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【読書】政策の哲学 その1

出版情報

  • タイトル:政策の哲学

  • 著者:中野 剛志

  • 出版社 ‏ : ‎ ‎ 集英社

  • 発売日 ‏ : ‎ 2025/1/24

  • 単行本 ‏ : ‎ 352ページ

本記事は一連の『政策の哲学』紹介記事のうち、その1である。

官僚も感じている行き詰まり感

 著者 中野剛志は現役の経産官僚で評論家だ。
 元々多作な著述家であるが、昨年から今年にかけて多分、彼にとっても重要な著書を2冊著した。一冊が『入門シュンペーター』であり、もう一冊が本書『政策の哲学』だ。『入門シュンペーター』に関してはすでに紹介記事を書いた。

 そして、この本も、Amazonでいまだに政治学や経済学入門の分野で10位以内に入っているベストセラーなのだ(2025.05.16現在)。

 頭脳明晰な、中野のような官僚にとって、主流派経済学に乗っ取られ、財政均衡主義を唱えながら、ルールに基づく政策だの、証拠に基づく政策だの、政治家でもない官僚でもない諮問委員会が大きな権限を持つ国家運営のあり方には常々言いたいことがあったのだろう(ほら、567枠💉被害に関して厚労大臣がしょっちゅう「審議会が〜」って言ってるアレね)。

 ん?財政均衡主義が変なことは、財務省解体デモとかで、少しずつわかってきたけど、ルールに基づく政策がダメなの?証拠に基づく政策も?

 それだと、「今」の実態が見えなくなってる。ルールを決めたのも、証拠も過去のもの。そうじゃなくて、今の実態を把握しつつ、その実態に呼応するように政策担当者が自らの裁量で、政策を編み出してゆく。それは決して独善的なものではない

 「公共政策の実存論的理論」も疑似科学的なドグマから、政策担当者を解放するであろう。…「ルールに基づく政策」だの「健全財政」だの「証拠に基づく政策」だのといった疑似科学的なドグマは、国家政策を不必要に制限的、硬直的で、非現実的なものにし、不足の事態や複雑な事象への対応を困難にする。

政策の哲学 p329-p330

 では、『疑似科学的なドグマ』でないものがあるとしたら。それが政策に役立つのだとしたら。
 中野は政策の効果測定に『科学的評価』を導入することが必要不可欠だという。

 もちろん、政策の効果を科学的に評価することは重要なことではある。
 とりわけ、「公共政策の実存的理論」は、政策には科学実験に類似した政策があることを認めるものである。…政策を実行し、それによって社会的現実に対する新たな知見を獲得し、さらに政策を実行し必要ならば修正するという試行錯誤の過程である。そのような…政策決定過程においてこそ、政策効果の科学的評価は必要不可欠と言ってよい。

政策の哲学 p238-p329

 中野はロイ・バスカーの科学哲学を採用し、社会科学も真に科学として扱いうるための条件などを丹念に見ていく(超越的実存論、批判的実存論)(第二章、第三章)。そうすることで、

 …ドグマから解放された政策担当者は、政策を実行することを通じて、社会的実存と頻繁に接触し、裁量的政策の経験を蓄積することで、社会の構造とメカニズムをいっそうよく知り、政策実行能力をさらに高めることができるようになるであろう。

政策の哲学 p330

 つまり「こうであるはずだ」とか「こうあるべきだ」という色眼鏡で社会を見るのではなく、ありのまま=実在を見ることで、政策担当者は、初めて見る事態であっても、少しずつ、政策を適用し、プラスの手応えが感じられれば、それをより広範に適用するなどし、マイナスであれば、差し控え、「社会の構造とメカニズムをいっそうよく知り、政策実行能力をさらに高めることができるようになる」と言っているのだ。
 まあ、庶民としては、あんまり実験めいたことはしてほしくはないが、社会や国家は、結局物理的実態があるわけではなく、人々が今まさに作り上げている構造やメカニズムであり、

