【読書】武器としての「中国思想」 その1
出版情報
タイトル:武器としての「中国思想」
著者:大場 一央
出版社:東洋経済新報社
発売日 : 2023/9/27
単行本 : 218ページ
本記事は下記のような一連の記事のその1である。
なるほど、『会社四季報』の東洋経済新聞社!
偶然、著者 大場一央の講演を聞く機会があり、「なんてわかりやすいんだろう!」とびっくりし、また内容である松平定信の事績がいかに現代に通用するものであるか、また銀座のガス灯などの財源として役に立ったか、具体的に説明していた。「分厚い中間層を作ることが社会の安定につながる」とかね。「政府=当時は幕府がカネを溜め込んじゃダメ」とか。現代につなげる力を持っている人だと、感じるものがあった。
大場は立て続けに武器としての中国思想、戦う江戸思想、未完の名宰相 松平定信を上梓した。なんか、この順番に読んでほしい、という意図を感じた。そういうつもりは大場にはなかったとしても。
というわけで、本書を読むことにした。
きっと正式には大場一央は中国思想研究者ということになるのだろう。だけどね、この人、自分を「儒学者です」と自己紹介している。違うんだよ、中国思想研究者と儒学者は。中国思想研究者は中国思想と自分が切り離されている。んで頭で研究して、それが今までの研究を踏まえた上で新規なアイディアがあれば、研究として認められる。
一方、儒学者は、自分が語る思想を体現していないといけないんだよ。きっと。私生活もどこもかしこも、どこを切り取っても、儒学を体現している。というか体現するように努力する。努力し続ける。ってか、江戸時代までは、先生とはそういう人だったんだよ。江戸時代までは先生とは教えを体現している人。多分。そういう先生を支える仕組みもあった。そうじゃない人ももちろんいたかも。だけど、たちまち陰口を叩かれた。人の口に戸は立てられない。だから先生は尊敬された。教えを体現する先生を生み出す文化や社会的素地があった。
大場センセの私生活なんて、もちろんしっちゃいないんだけど、一見やわらかくてホワホワした雰囲気の中に、「この人の中には揺るぎない何かがあるんだなぁ」と思わせる。体現している、儒学を。いや実際は知らないんだけどね、そう思わせるものがある。
皆さんが、みずからの人生や、日々の生活に思いを致す中で、本書で登場した思想が素材となって「個」を確立し、新しい生活や仕事を創造することがあれば、中国思想はその本来の役割を全うし、日本国にもまたダイナミズムが吹き込まれるでしょう。そうした橋渡しこそが、本書最大の狙いです。
著者 大場がいう「個」を確立するというのが、儒学を体現しながら自分自身を生きる、ということなのではないか?それによって「新しい生活や仕事を創造する」のだ、と。いかにもビジネスマンやビジネルスウーマンが興味を持ちそうなことじゃありませんかね?いや、現代人であれば、誰もが興味を持ちそうな、深いテーマが隠れていそう…。
本書で扱う中国思想の流れは、「個」の確立と生活を通じた社会変革を軸としています。これを眺めることで、中国の歴史と思想の関係がわかると共に、実は中国思想が日本人の価値観や生活の中に、今もなお健在であることが理解されるはずです。
ということで、本書の章立てに沿って、読んでいこう。
大場一央の講演会動画は案外たくさんYouTubeにある。本書ではないが未完の名宰相 松平定信の著者本人による紹介動画もたくさんある。本記事終わりの方に載せてあるので、よかったらどうぞ。
中国史年表
下記年表が一番わかりやすい。引用させていただいている。

もし、中国史をざっと復習したい、とご希望であれば、世界史解体新書の動画がわかりやすくてコンパクト。記事も書いたのでご参考までに。
本書の目次
第1章 なぜ「無敵の人」が増えるのか―春秋戦国時代と諸子百家
第2章 なぜ昭和は景気が良かったのか―儒教の登場
