を目指しているようだなぁ、とか、そんなぼんやりとした違いしかわからない。下記でちょっとぼやきながら、学んだことをまとめさせてください💦
あるいは、こんな回りくどいものに、付き合いたくない、と思っておられる方は、ぜひ、直接 本書をお手に取ってください!そう、書店へGO!!
聖人による政治を、可能性すら捨ててしまった明治維新以降の日本
聖人というのは、悟った人という印象もあって、だけど仙人のように世俗的なところから退くのではなく、政治を行う人でもある。どうやら儒教のいう聖人とはそんな感じ。聖人による政治。今で言えば、哲人政治というところか。いや、逆なんだよ。聖人による政治を目指すことが、朱子学や陽明学が主たる学問であった江戸時代には当たり前であって、江戸時代の為政者は自分が聖人でないことを恥じていたのかもしれない。哲人政治はギリシャ時代の言葉であって理想であって、明治維新以降に日本に入ってきた理念であって、それ以前は多分、聖人と呼ばれていて、明治の頃の人は「哲人政治?ああ、聖人のことね」と思っていたのかも。現代人は哲人になるのはムリ、聖人になるのはムリと、最初から放棄している。それでいいのかな?
GHQの3S政策。もしかしたら、それ以前から。たとえば大正デモクラシーとか、モガ、モボのあたりから…。さらにもっと以前、明治維新から…
個人の欲を是とする道徳観が蔓延した。
それは、朱子学や儒教の道徳観、お江戸の道徳観からはかけ離れたものだったのかも。「もったいない」を標榜する国民性からかけ離れていたのかも。個人の欲を是とする道徳観は、仏教の観点から見ても、堕落と断ぜられてもおかしくない。お江戸の人々は、それでも、お花見を楽しみ、やわらかい着物を着たり、趣味の良い道具を持ったり、お芝居を見て、美味しいものを食べたりもしたのだけれどね。為政者層は、というと、そりゃお大名は贅沢したかもだけれど、普通の武士の人々は「武士は食わねど高楊枝」の世界だった。個人の欲に溺れることなく、身を律することを是としていた。少なくともそういう建前だった。
個人の欲を是とする道徳観は世界を大きく変貌させた。技術文明を発達させ、便利を是とした。「便利」はね、世の中から苦を取り除くという良い面もあるんだよ。楽を増やした。だから一概に、それが堕落だと断ずることはできない。明治維新で技術を大量導入し、国産化に腐心した。ということは「国産化に腐心」ということは身を律して窮理に邁進することでもあるけれど、殖産興業の殖産では消費財を大量に生産したんだよ。つまり、大量消費は個人の欲を是とすることなんだ。それまで徐々に、お江戸にもやってきていた経済成長に伴う消費の時代が、「大量消費の是」として明治維新と共に一気に押し寄せた。身を律して窮理に邁進する道徳観が、個人の欲を是とする道徳観とぶつかり合い、個人の欲を是とする道徳観が勝ち続け、居敬や窮理はその波に飲み込まれ続けてきたのが、明治以降ということになるのではないか?
つまり…道徳観もそうだし、判断力もそうだし、心のありようというものと、政治や政策の良し悪しは直結している、という世界観というか人間観。
それはお江戸の頃には確実にあった。明治でも昭和でも戦前までは、きっとあった。でも、傾向としては個人の欲を是とする道徳観に、どんどん削られていったのではないか?明治以降、そういう160年だったのではないか?