…構造やメカニズムは、直接的に観察することができない実在の領域に存在する。このため定量的な分析も解釈的な分析も、構造やメカニズムの存在を直接的に示しうるものではない。しかし、その存在を間接的に示唆することはできる。…社会の構造やメカニズムは存在するのである。

政策の哲学 p324

こうした実在をもとに政策を少しずつ実行していくほかに、ではどういうやりようがあるのか?今現在は、実在=ありのままにあるものを見ようともせず、まるで天から降ってきたかのような政策を実施し続け、30年の疲弊を生み出しただけではないか…。
…と言っているかのようだ。

 あるいは日本人謎の大量死
 この事実のありのままに向き合おうともせず、スルーし続ける厚労大臣、厚労官僚たち。この謎の大量死をもたらしている、構造なりメカニズムが日本社会の中にあるはず、なのだ。
 厚労大臣が目を逸らし続け、厚労官僚が目を逸らし続け、本来PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)が行うはずのことを、藤江成光さんをはじめ各種民間人や民間団体が、調査を続けている。
 それからイベ◯メ◯◯ンなどの有効な薬剤を承認しない現状。
 どうなってるの??
 私は本書は、こうした活動に関しても理論的なバックボーンを与え得るのでは、と思っている(いや医薬と関係ないし、だいぶ抽象度は高いけど)。

 もちろん本書は優れた公共政策に関する哲学の書なのだけど、同時に、なんだかさまざまな科学とも呼べない擬似エセ科学や、ルールや審議会の決定に縛られて、身動きの取れない、つまらない仕事しかさせてもらえない、優秀な官僚の嘆き節というか恨み節が聞こえてきませんかね?(耳の悪い私の空耳か…💦)

 優秀な官僚は転んでもタダでは起きない。

 では、科学とはなんなのか?国家とはどのようなものなのか、今描きうるものを描き出したのが本書なのだろう。
 こういう本を著す官僚が内部にいる、ということ自体が日本が言論の自由が担保され、よい国である(問題は山積みであるが)ひとつの証左のように思われる。

 以降では本書の構成と、第一章の要約紹介、今後の記事の予定などをお知らせしていく。

 本書は決して読みやすい本ではないが、難しすぎてどうにも、こうにも、という本でもない。
 特に官僚を目指す若い人や、社会科学に興味のある人などにはぜひ読んでもらいたい(…と老婆心…💦)。
 本記事はそう長くないが、ネタバレを好まない人は目次を貼るのでご希望の場所に飛んでください。よろしくお願いします。


本書の構成

 本書は基本的には、2014年に亡くなった、ロイ・バスカーという科学哲学(社会科学に関するもの含む)の研究者の知見に負うている。それは批判的実在論とか超越的実在論とか言われるもので、社会科学を志す人々の間で、ある種の盛り上がりを見せているらしい。
 そして、主流派経済学がいかに箸にも棒にもかからない代物か、説いている。それはバスカーによらず、ひとり主流派経済学が科学的でない(論理的でない)ことによっている。いわゆるMMTや『入門シュンペーター』とはまったく違う視座で、論破(というのだろうなぁ)しているので、そういう意味での面白みもある。
 だが、本書の真骨頂はなんと言ってもバスカーによる社会科学へのアプローチにある。次回の記事以降で、詳細に紹介する予定である。

本書の目次

 一応、本書の構成に則って、記事も構成していく予定である。なので、本書の目次を掲載しておく。

序論
第一章 実証経済学とは何か
第二章 科学とは何か
第三章 社会科学は可能なのか
第四章 国家とは何か
第五章 政策とは何か
第六章 ポスト批判的実在論
第七章 政策はどのように実行されるのか
第八章 複雑系の世界における政策
第九章 財政哲学
第十章 政治とは何か
結論

政策の哲学 目次より

主流派経済学は科学ではない

 本書の第一章 実証経済学とは何かで主流派経済学が実証主義であることを述べ、それがいかに「科学ではないか」を説明している。

主流は経済学が使う非現実的な仮定

 よく知られているように主流派経済学は、下記のような非現実的な仮定の上に成り立っているp26。

  • 合理的経済人

    • 自己の経済的利益を最大化するために合理的に行動する個人

    • 社会の影響を受けない、自律している

  • 一般均衡理論を基礎としている

    • すべての財貨に関して需要と供給が一致している

    • 貨幣を想定していない(物々交換の世界)

