黙示録解説 第19章_学習用レジュメ
ヨハネの黙示録の学習用レジュメです。
聖書年表を用いたリアルな時間軸による考察と解説になります。
聖書本文とご一緒にご覧ください。
第19章概略
大淫婦(大バビロン)の裁きの後、天の賛美の声があがった。白馬に乗ったキリストが再臨し獣と地の王と偽預言者を滅ぼす。
✅大淫婦への裁きの後【天の様子】
✅キリストの再臨【地の様子】
✅ハルマゲドンでの戦い【反キリストの滅亡】
ここから本編
【ヨハネの黙示録 第19章】
大淫婦の裁きの後、天の大群衆の声があがった。白馬に乗ったキリストが再臨し獣と地の王と偽預言者を滅ぼす。
✅大淫婦(大バビロン)への裁きの後【天の様子】
黙示録 第19章本文
1 この後、わたしは天の大群衆が大声で唱えるような声を聞いた、「ハレルヤ、救と栄光と力とは、われらの神のものであり、
2 そのさばきは、真実で正しい。神は、姦淫で地を汚した大淫婦をさばき、神の僕たちの血の報復を彼女になさったからである」。
3 再び声があって、「ハレルヤ、彼女が焼かれる火の煙は、世々限りなく立ちのぼる」と言った。
⚫︎1~3節
天の大群衆の大きな声「ハレルヤ!」が聞こえる。
「神は、姦淫で地を汚した大淫婦をさばき、神の僕たちの血の報復を彼女になさった」。
💡天の大群衆の声は、大淫婦への裁きの後です。
この大群衆は、第7章の大群衆であり、大患難を経てきた者らのことです。
👉「大淫婦=大バビロン」とは、世の宗教や価値観の総体のこと。
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この場面の「大群衆」は
黙示録第7章に描写された「大群衆」と同一です
ヨハネの黙示録 第7章
【ヨハネの黙示録 7章】(白い衣の大群衆)
9-10節
その後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、数えきれないほどの大ぜいの群衆が、白い衣を身にまとい、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立ち、大声で叫んで言った、「救は、御座にいますわれらの神と小羊からきたる」。
13-14節
長老たちのひとりが、わたしにむかって言った、「この白い衣を身にまとっている人々は、だれか。また、どこからきたのか」。わたしは彼に答えた、「わたしの主よ、それはあなたがご存じです」。
すると、彼はわたしに言った、「彼らは大きな患難をとおってきた人たちであって、その衣を小羊の血で洗い、それを白くしたのである。
──19章に戻ります
※引き続き天の描写が続く…
黙示録 第19章本文
4 すると、二十四人の長老と四つの生き物とがひれ伏し、御座にいます神を拝して言った、「アァメン、ハレルヤ」。
5 その時、御座から声が出て言った、「すべての神の僕たちよ、神をおそれる者たちよ。小さき者も大いなる者も、共に、われらの神をさんびせよ」。
⚫︎4~5節
24人の長老と四つの生き物の声と御座からの声
👉第7章9-14節の描写と重なり、これらは同じ場面です。
黙示録 第19章本文
6 わたしはまた、大群衆の声、多くの水の音、また激しい雷鳴のようなものを聞いた。それはこう言った、「ハレルヤ、全能者にして主なるわれらの神は、王なる支配者であられる。
7 わたしたちは喜び楽しみ、神をあがめまつろう。小羊の婚姻の時がきて、花嫁はその用意をしたからである。
8 彼女は、光り輝く、汚れのない麻布の衣を着ることを許された。この麻布の衣は、聖徒たちの正しい行いである」。
⚫︎6~8節
また大群衆の声がこう言う
「全能者なる神は、王なる支配者。小羊の婚姻の時が来て、花嫁は用意ができたのだから」
「花嫁は光り輝く麻布の衣を着ることを許された。麻布の衣は、聖徒たちの正しい行いである」
創造者であり、全能者である神が、王となりました。真キリストの結婚の時が来て、大群衆(神の民)は、その用意ができています。神の民は、白い衣(勝者の証)を着ることが許されました。
小羊=真キリスト(イエス・キリスト)
花嫁=大群衆=神の民(キリスト者)
麻布の衣=輝く聖さ=聖徒の正しい行い
💡19章の「天の大群衆」=7章の「白い衣の大群衆」
✅キリストの再臨【地の様子】
黙示録 第19章本文
9 それから、御使はわたしに言った、「書きしるせ。小羊の婚宴に招かれた者は、さいわいである」。またわたしに言った、「これらは、神の真実の言葉である」。
10 そこで、わたしは彼の足もとにひれ伏して、彼を拝そうとした。すると、彼は言った、「そのようなことをしてはいけない。わたしは、あなたと同じ僕仲間であり、またイエスのあかしびとであるあなたの兄弟たちと同じ僕仲間である。ただ神だけを拝しなさい。イエスのあかしは、すなわち預言の霊である」。
