【読書】武器としての「中国思想」 その2
出版情報
タイトル:武器としての「中国思想」
著者:大場 一央
出版社:東洋経済新報社
発売日 : 2023/9/27
単行本 : 218ページ
本記事は下記のような一連の記事のその2である。
いろいろ書くのはヤボなので…
前置きは、読書記事 その1に詳しく書いたので、ここでは、著者 大場一央の印象について、一言だけ。
きっと正式には大場一央は中国思想研究者ということになるのだろう。だけどね、この人、自分を「儒学者です」と自己紹介している。
儒学者は、自分が語る思想を体現していないといけない。たぶん。私生活もどこもかしこも、どこを切り取っても、儒学を体現している。というか体現するように努力する。努力し続ける。ってか、江戸時代までは、先生とはそういう人だったんだよ。江戸時代までは先生とは教えを体現している人。
もちろん私は、大場センセの私生活なんて、知しっちゃいない。だけど、「この人の中には揺るぎない何かがあるんだなぁ」と思わせる何かがある。儒学を体現している。いや実際は知らないんだけどね、そう思わせるものがある。
ということで、本書の章立てに沿って、読んでいこう。今回は第4章と第5章。
大場一央の講演会動画は案外たくさんYouTubeにある。本書ではないが未完の名宰相 松平定信の著者本人による紹介動画もいくつかある。本記事の終わりの方に載せてあるので、よかったらどうぞ。
中国史年表
下記年表が一番わかりやすい。引用させていただいている。

もし、中国史をざっと復習したい、とご希望であれば、世界史解体新書の動画がわかりやすくてコンパクト。記事も書いたのでご参考までに。
本記事では中国とシナの二刀流
尊敬する岡田英弘センセによれば、シナの歴史は秦から始まるという。ちなみに岡田センセは1912年以前の中国はシナと呼ぶ。「シナとは城壁都市の成立、漢字という表音文字によるコミュニケーションの成立、複数の城壁都市を支配する皇帝の存在によって定義され、シナの歴史は秦の始皇帝(前221年)による統一から始まる」(書籍『シナとは何か』関連読書記事)。
本記事では、中国という呼称(本書の著者 大場一央はそう呼ぶ)と、岡田英弘流のシナという呼称と二刀流で行こうと思う。
第4章 旧法党vs.新法党
私はいろいろものを知らないので、コメントで教えていただくことが多い。本章の主役王安石についても、コメントで教えていただいた。さすがの私でも、孟子や孔子は聞いたことがありますよ、常識として。だけど王安石は知らなかった。でも、世界史で習うんですね。世界史取ってたけど、知らなかった〜。おバカ。で、この人の行った改革がまさに「中間層に厚く」だった。その名も新法。こんな普通名詞みたいなものが、王安石の行った行政改革を指す固有名詞なんですからね、すごいっっ。1000年前のものでも、新法ですよ。どんだけ画期的だったんだっっ。
それでも、抵抗勢力は現れる。それを旧法党という。ちなみに王安石の新法を推進する派閥は新法党っす。1000年前の派閥争い。大陸の人たちは3000年前から戦争に次ぐ戦争ですからね、派閥争いなんて、屁のカッパでしょう。だけど旧法党と新法党の派閥争いから現代の私たちも学ぶことがあると著者 大場はいう。早速見ていこう。
華やかな唐文化の中で生まれたムダ
唐は国際色豊かで、多くの漢詩が詠まれ、文化が花開いた時代だった。唐は「アジア最大の帝国として政治的、文化的首位に君臨」したp102。基本的には、律令制を立て直し、戦乱からの秩序を隋から引き続き回復していったのだが、いかんせん、ゆるかった。そして現場主義だった。時間の経過によって、現れる、どうやってもまぬがれ得ない変化に、小手先の律令の改変や、場当たり的な役職や部署の増設で、対応した。そういうところにはムダが生まれる。同じような役職が生まれ、それに伴う経費も発生してしまう。
時は下って北宋時代。周辺諸国が強大化し、宋は防戦一方。おカネを払って戦争を回避していた。ムダは削りたい!というニーズが高まる。さらに隋から始まり唐、宋へと引き継がれた科挙制度は一層発展し、貴族に代わって士大夫と呼ばれる科挙で選抜されたエリートたちを生み出していた。そういう中に王安石が現れたのだ。
王安石の改革
王安石は科挙に受かると、自ら地方の行政官を務めた後、中央に呼ばれる。皇帝に抜擢されて副宰相になり大改革を断行する。そこで発布された法を新法と呼ぶ。目標は国民経済の復活だ!!
