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【千年王国】実際どんな国なのか?──聖書で考察


聖書の最大のテーマとは、何でしょう。
それは、神による天地万物の完成です。


創世記の冒頭に「神は六日で完成し、七日目を聖とする」とあり、黙示録の終盤に「悪魔を封じ、キリストが千年間支配する」とあります。
ここに、神が聖とする七日目とは、キリストによる千年間の統治(いわゆる千年王国)であると、その奥義が開示されています。

📌この記事では、
いわゆる千年王国を文字通りの千年間と捉えて、どのような王国になるのかを聖書の記述から考察しています。



1|千年王国は、いわゆる天国とは異なる


千年王国は、いわゆる天国(死後の世界)のことではありません。
これは勘違いしがちですが、千年王国時代は神の七日目であり、六日間の完成形です。

六日働き七日目を休むという一週間のサイクルを神自身が守り、千年王国時代は、現在わたしたちが住んでいる地上世界の延長線上にあり、神が6000年を掛けて完成した世界を、さらに聖とする千年間になるでしょう。

また聖書には、新天新地という概念があります。
これは神の七日目(千年王国時代)を含む一週間の次の週となる、新しい週を指しています。この新しい週はすべてが新しくされるとあります(黙示録21章5節)。

パウロの手紙やヨハネの黙示録にあるパラダイスとは、この新天新地のことでしょう(コリント第二12章2-4節、黙示録2章7節)。


2|千年王国は、6000年間の完成形


神は、6000年も掛けて創造してきた今の世界をどうするのでしょうか。神は、6000年の時間を掛けて何を造ろうとしていたのでしょうか。
今の世界への神の思いが垣間見れる記述を見ていきましょう。


1. エジプトとアッシリアは神のわざ(イザヤ書)

【イザヤ書 19章24-25節】
その日、イスラエルはエジプトとアッスリヤと共に三つ相並び、全地のうちで祝福をうけるものとなる。

万軍の主は、これを祝福して言われる、
「さいわいなるかな、わが民なるエジプト、わが手のわざなるアッスリヤ、わが嗣業なるイスラエル」と。

「わが民なるエジプト、わが手のわざなるアッスリヤ」とあるように、神はイスラエルはもちろんのこと、異教の民となったエジプトの民を我が民と呼び、異教の国であったアッシリアを自身が作ったと言い、これらを祝福します。

今の世界は、神が造ったのです。
それが6000年を掛けて完成するのです。

滅ぼすべき国や町や民に対しては、厳正なる裁きがなされるでしょうが、今の世界のすべてを滅ぼしてしまうということはないでしょう。


2. ソドムとゴモラを火で滅ぼした(創世記)

【創世記 19章24-25節】(ソドムとゴモラ)
主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。

ペテロの第二の手紙 3章7節
しかし、今の天と地とは、同じ御言によって保存され、不信仰な人々がさばかれ、滅ぼさるべき日に火で焼かれる時まで、そのまま保たれているのである。

終わりの日の火の裁き(ペテロ第二3章7節)は、ノアの洪水に対比するものです。その日にはソドムとゴモラのように実際に火によって滅ぶのかもしれません。

しかし、これは霊的なたとえである可能性もあり、局地的にどの地域が危険とか、どの国の民が滅ぼされるといったものではなく、地上において、霊的な裁きが行われ、正しい者は救い出されキリストの統治する千年王国時代に移行するのでしょう(創世19章12-23節)。


3. ニネベを惜しむ(ヨナ書)

【ヨナ 4章11節】
ましてわたしは十二万あまりの、右左をわきまえない人々と、あまたの家畜とのいるこの大きな町ニネベを、惜しまないでいられようか」。

【ナホム 3章7節】
すべてあなたを見るものは、あなたを避けて逃げ去って言う、「ニネベは滅びた」と。だれがこのために嘆こう。
わたしはどこから彼女を慰める者を、尋ね出し得よう。