⚠️地の様子に場面が変わる
⚫︎9節 御使が言った。
「小羊の婚宴に招かれた者は幸い」
「これらは神の真実なことばである」
⚫︎10節
ヨハネが御使の足もとにひれ伏して礼拝しようとすると、御使は「神だけを礼拝しなさい」と言いました。
ヨハネは、天の大群衆(神の民=花嫁)とならずに、地に残された諸国民(神の民以外の者)が、(真キリストと大群衆の)婚礼に招かれるのを知り、感激と感謝とを表そうとしたのではないでしょうか。
「婚宴に招かれた者」とは、神の民ではない
マタイによる福音書22章1-14節が参考になる
【マタイによる福音書 22章1-14節】
イエスはまた、譬で彼らに語って言われた、「天国は、ひとりの王がその王子のために、婚宴を催すようなものである。
王はその僕たちをつかわして、この婚宴に招かれていた人たちを呼ばせたが、その人たちはこようとはしなかった。
そこでまた、ほかの僕たちをつかわして言った、『招かれた人たちに言いなさい。食事の用意ができました。牛も肥えた獣もほふられて、すべての用意ができました。さあ、婚宴においでください』。しかし、彼らは知らぬ顔をして、ひとりは自分の畑に、ひとりは自分の商売に出て行き、またほかの人々は、この僕たちをつかまえて侮辱を加えた上、殺してしまった。
そこで王は立腹し、軍隊を送ってそれらの人殺しどもを滅ぼし、その町を焼き払った。それから僕たちに言った、『婚宴の用意はできているが、招かれていたのは、ふさわしくない人々であった。だから、町の大通りに出て行って、出会った人はだれでも婚宴に連れてきなさい』。そこで、僕たちは道に出て行って、出会う人は、悪人でも善人でもみな集めてきたので、婚宴の席は客でいっぱいになった。
王は客を迎えようとしてはいってきたが、そこに礼服をつけていないひとりの人を見て、彼に言った、『友よ、どうしてあなたは礼服をつけないで、ここにはいってきたのですか』。しかし、彼は黙っていた。そこで、王はそばの者たちに言った、『この者の手足をしばって、外の暗やみにほうり出せ。そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』。
招かれる者は多いが、選ばれる者は少ない」。
【マタイによる福音書 22章1-14節】
「王が王子の婚宴を催した時のたとえ」における、登場人物の対応関係は、下記のとおりです。

【ヨハネの黙示録 19章9節】
「小羊の婚宴に招かれた者」=諸国民(神の民以外)で見込みのある者=羊
この時点では、神の民は、すでに天の大群衆になっています。
よって、地に残った人々は、神の民以外の者です。彼らは、婚宴に招かれてはいたが、欠席するつもりでいた者たちです。
彼らは改めて招かれますが、行いの良し悪しで外に放り出されることになるのです。
「招かれる者は多いが、選ばれる者は少ない」
「礼服」とは、婚宴に出席する際に身に着けるもので、王に招かれたなら身に着けるのが常識でしょう。そういった常識のない者は、外に放り出されるということです。ここでいう常識とは、神の戒めのうち、「隣人愛」のことでしょう。彼らは神の民ではありませんでしたが、隣人愛のある正しい者は、婚宴に招かれる幸いな者となると言うことです。
※「見込みのある者」と表現した理由は、次の11~16節を参照ください。
キリストは、鋭い剣で諸国の民を打つ
鉄の杖で牧し、憤りのぶどうの踏み場を踏む
黙示録 第19章本文
11 またわたしが見ていると、天が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた。それに乗っているかたは、「忠実で真実な者」と呼ばれ、義によってさばき、また、戦うかたである。
12 その目は燃える炎であり、その頭には多くの冠があった。また、彼以外にはだれも知らない名がその身にしるされていた。
13 彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言」と呼ばれた。
14 そして、天の軍勢が、純白で、汚れのない麻布の衣を着て、白い馬に乗り、彼に従った。
⚫︎11~14節
天が開かれ白い馬がいた。
白い馬に乗っている方は、「忠実で真実な方」と呼ばれ、義をもって裁き戦う。その目は炎のようで、頭には王冠、血に染まった衣をまとい、名は「神の言葉」と呼ばれていた。天の軍勢が白い衣を着て、白い馬に乗って従っていた。
👉「白い馬に乗っている方」とは、真キリスト(イエス・キリスト)です。第4章の白い馬の乗り弓を持った者(偽キリスト)と対比されます。
👉彼(真キリスト)の名は「神の言葉」です。
💡「白い衣の天の軍勢」は、「天の大群衆」「白い衣の大群衆」です。
黙示録 第19章本文