新法:王安石の行った改革
制置三司条例司:若手官僚を集めた改革本部
改革のターゲット層:大商人と大地主を一網打尽に!!
理由:ハゲタカファンド的行動をしていた。中小の商人や農民の経営を妨害。高利の貸し付けを行い倒産に追い込み吸収。山林や河川を乱開発(メガソーラー!!)。子弟を教育し官僚にして、政界にもパイプを持つ。
改革の骨子:徹底した中小商人と農民の保護育成を図る
予算編成の厳格化
均輸法:政府による直接買い付け
大商人による価格操作の防止
価格の安定と円滑な流通
青苗法:中小の農民に対する低利の貸付。収穫時に返済。
市易法:中小の商人から一定量の商品を国家が買い上げて、売上を保証。経営に必要な資金を低利で供給する。
農田水利法:公共インフラである山林や河川の改修。
方田均税法:地質検査によって農地をランク分けし、租税を減免。
募役方:租税の運搬業務の委託。実質的な減税。
それまでは租税は地方の負担で運搬していた。都市民にも金を出させて運搬業務を行うものを募集し、委託。
将兵法:国防費を合理化
国防軍の規模を縮小し、練度、装備を充実した精鋭を養成。
保甲法:各共同体で普段は働きながら、戦時には動員され地元の防衛に参加。
保馬法:軍馬を農民に貸し出し普段は耕作に使う。戦時に挑発する。これで経費を90%削減!!
王安石は孟子の王道政治の後継者
孟子の王道政治とは
経済政策により、まず貧困の解消と所得の安定を目指す
士を育成し、社会の安定を図る
士とは、政治の良し悪しに左右されない心を持った人々
宋時代には読書人であり大地主であり官僚である人々を士大夫と呼ぶようになっていた。孟子のいう士になぞらえた呼称である。特に慶暦年間の改革派の士大夫を慶暦士大夫という。王安石から見ると年上の元老たちということになる。慶暦士大夫も王安石に先立って同じような目的意識に沿って改革を行なっている。
王安石の施策の背景
大商人や大地主が成長←→そのほかの国民は格差を強いられ貧民化
➡︎国力が衰える!!
大資本は官僚を輩出し特権を行使し免税権を得る。
➡︎税収は増えない
国家の基盤は中小の商人や農民にあり!!
中間層として成熟することで安定した経済成長や人口増加
地方再生に伴う風紀の向上
教育の機会が広く国民に開かれ、官僚の質が向上
王安石の行ったこと まとめ直すと
政治とは財務を掌握すること=理財という
綿密な予算編成でお金の流れを支配し国のあり方を変革
新法とは:
大資本の抑制による市場の健全化と中間層の保護育成
公共インフラの整備
中小の商人や農民に対する保護に多額の投資を行う
民富の育成と風紀の向上
回り回って税収向上
王安石は孟子の王道政治の後継者。『孟子』を経書に昇格させ、王道政治を顕彰した。
改革の本丸は制度改革
以前にも述べたように、それまでは行政は現場主義で対処療法的だった。
それを王安石は、確固たる思想のもとに、その文脈で問題解決を試みた。
「天地自然自然が体系立っていれば、おのずから万物は生き生きと共存しているように、制度もまた体系立っていれば、おのずから人々は健全な生活を送る」と考えていた。これは礼の基本的な考え方でもある。
王安石のあらゆる改革は、天地の体系を規範とするような、絶対普遍の「ひとつの制度」を確立するものだった。
その基本方針のもと、『周礼』という経書に基づいて、シンプルな「三省六部制」という行政システムに回帰した。今で言えば、省庁改革で不必要な役所を削ったイーロン・マスクのDOGE改革を行ったようなもの。
官僚選抜の科挙と教育改革
科挙を、それまでの丸暗記の一発試験から、論文による思考能力を測る試験に変更。学校教育も重視されていなかったが、教育改革を行い、国立大学で優秀な成績を収めれば、科挙のトップ合格者と同じ待遇で士官できるようにした。また自分の考えをテキストである各種『新義』にまとめ、成績判定基準に含めた。王安石の考える官職制度の体系を理解し、求められている機能や意義、それらが結びついて国家全体をどのように動かすのか学ばせた。こうして全体に奉仕する「公僕」としての職業倫理を培わせた。
抵抗勢力の出現:原因は言論封鎖
王安石の改革は目覚ましい成果を挙げ、減税分を上回る増収で、国庫を潤わせ、国防軍は周辺諸国を撃退し、一時は積極構成による領土回復にも成功した。
だが、抵抗勢力が出現する。旧法党だ。
旧法党は、既得権益を守りたい人々や、元老から、中堅や若手官僚まで反王安石でまとまっていて、思想的に統一していたわけではなかった。なぜ、元老や若手官僚までが反発したか?それは王安石の言論封鎖にあった。
王安石はテキスト群『新義』を作成し、漢字の意味を解説した字書『字説』を著した。この2つで読書人たちの言論を抑え込んだ。これは現代で言えば、毛沢東が『毛沢東語録』を書いたり、習近平が『習近平著作選読』を著すことに近い。岡田英弘によると、明確な文法を持たない漢語を駆使するためには、お手本となるテキストを丸暗記して、自らの頭脳に漢字や語の運用法をインストールする必要がある。