神は6000年を掛けて完成させた世界と民を、右も左も分からないながらも回心の見込みがあるなら、その民を惜しまれます。
しかし、その見込みがないなら滅ぼすでしょう。


4. ネブカドネザルが見た夢(ダニエル書)

【ダニエル書 2章31-44節】
王よ、あなたは一つの大いなる像が、あなたの前に立っているのを見られました。(中略)その像の頭は純金、胸と両腕とは銀、腹と、ももとは青銅、すねは鉄、足の一部は鉄、一部は粘土です。

あなたが見ておられたとき、一つの石が人手によらずに切り出されて、その像の鉄と粘土との足を撃ち、これを砕きました。こうして鉄と、粘土と、青銅と、銀と、金とはみな共に砕けて、(中略)あとかたもなくなりました。ところがその像を撃った石は、大きな山となって全地に満ちました。
(中略)
それらの王たちの世に、天の神は一つの国を立てられます。これはいつまでも滅びることがなく、その主権は他の民にわたされず、かえってこれらのもろもろの国を打ち破って滅ぼすでしょう。
そしてこの国は立って永遠に至るのです。

ダニエル2章は、バビロン王ネブカドネザルが見た夢の解き明かしです。

五つの大国(金、銀、青銅、鉄、粘土)の支配の後、神は最終的にそれらを打ち砕き神の王国が樹立されるという内容でした。


5. 四つの獣の主権(ダニエル書)

そして、ダニエル7章では、別の幻が与えられ、神から主権が与えらた獣(政治大国)が四つ、次々と取って代わり、著しく恐ろしい第四の獣から大言壮語する一人の王が出て神に敵対し聖徒に打ち勝ちます。

しかし、彼は主権が奪われて永遠に滅びるとあります。それは裁きの時であって、人の子のような者が雲に乗ってきて、その者と聖徒らに、国と主権と全天下の国々の権威が与えられ、諸国民を仕えさせ、彼らは従うとあります。

【ダニエル書 7章】
13-14節 わたしはまた夜の幻のうちに見ていると、見よ、人の子のような者が、天の雲に乗ってきて、日の老いたる者のもとに来ると、その前に導かれた。彼に主権と光栄と国とを賜い、諸民、諸族、諸国語の者を彼に仕えさせた。その主権は永遠の主権であって、なくなることがなく、その国は滅びることがない。

26-27節 しかし審判が行われ、彼の主権は奪われて、永遠に滅び絶やされ、国と主権と全天下の国々の権威とは、いと高き者の聖徒たる民に与えられる。彼らの国は永遠の国であって、諸国の者はみな彼らに仕え、かつ従う』。

注:この聖書箇所は、後述でも参照します。


6. 神は一つの国を立て、キリストに永遠の主権を与える

【ヨハネの黙示録 11章15節】
第七の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、大きな声々が天に起って言った、「この世の国は、われらの主とそのキリストとの国となった。主は世々限りなく支配なさるであろう」。

これは、キリスト再臨時の描写です。
この時に「この世の国は、神とキリストとの国となった」と宣言され、ダニエル2章と7章の預言が成就します。

👉この世の国を造ったのは神である(六日間)
👉この世の国は、キリストの国になる(七日目)


3|千年王国時代の暮らし


千年王国時代について、黙示録に次のとおりあります。

【ヨハネの黙示録 20章1-3節】
またわたしが見ていると、ひとりの御使が、底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から降りてきた。

彼は、悪魔でありサタンである龍、すなわち、かの年を経たへびを捕えて千年の間つなぎおき、そして、底知れぬ所に投げ込み、入口を閉じてその上に封印し、千年の期間が終るまで、諸国民を惑わすことがないようにしておいた。
その後、しばらくの間だけ解放されることになっていた。