第3章 なぜ官僚は叩かれるのかー中華帝国と官僚
第4章 なぜ保守と革新は争うのかー旧法党vs.新法党
第5章 なぜ日本人は独創性がないと言われるのかー北宋五子と道学
第6章 なぜ人間性と能力は比例するのかー朱子学とは何か
第7章 なぜ未来は明るいのかー陽明学とは何か
以降、本書に沿って、本書を読んでいくが、見出しでは後半部分のみを書いていく。冗長さを減らすために。
第1章 春秋戦国時代と諸子百家
本記事では中国とシナの二刀流
尊敬する岡田英弘センセによれば、シナの歴史は秦から始まるという。ちなみに岡田センセは1912年以前の中国はシナと呼ぶ。「シナとは城壁都市の成立、漢字という表音文字によるコミュニケーションの成立、複数の城壁都市を支配する皇帝の存在によって定義され、シナの歴史は秦の始皇帝(前221年)による統一から始まる」(書籍『シナとは何か』関連読書記事)。
本記事では、中国という呼称(本書の著者 大場一央はそう呼ぶ)と、岡田英弘流のシナという呼称と二刀流で行こうと思う。
秦より前の諸子百家、百家争鳴が中国思想の基礎
…つまりシナの歴史は秦から始まると思っていたので、中国思想史が秦より前の春秋戦国時代から始まっていることに驚いた。イヤ、私が無知ってだけなんだけどね。そして、春秋戦国時代の有力国家 斉は、殷が没滅した直後に建国され、その歴史は当時の覇権国家 周と同じほどであった(当時の覇権国家とは当時の中心地である中原を制したということ。中原以外の地の支配権は問題にされなかった)。つまりね、その後に建国され超有名な秦より、ずっと長く、800年ほどの歴史があった、ってこと。秦が斉を滅ぼしシナ統一を果たしたとしても15年だからね、存続期間が。800年の長きにわたって存続したのは、大したものだと思う。だって、その後のシナの歴史でそんなに長続きする国家は出てきてない。比較的長い時間存続した国家でも、どれも300年程度。だから周や斉などの存在した春秋戦国時代は、その後のシナの形成に多大な影響を及ぼしたといえる。
さらに驚くべきことに、斉には主力産業(塩の精製)があり、工業化を成し遂げ、自由競争社会であり(覇道と功利)、経済力と外交力によって国家基盤を盤石にした、と。今から2500年前にですと!?そして、学園都市(稷門)を作り、そこに優秀な人材を集め、功利からあぶれた能力ある人々を食客として囲い、ここに集まった学者は諸子百家、その議論は百家争鳴と称された。能力のない人々は「無敵の人」として無頼者になった、と。
なんか、すでに現代のこと、言われている気がしませんか?
こんなに活気のある800年の歴史を誇る斉だったのに、あっという間に秦に滅ぼされ、秦も長続きしなかった。こりゃ、何か歴史から学んで現代に活かせるものがありそうじゃないですか!
功利と覇道
功利というのは、私利私欲に走って、個人的な利益を得ること。覇道というのは力に任せて、国を牛耳ること。
もう少し丁寧にいうと、功利は、経済的な利益や効率を追求すること。覇道は、能力のある人物が、身分や伝統にとらわれず、経済力と軍事力によって国をまとめあげることp23。行き過ぎると、上のようなまとめ方になる。
でも、それだけじゃ世の中回っていかないよね。力づくなんてサステナブルじゃない。ってことで、いろんな工夫が提案され、実行される。それが諸子百家であり、百家争鳴。為政者が採用していく。
すごく質素倹約で賄賂を受け取らない宰相が現れたり、法令や規範を作って行き過ぎを是正したり。
つまり、今から3000年前には、すでに「経済的な利益や効率を追求」したり「能力のある人物が、身分や伝統にとらわれず、経済力と軍事力によって国をまとめあげる」だけじゃダメだってわかっている!!!
これって、自由と民主主義のある種の否定じゃないっすか??
ポスト近代へのヒントは、3000年前に!?