テキストや字書による言論封殺は「皇帝権威の確立と同時に言論の自由を確保することで、いずれにも偏らない権力バランスを維持しようとするシナの政治文化」に抵触したp115。また政治の良し悪しを感じる心を「人情」と言い、常に言論を開き、その声に耳を傾け、より多数の声を採用しなければならない。この人情を多数集めたものが輿論であり、輿論に配慮しない政治はいずれ禅譲を迫り革命が起きる。そうすれば戦乱の世に逆戻りだ。そういうことが起きないように、慶暦士大夫たちは、歴代の議論や前例に配慮し、行きつ戻りつしながら施策を繰り返し、国家をまとめてきた。そういう旧法党の官僚たちからすれば「天地の体系を知って制度体系を組み立てたなどとは言語道断の僭越であり、また輿論を無視した独断は、畏れを知らぬ暴走」だったp116。
なるほど、こうしてみると、旧法党にも一理あるなぁ。王安石はやりすぎた、ということか。
人間観の違い+保守vs革新
著者 大場は、制度改革について、スキルス性のガンの切除手術に例えて、こう述べている。スキルス性のガンは「粘膜表面に腫瘍や潰瘍を作らず、胃壁の内部を浸潤するように広がる」(ガン情報サイトより)。
…既得権益と一口にいっても、役所や企業の業務はつながっており、一般庶民の習慣的な役得や手当といったものまで含みます。これはいわば、スキルス性のガンみたいなもので、片っ端から額面通りに撤廃すると、経済生活が破綻する危険があるものです。したがって、国民生活の中から工夫されて生まれてきた、習慣的な役得や手当てには手をつけず、社会を蝕む癒着や不正をうまく摘出する必要があります。
上記の作業には徳が必要で、作業そのものが、謙虚さ、誠実さ、思いやりといった人間性がなければできない。そうでなければ「必ず独断専行で国家を私物化し、キャラクター先行のパフォーマンスばかりが尊ばれ、結局は新しい制度を悪用した、新しい既得権益集団が生まれるに違いない」。
あっれ〜、これなんか日本でもみたことある現象!!!
この当時の人間観は、主に「性善悪混沌説」と「性無善悪説」がある。
「性善悪混沌説」はひとりの中に善悪が存在するならば、修養でそれをコントロールし、謙虚な気持ちで伝統を遵守し、先人の知恵や善良さを吸収することを是とすることになる。
対する「性無善悪説」は、人の心はブラックボックスで結局はわからないというものだ。そして2つのまったく異なる結論に至る。ひとつは、心の中のわからない人々が集まった社会で、あらかじめ問題や事件が起こらないようにする、のはムリ。むしろそうした一つ一つを感じ尽くし、味わい尽くす感性を持って、社会を良くしていくのだ、詩文を再評価し文学的感性を磨くことを是とした。もうひとつは、人の心がブラックボックスであれば、社会的な言動だけが問われるべきだ、誰にでもわかる制度が整えられ、職責が明示され、はっきりと言語化された職業倫理を共有することが、是なのだと。後者は一見よさそうだが全体主義的なニオイがする…。王安石の人間観はこの後者のものだ。
この人間観の違いが、制度や社会へのアプローチの違いとなり、旧法党と新法党は鋭く対立する。「一貫した理論に基づき社会改革を押し進める「革新」」と「伝統と習慣に基づいて社会改良を行なっていく「保守」」という対立構図に似ている。
著者 大場は、下記のように結論づけている。
保守と革新が人間の原始的な気質である限り、折り合うことは至難の業…
大切なことは、今も昔も仕事の進め方に対する気質の違いとして、「保守」と「革新」があり、それらが対立しながら組織や社会の再生、すなわち「改革」を続けている…このバランスを見ながら対立を生産的にエネルギー転換していくことが政治の本質であり、改革はここで初めて成功すると言える…
もう一度、まとめると、
◎「改革」とは…組織の絶え間ない再生作業である。
◎ 改革には「革新」と「保守」という人間の気質が作用する。
◎ 保守と革新の対立はエネルギーとなり、組織を再生もすれば破壊もする。
ということで王安石の新法は失敗した。王安石の在任は6年間。皇帝が亡くなり後ろ盾がなくなってしまったのだ。その10年後旧法党が実権を握ったことで、新法はことごとく廃止された。憎まれちゃったんだなぁ。
新法を廃止した旧法党の人物 司馬光に次章でスポットライトを当てる。
第5章 北宋五子と道学
著者 大場一央はいう。
…今も昔も、政治や社会が与える安定と、「個」が組み立てる安定が存在し、最後の最後は自分で考えるしかないということでは共通している…
お、思想っぽくなってきたゾ。本章では、中国思想の中核となる朱子学が誕生するまでの道程にいた人物たちを取り上げ、次章で述べる朱子学への橋渡しとする。
日本人は勤勉さや従順さがある一方「独創性がない」と言われる。家庭や学校で教えられる規範に従い、新聞やテレビ、ネットなどで用意された枠組みでのみ、趣味や意見を持つ傾向があるからかもしれない。では宋時代のシナ人たちはどうか?