悪魔でありサタンである龍(エバを惑わした蛇)が、底知れぬところに投げ込まれ、千年間封じられます。蛇が諸国民を惑わすことがなくなります。


1. 千年王国の世界が垣間見える記述

【イザヤ書 11章6-9節】
おおかみは小羊と共にやどり、ひょうは子やぎと共に伏し、子牛、若じし、肥えたる家畜は共にいて、小さいわらべに導かれ、雌牛と熊とは食い物を共にし、牛の子と熊の子と共に伏し、ししは牛のようにわらを食い、乳のみ子は毒蛇のほらに戯れ、乳離れの子は手をまむしの穴に入れる。

彼らはわが聖なる山のどこにおいても、そこなうことなく、やぶることがない。水が海をおおっているように、主を知る知識が地に満ちるからである。

【イザヤ書 65章19-25節】
わたしはエルサレムを喜び、わが民を楽しむ。泣く声と叫ぶ声は再びその中に聞えることはない。
わずか数日で死ぬみどりごと、おのが命の日を満たさない老人とは、もはやその中にいない。百歳で死ぬ者も、なお若い者とせられ、百歳で死ぬ者は、のろわれた罪びととされる。

彼らは家を建てて、それに住み、ぶどう畑を作って、その実を食べる。彼らが建てる所に、ほかの人は住まず、彼らが植えるものは、ほかの人が食べない。
わが民の命は、木の命のようになり、わが選んだ者は、その手のわざをながく楽しむからである。彼らの勤労はむだでなく、その生むところの子らは災にかからない。
彼らは主に祝福された者のすえであって、その子らも彼らと共におるからである。
彼らが呼ばないさきに、わたしは答え、彼らがなお語っているときに、わたしは聞く。

おおかみと小羊とは共に食らい、ししは牛のようにわらを食らい、へびはちりを食物とする。彼らはわが聖なる山のどこでもそこなうことなく、やぶることはない」と主は言われる。

千年王国時代では、獰猛とされた人も穏やかな人と共に争うことなく、互いに必要なものを得るようになります。
幼子が死ぬことはなく、寿命を全うしない老人もおらず、百歳は若者とされ寿命は木のように長くなります。
ただし、呪われた者(正しい価値観を受け入れない人)のために死は残ります。

衣食住は満たされ、それぞれ自分の特技を生かして働き、無駄な苦労をすることはなく、子どもを産み平安に暮らします。
必要とするものは神が満たしてくれます。

狼(粗暴な者)と小羊(温和な者)が平和に食事を共にし、ライオン(野獣=為政者)は牛(家畜=民衆)のように藁を食べます。
しかし、蛇は変わらず塵を食べます(笑)。


2. 高き所を滅ぼす

【エゼキエル書 6章3節】
言え。イスラエルの山々よ、主なる神の言葉を聞け。
主なる神は山と丘と、谷と川に向かって、こう言われる、見よ、わたしはつるぎをあなたがたに送り、あなたがたの高き所を滅ぼす。

イスラエルの山々(山、丘、谷、川)とは、信仰によるイスラエルで「神の民」のことです。「あなた方の高き所」とは、霊的な意味で偶像崇拝を指しています。

今ある高い建物や建造物が取り除かれるという物理的な意味ではないですが、それらがバベルの塔のように「天に届かせよ」という物なら、神の王国から取り除かれるでしょう。


3. 祭りと新月と安息日が守られる

【ゼカリヤ 14章16-19節】
エルサレムに攻めて来たもろもろの国びとの残った者は、皆年々上って来て、王なる万軍の主を拝み、仮庵の祭を守るようになる。
地の諸族のうち、王なる万軍の主を拝むために、エルサレムに上らない者の上には、雨が降らない。エジプトの人々が、もし上ってこない時には、主が仮庵の祭を守るために、上ってこないすべての国びとを撃たれるその災が、彼らの上に臨む。

【イザヤ書 66章22-23節】
「わたしが造ろうとする新しい天と、新しい地がわたしの前にながくとどまるように、あなたの子孫と、あなたの名はながくとどまる」と主は言われる。「新月ごとに、安息日ごとに、すべての人はわが前に来て礼拝する」と主は言われる。