これまた尊敬している伊藤貫センセがよく言っている「ボクはオーソドキシィだ」とか「世界情勢や政治学を深く理解するためにはギリシャ哲学、ソクラテスやプラトン、アリストテレスを学ぶべきだ」に通じるものがありませんかね?日本人の場合は、我々を1000年以上培ってきた中国思想に回帰せよ、と。つまり、それが本書の題名 武器としての「中国思想」に現れていませんかね?というわけで…。
もちろん著者 大場には3000年前の出来事や著作で語られているものを、現代人にわかるように、現代に置き換えて説明する力がある。だから、私は、その手のひらの上で転がされているだけだ。だから、ご興味のある人は直接本書を読むのがきっと早い。ぜひそうしてください。
では実際、どんな思想が提案されたのか?本章では下記について説明がある。孔子と孟子は次章で説明されている。
老荘思想と墨家思想
荀子と韓非子
始皇帝は法家とともに何をしたか
老荘思想と墨家思想
老荘思想や墨家思想は、功利や覇道に乗り切れなかった人たちの思想だ。著者 大場はいう。「能力があれば食客、なければ「無敵の人」になった」「国が完全雇用を保障しない中での喰い合いだった」。こうした世の中から逃避しようという思想。それが老荘思想だという。
老子の思想
老子:春秋時代の人
老子の存在は現在の研究では疑われている。が、伝統的には宮廷図書館の管理人で、その後、西に向かって旅に出た。
思想の大筋:現実社会での成功にも目配せしている。
世界には全ての存在に先立って、それらを成立させている「道」というものがある。
人間は世界の一部に過ぎず、世界が変動しながら調和していく流れの一コマ。その中で社会の繁栄や衰退、人間の幸不幸も起きる。
人や社会の混乱や不幸は「作為」から生まれる。人間が作り上げた文明こそ、道の調和を乱し、戦乱や貧困を産む。
無欲な人々が小さなコミュニティで満足して暮らす。これぞ平和。
無為自然でいれば無害で脅威に映らず却って出世する。己を出さないリーダーの方が、部下たちに居場所を与えて組織が活性化する。
荘子の思想
荘子:戦国時代の中頃、宗という国の農場に勤めた役人。立身出世を拒んで自由に暮らした。
思想の大筋:現実逃避を徹底した
人間の頭で認識できるものは、全て無意味で虚妄である。それに執着し対立や不幸が生まれる。
全ての存在は平等に無価値であり、同時に価値を持つ。
相対的な立場を超越して、全てを俯瞰し調和させる存在がある。「道枢」とか「天」と呼ぶ。
天の立場から俯瞰してみる意識を持ち続け、欲望や悩みがどうでも良くなるように相対化を続ければ、ついには自我から解放されて無欲となり、悠々と生きる境地が身につく。
老荘思想への批判
功利に慣れきって執着心の強くなった自我を持て余し、社会や人間を冷やかしたり境界線を引くことで、自尊心を守ろうとした思想
なんか、現代のスピリチュアルに逃げる姿勢への批判に被るなぁ。ってか、大場は、そのよう現代のスピリチュアルも批判しているのかも。
墨家思想
墨子:春秋時代の末期から戦国時代の初頭の人。罪人?職人?謎多き人物。
思想の大筋:新興宗教的。集団生活を行う。
お互いが自分を愛する心で他者を愛せば、平等で平和な社会が実現できる。
家族や郷土愛を否定。祖先祭祀の縮小。消費生活からの脱却。質素な生活で、神に直接仕えるような信仰心を育成。
侵略戦争を全否定。土木技術を駆使した防戦戦闘術を展開。防御側を支援。
墨子が亡くなってからは、独自ルールで生活する社会変革運動を行う。
不思議な人々だ。
荀子と韓非子
