偽預言者の正体──信仰者が無自覚に堕ちる、龍の罠/ヨハネの黙示録
「偽預言者」と聞いて、何を思い浮かべますか。
聖書の終末預言において、永遠の死とされる火の池に投げ込まれるのは、実のところ獣と偽預言者だけです(悪魔サタンは彼らの千年後に投げ込まれます)。
獣は権力や権威の象徴だとしても、偽預言者は──象徴的概念ではなく、実在の人として描かれているように読めます。
この記事では──
偽預言者とはどういう者か、その正体について聖書から読み解きます。
1|終末期の偽預言者
次の箇所は、キリスト再臨後にあるハルマゲドンの戦いのために、全世界の王たちを召集する場面です。
【ヨハネの黙示録 16章13-16節】
また見ると、龍の口から、獣の口から、にせ預言者の口から、かえるのような三つの汚れた霊が出てきた。
これらは、しるしを行う悪霊の霊であって、全世界の王たちのところに行き、彼らを召集したが、それは、全能なる神の大いなる日に、戦いをするためであった。
(中略)
三つの霊は、ヘブル語でハルマゲドンという所に、王たちを召集した。
龍と獣と偽預言者の口から、三つの汚れた霊が出てくるとあります。
龍とは、悪魔サタンです。
この場面の獣とは、海の獣──政治権力です。
そして、これらと並ぶ偽預言者とは、地の獣──宗教権威の現れのひとつで地の王とも呼ばれる者です。
⚠️偽預言者は宗教権威の現れで、地の王とも呼ばれる「偽りの価値観の先導者」です。
👉偽預言者=地の王
📍「海の獣」や「地の獣」などの象徴的解釈には前提知識が必要です。
詳しくは下の記事をご覧ください。
ハルマゲドンの戦い
大淫婦バビロンが消滅した後、キリストが再臨します。
黙示録19章の最後には──キリスト再臨後のハルマゲドンの戦いにおいて──獣と地の王(偽預言者)とその軍勢がキリストに戦いを挑むとあります。
【ヨハネの黙示録 19章19-20節】
なお見ていると、獣と地の王たちと彼らの軍勢とが集まり、馬に乗っているかたとその軍勢とに対して、戦いをいどんだ。
しかし、獣は捕えられ、また、この獣の前でしるしを行って、獣の刻印を受けた者とその像を拝む者とを惑わしたにせ預言者も、獣と共に捕えられた。
そして、この両者とも、生きながら、硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。
それ以外の者たちは、馬に乗っておられるかたの口から出るつるぎで切り殺され、その肉を、すべての鳥が飽きるまで食べた。
海の獣は捕えられ、地の王(偽預言者)も共に捕えられ、この両者は火の池に投げ込まれます。
獣の刻印を受けた者とその像を拝む者は、偽預言者に惑わされたとありますが、彼らは火の池に投げ込まれていません。
また、偽預言者の軍勢は口の剣で切り殺されますが、火の池には投げ込まれません。
つまり──
獣と偽預言者だけが、火の池に投げ込まれるのです。
補足:
よく誤解されますが、炉の火と火の池とは別の物で、これらは明確に区別されています。
炉の火とは、精錬の場を意味しており、再臨時に生存する大多数の者が炉の火で練り直されます。
火の池とは、第二の死、つまり永遠の死または神との永遠の断絶のことです。
この世を支配する獣と共に火の池に投げ込まれる偽預言者とは、どのような存在なのでしょう。
2|偽預言者の特徴
偽預言者の存在は、聖書全体をとおして描かれています。
具体的な事例からその特徴を挙げていきましょう。
注:聖書本文はリンク先をご覧ください。
他の神々に誘導し、神に背かせ、神の命じた道から離れさせる(申命13章1-5節)
聖書にないことを神の言葉として語り、他の神々の言葉を聖書の言葉として語る(申命18章20節)
神の言葉として語るが成就せず、語った通りにならない(申命18章22節)
しるしや奇跡を示し、未来を当てる者さえ現れます。このような者の全員ではありませんが、他の神々に導こうとする者がいます。
それらは信仰者から生じることが示唆されており、除き去らなければならないとあります。
神の戒めを軽視する者に「あなたは平安を得る」と言い、自分の強情な心に従って歩む者に「あなたに災いは来ない」と言う(エレミヤ23章16-17節)
偽預言者は、聖書の言葉に基づかない自分の希望的未来を語り、神の計画を軽視して災いに遭わないと言います。
聖書の言葉ではなく、自分の心のままに語る(エゼキエル13章2-3節)
虚しい幻や虚偽の予想を「聖書に書いてある」と語り、その成就を期待する(エゼキエル13章6節)
聖書から語っているつもりでも、正しく読み取れておらず自分の思うままに語る者は、意図せずとも虚偽を語り、偽りの預言をしていることになるかもしれません。