宗族ー国家マトリョーシカ
今もそうなのかもしれないが、シナでは「同一祖先を持つ父系一族が大家族を形成し、同一地域に集住する「宗族制」」が一般的だった。宋の時代、戦乱で崩れていたが、再集結し「政治的、宗教的、経済的に組織化され、規範を備えた1つの小国家のような存在」となっていたp130。「宗族を母体として、地域共同体、国家がマトリョーシカ人形のように重なった社会構造」が出来上がったp131。
そこでは常に「個人を超えた組織の一員という政治意識が存在」し「立場や序列に応じた規範がすでに用意されて」いるので「ふさわしいとされる心構えやスキルを学んでいけば、必然的に優れた人間性と青樹手腕を備えた士大夫になれる」のだというp131-p132。それが儒教であり礼の体系なのだが、放っておけば、宗族の利益が先行し、他の国民は疲弊し国家が滅んでしまう。
天のような心の状態:中
シナでは天という概念が、祭祀上でも社会通念上でも重要だった。天は祀りの対象であり、その意志は地上にも現れ、災害や、逆に豊穣をもたらす。天がどのように地に現れるのか、現されるのか、それは思想家によってさまざまだった。新法の王安石は、天地の体系を改革の規範とし、絶対普遍の「ひとつの制度」を確立しようとした。しかし、旧法党の人々からは、人が天の体系を規範に写すなどとは言語道断の僭越で畏れを知らぬ暴走と受け止められた。
では王安石の新法を廃止した旧法党の司馬光は天とどのように向き合ったのか?
司馬光は天才であったが、父の教えもあり、天才のままでは周囲と理解しあったり、協調しあったりすることは難しい気づき、あえて秀才の道を選んだ。みなと同じように努力し、みなと同じカリキュラムに取り組んだ。そうして人の心を知り、規範になりきり、輿論に配慮する力を身につけた。だがそれだけでは、人の思惑や時代や規範の変化によって自分の心も揺らいでしまう。また司馬光は「天地の運行と歴史の進展を対照し、国家や人間が成長と衰亡のパターンを繰り返しながら、少しずつ進歩している」という世界観を説いたp136。これは「天人相関説」に属する。「この対応関係を根拠として、天のような心の状態である「中」を意識」することが可能になる。組織や規範を飛び越えて個々人は天と直接つながることになる。そうすると「宗族の世界観を根拠とした、規範になりきる工夫と、天人相関の世界観を根拠とした、中を意識する工夫が並列する」ことになる。これは「個」を安定させ、それを政治や社会の安定の基盤とする、という考え方と言えるだろう。そのような思想のもと、独断専行の新法を廃止したのだった。廃止しちゃうのも、どうかと思うけどね。廃止しちゃった。
では、その後の人々はどうだったのだろうか?
朱子学への助走:北宋五子と道学
北宋五子は北宋時代の5人の儒学者たちのこと。その後の朱子学の発展に大きな影響を及ぼした。
彼らの世界観は伝統的な気と万物、そして人とを結びつけるものだった。今から見ると、おまじないみたいなものだけど。だけど世界を形作る万物と私たちに切り離せない関係がある、としたらどうだろう?SDGsのような金儲け主義のエセ持続可能性は最初っから受け付けなかったんじゃないだろうか?おまじないと言って切り捨てた中に智慧はなかったのだろうか?科学万能とか言って、自然や世界の複雑系に対して高を括りすぎてはいないだろうか?