荀子と韓非子は師匠と弟子の関係だという。「荀子は儒家でありながら、弟子の韓非や李斯が法家思想を大成する上での架橋となった人物」とのこと(googleAI 2025/11/8)。本書の著者 大場一央によると、法家として、韓非子の評価は高く、李斯のは低い。李斯は後に秦の始皇帝の側近となるのだが「嫉妬の駆られて韓非子を服毒自殺に追い込」んだと評している。韓非子は法家思想の完成者。李斯は実行者。
荀子も韓非子も体制の中で活躍した人々だ。功利的な世界から逃れるのではなく、それをコントロールすることで克服しようとした。
荀子の思想:儒家でありながら法家思想への架け橋となる
荀子:戦国時代末期に大規模な理論化を行う。50歳で斉に遊学。稷門の祭主(=学長)となる。讒言により斉を追われるも楚で県令(=知事)となる。そうしたことも活かし政治学を生み出す。
思想の大筋:人は生まれつき欲望を持ち悪事を働く(性悪説)。そのため「礼」を厳格にし、守れば褒美を与え、守らなければ罰を与える。礼は古代から試行錯誤して作り上げられた規範、制度、法律、政令。礼はいわばパッケージソフトでありシステム。政治、経済、教育全般をシステム化し、人々の欲望を誘導し、コントロールすることで社会を豊かにする。人間の社会的能力に期待。
国家による精神的、物質的な統制を強め、
公正な利益分配を実行
社会を安定させる道筋を開いた
韓非子の思想
韓非子:荀子の弟子。法家思想を完成させた。韓の貴族の子弟。
思想の大筋:全国規模で存在した功利を克服する試み、思想の集大成。人間は常に自己の利益を追求する傍ら他者を妬み嫉み、隙あらば寝首をかこうとする救いようのない反社会的存在。社会の安定には徹底した人間性の排除と完全なコントロールが必要。「法」「術」「勢」。法は制度、政令、刑法。術は人間操縦術。勢は権威、権勢。すべてがマニュアル化された世界で、客観的に定められたシステムに合致したものだけが評価される世界。完全雇用と信賞必罰、法の下の平等が純粋に実現する。法による専制。
なんすかね、人間は漂白されたロボットですか??
共産党臭さが…こんな時代から??秦の始皇帝の論理的支柱が??
これが戦国時代を終わらせ天下統一を実現する思想となる。
功利が行き着く先は、こうした専制体制。今日の私たちがいる世界でも似たようなことが進行中なのでは??
始皇帝は法家とともに何をしたか
秦は法家思想と相性の良い国だった。中央から遠く離れた西方が出身地であり、煩雑な礼法や家族制度から自由。戦国時代に法家思想を受け継いだ宰相により大規模な政治改革を行った。全国民から地域性や血統などの個性を剥奪し、専制支配のもとで完全平等となるような国に作り変えた。
始皇帝の時代に韓非子の思想が採用される。豊かな農業生産、増える人口、大量生産された鉄製の武器によりシナ全土を征服。天下統一後、各地の王や貴族の身分を剥奪し、全国に先制的な支配を敷き、官僚を派遣。度量衡の統一や通信網や道路の整備、造船所、大運河、万里の長城などの大規模建設を実施。
始皇帝の天下統一は、人間をモノとして統一する事業だった。功利という価値観に屈した人間が、自分の存在価値に見切りをつけた結果のディストピアだったのでは?
これってダボス会議などが、盛んに喧伝する、個人は何も持たない社会、大企業のもとでの平等や全体主義に似ていませんかね?
第2章 儒教の登場
儒教といえば、孔子。そしてその後継として、著者 大場は孟子を挙げている。
儒教も功利に対抗する流れの中で出てきた。同じように功利に対抗する思想である、老荘思想、墨家思想、法家思想の、また別のオプションの一つであると言える。
老荘思想:功利の世の中から逃げ出して無為自然に生きる。
墨家思想:新興宗教的コミュニティを作り、土木技術を駆使して徹底的な防御。
法家思想:性悪説に基づき、人々を徹底的にルールで縛り社会の安定性を確保。次世代の覇者である秦の基層の思想に。
では、儒教は?
