安息日を復興せよ──イエスとパウロとイザヤの終末預言
安息日は、今でも守るべきなのだろうか──
聖書を読むと、このような疑問は素朴に思うものです。
旧約聖書では「神の民のしるし」とされるほどに重く扱われた安息日が、新約聖書では、特にパウロの手紙の中で軽く映ります。
いったい、なぜこのように感じるのでしょうか。
📌この記事では──
イエスが示した安息日の活動からエルサレム会議の決定、そして「パウロの安息日」。
最後に、イザヤが語る「安息日の復興」について読み解きます。
1|安息日は今でも守るべきなのか
安息日を覚えて聖とせよ
まずは、安息日の戒めを確認しましょう。
十戒の第四戒です。
【出エジプト記 20章8-11節】
安息日を覚えて、これを聖とせよ。
六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。七日目はあなたの神、主の安息であるから、なんのわざをもしてはならない。
あなたもあなたのむすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、またあなたの門のうちにいる他国の人もそうである。
主は六日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、七日目に休まれたからである。
それで主は安息日を祝福して聖とされた。
神が天地万物を創造し、七日目に休まれた。
これを記念するために、人にも七日目の安息が与えられました。
2|イエスの安息日
「安息日の主」としての活動
イエスの活動の多くは、安息日と深く関わっていました。
安息日に会堂で教えた(マルコ1章21節)
けがれた霊を追い出した(マルコ1章23-28節)
シモンの姑を癒した(マルコ1章29-31節)
弟子たちの空腹を満たした(マルコ2章23-28節)
片手の萎えた人を治した(マルコ3章1-6節)
良いことをするのは正しい(マタイ12章12節)
いつものように会堂で聖書を朗読した(ルカ4章16節)
イザヤ書の預言成就を説いた(ルカ4章17-21節)
18年間病に縛られた女を治した(ルカ13章10-17節)
水腫の人を治した(ルカ14章1-6節)
ベテスダの池で38年間病気の人を治した(ヨハネ5章1-18節)
生まれつきの盲人の目を開けた(ヨハネ9章)
これらは単なる活動ではなく、安息日に会堂で教え、病気を治し、悪霊を追い出すことで、イエスは神の王国を体現したのです。
安息日を覚えて聖とした
イエスは安息日を守らなかったと思われがちですが、それはユダヤ教パリサイ派の視点です。
イエスの一連の活動を見れば、七日目である安息日を常に意識しており、「安息日を覚えて聖とせよ」の戒めを本当の意味で遵守していたと言えるのです。
そしてイエスは、自身を「安息日の主」と宣言しました(マルコ2章28節)。これは、神の七日目である千年王国時代の王となることを預言しているのです。
3|エルサレム会議の決定
イエスの昇天後、異邦人に福音が広がる中で、モーセ律法を守るべきかが問題となりました。
そのために開かれたのが、エルサレム会議です。
ペテロは「わたしたちユダヤ人でさえ守れなかった律法を、異邦人に負わすべきでない」と主張し、パウロらは、異邦人宣教が神のわざであることを説明しました。
そして、エルサレム教会のリーダーであったヤコブは、次のとおり発言したのです。
【使徒行伝 15章19-21節】
そこで、わたしの意見では、異邦人の中から神に帰依している人たちに、わずらいをかけてはいけない。
ただ、偶像に供えて汚れた物と、不品行と、絞め殺したものと、血とを、避けるようにと、彼らに書き送ることにしたい。
古い時代から、どの町にもモーセの律法を宣べ伝える者がいて、安息日ごとにそれを諸会堂で朗読するならわしであるから」。
ヤコブは異邦人について、「偶像に供えて汚れた物・不品行・絞め殺したもの・血」の四つを挙げ、これらを避ければ良しとすることを提案しました。
そして安息日については、昔からどの町でもモーセ律法が伝えられ、安息日ごとに会堂で十戒が朗読される習わしがあることから、特に言及しないことにしたのです。
この決定は、異邦人に面倒と思わせないようすでに定着している安息日と最小限の忌避をきっかけに、神の価値観である十戒を広げていく戦略的判断であったと言えるのです。