なんか、長めに思うところを書いてしまった💦
そしたら、なんか、だんだんとハッキリしてきたゾ。朱子と王陽明の違いが。朱子学と陽明学の違いが。
朱子と王陽明の共通点と相違点
私が読み取ったところでは、朱熹(朱子ともいう)と王守仁(王陽明ともいう)の共通点と違いは、
朱子と王陽明の共通点と相違点
ふたりとも若い時に科挙に受かり官僚になった。
ふたりとも経済対策を行った。つまり、経済にも精通していた。
朱子:社倉法ほか
王陽明:保甲法ほか、王安石の新法に似た、各種景気刺激策や道路・運河などのインフラ整備、「君蒙大意」という児童の性質を活かした教育法、盗賊化している人々に仕事を与えていった。
同時代人からの評価
朱子:時の皇帝からご進講に指名されるくらい、知事などとして実績を上げ有名だった。だけど、呼ばれても、すぐ帰っちゃった!思索と著述に没頭したかったんだって。
王陽明:心即理が危険思想と思われ、本人が流刑になったり、弟子が拷問されたりした。最終的には釈放されたが。
戦争経験
朱子には戦争経験はないようだ。もちろん政治家として近隣諸国との諍いはいつも懸念事項で、戦争対策は怠っていなかったようだ。
王陽明は実際に戦場で、反乱軍とではあるが、指揮官として戦った。結構エグい作戦も立てて勝利した。
聖人観
ふたりとも聖人による政治を求めた。
朱子:聖人になるには、身を律して、理を求めなくてはならないとした。これを居敬窮理という。性即理。心は性と情に別れている。情は感情や欲望に翻弄される心。性は穏やかに澄み切った心。性は理を知っているので、心が性であるように律した上で、読書をし格物して物や事柄の理を求めるよう努めれば聖人に至る。
王陽明:それに対して王陽明は心即理を唱えた。心で本当に必要なものを求めれば、アイディアであれ、手助けであれ、得ることができるとした。今で言えば引き寄せの法則か。心即理を体験することで、自分が磨かれていく。そしてその結果それに相応しい人が聖人になる。これについて次項目以降で書いていく。
理と心の関係:
両者とも社会の安定や調和の基盤を心においている
朱子:心を限りなく理に接近させていく。
王陽明:心から理を創造していくp206。
経書ですら心の倫理的欲求をかきたて、外側にとらわれた心を解放するための道具。
理はあくまでも心にある。1人1人の生き方に絶え間なく創造されてくるもの。
経書の再解釈
朱子:すべての経書を再解釈した
王陽明:朱子学の理論構造の範疇で議論を展開している
社会を調和する主体
朱子:為政者である皇帝や士大夫
王陽明:庶民にまで広げた
王陽明の聖人観
なんか、はっきりしてきた!!
朱子と王陽明では、聖人観が違ったようだ!
というわけで、王陽明の聖人観を書いていく。
朱子は聖人は滅多に現れない、としていたが、王陽明は違った。街を歩いて、庶民が生き生きと暮らす様子を見て、「あの人も聖人だ、この人も聖人だ」と言ったというp204。
朱子は聖人になるには居敬と窮理による努力が必須だと説いた。不断の努力を続けることこそが聖人への道である、と。
王陽明は「心即理」「知行合一」「致良知」を挙げたp194-p200。
王陽明の聖人への道
心即理:側近が病気になった時になんとか治してやりたいと願った。その時、合理的な看病方法を思い出したのか、思いついたのかして、「今こそ適用する時」と判断し、側近は快癒した。このように「心は正解を知っている」「心が切実であるほど、その言動によって理を創造できる」p194ことを心即理という。
目の前のことに切実に向き合うことで(格物)、切実な心が持つ合理的な判断力を最大限に発揮する(致知)ことができるようになるp195。
これは単に直感に頼ることではない。目の前の人を救うための合理的な方法を探すのであれば、調べたり学んだりするのも一つの方法。読書は物事に対して切実に向き合って(格物)合理的な判断力を発揮する(致知)中に、手段として組み込まれているp195。
倫理的な欲求が切実になって、はじめて学問は血肉となって吸収され、社会にとって必要な知恵を創造するp195。
知行合一:欲求が切実な場合は、知覚と行為は一致している。
ただし、欲求が切実で知覚と行為が一致していても、いつも正しく欲求が満たされる理が創造されるわけではない。試行錯誤がつきものだ。
即断即決で瞬間的に合理的判断を下す人は、知覚から試行錯誤を経て合理的判断までたどり着く速度が、極限まで高められた人。
倫理的な欲求を持って生き続けることが、そのまま工夫になる。聖人もこうして合理的な判断を磨いてきた。これが聖人への道である。
致良知:倫理的な欲求のみに心を限定し、倫理的な知覚を致す(発揮する)ことで、理を創造する。
