【読書】現代倫理学入門
出版情報
タイトル:現代倫理学入門
著者:加藤 尚武
出版社:講談社
発売日 : 1997/2/7
文庫 : 256ページ
コメントで教えていただいて…
臓器を誰に分けるのが適切か、だったっけ?臓器移植の是非だっけ?みたいな話題の時に、本書をご紹介いただいた。約30年前の本である。
著者の加藤尚武は1937年生まれ。終戦時には8歳。現在は88歳でご存命である(wiki)。学生運動時代は西部邁とも面識があったという(wiki)。
本書が出版された1997年2月は著者は59歳。京都大学で教鞭を取っていた。本書はもともと放送大学のテキストとして作成され、大幅に加筆修正、改題して、講談社学術文庫として出版したとのことp9。
著者 加藤尚武の略歴は以下の通り。
哲学者、倫理学者。東京に生まれる。1963年(昭和38)東京大学文学部卒業。68年同大学院人文科学研究科哲学専攻博士課程中退後、同大学文学部助手となる。その後、山形大学講師、同助教授、東北大学助教授、千葉大学教授、京都大学教授、同大学院教授を経て2001年(平成13)より鳥取環境大学学長。
最初のうちは退屈極まりなかった。選好関係の話ばかりされているようで、AIの開発の準備段階??(90年代はそういう時代でもあった)という印象だった、のだが、途中で変わった。印象が。何か、すごく大事なことを言っているのでは?と。
んで、著者の経歴を調べていて、すごく面白い警鐘を鳴らしていることを知った。80年代以降、環境倫理学なるものを研究し出し、どうやら我々が当たり前と思っている、「正義、権利、平等、自由、個人主義、近代化、進歩主義、保守主義、民主主義など」を、環境倫理学を切り口に「根本的に問い直そう」としているようなのだ。
そして、環境倫理学の観点から、環境を守ろうという美名のもと、地球全体主義が「正義の名の下に新たな抑圧を生む」危険性を指摘しているようでもある。「地球第一主義」が個人の自由や文化的多様性を圧殺するリスクに警鐘を鳴らしている。
むむむむ。すごく大切で、すごく面白そうじゃない??
だから、本当は著者 加藤尚武の本を紹介するなら、環境倫理学の本を紹介する方がいいのかもしれない。だが、この、すごく大事な話を深掘れるほどの知識も意欲も今はないので、こういう本があり、当時、脂の乗った学者が、初心者向けに面白い本を書いていた、と少しばかりnoteを使ってしおりを挟んでおきたくなった。
というわけで、私が、面白い、と思った部分をただただ抽出していくという記事です。もしかしたら少しの感想も書くかも、だけど…。
ちょっと手抜き気味。すみません💦
本書の目次
きっと本書を読む上での参考になるのでは、と思うので目次を掲載しておく。
まえがき
1 人を助けるために嘘をつくことは許されるか
2 一〇人の命を救うために一人の人を殺すことは許されるか
3 一〇人のエイズ患者に対して特効薬が一人分しかない時、誰に渡すか
4 エゴイズムに基づく行為はすべて道徳に反するか
5 どうすれば幸福の計算ができるか
6 判断能力の判断は誰がするか
7 〈……である〉から〈……べきである〉をを導き出すことはできないか
8 正義の原理は純粋な形式で決まるのか、共同の利益で決まるのか
9 思いやりだけで道徳の原則ができるか
10 正直者が損をすることはどうしたら防げるか
11 他人に迷惑をかけなければ何をしてもよいか
12 貧しい人を助けるのは豊かな人の義務であるか
13 現在の人間には未来の人間に対する義務があるか
14 正義は時代によって変わるか
15 科学の発達に限界を定めることができるか
あとがき
11を太字にしたが、これは今流行りの無敵の人の話かと思ったら、生命倫理の話だった。妊娠中絶とか。これも自分のためのしおり。
印象に残った箇所
民主主義について
著者ははっきりと民主主義の限界を把握している。民主主義が機能するのは多数決が機能する場合のみである。「今だけカネだけ自分だけ」に陥った政治家や国民が未来の世代への責任なんて取れるんだろうか??