礼という考え方
孔子は「礼」を復活させた人なのだという。では礼とは何か。
それは天地を祀る祭祀と、祖先を祀る祭祀から発展した。天(天体など)に法則があるように地(人間社会)にも法則があり、
祭祀においてそれぞれの立場と役割を定め、秩序だった儀礼を行えば祝福が下るように、政治においてもそれぞれの立場と役割を定め、秩序だった統治を行う国家にこそ、天は繁栄を約束するのです。
そして、
天の代行者としての王
規範を整備して人々を秩序化する
天の代行者として正当性が認められれば、
「天命」を受けた「天子」としての権威を身にまとう
天命を受けたかどうか判断するのは輿論
天命を失うのは
王が自らの規範を守らず、社会全体の規範を構築できない場合
天命を失えば
反乱と政権交代すなわち革命が起きる
前近代のシナにおいて政治とは
礼を確定すること
しっかりした礼であれば、あとは自然と期待通りに社会が回るはず
細々した事務作業は2次的な問題
礼は人間の素朴な心情が納得するような規範。人間を改造するようなモノではない。
その点で荀子は異端者。礼は人間が作り出したシステムだと断定し、人々の欲望を誘導しようとした。さすが法家の先駆者。
人間の最大要約数としての礼の完成を目指した
そのためデータを集めた。
地方の地理、文物、風俗、人情。時代ごとの心理的物質的な変化を計測。地域、世代など異なる価値観を集め人情を汲み取った。
結果を経書(儒教の聖典)に残した。
他者に距離感のあるコミュニケーションが図れるようになる。
徳という考え方
徳のある人
礼に沿った言動や心構えができている人
徳は礼を永遠に再構築する母胎である
日本人は一般的に「心と形が備わった人には、優れた人間性が備わっている」と考えることが多い。徳という考え方にも馴染みが深いのではないか?
「立場と役割を確定していく作業は官職制度や家族制度を生み出し、春秋戦国時代になると、政令や刑罰と合わせて「法」へと発展」。「礼は中国文明そのものといっても過言ではない」。
…と、このように著者 大場はまとめているが、礼は日本人が取り入れた中国文明そのものといっても過言ではない、が適切なのでは〜、と思ってしまうのは、素人が過ぎるのだろうか??
儒教とは
儒教
孔子:創始者
孟子:孔子の弟子
孔子の思想
孔子:春秋時代の末期の人
時代背景:率先して人が礼を守らなければ社会が機能不全に陥る。周王が礼を守らずに春秋戦国時代に突入した。功利が浸透し、礼は時代遅れの規範として軽視された。
貧困の中であらゆる仕事をし、学問に精を出した。頭角を表し、身分の高い貴族も弟子入りするようになった。礼の復興を目指したが、孔子を雇う主君は現れなかったが、多くの弟子たちを輩出し、各地の諸侯に登用され、政治、外交、軍事、教育など多方面で活躍。歴史に名を残した。
思想の大筋:礼の復興
優れたテキストとスキルによって弟子たちは諸侯に重宝された
『詩経』『尚書』など文物や習慣、人情を集積したもの
六芸:礼・楽・射・御・書・数
諸侯はあくまで教養やスキルがあればよかったので孔子自身は雇わなかった
仁:完全無欠な徳
すべての存在を包み込んで、長所を最大限に生かす
聖人:仁を備えた人
君子:仁ほどではないものの部分的な徳を身につけ、自律した「個」を確立した人:人の上に立つべき人は生まれつきではなく、徳を身につけ、自律した「個」を確立した人であるべきだ:孔子は礼を完全に復興すべく、身分の流動化を暗示した革新的な思想家であった
孟子の思想
孟子:戦国時代中期の人
相手の議論を自分の議論に吸収して利用する能力が高い論客。合気道のような弁論術。
思想の大筋:国民の資産「民富」こそが国力であり、税収の多さ「国富」は国力ではない。人は安定した収入がなければ、人のことを思いやる道徳心は持てない。