自由貿易は主流派経済学が是としているお題目のひとつだが、これも下記のような非現実的な仮定をしているというp27。

  • 世界には、二国、二財、一つの生産要素(労働)のみが存在する

  • 生産量は規模に比例する

  • 労働は完全雇用

  • 生産要素は変化しない

  • 労働資本国内は自由に移動可国際的な移動はできない

  • 運送費用はゼロ

 このように、主流派経済学は、極めて非現実的な仮定をいくつも置いた上でしか成立しない…極めて脆弱ぜいじゃくな理論体系である。それにもかかわらず、主流派経済学はその非現実性を根本的に改めようとはせず、むしろ悪化させながら現実の経済政策に対して大きな影響力を行使し続けてきた。
 これは極めて恐ろしいこと
ではないだろうか。

政策の哲学 p28

主流派経済学は実証経済学らしいのだが…

 ミルトン・フリードマンは主流派経済学の権化のような人なのだが、1953年に「実証経済学の方法論」という論文を書いた。これによると、「実証科学」とは、

 実証科学の究極目標は、未だ観察されていない現象に関する、妥当で意味のある…予測を出す「理論」あるいは「仮説」の発展にある。

政策の哲学 p29-p30

つまり、「実証科学」とは妥当で意味のある予測ができればよい、そのための仮説や理論の構築を行う、と。

 …仮説が非現実的であろうとも、仮説が導き出した「予測」が「事実」によって否認されなければ、それでよい。フリードマンはそう主張しているのである。

政策の哲学 p31

そして、単純で有益な「仮説」として数学的な形式モデルを挙げる。こうして主流派経済学では、「非現実的な過程に基づき、数学的な形式モデルを駆使した理論の構築にいそしんできた」。「非主流派経済学あるいは政治学や社会学の非数学的・叙述的な理論に対しては「数式がないので、正しいかどうか判断のしようがない」などと肩をすくめて見せるのである」p33。ああ〜、これ、高橋洋一センセがしてるっ!

 第一章では以降のページを割いて、フリードマンの、この方法論は実証主義ではなく、道具主義であること。たとえ道具主義だとしても、「深刻な欠陥や矛盾に満ちており、しかもそれらを重層的に抱えているのであって、とうてい、容認できるような代物ではない」p51ことを明らかにしている。

 ご興味のある方は、ぜひ本書に直接当たってください。

 ちなみに予測できることが大切、と言いながら、主流派経済学者は誰ひとりリーマンショックを予測することができなかった、という(「ほとんどの主流派経済学者が、金融危機の想定すらしていなかった」)p51。

今後の予定…

 というわけで、本書を紹介していく。基本的に以降は2章ずつ紹介していく予定だが、章によっては1章ずつにするかもしれない。予定は未定として生暖かい目で見守っていただければ、幸いです。


 


引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。
また、文言の間違い、表現のわかりやすさなど、随時訂正しています。ご了承ください

おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために

ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
私もまだ読んでいない本もありますが、もしお役に立つようであればご参考までに。

中野剛志の著作

MMT関係

その他:中野剛志の著作

 著述家として、そして現役官僚として「よくこれだけ書く暇があるな」と思わせるほど、中野剛志は多産だ。その中で、心に引っかかったものをピックアップ。

買ったけど読めていない。分厚さに躊躇している。

これは読んでみたい。

現役官僚が自国政府の政策を堂々と批判できる。そういう言論の自由を今後も担保したいものだ。

インタビュー記事


著者が語る:動画

ミルトン・フリードマン

悪名高きシカゴボーイズと彼らによってめちゃくちゃにされたアルゼンチン経済。

ロイ・バスカーの著作


番外:バスカーという名のアイリッシュウイスキー

 Amazonで検索すると、バスカーで一番最初に出てくるのはアイリッシュウイスキーだ。なんか評判良いらしい。飲んでみようかな?

赤が特に華やかで美味しいというウワサ…。


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