彼らは、おおよそ聖書に対して真面目であり、自身の解釈を曲解だと気づかずに信じてしまい、騙すつもりもなく善意とさえ思い込んで語る場合もあるでしょう。
滅びに至らせる異端をひそかに持ち込む偽教師(ペテロ第二2章1-3節)
信仰者から偽教師が現れます。真理の道がそしられ、大勢の人が彼らに倣うことになります。
イエスを告白しない預言者は神からの者ではない(ヨハネ第一4章1-3節)
イエスを告白しない霊はすべて神からの者ではありません。
3|偽預言者の目的は何なのか
偽預言者はモーセの時代──三千五百年以上前から存在しています。
偽預言者の特徴を見て来ましたが、彼らの目的はいったい何なのでしょう。
次の言葉がその目的を端的に表しています。
【ヨハネの黙示録 12章17節】
龍は、女に対して怒りを発し、女の残りの子ら、すなわち、神の戒めを守り、イエスのあかしを持っている者たちに対して、戦いをいどむために、出て行った。
龍とは悪魔サタンです。
龍は「神の戒めを守り、イエスの証しを持っている者」に戦いを挑むとあります。
これは獣の刻印の場面で登場する「右手や額」に符合します(黙示録13章16-17節)。
つまり龍の狙いは──
右手の「行い」、神の戒めを守らせないこと
額の「思い」、イエスの証しを信じさせないこと
この二点です。
龍は──
海の獣(政治権力)を使い、反キリスト勢力の支配に依存させ──神の戒めを破らせ、不信仰にさせます。
そして、
地の獣(宗教権威)によって地の王(偽預言者)を使い、信仰者に対して同様の狙いをもって戦いを挑んで来るのです。
⚠️龍と獣と偽預言者の口から出る汚れた霊
前述に「龍と獣と偽預言者の口から汚れた霊が出てきた」とありましたが、口から出るのは言葉です。そして言葉とは、価値観の現れです。
彼らは賢く理知的で──平和だ愛だ命だと──耳触りの良い言葉で包みますが、これが神の価値観から離れさせる狡猾な罠であったりするのです。
彼らは肉的には清く映りますが、霊的に汚れた価値観で惑わすのです。
4|終末期に現れる預言者と偽預言者
起こされる真の預言者
終末期には、ふたりの預言者(ふたりの証人)が現れることが示されています。彼らはオリーブの木や燭台──つまり王や祭司に例えられ、無数の確かなる預言者を象徴しています(黙示録11章3-4節,20章6節)。
ヨエル書には次のとおりあります。
【ヨエル書 2章】
1節
あなたがたはシオンでラッパを吹け。
わが聖なる山で警報を吹きならせ。
国の民はみな、ふるいわななけ。
主の日が来るからである。
それは近い。
28-29節
その後わたしはわが霊を
すべての肉なる者に注ぐ。
あなたがたのむすこ、娘は預言をし、
あなたがたの老人たちは夢を見、
あなたがたの若者たちは幻を見る。
その日わたしはまた
わが霊をしもべ、はしために注ぐ。
このように、自覚的か無自覚かによらず神の霊を受けて預言する者が現れます。
それは特定の人物ではなく──息子、娘、老人、若者、しもべ、はしため──あらゆる人が神の霊を受け、まさに主の日の切迫感を持った者として全世界で警報を鳴らし始めます。
そのような中にあって、大勢の偽預言者も現れるのです。
大勢の偽預言者が現れ、多くの人を惑わす
【マタイによる福音書 24章11節,21-24節】
11節
また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。
21-24節
その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。
(中略)
にせキリストたちや、にせ預言者たちが起って、大いなるしるしと奇跡とを行い、できれば、選民をも惑わそうとするであろう。
終末期に起こる大患難の本質は、戦争や災害ではなく──
むしろ「人による惑わし」にあります。
そして、信仰者でさえ惑わされるのです。
⚠️戒めを守らせない偽教師
【マタイによる福音書 5章18-19節】
よく言っておく。
天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされるのである。
それだから、これらの最も小さいいましめの一つでも破り、またそうするように人に教えたりする者は、天国で最も小さい者と呼ばれるであろう。
しかし、これをおこないまたそう教える者は、天国で大いなる者と呼ばれるであろう。
これは信仰者への警告です。
信仰者の中に「神の戒めを破るように教える者などいるのか?」と思うかもしれませんが、本人にはその自覚がなくても「戒めは守らなくてもいい」と教える者がいるのです。
その人たちは──