「エジプトの人々」とは、乾いた地の者と言う意味で、不毛な者、実りが少ない者、神から離れる者を指します。

千年王国時代における神の王国では、祭りと新月と安息日が守られます。現代においても安息日は神のしるしとなります。


4. エデンの園のようになった

【エゼキエル 36章33-36節】
主なる神はこう言われる、わたしは、あなたがたのすべての罪を清める日に、町々に人を住ませ、その荒れ跡を建て直す。荒れた地は、行き来の人々の目に荒れ地と見えたのに引きかえて耕される。

そこで人々は言う、『この荒れた地は、エデンの園のようになった。荒れ、滅び、くずれた町々は、堅固になり、人の住む所となった』と。

あなたがたの周囲に残った諸国民は主なるわたしがくずれた所を建て直し、荒れた所にものを植えたということを悟るようになる。
主なるわたしがこれを言い、これをなすのである。

ここでは、イスラエルの地(約束の地)の回復について語られています。

この章の後半である33-36節には、七日目である千年王国時代を「あなたがたのすべての罪を清める日」として、その日には「町々に人を住ませ、荒れ跡を建て直す」、そして「荒れた地はエデンの園のようになった」と周囲の諸国民は、神が成したことを悟るとあります。

千年王国時代は、地上世界が徐々にエデンの園のように変えられ、神の民が住む神の王国エリアが拡大します。そして、その周囲に住む諸国民は、それを神が成したと悟るのです。「悟る」とは、気付くとか感づくということです。

この時代はキリストによる統治が行われ、荒れた地がエデンの園のようにどんどん変わっていくにつれて、神の姿や臨在が実際に目に見えなくても「神が成したとしか思えなくなる」ということでしょう。


4|千年王国時代の住民


前述の引用に「百歳で死ぬのろわれた罪びと」「もろもろの国びとの残った者」「エジプトの人々」「あなたがたの周囲に残った諸国民」とあったように、千年王国時代には、神の民とは別に「諸国民」と呼ばれる民が住んでいます。

神は、エジプトの民を我が民と言い、アッシリアを自身が作ったと言い、ニネベの民を惜しんだという話があったように、回心の見込みがある民は滅ぼされずに、千年王国時代に移行するようです。


千年王国時代を生きる者=神の民と諸国民

【ヨハネの黙示録 11章18節】
諸国民は怒り狂いましたが、あなたも怒りをあらわされました。
そして、死人をさばき、あなたの僕なる預言者、聖徒、小さき者も、大いなる者も、すべて御名をおそれる者たちに報いを与え、また、地を滅ぼす者どもを滅ぼして下さる時がきました」。

これは、キリストの再臨を告げる宣言です。
キリストの再臨時に今の世界に生きている約80億人のうち千年王国時代に進めるのは、次の者です。

① 神の民(大群衆=神の印を押された者)
神の名をおそれる者たちが大患難を経て、報いが与えられます。彼らは白い衣を着た大群衆(キリストの花嫁)であり、キリストに牧され命の泉に導かれます。

【ヨハネの黙示録】(白い衣の大群衆)
7章14-17節
彼らは大きな患難をとおってきた人たちであって、その衣を小羊の血で洗い、それを白くしたのである。(中略)彼らは、もはや飢えることがなく、かわくこともない。太陽も炎暑も、彼らを侵すことはない。御座の正面にいます小羊は彼らの牧者となって、いのちの水の泉に導いて下さるであろう。また神は、彼らの目から涙をことごとくぬぐいとって下さるであろう」。

19章7-8節
わたしたちは喜び楽しみ、神をあがめまつろう。小羊の婚姻の時がきて、花嫁はその用意をしたからである。彼女は、光り輝く、汚れのない麻布の衣を着ることを許された。この麻布の衣は、聖徒たちの正しい行いである」。

② 諸国民のうち羊に分類された者
諸国民は、キリストの花嫁にはなれませんが、婚宴に招かれる客にたとえられています。キリスト者でなくても正しい者は羊に分類され、千年王国時代に移行します(マタイ25章31-40節)。