気や易や陰陽説や五行説(木火土金水や相剋など)など。「陰陽説と五行説にもとづけば、すべての存在は関わり合いによって変化することが宿命づけられており、不変であることは原理的に不可能」「人間もまた万物との関わりによってより良く変化しなければ生きられない」p139。立派な哲学じゃないですか。自然や世界に対して何て謙虚なんだろう!!SDGsなんかより、ずっと立派だ。
北宋五子はこうした気の世界観から出発し、万物の働きに注目した世界観を経て、後に朱子学が登場する理論的な基盤を作ったp142。そして、下記のような世界観を得るに至るp145。
他者への深い共感こそが本来的性質…であり、長い歴史によって築き上げられた文明も学問もこの心を満足させる手段に他ならず、万物が最大限に生かされる居場所に配置することで、人間はその生を全うし、深い満足感を得るp145。
この世界は「太虚」と呼ばれるひとつの大きな気が果てしなく広がることでできており、その内部で絶えず離合集散を繰り返しているp141。
常に太虚の世界観を意識することで、万物と自分は一体のものとしてつながっており、お互いに生かし合っているのだという、生々しいイメージを持ち続けることが工夫のキモとなるp146。
こんな立派な世界観がCCPにあるんだろうか?あるってこじつけるのかな?
個を確立し社会変動にブレず独創性の発揮できる社会
北宋五子はそれが可能であると考えていた。
万物一体観:我々が個々の人間として独立していながらも、万物とつながって世界の秩序を作っている。
組織の中での役割意識を明確に持つことで、日々の目の前の行いをコツコツこなしながら、自分もその組織も良くなっていく。万物一体観を持つことで組織や世間の目に服従するのではなく、より良い生活を作るための主体的な生産活動となり、全体の中の活動でありながら「個」を確立し際立たせていくことになる(こういう説明が大場一央は超絶うまい。ぜひ本書を直接読んでください)。
「個」が網の目のように組み上がった社会は、お互いが独立しているだけに社会変動にブレない粘り強さがあり、誰かしらの創意工夫によって新しい可能性が提示され独創性が生じるp151
「個」が確立しているものには競争意識がなく、周囲と協力して世界を生成しているという信頼関係と生産作業だけがある。これが宗族、地域、朝廷のあらゆる場面で達成された時、完全に調和した満足感と秩序が広がる(大調和か!!)。ここで人間性を磨く作業と社会を変える作業は同時に達成され、万物一体が目指すべきものではなく、実感として心を満たすp152。
北宋五子は必ずしも世間的にトップを取ったわけではなかった。しかし、彼らの学問は、孔子、孟子から続く道の正統(道統)を行くものとされ、「道学」と総称されるものとなったp153。
贔屓目かもしれないけれど…比較的日本は、こういう社会なんじゃないかな?もちろん完璧ってわけじゃないけど。だけど、こういう良き日本は子孫へとつないでいきたい、と思うのは、きっと私だけではないはず。
以降、下記記事を予定しています。
【読書】武器としての「中国思想」 その3 第6章、第7章
引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。
また、文言の間違い、表現のわかりやすさなど、随時訂正しています。ご了承ください
おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために
ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
私もまだ読んでいない本もありますが、もしお役に立つようであればご参考までに。
大場一央
日本人が取り入れなかったシナ・中国思想の一面
中国史の流れ
伊藤貫
公益資本主義
西洋は国富論(=アダム・スミス、18世紀)まで。東洋は民富にまで2000年前に踏み込んでいる!!そりゃ和魂洋才と言いたくなるよね〜。原丈人さんの国富論は公益資本主義(=民富)のお話。
政策の哲学
佐藤航陽の宇宙会議
彼もまた新しい資本主義を模索しているひとりだと思う。
現代倫理学入門
本書は現代の西洋倫理学を現代的な問題を絡めつつ紹介している良書である。コメントで教えていただいた。30年前の本だが十分今に通用し、読みやすい。XのAIによると「思想は倫理の「地図」、倫理は思想の「羅針盤」です。思想がなければ倫理は根拠を失い、倫理がなければ思想は現実から遊離します」だそうです。
うーん。1/3ぐらいまで読んだ。こういう倫理学の上に、AIは作られているんだなぁ、という感想を持った。数値化可能な価値基準。推移律の成り立つ場合とは。倫理を生きる肉体性は問われていない気がする。さてあと2/3はどうだろう?
いいなと思ったら応援しよう!
ありがとうございます❣️よりよい記事を書くために使わせていただきます💫
Thank you for your support! I’ll put this toward creating higher-quality articles.