📍「四つの忌避は十戒への導線」について詳しくは、下の記事をご覧ください。
4|パウロの安息日
エルサレム会議の決定を受けて、四つの忌避が文書で周知され、パウロもこれを承知しています(使徒21章25節)。
会議の決定に安息日への言及がないことから、パウロは手紙の中で次のとおり述べています。
ユダヤ教的な律法主義に囚われない
【ガラテヤ人への手紙 4章9-11節】
しかし、今では神を知っているのに、否、むしろ神に知られているのに、どうして、あの無力で貧弱な、もろもろの霊力に逆もどりして、またもや、新たにその奴隷になろうとするのか。
あなたがたは、日や月や季節や年などを守っている。
わたしは、あなたがたのために努力してきたことが、あるいは、むだになったのではないかと、あなたがたのことが心配でならない。
【ローマ人への手紙 14章5-6節】
また、ある人は、この日がかの日よりも大事であると考え、ほかの人はどの日も同じだと考える。
各自はそれぞれ心の中で、確信を持っておるべきである。
日を重んじる者は、主のために重んじる。
【コロサイ人への手紙 2章14,16-17節】
神は、わたしたちを責めて不利におとしいれる証書を、その規定もろともぬり消し、これを取り除いて、十字架につけてしまわれた。
だから、あなたがたは、食物と飲み物とにつき、あるいは祭や新月や安息日などについて、だれにも批評されてはならない。
これらは、きたるべきものの影であって、その本体はキリストにある。
(注:コロサイ人への手紙は擬似パウロ書簡とされる)
これらのパウロの手紙は、一見安息日を覚えないことを容認しているかのように読めます。しかしパウロは、安息日そのものではなくユダヤ教パリサイ派的な律法主義を強く警戒していたのです。
安息日はユダヤ教の象徴とされ、すでにイエスの時代から誤解と対立の中にありました。
その認識のもとで、パウロの主張には次の視点があったと考えられます。
パウロはイエスの活動にならう
安息日とは本来──聖書本文を素直に読むなら──太陰太陽暦に基づく新月を基準とした七日目です。
ところが、紀元前六世紀のバビロン捕囚以前から、イスラエルの民は本来の安息日を維持するのが困難になっていました。
バビロン捕囚から帰還後、神殿を再建し新月基準の祭りは復興されたものの、安息日は新月とは無関係の七曜制が定着していったのです。
イエスやパウロの時代でも新月基準の安息日は廃れたままでした。
当時はパリサイ派が七曜制の安息日を厳格に管理していましたが、イエスが暦自体を批判した記録はなく、すでに定着していたいわゆる土曜安息日に前述の活動をしていたのでしょう。
パウロがパリサイ派の安息日とその守り方に否定的なのは、本来の安息日を知っていたからかもしれません。
パウロは本来の安息日の回復を主張するのではなく、各自が心の中で確信する日を主のために覚えれば良いと判断し、会議の決定どおりすでに定着している安息日に会堂や町に出て活動しました。
二回の安息日に渡り、会堂で聖書預言を解き明かした(使徒13章14-16節,42-44節)
安息日に町の外に出て、集まってきた婦人たちと話をし、ある婦人とその家族はバプテスマを受けた(使徒16章13-15節)
いつものように会堂に入り三回の安息日に渡り福音を伝え、納得した人たちは従った(使徒17章1-4節)
安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人やギリシア人を説得した(使徒18章4節)
このようにパウロの活動はイエスにならったものと言えるのです。
注:七曜制とは七日周期が連続する暦です。新月基準では七日周期が新月ごとにリセットされます。
5|キリスト教の日曜礼拝
日曜礼拝のはじまり
一~二世紀の初代教会──エルサレム教会や各地の異邦人信者ら──は当初、キリストの再臨に切迫感をもって活動していましたが、キリストは一向に再臨しませんでした。
二~三世紀の教会はこの現実を受けて、ローマ帝国の迫害の中にありながらも福音と神の価値観である十戒を拡大していきます。
四世紀になりローマ帝国は、教会への迫害を禁止し、国家政策としてキリスト教を国教とするに至りました。
この頃から日曜礼拝が制度化されたのです。