彼らは、回心の見込みがある者とされ、ぶどう酒を作るように酒ぶねで踏まれ、鉄の杖で牧されます(黙示録19章9, 15節)。

やぎに分類された者は、婚宴から追い出されその肉を鳥が食らいます(肉の死の暗示か?)(マタイ25章41-46節、黙示録 19章21節)。

【ヨハネの黙示録】
19章9節
それから、御使はわたしに言った、「書きしるせ。小羊の婚宴に招かれた者は、さいわいである」。またわたしに言った、「これらは、神の真実の言葉である」。

19章15節
その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎが出ていた。彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。

19章21節
それ以外の者たちは、馬に乗っておられるかたの口から出るつるぎで切り殺され、その肉を、すべての鳥が飽きるまで食べた。


神の民と諸国民について

黙示録の19章には、千年王国時代への移行期間であるキリストの再臨場面が詳細に描かれており、神の民と諸国民とが区別されて描写されています。
黙示録の19章の主な登場人物は次のとおりです。

📍詳しくは下の記事をご覧ください。
黙示録19章について
神の印を押される者について


キリストと共同統治する者=聖徒(神のしもべ)

千年王国時代をキリストと共に共同統治する者がいます。
これは前述のダニエル7章26-27節にあった、国と主権と全天下の国々の権威を与えられる聖徒のことです。
神の民(キリスト者全体)のうち特に「神のしもべ」とされる者は、聖徒と呼ばれます。

【ダニエル書 7章26-27節】
しかし審判が行われ、彼の主権は奪われて、永遠に滅び絶やされ、国と主権と全天下の国々の権威とは、いと高き者の聖徒たる民に与えられる。彼らの国は永遠の国であって、諸国の者はみな彼らに仕え、かつ従う』。

👉千年王国時代の住民は、神の民と諸国民
👉聖徒(神のしもべ)は、キリストと共同統治する

さらに、キリストの再臨時に地上に生きている者の他に、亡くなった神の民(キリストにあって死んだ者)が生き返り、千年王国(神の王国)に入ります。


5|復活し千年王国に入る者


キリスト再臨時に復活する者(第一の復活)

キリストの再臨時、6000年間に亡くなった者のうち、神の民(キリストにある者)だけが復活します。これらの者は、非常に多く大群衆となったとあります(エゼキエル37章9-17節)。

① 神の民の復活

【エゼキエル書 37章9-17節】(神の民の復活)
時に彼はわたしに言われた、「人の子よ、息に預言せよ、息に預言して言え。主なる神はこう言われる、息よ、四方から吹いて来て、この殺された者たちの上に吹き、彼らを生かせ」。そこでわたしが命じられたように預言すると、息はこれにはいった。すると彼らは生き、その足で立ち、はなはだ大いなる群衆となった。

そこで彼はわたしに言われた、「人の子よ、これらの骨はイスラエルの全家である。見よ、彼らは言う、『われわれの骨は枯れ、われわれの望みは尽き、われわれは絶え果てる』と。それゆえ彼らに預言して言え。主なる神はこう言われる、わが民よ、見よ、わたしはあなたがたの墓を開き、あなたがたを墓からとりあげて、イスラエルの地にはいらせる。
(中略)
「人の子よ、あなたは一本の木を取り、その上に『ユダおよびその友であるイスラエルの子孫のために』と書き、また一本の木を取って、その上に『ヨセフおよびその友であるイスラエルの全家のために』と書け。これはエフライムの木である。あなたはこれらを合わせて、一つの木となせ。これらはあなたの手で一つになる。

イスラエルの全家とは、ヨセフの友とあるとおり信仰によるイスラエルの子らのすべてのことで、神の民(キリストにある者)のすべてを表します。
彼らは生き返り、イスラエルの地(相続地)、つまり千年王国(神の王国)に入ります。