王にとっての最大の利益は国民からの支持
支持を得るために国民生活を豊かにし、国民は道徳心を養うべし
国民には現物支給ではなく生活手段を提供する。
王道:徹底的な民富育成の政治のこと
士:安定した収入源がなくても人を思いやる道徳心がある。利害に心を動かさず、自律した「個」を守る。士を育てるには家庭ではなく学校教育が必要。
王道政治では:
経済政策により、まず貧困の解消と所得の安定を目指す
その後で、士を育成する。
性善説:人には良い面があるのでそれを伸ばすようにする
徳を養う4つの端緒(とっかかり)を四端という。
人には誰にも四端があるので、プロセスを踏めば誰でも四端を拡充して仁義へ向かう。そして政治家の善し悪しに振り回されない心が培われる
それが社会の気をコントロールし、社会が安定する
そして君子が誕生し礼が復興する
四端を拡充できる環境にあるのに、サボっている人は人ではない。犯罪者。暗に悪政を行う政治家は人間ではないから殺されたといっている。→革命を追認しているようだ。
仁者無敵:仁を滅ぼせる敵はいない
孟子への批判:理想的で、現実的ではないと言われた
孟子の思想の影響
王安石:シナ近世の大政治家。孟子の思想に基づいて改革を行い、財政は安定し軍備も増強されたが、大地主や官僚の反発により改革は頓挫した(世界史の窓)。
徳川家康:『孟子』を愛読。武士を「士」にして日本を道義国家にしようとした。
昭和の高度成長期:徹底した中間層の保護育成は、王道政治とよく似ている。「累進課税」「終身雇用」「年功序列」「護送船団方式」など。
現代でも国富重視=(財政均衡主義)は現実的、民富重視(=例えば公益資本主義)は理想的と言われる。その構図は孟子や王安石の時代と同じ。だけど、昭和の高度成長は20年続いた。実際に実現し、ある程度続いたという事実は大きい。
国富重視;財政再建派や構造改革派:グローバル大資本を重視
民富重視:積極財政派:中間層重視
孟子の思想は、今後も形を変えながら現れてくるのでは?
第3章 中華帝国と官僚
さて、ここから秦以降の思想となる。
話はとんで昭和の頃の日本。
…昭和の頃、中央省庁に所属する官僚は、さまざまな法律、行政命令を行使して、日本社会の枠組みを作ってきました。そこでは多くの規制が設けられ、日本企業同士がつぶしあうことを避けて経営や雇用を安定させつつ、国際競争力を維持したのでした。
昭和バブル世代の私にとっての官僚はまさにこのイメージ!『官僚たちの夏』なんて小説やTVドラマがあったなぁ。テレビドラマにはNHK、TBSと2回なっているそうだ。本書の著者 大場によると「「日本型経営」という思想にもとづき、あらゆる法規制を編み出して貿易自由化に抵抗した、日本の通産官僚による命懸けの戦い」が描かれているというp89-90。ちなみに「日本型経営」には戦前に来日した経済学者 シュンペーターの影響があるのでは?と言われている(『入門シュンペーター』)(イノベーション論の、あのシュンペーターですよ!!)。
国のトップ、総理大臣や経産大臣は変わっても、官僚は変わらない。「国家運営は自分たちが担っている」という自負も気概もあっただろう。「国益を守るんだ」と。今はどうだろう?規制緩和という掛け声で、国の関与は程々で、グローバル大企業が日本を食い荒らす結果になっている。失われた30年だ。「審議会」だの「ルールに基づく政策」だの「グローバルな協調」だの官僚はその裁量権を発揮しづらくなっている。高度成長期には、汚職や癒着があったとしても、国全体が豊かになっている手応えがあった。
では、そもそも「官僚」なるものが生まれた時には、官僚とはどういう存在だったのか?