15 その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎが出ていた。彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。
16 その着物にも、そのももにも、「王の王、主の主」という名がしるされていた。
⚫︎15~16節
この方の口から出ている鋭い剣で、諸国民を打つ。彼らを鉄の杖で牧し、憤りのぶどうの踏み場を踏む。衣とももに「王の王、主の主」と記されていた。
👉口から出ている鋭い剣とは、神の言葉そのものです。それは鋭く、諸国民(神の民以外の者)を言葉でもって打ちます。
💡「ぶどうの踏み場を踏む」とは、
ぶどう収穫後、ぶどう酒を作る工程の一つです。ぶどうにたとえられた諸国民を踏みつけて殺してしまうと言う意味ではなく、鉄の杖で牧する価値のある者(回心の見込みのある者)は、踏まれ懲らしめを受け、導かれるのです。
価値のないぶどうなら、踏むこともなく家畜の餌になるか捨てられます。
👉9節の神の民は花嫁であるので、招かれた者(客)ではありません。婚宴に改めて招かれた者(客)が、この諸国民です。彼らのうち、隣人愛のある者は、鉄の杖で牧され、ぶどう踏み場で踏まれる者となります。
【マルコによる福音書 14章23-25節】
また杯を取り、感謝して彼らに与えられると、一同はその杯から飲んだ。イエスはまた言われた、「これは、多くの人のために流すわたしの契約の血である。あなたがたによく言っておく。神の国で新しく飲むその日までは、わたしは決して二度と、ぶどうの実から造ったものを飲むことをしない」。
✅神の民と諸国民について
黙示録の19章の登場人物の対応関係は、次のとおりです。

✅ハルマゲドンでの戦い【反キリストの滅亡】
黙示録 第19章本文
17 また見ていると、ひとりの御使が太陽の中に立っていた。彼は、中空を飛んでいるすべての鳥にむかって、大声で叫んだ、「さあ、神の大宴会に集まってこい。
18 そして、王たちの肉、将軍の肉、勇者の肉、馬の肉、馬に乗っている者の肉、また、すべての自由人と奴隷との肉、小さき者と大いなる者との肉をくらえ」。
19 なお見ていると、獣と地の王たちと彼らの軍勢とが集まり、馬に乗っているかたとその軍勢とに対して、戦いをいどんだ。
20 しかし、獣は捕えられ、また、この獣の前でしるしを行って、獣の刻印を受けた者とその像を拝む者とを惑わしたにせ預言者も、獣と共に捕えられた。そして、この両者とも、生きながら、硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。
⚫︎17~18節
一人の御使が太陽の中に立っている。
大声で「さあ、神の大宴会に集まってこい。そして、王、将軍、勇者、馬、馬に乗っている者、また、すべての自由人と奴隷、小さき者と大いなる者との肉をくらえ」。
⚫︎19~20節
獣と地の王と彼らの軍勢が集まって、キリストに戦いを挑んだ。
獣と人々を惑わした偽預言者は捕らえられ、生きたまま硫黄の燃える火の池に投げ込まれた。
👉この「獣」は、七頭十角獣で世界的政治権力(反キリスト)。
👉「地の王」は、世の宗教や価値観を先導する者で、宗教指導者や偽預言者。
👉「火の池」は、第二の死(永遠の死)。
「獣」と「地の王」と「彼らの軍勢」が、キリストに戦いを挑み、「獣」と人々を惑わした「偽預言者」が生きたまま火の池に投げ込まれます。火の池とは、第二の死です(第20章10、14~15節)ので、復活の見込みはありません。
「彼らの軍勢」は、まだ生き残っています。
黙示録 第19章本文
21 それ以外の者たちは、馬に乗っておられるかたの口から出るつるぎで切り殺され、その肉を、すべての鳥が飽きるまで食べた。
⚫︎21節
獣の印を受けた残りの者は、殺され鳥に食われる。
「獣の印を受けた残りの者」とは、「彼らの軍勢」で、次の者らです。王、千人隊長、力ある者、馬とそれに乗っている者、すべての自由人と奴隷、小さい者、大きい者(17~18節)。
彼らは「先に婚宴に招かれていたのにふさわしくなかった者(マタイ22章5~8節・25章41~45節)=やぎ」と「後で婚宴に招かれたが礼服をつけていなかった者(マタイ22章11~13節)=やぎ」であり、隣人愛が無いとされた者が含まれるでしょう。処分は、火の池ではなく、殺され肉を食べられるとあります。
💡「殺され肉を食べられる」とは、
「肉の死」を表すのかもしれません。彼らは「火の池=霊的な死=永遠の死」ではなく、「肉の死」に処され、まだ復活の見込みがあるということでしょう(第20章11~15節・エゼキエル39章17-20節)。
非信者だが、正しい者は「羊」
信者だが、正しくない者は「やぎ」
獣と偽預言者は「火の池」
【マタイによる福音書 25章31-46節】