そしてこの日曜礼拝が、ダニエル書の預言の成就となったのです。
ダニエル書の預言
【ダニエル書 7章25節】
彼は、いと高き者に敵して言葉を出し、かつ、いと高き者の聖徒を悩ます。
彼はまた時と律法とを変えようと望む。
聖徒はひと時と、ふた時と、半時の間、彼の手にわたされる。
ダニエル書には、とある者がいと高き者に敵対し、聖徒を悩ます。そして「時と律法とを変えようとする」とあります。
ここにある「時」とは、暦のことです。
この頃、新月基準の聖書の祭り(過越祭)を守っていた教会が一部にありました。
ところが、ローマ帝国は太陽暦(ローマ暦)に従い、政治権力によって太陽の日である日曜日を休日に制定しました。そして日曜日を「主の日」と呼び、礼拝日としたのです。
このためユダヤ的な土曜安息日は次第に衰退していきました。
また、教会会議を通じて日曜日にある復活祭(イースター)を祝うことが重要だとし、過越祭を祝う者を異端視していきました。
このようにキリスト教は、キリストの名を冠としながらも聖書に基づく日(祭日や安息日)に従おうとする者にとっては、良心を圧迫する宗教権威としての側面があるのです。
補足①:
ここでの「律法」とは、十戒のことです。
四~五世紀のローマ教会圏において、十戒の「偶像崇拝禁止」を「真の神への専心」に含める考えが主流になりました。
現代のカトリック教会の十戒では、偶像崇拝禁止が省略される場合があります。また、安息日は「主の日」とされ日曜日が前面に置かれます。
補足②:
聖徒が敵の手に渡される「ひと時と、ふた時と、半時の間」とは、三年半=360×3.5=約1260年間です。四世紀から十七世紀の宗教改革終焉(西暦1648年)までの期間です(黙示録12章14節)。
6|安息日を守る理由
ではここで、安息日の本質に立ち返るため、改めて守る理由を確認しましょう。
申命記 5章15節
【申命記 5章15節】
あなたはかつてエジプトの地で奴隷であったが、あなたの神、主が強い手と、伸ばした腕とをもって、そこからあなたを導き出されたことを覚えなければならない。
それゆえ、あなたの神、主は安息日を守ることを命じられるのである。
安息日を守ることを命じられた理由──
「かつてエジプトで奴隷であったが、導き出されたことを覚えるため」とあります。
これは、エジプトをこの世の象徴として語られ、この世の6000年間の奴隷状態から導き出され、神の七日目(千年王国時代)の安息に入るのだから七日目を覚えなさい、と命じられているのです。
補足③:
神の六日間:アダムから6000年間
神の七日目:千年王国時代(神の安息日)
神の八日目:新天新地(永遠)
神の七日目に入った人々がこの記述を読めば、確かにこの世の象徴であった霊的なエジプトでの奴隷状態から解放され、七日目の安息に入ったと実感することでしょう。
【ヘブル人への手紙 4章1節】
それだから、神の安息にはいるべき約束が、まだ存続しているにかかわらず、万一にも、はいりそこなう者が、あなたがたの中から出ることがないように、注意しようではないか。
7|千年王国時代の安息日
イザヤ書 66章
【イザヤ書 66章22-23節】
「わたしが造ろうとする新しい天と、新しい地がわたしの前にながくとどまるように、あなたの子孫と、あなたの名はながくとどまる」と主は言われる。
「新月ごとに、安息日ごとに、すべての人はわが前に来て礼拝する」と主は言われる。
この箇所は、千年王国時代の描写です。
新しい天と新しい地とありますが、イザヤの時代には神の八日目の概念が開示されておらず、七日目を神の創造の完成として、新しい天地と描写されています。
ご覧のとおり、千年王国時代には、新月ごと、安息日ごとに、すべての人が礼拝するとあります。
補足④:
千年王国時代の「新月と安息日の礼拝」は、エゼキエル書にも描かれています(エゼキエル46章3-6節)。
新月と安息日の礼拝とは
上記のとおり千年王国時代には、新月と安息日の概念が存在しており、新月基準の安息日──本来の安息日が描写されています。
これは、神の七日目において神の本来の秩序が復興されることを、本来の安息日によって象徴的に表しているのです。
8|安息日は終末期に復興の兆しを見る
イザヤ書 58章
【イザヤ書 58章1,12-14】
「大いに呼ばわって声を惜しむな。