そもそも官僚とは皇帝の奴隷
官僚とはそもそも皇帝の奴隷から始まった。皇帝の手足となって、帝国の隅々まで張り巡らされた神経ネットワークのようなものだった(『シナとは何か』)。いや、秦の始皇帝が皇帝を名乗る前、春秋戦国時代頃から官僚はいたのだというp76。というのも、王の周りにいる貴族たちは、特権のネットワークを作り上げていて、王といえどもその利権をとやかくいうことができなくなっていた。だから王の手足となる別動隊が必要だったのだ。
秦は中央集権を強め、法を多用し、人々をがんじがらめにした。その反発から秦はすぐに崩壊した。その経験を受けて漢の時代には、中央集権と地方の権力のバランスを取ろうとしたが、これが難しい。結局行き着く先は、礼の復興だった。
…推挙された官僚は礼の学習によって規範を身につけ、国家のあるべき姿を考えるようになります。そうすると権力の獲得よりも公正な規範意識が強まり、公僕としてのニュアンスが強くなります。
お。いいんじゃない?国づくりとして。だがこれが地獄絵図の始まりだと気づいた人はいただろうか?秦に続く漢は、儒教の礼を法家の法に落とし込んでいく「儒法併用」を行なった。これは結局、官僚の権威を確固たるものにし、礼のイデオロギー化と官僚の貴族化を招いてしまう。
貴族を抑えるための官僚が貴族へと変貌
礼のイデオロギー化は漢の国力を高め、後に「漢民族」と自称するほどのアイデンティティを生み出したが、イデオロギー的思考こそが官僚たちを滅亡へと追い込むことになる。つまり貴族を抑えるために採用された官僚制度であったのに、官僚たち自身が特権を持つ貴族へと変貌していった。利権を欲しいままにできるからね。権力闘争はやがて戦乱へ。そして古代の礼の「禅譲」という政治オプションを発明して、400年にわたる漢王朝を滅ぼし、魏王朝を開いた(これが魏志倭人伝の魏だよ)。
「禅譲」という政治オプションは地獄絵図そのもの。力を持ったものが次々に禅譲を迫り、新王朝を開いていった(五胡十六国時代、南北朝など。合わせて魏晋時代という)。「魏晋以来の貴族たちは、財力と政治力を背景に、いち早く服属し、どの王朝にも澄まし顔で居残り続け」たp82。官僚たちが貴族になったということは、
…公的な使命感が即物的な上昇志向や名誉欲に変質し、逆に国家を滅亡させても私益を追求し続ける厄介な存在になります。
「国家を滅亡させても私益を追求し続ける厄介な存在」。
ぎょえ〜。今の官僚や政治家さん、大企業の経営者たち。↑のようになっていませんかね!?ちょっと、我が身を振り返ってもらえません??
科挙による一君万民の国家体制
久しぶりの統一国家 隋もその後に続く唐も北方民族の系譜に連なる王朝だったp83。隋では科挙を開始し、唐ではシナ史上有数の華やかな文化が花開いたp83。国際交流も活発であったし、現代でも漢詩や文章はこの時代のものが好んで読まれる。唐では国定教科書というべきテキストが編纂され、科挙の制度がいっそう整備された。科挙によって礼と法を公正に運用し官僚によって貴族を抑えようと試みられたが、貴族が有利であることは変わらなかった。学力や教養が身につくサロンを形成できる財力があったためだ。
宗王朝が始まると、「唐宋変革」と呼ばれる現象が決定的になった。大運河や全国的な流通網が整備され、経済が活発になるにつれて、貴族に対抗しうる大地主や大商人が生まれた。そして読書人(文化エリート)を育成し、彼らは科挙を経由して官僚になっていった。
この頃の発明品には、羅針盤や火薬、活版印刷などがある。また、交子という約束手形が盛んに発行され、やがて紙幣へと発達する。
やがて読書人らは士大夫と呼ばれるようになる。大地主であり、大商人(資本家)であり、読書人(文化人)であり、官僚(政治家)であるというスーパーエリートなのだが、魏晋から続いた貴族制に終わりを告げ、公正なペーパー試験で選抜された庶民が国政に参加し、皇帝と国民しか存在しない一君万民の国家体制が出来上がった。この大規模な体制変化を「唐宋変革」という。これでシナの官僚制度は完成の域に達した。
官僚には思想が不可欠
著者 大場は続ける。
…日本も中国も、官僚たちの思想が国家の枠組みを作り、その枠組みが景気や国力を大きく牽引するため、その動向が国民生活に直結し、批判の対象になることは避けられません。…ただ官僚を叩けば良いのではなく、官僚に思想がないということは、多種多様な価値観に翻弄され、国家がばらばらになることを意味するのですから、官僚こそ時流に関係なく、研究を重ねた思想を持つことが望まれるのです。
スーパー官僚である中野剛志氏が『政策の哲学』を上梓したのは意味があるなぁ。本書の著者 大場一央の『未完の名相 松平定信』も「時流に関係なく、研究を重ねた思想」を持った人として松平定信を描いているのだろうから、やはりぜひ読んでみたい。
天子と皇帝
秦の始皇帝より後のシナ大陸を統一した為政者は皇帝と称した。一方で、祭祀と外国との付き合いは異なる。まとめると下記のようになる。このように呼称を分けることで、シナを一つにまとめつつ、諸外国と並立するという統治方法を発明したp92。
国内用呼称:皇帝
王と呼ぶと、一地方との支配者としか見なされず反乱や独立が起こる
祭祀用呼称:天子
シナの祭祀は天という概念が重要で、天を祀るものを天子と呼んだ。のちに天子を天そのものとする概念の汎用化が起きた。
外国用呼称:天子
皇帝と名乗ってしまうと、相手の国の王を、実態もないのに言葉の上で支配下に置くことになり要らぬ摩擦が起きる。
王と名乗ると、相手の国王と対等な関係になり、国内の手前、よろしくない。少しでも上に見せておきたい。
外国との関係:冊封体制
皇帝の都市ネットワークの及ぶ範囲が国なのだが、では外国とはどのような付き合いになるのか?