「イエスを信じれば救われる。戒めは人には守れない。自分の行いで救いを得ようとするのは律法主義であり、恵みを否定することだ。そもそも旧約聖書はユダヤ人のもので、わたしたちは十戒の下にいない」
などと言います。
確かに、最終的にすべての人が生かされるという福音は、人の行いによらず恵みによるものです(コリント第一15章22節)。
しかしそれは、すべてが新しくされる新天新地での話であり、今わたしたちが直面している千年王国時代の相続とは区別して考える必要があります(コリント第一15章23-26節)。
📌わたしたち信仰者は、神の七日目である千年王国時代の王国の相続に招かれているのです(マタイ22章1-14節)。
📍パウロが語る千年王国と新天新地の順序については、下の記事をご覧ください。
⚠️善意の偽預言者に警戒せよ
【マタイによる福音書 7章15-17節】
にせ預言者を警戒せよ。
彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。
あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。
茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
良い実とは何でしょうか。
信仰者は神が育てるぶどうの実に例えられます(イザヤ27章1-3節)。神が求める良い実とは、もちろん神の戒めを守る者──神の価値観の中を歩む者です。
神の戒め(神の価値観)こそが、良い実か悪い実かを見分ける基準なのです。
では、悪い実とはどういうものでしょうか。
人による戦争や災いを神の御心と誤認し、犠牲を当然視する者(伝道8章9節)
信者だけが天国に行けると思い込み、自分だけは救われようとする者(マルコ8章35節)
自らの聖書解釈を絶対視し、他者を裁く者(コリント第一8章2節)
偽預言を妄信し、それを信じない者を見下す者(マタイ5章22節)
極端な解釈を広め、聖書の信用を損ない、神の名を汚す者(携挙信仰/パウロ偽使徒説/特定の律法の強制/救いの極端な限定など)(出エジプト20章7節)
神の御心を曲解し、非信仰者の滅びを受け入れる者(ヨハネ3章16節、出エジプト32章11-14節)
これらの人たちは信仰者を自称しますが、神の価値観の中を歩んでいると言えるでしょうか。
終末期はおそらく、まったく惑わされずに済むほど甘くないでしょう。
問題は──
たとえ惑わされているとしても、どのような実を結んでいるかです。
悪い実の者は偽預言者そのものではなくても、その軍勢の一人となっているかもしれません。
⚠️不法を働く者の末路
【マタイによる福音書 7章21-23節】
わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。
その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。
そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』。
「主よ、主よ」と呼びかける者であっても、不法を働く者──すなわち神の戒めを無にし、その価値観から外れる者は、神の民──朽ちない者として王国を相続することはできません。
彼らは、主から「不法を働く者どもよ、行ってしまえ」と口の剣──つまり神の言葉によって退けられます。
千年王国時代を諸国民としてしばらくは生きるでしょうが、寿命が尽きたときに死を迎えるのです(民数32章13節)。
5|偽預言者の正体
偽預言者とは──
神の言葉を装いながら、神の戒め(神の価値観)から人を離れさせ、イエスの証しを信じる信仰を揺るがす存在です。
そしてそれは──
外にいる誰かだけではなく、神の言葉を語るわたしたち自身が、知らずに担ってしまうことさえあるのです。
信仰者にとって終末期の患難とは──
千年王国時代における神の王国の相続を掛けた戦いであることを忘れないでください(エペソ6章12節)。
悪魔サタンは今、信仰者の「行いと思い」に戦いを挑んで来ているのです。
6|千年王国時代に偽預言者はいない
神の六日間の終りの日、ハルマゲドンの戦いを経て千年王国時代が始まります。
獣と偽預言者は火の池に入ったまま出ることはありません。
つまり、千年王国時代では少なくとも、現在のような形での政治権力も宗教権威(偽預言者)も存在しない時代が展開されるのです。
あなたはその時代を、
神の民として生きますか──。
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