心即理や知行合一で、切実に求め、創造するための判断力がついても、邪悪な欲求を持ち、狡猾で凶悪な判断力がついてしまうこともありうる。そのために倫理的な欲求のみに心を限定することが必要p198。
まとめると、王陽明の聖人への道は、目の前の物事に対して、倫理に叶う欲求を抱き、心が予めときが知っている正解(理)を創造する。そのための試行錯誤を繰り返し判断力を高める。ということになる。
朱子は「穏やかな良き心」が正解を知っているし、理を求めて読書せよといった。
朱子が外側に理を求めたのに対し、王陽明は内側と自らの行為の試行錯誤に理を求めた。王陽明の思想は突き詰めれば、
世界の全てが良知によって意味づけされるのであり…世界を創造する「天」に他なりませんから、倫理的欲求に満たされた良知は、すなわち天そのもの…。したがって陽明は、致良知によって天と一体化し、みずからの心を安定させるのみならず、世界を創造する主導権を持つことができると考えたのでした。
なるほど。みずからが直接天と一体化し、世界を創造する主導権を持つのだとしたら、これは皇帝に対する叛逆の思想だと見做されても仕方ないのかなぁ。
もう一度、朱子学と陽明学の違い
…朱子学の『大学』解釈が段階的に工夫を進めていくのと異なり、格物、致知、誠意、正心を一本化して、今この瞬間に一気に達成し、その心が知識や経験を積み重ねていくにしたがって、修身、斉家、治国、平天下を達成しようとするものに変質しています。
たぶん、普通の人は修身とか斉家で十分で、治国は村長とか市長とか県知事レベル、平天下は一国の宰相とかそれこそ皇帝の目指すべきところ、ということなのかも。
XのAI Grokに朱子学と陽明学の違いを聞いてみた。
参考になりそうなところを抜粋し、まとめてみた。本書と解釈が違う場合には❌をつけ、本書の解釈を⭕️として追記した。
項目:学派の正式名称
朱子学(朱熹):理学(程朱学)
陽明学(王陽明):心学
項目:人間の完成の目標
朱子学(朱熹):聖人になる
陽明学(王陽明):必ず「今この場で」聖人になれる
項目:理(原理)はどこに?
朱子学(朱熹):すべての物に客観的に存在する(「理は一でも分殊」)
陽明学(王陽明):理は心の外にはない。「心即理」
項目:最も大切な言葉
朱子学(朱熹):格物致知・居敬窮理
陽明学(王陽明):致良知・知行合一
項目:学ぶ順序
朱子学(朱熹):①まず敬で心を整える → ②読書・格物で理を窮める(徐々に進歩)
陽明学(王陽明):良知は生まれながらに完全。すぐに実践すれば即聖人
項目:修養の方法
朱子学(朱熹):・経書を徹底的に読む ・一つの物事を極める(今日の「一事一物」から) ・毎日反省(日省録)
陽明学(王陽明):・良知に従って行動するだけ ・迷ったら「今この瞬間に良知がどう言うか」を問う
項目:読書は必要か?
朱子学(朱熹):絶対に必要(経書の理を知らなければ天理がわからない)陽明学(王陽明):読書は補助的。字も読めない人でも良知があれば聖人になれる
項目:「知と行」の関係
朱子学(朱熹):知(理をわかる) → 行(実践) 知が先、行が後(知行先后)
陽明学(王陽明):❌ 知行合一:真に知ったら必ず行動する。知と行は同時
⭕️ 欲求が切実な場合は、知覚と行為は一致している。ただし、正しく欲求が満たされる理が創造されるわけではない。試行錯誤がつきものだ。
項目:代表的なエピソード
朱子学(朱熹):朱熹は生涯「まだ聖人に程遠い」と謙遜し続けた
陽明学(王陽明):王陽明は龍場(少数民族の僻地)で悟り「聖人と我とは同時に可なり」と宣言
項目:危険視された点
朱子学(朱熹):あまりにも学問偏重になりやすい
陽明学(王陽明):「良知さえあれば何をしてもいい」と誤解されやすい(実際は極めて厳しい)
項目:江戸日本での扱い
朱子学(朱熹):幕府の公式哲学(朱子学=正学)
陽明学(王陽明):禁制扱い(「致良知」は危険思想とされた)
一言で言うと最大の違い
朱子学:「理は外にある。心を磨きながら、長い時間をかけて外の理を学んでいき、徐々に聖人に近づく」
陽明学:「理は心の中の良知にある。良知に背かなければ、今この瞬間に聖人になれる」
現代語でたとえるなら
朱子学=「東大に入るために10年間死ぬ気で勉強して、やっと立派な人間になれる」
陽明学=「心の羅針盤(良知)はもう完璧に備わっている。それを信じて今すぐ行動すれば、もう立派な人間だ」
陽明学が機能するためには
著者 大場一央によると、陽明学では、あくまで「心から理を創造していく」立場をとっている。理は、目に見えない働きと仕組みであって、万物に存在する。理には、そのような形と働きを持つ理由=物理と、それを用いて何をすべきか=倫理がある。倫理は何か良きもの、である必要がある(=致良知=良きものを知るに至る)。私たちの心は何か良きものを創造できる!なんてポジティブな思想なんだ!!