冊封体制:世界は皇帝によって統治されるという建前を残しつつ、諸外国との棲み分けを可能にする外交関係
周辺諸国の王はシナ王朝の序列に組み込まれ、体裁としてはシナが拡大する形となる。
朝貢:周辺諸国とのやりとりの処理方式
外交関係:周辺諸国の使節を迎え入れて王位や爵位を授け、服従しに来たという体裁を取る。
貿易:周辺諸国からの貢物に対する返礼という体裁で処理。
文化的な上下関係:華夷
華:文明
夷:野蛮
儒教を用いたイデオロギー化
華:漢の礼を取り入れた地域
夷:漢の礼を取り入れない地域
周辺諸国の分類
外臣:漢の礼を取り入れた国
朝貢国:礼を取り入れず朝貢だけに来る国
化外:全く関係しないもの
中華思想
上のような自国優位の世界観
歴代王朝は中華思想に基づく中華帝国として、周辺諸国と対峙する。
帝国とは何か:イデオロギーによる支配
今日でも帝国について定義は定かではないとのことp94。ただし、精神的、物質的な統一を目指す国を帝国とは呼べそうだ。もう少し詳しくいうと、あるイデオロギーを、異なる文化、言語、人種の上に、あたかも全人類に適用されるイデオロギーとして、覆い被せ、一つにまとめようとする、そういう国p94-p95。
あれれ?おカネの前での平等をグローバル資本主義では唱えませんかね?何よりもおカネこそが尊いのだ、おカネの前に平伏せと。グローバル資本主義という帝国は…。
シナおよびC国の場合、そのイデオロギーが秦の法家思想であり、漢以降の儒教、そして現代では共産主義である。地域横断的に募集された官僚たちによって、時空を超えて適応可能な礼を開発していくことは、文字通り中華「帝国」を建設する行為に他ならないp95。
しかし、いかにシナが自国を世界の中心と位置付けようと、諸外国との情勢によっては、周辺国の方が強くなる場面も出てくる。「「中華思想」の本質は焦りにも似たコンプレックスかもしれません」と著者 大場は本章を結んでいる。
だけどね〜、一帯一路とか、あらゆる方面での領土的野心とか。いまだに冊封体制の中華帝国意識のままなんじゃないんすかね?ま、それが覇権国家ということっすか?そんな国が隣国!?ヒョエ〜。
以降、下記のように続いていく予定です。
【読書】武器としての「中国思想」 その2 第4章、第5章
【読書】武器としての「中国思想」 その3 第6章、第7章
引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。
また、文言の間違い、表現のわかりやすさなど、随時訂正しています。ご了承ください
おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために
ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
私もまだ読んでいない本もありますが、もしお役に立つようであればご参考までに。
大場一央
日本人が取り入れなかったシナ・中国思想の一面
中国史の流れ
伊藤貫
公益資本主義
西洋は国富論(=アダム・スミス、18世紀)まで。東洋は民富にまで2000年前に踏み込んでいる!!そりゃ和魂洋才と言いたくなるよね〜。原丈人さんの国富論は公益資本主義(=民富)のお話。
政策の哲学
入門シュンペーター
佐藤航陽の宇宙会議
彼もまた新しい資本主義を模索しているひとりだと思う。
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