キリストの再臨時には、キリストにあって殺された者、つまり神の民が、まず最初に復活し朽ちない者に変えられます(第一の復活)。

それから、地上で生き残っている神の民も、一瞬にして朽ちない者に変えられます朽ちない者に変えられるのは、神の民だけで、おそらく、諸国民はそのままの状態で千年王国時代に移行するでしょう。
この報いの差は非常に大きいです。

【マルコによる福音書 12章25節】(死者の復活)
彼らが死人の中からよみがえるときには、めとったり、とついだりすることはない。
彼らは天にいる御使のようなものである。

【コリント人への第一の手紙 15章51-52節】(キリスト再臨時)
ここで、あなたがたに奥義を告げよう。
わたしたちすべては、眠り続けるのではない。
終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる。
というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者によみがえらされ、わたしたちは変えられるのである。

【テサロニケ人への第一の手紙 4章16-17節】(キリスト再臨時)
すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。
その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。

【ペテロの第一の手紙 1章4節】(キリスト再臨時)
あなたがたのために天にたくわえてある、朽ちず汚れず、しぼむことのない資産を受け継ぐ者として下さったのである。

【ヨハネの第一の手紙 3章2節】(キリスト再臨時)
愛する者たちよ。わたしたちは今や神の子である。しかし、わたしたちがどうなるのか、まだ明らかではない。
彼が現れる時、わたしたちは、自分たちが彼に似るものとなることを知っている。そのまことの御姿を見るからである。

② 聖徒(神のしもべ)の復活

【ヨハネの黙示録 20章4-6節】(キリスト再臨時)
また見ていると、かず多くの座があり、その上に人々がすわっていた。そして、彼らにさばきの権が与えられていた。

また、イエスのあかしをし神の言を伝えたために首を切られた人々の霊がそこにおり、また、獣をもその像をも拝まず、その刻印を額や手に受けることをしなかった人々がいた。

彼らは生きかえって、キリストと共に千年の間、支配した。
(それ以外の死人は、千年の期間が終るまで生きかえらなかった。)これが第一の復活である。この第一の復活にあずかる者は、さいわいな者であり、また聖なる者である。この人たちに対しては、第二の死はなんの力もない。

彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストと共に千年の間、支配する。

「イエスのあかしをし神の言を伝えたために首を切られた人々」とは、神に対して純潔を守り殉教した者や大きな迫害を受けた者のことで、彼らは生き返って、キリストと共に千年王国時代を治めます。
前述のダニエル書7章26-27節の聖徒と同じ者たちです。

👉6000年間に亡くなった者のうち、神の民(キリストにある者)だけが復活する
👉キリストにある者は朽ちない者に変えられる


その他の者は、千年王国時代の後に復活する

【ヨハネの黙示録 20章11-13節】(千年王国時代の後)
また見ていると、大きな白い御座があり、そこにいますかたがあった。天も地も御顔の前から逃げ去って、あとかたもなくなった。

また、死んでいた者が、大いなる者も小さき者も共に、御座の前に立っているのが見えた。かずかずの書物が開かれたが、もう一つの書物が開かれた。これはいのちの書であった。死人はそのしわざに応じ、この書物に書かれていることにしたがって、さばかれた

海はその中にいる死人を出し、死も黄泉もその中にいる死人を出し、そして、おのおのそのしわざに応じて、さばきを受けた。

千年王国時代の後、死んでいた者が御座の前に立つ
黙示録20章11-13節に「天も地も御顔の前から逃げ去って、跡形もなくなった」とあるとおり、これは千年王国時代の終わりで新天新地の直前です。

6000年+千年王国時代=7000年
千年王国時代の終わりに、7000年間のすべての死者がキリストの血によって、よみがえります。書物とあるのは、神の記憶のことでしょう。神は7000年間に生きたすべての人のすべての行いをすべて記憶しており、生きていた時の行いに応じて裁きます。