だが「この徹底して個別性の強い思想は、ともすれば規範を軽々と飛び越えて、無秩序な社会を生む危険性」があったp206。この思想が機能するためには、私たちの心の中から生まれるものは良きもので、その倫理は社会の安定を願い、人々が適切な距離感を持って、仲良く暮らす社会をサポートするものである必要がある。その規範は「親子間の親愛、君臣間の正義、夫婦間のけじめ、年齢差の序列、友人間の信頼」であり、これが実現し、調和した空間に安心して生きることこそが、人間の本質的な欲求だ、という洞察であり、ある種の定言命題なのだ。陽明学が機能するためには、ある種の調和した秩序を是とすることが、前提としてある、ということだと、理解した。
現代では、その規範は変わりつつあるのだろう、が、まるっきり変わったわけでもない。過渡期であり、秩序が揺らいでいる時でもあり、だからこそ、心の軋轢が高まってもいて…。
日本人の国民性になった中国思想
「調和した空間に安心して生きることこそが、人間の本質的な欲求だ」という洞察と定言命題の上でこそ、陽明学は機能する。そのことを日本の陽明学者たちは理解し共有したp207。こうした安定の上でこそ「心から良きものが創造されるのだ」と。
だからこそ、日本においては、朱子学と陽明学は車の両輪のように、「共存関係にあり、思想家たちは相互に出入りすることで社会を作り上げて」いったp208。
つまり、もともと中国で生まれてた思想である朱子学と陽明学は、異国の地であるはずの日本において、日本人の国民性になった、と著者 大場一央はいう。その結果、人々は、
お互いを尊重した距離感のある共存社会が実現されると信じ、彼らは社会のあらゆる階層で生き続けました。その結果、江戸時代には多くの矛盾や不公正、飢饉や恐慌がありましたが、一方で政治家から庶民に至るまで、皆がそれぞれの仕事や生活に勤勉に取り組むことで乗り越え、世界でも類を見ないほどの高い教育水準とモラルを持ち、ゆるやかにつながる社会を生むことになります。
人々が仕事や生活を通じ、1つの社会を役割分担によって作り上げようとする考えは「職分論」と言われ、それは日本人の国民性になるまで浸透しました。
Grokがいうように、日本での陽明学は禁制扱いであったこともあったが、実際には、陽明学を用いた識者や藩主や為政者が少なからずいた。陽明学を用いた藩政改革で、大きく功績を上げた人々もいたp207-p208。陽明学の位置付けが変わったのは18世紀半ばごろだったようだ。
社会秩序が安定して、人々はその中で安らいで暮らし、人々の心の中からは、何か良きものが次々と創造されていく。
理想郷じゃない?