人の子が栄光の中にすべての御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう。そして、すべての国民をその前に集めて、羊飼が羊とやぎとを分けるように、彼らをより分け、羊を右に、やぎを左におくであろう。
そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、
『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。
そのとき、正しい者たちは答えて言うであろう、
『主よ、いつ、わたしたちは、あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ、かわいているのを見て飲ませましたか。いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せましたか。また、いつあなたが病気をし、獄にいるのを見て、あなたの所に参りましたか』。
すると、王は答えて言うであろう、
『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』。
それから、左にいる人々にも言うであろう、
『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせず、かわいていたときに飲ませず、旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』。
そのとき、彼らもまた答えて言うであろう、
『主よ、いつ、あなたが空腹であり、かわいておられ、旅人であり、裸であり、病気であり、獄におられたのを見て、わたしたちはお世話をしませんでしたか』。
そのとき、彼は答えて言うであろう、
『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』。
そして彼らは永遠の刑罰を受け、正しい者は永遠の生命に入るであろう」。
災いなるかなイスラエルの牧者=やぎ
もろもろの民の中から導き出し、もろもろの国から集められる=羊
【エゼキエル書 34章1-13節】
1-6節 主の言葉がわたしに臨んだ、「人の子よ、イスラエルの牧者たちに向かって預言せよ。
預言して彼ら牧者に言え、主なる神はこう言われる、わざわいなるかな、自分自身を養うイスラエルの牧者。牧者は群れを養うべき者ではないか。
ところが、あなたがたは脂肪を食べ、毛織物をまとい、肥えたものをほふるが、群れを養わない。あなたがたは弱った者を強くせず、病んでいる者をいやさず、傷ついた者をつつまず、迷い出た者を引き返らせず、うせた者を尋ねず、彼らを手荒く、きびしく治めている。
彼らは牧者がないために散り、野のもろもろの獣のえじきになる。わが羊は散らされている。彼らはもろもろの山と、もろもろの高き丘にさまよい、わが羊は地の全面に散らされているが、これを捜す者もなく、尋ねる者もない。
7-10節 それゆえ、牧者よ、主の言葉を聞け。主なる神は言われる、わたしは生きている。
わが羊はかすめられ、わが羊は野のもろもろの獣のえじきとなっているが、その牧者はいない。わが牧者はわが羊を尋ねない。牧者は自身を養うが、わが羊を養わない。
それゆえ牧者らよ、主の言葉を聞け。
主なる神はこう言われる、見よ、わたしは牧者らの敵となり、わたしの羊を彼らの手に求め、彼らにわたしの群れを養うことをやめさせ、再び牧者自身を養わせない。またわが羊を彼らの口から救って、彼らの食物にさせない。
11-13節 主なる神はこう言われる、見よ、わたしは、わたしみずからわが羊を尋ねて、これを捜し出す。牧者がその羊の散り去った時、その羊の群れを捜し出すように、わたしはわが羊を捜し出し、雲と暗やみの日に散った、すべての所からこれを救う。
わたしは彼らをもろもろの民の中から導き出し、もろもろの国から集めて、彼らの国に携え入れ、イスラエルの山の上、泉のほとり、また国のうちの人の住むすべての所でこれを養う。


➡️ピックアップ
隣人愛
神の戒め(いわゆる十戒)のうち、隣人愛とされる第六戒から第十戒。
【出エジプト記 20章12-17節】
12 あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。
13 あなたは殺してはならない。
14 あなたは姦淫してはならない。
15 あなたは盗んではならない。
16 あなたは隣人について、偽証してはならない。
17 あなたは隣人の家をむさぼってはならない。隣人の妻、しもべ、はしため、牛、ろば、またすべて隣人のものをむさぼってはならない。
次回➡️ ヨハネの黙示録 第20章
【黙示録】概観図
聖書の中でも難解と言われる「ヨハネの黙示録」の全体構成を図表化しました。全体図を視覚的に俯瞰することができます。