この裁きの執行は各人の死後すぐに行われるのではなく、7000年間の最後にまとめて行われます。

命の書に名が記されていない者は、火の池に投げ込まれ、それ以外の者は、新天新地に入ります。
物心がつく前に亡くなった幼児や赤子などは、もれなく新天新地に入るでしょう。


パラダイスにいる

【ルカによる福音書 23章43節】
イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。

イエスと共に処刑された罪人は、死の眠りにつき、目覚めたときにはパラダイスにいることが約束されました。「あなたはきょう」とは、死の眠りについて目覚めた時には、もうパラダイスにいると言うことです。

死者は、死んで目覚めると、何千年も経っているのに、その日に目覚めたような感覚なのでしょう。これまでの6000年間の死者は、今はまだ神の記憶の中で眠っている状態です。7000年間の終りに、目覚めて(生き返り)パラダイスに置かれるのでしょう。


6|新天新地(パラダイス)


死と呪いがなくなる

【ヨハネの黙示録 20章14-15】
それから、死も黄泉も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。このいのちの書に名がしるされていない者はみな、火の池に投げ込まれた。

「死」が無くなり、「呪い」が無くなるのは、千年王国時代の後です。千年王国時代の地は呪われたままで、死が残っていました。


地はアダムのゆえに呪われた

【創世記 3章17-19節】(アダムゆえに地が呪われた)
更に人に言われた、
「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、あなたは野の草を食べるであろう。あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。


呪われるべきものは、もはや何ひとつない

【ヨハネの黙示録 22章1-4節】(すべてが刷新される)
御使はまた、水晶のように輝いているいのちの水の川をわたしに見せてくれた。この川は、神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れている。川の両側にはいのちの木があって、十二種の実を結び、その実は毎月みのり、その木の葉は諸国民をいやす。のろわるべきものは、もはや何ひとつない。
神と小羊との御座は都の中にあり、その僕たちは彼を礼拝し、御顔を仰ぎ見るのである。彼らの額には、御名がしるされている。

アダムのゆえに呪われた地は、7000年を経てようやく無くなり、すべてが刷新され命の木が復活します。創世記の3章で描かれた伏線が、黙示録の22章において見事に回収されています。


すべてのものを新しくする

【ヨハネの黙示録 21章3-5節】
また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。

すると、御座にいますかたが言われた、
「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」。


おまけ


📌神の国は只中にある

【ルカによる福音書 17章20-21節】
神の国はいつ来るのかと、パリサイ人が尋ねたので、イエスは答えて言われた、「神の国は、見られるかたちで来るものではない。また『見よ、ここにある』『あそこにある』などとも言えない。神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」。

ルカ書のこの記述はパリサイ人への回答ですので、イエスは奥義を語らずはぐらかした可能性がありますが、千年王国(神の王国)が今の世界とは別の新たな国がやって来るものではないのは、この記事で書いたとおりです。

千年王国時代には、キリストにある者は朽ちない者に変えられ、地上世界はエデンの園のように再建されます。神の民でない者(諸国民)は、そのようなキリストの支配による変化を目の当たりにして各人が悟る(気づく)必要があります。
まさに、神の王国は彼らの只中にあるのです。

【ゼカリヤ書 2章10-11節】
主は言われる、シオンの娘よ、喜び歌え。わたしが来て、あなたの中に住むからである。その日には、多くの国民が主に連なって、わたしの民となる。わたしはあなたの中に住む


📌エルサレムでないところで霊を持って礼拝

【ヨハネによる福音書 4章21-24節】
イエスは女に言われた、
「女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。あなたがたは自分の知らないものを拝んでいるが、わたしたちは知っているかたを礼拝している。救はユダヤ人から来るからである。

しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」。

この山でも、エルサレムでもない所で、霊とまことをもって父を礼拝するとあるように、千年王国時代には、特定の物理的な場所が神の王国になるのではないのでしょう。神の民がいる所に、神の祝福が注がれることでしょう。