いやいや、江戸時代には飢饉もあれば、災害も、反乱もあった。何もかもが良かったわけではない。
だけど…世界に先駆けて先物市場が開設され、閘門式運河も世界最古級だそうだ(パナマ運河のような特殊な仕組みの運河)。
それは、令和の現代にも引き継がれているような気がするのは、私だけじゃないだろう。世界でも類をみない、犯罪の少ない国。女性が夜道を歩き、小学生が自分たちで歩いて登下校できる国。そして、少しばかり翳りがあるとはいえ、先端科学技術の国。
著者 大場一央は、もっと格調高い言葉で言っているのだけでど、私は私流で大場の言葉も混ぜながら要約し表現すると、「孔子から孟子、朱子、王陽明と続いて「個」の確立を説いた中国思想」は、「今だけカネだけ自分だけ」というグローバリストのイデオロギーを「批判的に受け止める武器として、今なお日本人の生活の中に隠然たる影響力」を持っている。「私たち日本人の中に、「万物一体」の社会を創造する、明るい未来の種」は確実に存在していて、中国思想が提示した、中間層の経済安定を目指す政策とリンクしつつ、近い未来に、それは花咲き実現すると…大場は予言のような予測のような言葉を残して、本書を終えるのだ。
ああ…もしかしたら、著者 大場一央は「個」の確立という言葉で、聖人を表現したかったのかもしれない。「心で思うことがあっても則を超えず」(論語の「七十にして心欲する所に従えども、矩を踰えず」より)。目の前のことに誠実に、切実に何かを求め、知覚と行動が一致し、心が良きものを創造する。それが社会に貢献する。それは年齢ではなく、努力で、誰であっても、到達しうる境地。
大場はそういう政治家の1人としてフランスのドゴールをあげている。ドゴールが聖人?我欲を落とした末の聖人ではない。そういうふうには見えない。だけど、彼は「自分がフランスなのだ」という立場で外交を行い、内政を行なった。批判があっても信念を貫き、実質ドイツに屈服して、米英に助けてもらってショボショボだったフランスを建て直した。目の前のことひとつひとつに批判があろうと取り組んだ。
ドゴールでなくても、何か大それたことでなくても、目の前のことに誠実に取り組むことで、あなたも聖人になれるかもしれない。あるいは目指せるかもしれない。まわりを明るく照らせるような。
日本にも、だけれど、個人にも、何か希望のようなものを、本書は与えてくれるように、私は思うのだ。
終わりに
記事は書き終えたけれど、消化不良感が半端ない💦
スミマセン💦
だけど、ほんのすこ〜し、だけど、東洋思想の一部が私の中に残った気がしている。
日本社会の強さの一端が見えたような気がしている。
東洋思想の指し示す「万物一体」の社会。それこそが、サステナブルでSDGsでDEIなんじゃないんすかね??お星様から、草花から、山、海、そこに住まう生き物から、さまざまな国々、社会に暮らす人々まで…調和して生きる世界。そんな理想郷がこの世に実現するとしたら…。
ムリと否定するのではなく、その可能性を過去から学ぶのも、アリなんじゃないかな??なーんて💦
いつか、この一連の記事のまとめを書きたいなぁ。スミマセン、消化不良…。
ま、こんな記事ではなく、ほんのちょっとでも、東洋思想、中国思想にご興味を持ったなら、ぜひ、本書を直接、お手に取ってみてください〜。書店へGO!!っす〜。
引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。
また、文言の間違い、表現のわかりやすさなど、随時訂正しています。ご了承ください
おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために
ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
私もまだ読んでいない本もありますが、もしお役に立つようであればご参考までに。
大場一央
日本人が取り入れなかったシナ・中国思想の一面
また別の儒教の解説書
コメントで教えていただいた。
中国史の流れ
伊藤貫
公益資本主義
西洋は国富論(=アダム・スミス、18世紀)まで。東洋は民富にまで2000年前に踏み込んでいる!!そりゃ和魂洋才と言いたくなるよね〜。原丈人さんの国富論は公益資本主義(=民富)のお話。
政策の哲学
佐藤航陽の宇宙会議
彼もまた新しい資本主義を模索しているひとりだと思う。
現代倫理学入門
本書は現代の西洋倫理学を現代的な問題を絡めつつ紹介している良書である。コメントで教えていただいた。30年前の本だが十分今に通用し、読みやすい。XのAIによると「思想は倫理の「地図」、倫理は思想の「羅針盤」です。思想がなければ倫理は根拠を失い、倫理がなければ思想は現実から遊離します」だそうです。
現代的な問題に対して自分なりの答えを見出すための橋渡しとなるように、執筆した、と後書きだかどこかに書いてあったように思う(違ったらゴメンナサイ💦)。
自分なりに心に残った部分を書き出したnoteを書いた。ご参考までに。
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