民主主義は、歴史的にふりかえって見れば、少数者(国王)が多数者(市民)の利益を侵害する可能性のある状況では、その侵害を防ぐのに有効な方法だった。しかし、地域紛争のように多数者が少数者の利益を侵害する可能性に対しては、有効な方法とはいえない。
国民の認識能力を高める可能性が、政治を評価する尺度とならなければならない。政治を通じて国民が、グローバルな世界認識と未来の世代への責任をになう長期的な認識を高めることが、現代における政治の使命である。
共時性の倫理、通時性の倫理
共時性、通時性とは、もともとは言語学の用語だそうだ。
通時性
定義: 時代の流れに沿った、ある対象の歴史的変化を追うこと。
共時性
定義: 特定の時点における構造や状態を記述すること。
それを踏まえた上で…
西洋では共時的な相互性だけが拘束力のある倫理だと見なされる。…
社会契約説は、世代間倫理を排除するために、その代役に起用された共時性の倫理形式である。…社会契約説の代表的思想家は、その契約が歴史的事実ではないことを熟知していた。
記事筆者が世代間倫理に通時性の倫理とふりがなを振った
つまり、もう、西洋では世代間にわたって通じる倫理はない、と言っている。ただ、「たった今の空間」を共有する他者とだけはかろうじて倫理が機能する。「今だけカネだけ自分だけ」の世界にあと一歩だ。んで、社会契約説の人々は、ウソであることを承知で、王権神授説などを否定するために社会契約説を唱えた。こうやって、人々は伝統のネットワークから自ら出てしまい、通時性の倫理は削除された。
共時性の倫理、通時性の倫理 その2
下記話しは、日本人なら(東洋人なら?)、よくわかるし、よくわかる価値観だ。自分より後の人に恩を返す。恩というバトンをわたす。
「いつか人がくると思って木を植えておいた。休んでいってくれ」「ありがとう。とてもいい気分だ」
先人が後人のために木を植えるのは、自分に利益が跳ね返ってくることを期待するからではない。その次元では、彼は相互性を断念している。しかし、その恩を受ける者は、自分の後人に恩を返す。
先人が後人のために木を植え、自分の後人に恩を返す。アメリカはジョニー・アップルシードの国だったのに。『ペイ・フォワード』という映画を作らねばならぬほど、もう、共時性の相互性しか「現実的」ではない、と思われているようだ。
価値観の変化
外国人問題への提言のひとつとなるだろう。
人々が「価値観が変化する」と信じていることは、価値判断以外の別の要因の変化なのであり、価値判断は本質的には変わらない。だから異文化同士が接触したり、時代の変化が急激である時には、「何が同一であれば変化に耐えられるか」こそが問題になる。
科学者の責任
『ヒポクラテスの盲点』を思い出す方も多いだろう。ちなみに私はこの映画の題名をちっとも覚えられない。盲点じゃないだろう、誤謬だろう、といつもツッコまずにはいられない。盲点を否定したい気持ちが、題名を覚えられなくしている。
科学者の人間としての心情的な責任が問題にならざるをえなかった。この責任追及それ自体が、研究室と社会との間に公共的なチェックの場がないという不在を黙認することで成り立っていた。しかし、そのようなチェックの場を設けたとしても、誰がその関所に立つのか、その専門家の育成の見込みはまったくないという状況である。
私たちが567枠💉で学んだ教訓は、専門家はカネと同調圧力にめっぽう弱い(ゴメン専門家さん。もし反論あればどうぞ)。専門家としての常識は引退した専門家に引き継がれていること。それから素人の常識の方が、現役専門家よりも、よっぽど機能するということである。『「みんなの意見」は案外正しい』。読んでないけど、似たようなことが書いてあるのかな?
人間らしさとは
少なくとも人間には人間らしさを破壊する技術的な力があるということだ。…人間は自然に身を委ねることで人間らしさを取り戻すことができる。その場合には「ありのまま」になることが、人間らしさの回復になる。日本人の生き方はそのような意味での自然主義だった。
人間らしさには、2通りある。心と体だ。心を壊すのは拷問など。体ももちろん拷問で壊れるが、自発的にボディモディフィケーションという方法もある。
心の回復には自然に委ね「ありのまま」の回復が処方箋や方針になりうる。しかしボディモディフィケーションはそうはならないだろう。自ら望んで「人間から外れていく」のだから。もういくところまで行っている。宇宙開発も、その延長上あったりしないだろうか?
おまけ:環境倫理学
本書の著者 加藤尚武の専門は環境倫理学。
加藤尚武はヘーゲルについて一仕事やり終えた後、関心を環境倫理学に向ける。環境倫理学の説明には、下記のように加藤の主張がある。
人間と自然の関係についての道徳的なあり方を考える学問。
加藤尚武(現・鳥取環境大学学長、1937-)は、環境倫理学の主張を、(1)自然の生存権、(2)世代間倫理、(3)地球全体主義 の3つに整理している。さらに、加藤尚武によると、環境倫理学は、従来の意思決定の枠組みを問い直すものであると位置づけられる。
例えば、正義、権利、平等、自由、個人主義、近代化、進歩主義、保守主義、民主主義など、我々が当然としている概念が、環境倫理学においては根本的な疑問にさらされると主張する。
ん??なかなかいいじゃないか!我々が当然としている概念「正義、権利、平等、自由、個人主義、近代化、進歩主義、保守主義、民主主義など」が「根本的な疑問にさらされる」ですと??