📌復活のイエスに気づかない

【ヨハネによる福音書 20章13-14節】
すると、彼らはマリヤに、「女よ、なぜ泣いているのか」と言った。
マリヤは彼らに言った、「だれかが、わたしの主を取り去りました。そして、どこに置いたのか、わからないのです」。
そう言って、うしろをふり向くと、そこにイエスが立っておられるのを見た。しかし、それがイエスであることに気がつかなかった。

マグダラのマリアは、イエスを見ても、それがイエスだと気づかなかったようです。まさか、本当に生き返っていると思わなかったので、イエスであるはずがないという先入観があったのかもしれませんが、最もイエスを愛していたであろうマリアが、イエスを「見て」気づかないはずがないのに、マリアでさえ気づかなかったのだと、ヨハネは言いたいのだと思います。
要するにこれは、見た目が変わっていたということでしょう。

キリストにある者は朽ちない者に変えられます。
千年王国時代は、今住んでいるところに居ながらにして、神の民は変えられ、満たされた暮らしに入り、もしかしたらアンチエイジされ健全な肉体とこころが備えられるのかもしれません。または、御使いのようなもの(マルコ12章25節)とあるとおり、もはや肉体を持たないのかもしれません。
諸国民はそのような神の民への報いを目の当たりにして、神の存在を悟るのかもしれませんね。
こうして神の民は、世の光となるのでしょう。


📌アブラハム契約

【創世記 17章6-14節】(契約のしるし)
わたしはあなたに多くの子孫を得させ、国々の民をあなたから起そう。また、王たちもあなたから出るであろう。わたしはあなた及び後の代々の子孫と契約を立てて、永遠の契約とし、あなたと後の子孫との神となるであろう。わたしはあなたと後の子孫とにあなたの宿っているこの地、すなわちカナンの全地を永久の所有として与える。
(中略)
神はまたアブラハムに言われた、「あなたと後の子孫とは共に代々わたしの契約を守らなければならない。あなたがたのうち男子はみな割礼をうけなければならない。(中略)それがわたしとあなたがたとの間の契約のしるしとなるであろう。

あなたがたのうちの男子はみな代々、家に生れた者も、また異邦人から銀で買い取った、あなたの子孫でない者も、生れて八日目に割礼を受けなければならない。(中略)こうしてわたしの契約はあなたがたの身にあって永遠の契約となるであろう。
(以下略)

神はアブラハムに子孫の繁栄と相続地の約束をした際に、割礼が契約のしるしとなると言われました。この割礼は、こころから肉的な傾向を切り離す象徴でした。これを八日目に行いなさいということは、アブラハムのゆえに彼の子孫とされる多くの人々が、新天新地に入るための条件ということでしょう。


おわりに


思えば、キリスト初臨のイエスの活動は、真理を教え、人を癒し、生き返らせ、盲人の目を開け、5000人に食べさせ、水の上を歩き、嵐を鎮め、奇跡の連続でした。千年王国時代になって、そんなものを只中で目の当たりにするなら、諸国民もいい加減に目を覚まし、回心して信じるのかもしれませんね。

この記事の冒頭で、聖書の最大のテーマとは、神による天地万物の完成(神の王国の樹立)と書きました。とは言え、神は箱モノを作って満足するわけではないでしょう。
地球や人間を物理的に作ることは神にとってはたやすいことで、いくらでも造り、造り直すこともできるでしょう。

しかし、神と人、人と人との関係は、一方的で独りよがりな箱モノではなく、互いの霊やこころによって築き合うものです。神が一方的に愛を注いだとしても、民の反応が愛のないものであったなら神の王国にはならず、万物の完成にはならないのです。

神が造っているのは、1000億人以上の人々がそれぞれ愛を分かち合い、互いに愛する世界ではないでしょうか。その規模感は、想像を超えて理解が追いつきませんが、神の壮大な計画の完成には6000年の時が必要だったのでしょう。

その完成を見たときに、神はきっとこう言うはずです。
とても素晴らしい出来栄えだ!


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