あなたの声をラッパのようにあげ、わが民にそのとがを告げ、ヤコブの家にその罪を告げ示せ。
(中略)
あなたの子らは久しく荒れすたれたる所を興し、あなたは代々やぶれた基を立て、人はあなたを『破れを繕う者』と呼び、『市街を繕って住むべき所となす者』と呼ぶようになる。
もし安息日にあなたの足をとどめ、わが聖日にあなたの楽しみをなさず、安息日を喜びの日と呼び、主の聖日を尊ぶべき日ととなえ、これを尊んで、おのが道を行わず、おのが楽しみを求めず、むなしい言葉を語らないならば、その時あなたは主によって喜びを得、わたしは、あなたに地の高い所を乗り通らせ、あなたの先祖ヤコブの嗣業をもって、あなたを養う」。
これは主の口から語られたものである。
これは終末期から千年王国時代の初期において、神の秩序が復興される預言です。
長い間、荒れ廃れていたところを興し、破れた基を立てる者が現れます。
安息日を覚えて聖とするなら、ヤコブの嗣業──千年王国時代の相続地であなたを養う、と神が語っています。
この召命を受けない理由はありません。
【イザヤ書 56章6-7節】
また主に連なり、主に仕え、主の名を愛し、そのしもべとなり、すべて安息日を守って、これを汚さず、わが契約を堅く守る異邦人は──
わたしはこれをわが聖なる山にこさせ、わが祈の家のうちで楽しませる、彼らの燔祭と犠牲とは、わが祭壇の上に受けいれられる。
わが家はすべての民の祈の家ととなえられるからである」。
安息日を守る異邦人への報いは、なんと大きなものでしょうか。
安息日を守る者への報いは、すべての民に開かれているのです。
当たり前のことですが、安息日を意識して覚え特別に思うことができるのは、神の民だけです。
安息日を覚えて聖とすることが「神の民のしるし」と言われるのは、当然のことなのです。
📌安息日は「神の民のしるし」です
【エゼキエル書 20章19節】
主なるわたしはあなたがたの神である。
わが定めに歩み、わがおきてを守ってこれを行い、わが安息日を聖別せよ。
これはわたしとあなたがたとの間のしるしとなって、主なるわたしがあなたがたの神であることを、あなたがたに知らせるためである。
おわりに
安息日は、本来の新月基準から土曜日に変わり、ローマ帝国によって日曜日に変えられました。いまやローマ暦は世界中に普及し、本来の安息日が荒れ廃れた状態です。
イエスはイザヤの復興預言を知りつつ、当時すでに定着していた安息日において正しい過ごし方をその活動の中で示しました。パウロは安息日について否定的だったと思われがちですが、実際のパウロの活動も安息日を意識したものでした。
パウロは、来るべき王国において本来の安息日が復興されることを知っていたでしょう。そして一世紀当時、ユダヤ人から異邦人へ広がる福音宣教において本来の安息日をことさらに叫ぶことは、ユダヤ教パリサイ派と同じ轍を踏みかねないことも知っていたでしょう。
元パリサイ派のユダヤ人でありローマ市民権を持つパウロの活躍によって、キリストの福音は異邦人世界に広がったのです。
そして終末期、イザヤ58章にあるとおり千年王国時代に向けて神の本来の秩序が復興されようとしています。
いま世界中で、七日目を覚えようとする動きが活発化しているのです。
それは本来の安息日を知らないがゆえに、人によっては日曜日であり、土曜日であり、金曜日であるかもしれませんが、「七日目を覚えて聖とせよ」の言葉を守ろうとしていることに変わりありません。
安息日がいつかを争う必要はありません。
日を重んじる者は、主のために重んじるのです(ローマ14章6節)。
毎日が安息日だと言うのも立派なことだと思いますが、この考えは「七日目を特別に思う」という意識がどうしても薄れてしまわないでしょうか。
神の命令は「七日目を覚えて聖とせよ」です。
そうする理由は──
あなたがエジプトから導き出され、神の七日目に入ることを覚えるためなのです。
イザヤ預言の成就は近い
📍安息日の過ごし方について詳しくは、下の記事をご覧ください。

📍わたしは良くも悪くもこだわり派なので、新月基準の七日目を覚えます。

📍次回は、
ユダヤ教に由来する教えを中途半端に誤用する危険性について書きました。

お読みいただきありがとうございます
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