上記(1)自然の生存権、(2)世代間倫理については、本書 現代倫理学入門を読んで、なんとなく想像がついたが、(3)についてはわからなかったので、XのAIに聞いてみた。
Q:倫理学者 加藤尚武のいう地球全体主義とは何か
A:これは、地球全体を一つの統治単位として捉え、国家や個人の利害を超えた強制的な管理・統制を正当化する思想や政策傾向を指します。
加藤は、地球全体主義が「正義の名の下に新たな抑圧を生む」危険性を指摘します。
例:先進国が自らの過去の環境破壊を棚上げし、途上国にだけ厳しい基準を押し付ける「環境植民地主義」的側面。
例:「地球第一主義」が個人の自由や文化的多様性を圧殺するリスク。
なるほど。適切な懸念だ。本記事末尾に、加藤尚武の環境倫理学に関する本もご紹介するので、よかったら、ご参考までに。
引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。
また、文言の間違い、表現のわかりやすさなど、随時訂正しています。ご了承ください
おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために
ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
私もまだ読んでいない本もありますが、もしお役に立つようであればご参考までに。
加藤尚武
X AI Grokに聞く
これ、聞きっぱなしで、検証していません。ご了承ください。
すでに間違いを発見しちゃった。加藤尚武は1939年ではなく、1937年生まれ。だから都度々々AIは検証せんといかんっすね。でもスミマセン、生まれ年より他は、検証していません。
Q:倫理学者 加藤尚武のいう地球全体主義とは何か
A:加藤尚武(かとう ひさたけ、1939年生まれ)は、日本の著名な倫理学者・哲学者で、応用倫理学や環境倫理学の分野で活躍しています。特に、地球規模の環境問題や人類の存続をめぐる倫理的課題を扱った著作で知られ、『地球倫理学序説』(1988年)や『環境の哲学』(1991年)などで独自の概念を展開しました。
「地球全体主義」とは
加藤尚武が提唱した**地球全体主義(ちきゅうぜんたいしゅぎ、Global Totalitarianism)**は、地球環境問題に対する人類の対応姿勢を批判的に分析した概念です。これは、地球全体を一つの統治単位として捉え、国家や個人の利害を超えた強制的な管理・統制を正当化する思想や政策傾向を指します。
主な特徴と文脈
背景:地球規模の危機意識
1980年代以降、地球温暖化、オゾン層破壊、森林破壊などのグローバルな環境問題が顕在化しました。加藤は、これらの問題が「人類共通の危機」として語られる中で、「地球を守るためなら何をしてもよい」という全体主義的発想が潜んでいることに警鐘を鳴らしました。全体主義の構造
目的の絶対化:「地球の存続」「生態系の保護」が最上位の価値とされ、それに反する行為(例:発展途上国の経済成長、個人の自由な消費)は「悪」とみなされる。
強制と監視:国際機関や先進国が「地球のため」に途上国に厳しい規制を課す(例:CO₂排出削減の強制)。
犠牲の正当化:一部の地域や人々の犠牲(例:途上国の工業化抑制)が「全体の利益」の名の下に許容される。
批判のポイント
加藤は、地球全体主義が「正義の名の下に新たな抑圧を生む」危険性を指摘します。例:先進国が自らの過去の環境破壊を棚上げし、途上国にだけ厳しい基準を押し付ける「環境植民地主義」的側面。
例:「地球第一主義」が個人の自由や文化的多様性を圧殺するリスク。
代表的な記述(『地球倫理学序説』より要約)
「地球全体を一つの有機体とみなし、その存続を絶対視する考え方は、個々の人間や国家の権利を軽視する全体主義に陥る危険がある。環境保護の名の下に、誰が、どのような犠牲を払うのかを問わなければ、真の倫理とは言えない。」
関連概念との違い
概念 地球全体主義
内容 地球を優先し強制的管理を正当化
加藤の立場 批判的(危険な思想)
概念 ガイア仮説
内容 地球を自己調節的な生命体とみなす
加藤の立場 中立的(科学仮説として扱う)
概念 深層生態学
内容 自然に内在的価値を認め人類中心主義を否定
加藤の立場 部分的に賛同しつつ、過激さを警戒
現代的意義(2025年時点)
気候変動対策(例:COP会議での排出規制)で、先進国 vs 途上国の対立が顕著。
SDGsやネットゼロ政策が「地球のため」に個人の生活様式を強く制限する傾向。
加藤の警告は、**「誰のための環境保護か?」**を常に問い直す指針となっています。
参考文献
加藤尚武『地球倫理学序説』(1988年、勁草書房)
加藤尚武『環境の哲学』(1991年、講談社学術文庫)
加藤尚武「地球全体主義の倫理」(『現代倫理学研究』所収)
加藤の「地球全体主義」は、環境保護の「正義」が暴走する危険性を鋭く突いた概念であり、現代の気候正義論やグローバル・ガバナンス論でも再評価されています。
いいなと思ったら応援しよう!
ありがとうございます❣️よりよい記事を書くために使わせていただきます💫
Thank you for your support! I’ll put this toward creating higher-quality articles.