【安息日】聖書の暦は太陰太陽暦──安息日は新月が基準です
「安息日」とは本来、いつを指すのでしょうか?
現代では一般的に土曜日が安息日とされていますが、聖書が書かれた時代には「太陰太陽暦」が使われており、実は「新月」を基準にした安息日が存在していたという説があります。
📌本記事では、
聖書の記述に基づいて、太陰太陽暦がどのように使われ、安息日がどのように定められていたのかを考察していきます。
✅安息日を覚えて、これを聖とせよ
十戒:第四戒
【出エジプト記 20章8-11節】
安息日を覚えて、これを聖とせよ。
六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。
七日目はあなたの神、主の安息であるから、なんのわざをもしてはならない。あなたもあなたのむすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、またあなたの門のうちにいる他国の人もそうである。
主は六日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、七日目に休まれたからである。それで主は安息日を祝福して聖とされた。
安息日はいつなのか
聖書に基づいて考察します
✅聖書の一日は、朝から翌朝までです
天地創造の由来から、一日の始まりを考える
【創世記 1章31節-2章1-4節】
神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。
夕となり、また朝となった。第六日である。
こうして天と地と、その万象とが完成した。
神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。
神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。
これが天地創造の由来である。
創世記の記述にあるとおり、神は六日間働き、七日目に休みました。神は朝から夕まで、つまり昼間に働き、その後、夕となり朝となって一日だ、と言っています。
この記述から、
一日とは、朝から翌朝までであることが分かります。
神が働いたのは、朝から夕まで(昼間)です。
夕から翌朝まで(夜間)は、本来、働く時間帯ではないのでしょう。
六日目の夜は聖別されておらず、七日目を聖別されました。
七日目の朝から夕まで(昼間)が、聖別された休むべき時間帯(十戒の定める安息日)となるのでしょう。
昼は、朝から夕まで
夜は、夕から翌朝まで
一日は、朝から翌朝までです
✅聖書の暦は、太陰太陽暦です
聖書には、安息日は七日目と書いてありますが曜日は書かれていません。
安息日は創造の六日目の後、すぐに聖別(制定)されたので、アダムとエバも守っていたはずですし、その子孫であるノアやアブラハムら父祖たちも守っていたはずです。
アダムやノアやアブラハムは、安息日、つまり七日目がいつかをどうやって知れたのでしょうか。
ノアの時代には暦がありました
ノアの洪水
【創世記 7章6-12節】
さて洪水が地に起った時、ノアは六百歳であった。
(中略)
それはノアの六百歳の二月十七日であって、その日に大いなる淵の源は、ことごとく破れ、天の窓が開けて、雨は四十日四十夜、地に降り注いだ。
ノアの洪水は、
ノアの六百歳の二月十七日でした
聖書本文にある二月とは、二つ目の月(第二の月)のことです。
現代の暦は、月齢(月の満ち欠け)に関係なく月(month)が変わりますが、monthとは、moon-thであり、本来、暦の月の数え方は月齢が基準でした。
【創世記 1章14-15節】
神はまた言われた、
「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。
そのようになった。
六百歳の二つ目の月の十七日とは、六百年目の二つ目の新月から十七日目であった、ということです。
これは、年数は太陽の周期を、月数は月の周期を、日数は新月を基準にしていることが示唆されており、つまり、ノアの暦は太陰太陽暦であったと言えるでしょう。
太陰太陽暦とは
太陰暦は、月の満ち欠けの周期を基にした暦で、一般的に新月が基準とされます。
太陰太陽暦は、月の始まりは太陰暦と同様に定めますが、年は太陽の周期に基づきます。月の周期は、約29.5日で太陽の周期と一致しないため、閏月を挿入し調整されます。
太陰太陽暦の一年の始まり──新年最初の月(第一月)をいつにするのかは、国や文化によって異なります。多くは冬至の時期(日が長くなる時期)を基準としているようです。
ちなみに、日本の旧暦は太陰太陽暦でした。
太陽暦は、太陽の周期を基準にして一年を基本的に365日とし、これを12か月に分けており、月の周期と連動しません。現在、世界中に普及している暦です。
イスラエルの暦は
出エジプトの過越しが基準となっている
イスラエルの暦の始まり
新年(元日)は神が定めました
【出エジプト記 12章1-2節】
主はエジプトの国で、モーセとアロンに告げて言われた、
「この月をあなたがたの初めの月とし、これを年の正月としなさい。
この月をあなたがたの初めの月とし
これを年の正月としなさい
これはエジプト脱出に向けて過越しが行われる場面の導入部分です。
神のお告げがあったこの日の夕暮れ時(日没前後)、西の空に細く見えたであろう月をモーセに見せて、この月を年の初め(正月)としなさいと言われました。
夜が明けて、翌朝から第一月の第一日となりました。この日は、新月祭の日となり安息日の基準となります。
【イザヤ書 66章22-23節】
「わたしが造ろうとする新しい天と、新しい地がわたしの前にながくとどまるように、あなたの子孫と、あなたの名はながくとどまる」と主は言われる。
「新月ごとに、安息日ごとに、すべての人はわが前に来て礼拝する」と主は言われる。
毎月新月(第一日目)の翌日から六日を数え、七日目ごとに安息日になります。
✅安息日は、七日目の朝から夕までです
過越しとエジプト脱出で神は安息日を守る
出エジプト記12章の続きを見ていきましょう。
この箇所は、過越しとエジプト脱出の一部始終が記述されており、安息日と関係しています。
※引用が長いので、太字の部分のみお読みください。
【出エジプト記 12章1-39節】(過越し)
主はエジプトの国で、モーセとアロンに告げて言われた、
「この月をあなたがたの初めの月とし、これを年の正月としなさい。あなたがたはイスラエルの全会衆に言いなさい、『この月の十日におのおの、その父の家ごとに小羊を取らなければならない。すなわち、一家族に小羊一頭を取らなければならない。もし家族が少なくて一頭の小羊を食べきれないときは、家のすぐ隣の人と共に、人数に従って一頭を取り、おのおの食べるところに応じて、小羊を見計らわなければならない。小羊は傷のないもので、一歳の雄でなければならない。羊またはやぎのうちから、これを取らなければならない。
そしてこの月の十四日まで、これを守って置き、イスラエルの会衆はみな、夕暮にこれをほふり、その血を取り、小羊を食する家の入口の二つの柱と、かもいにそれを塗らなければならない。
そしてその夜、その肉を火に焼いて食べ、種入れぬパンと苦菜を添えて食べなければならない。生でも、水で煮ても、食べてはならない。火に焼いて、その頭を足と内臓と共に食べなければならない。朝までそれを残しておいてはならない。朝まで残るものは火で焼きつくさなければならない。あなたがたは、こうして、それを食べなければならない。すなわち腰を引きからげ、足にくつをはき、手につえを取って、急いでそれを食べなければならない。
これは主の過越である。
その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、すべてのういごを打ち、またエジプトのすべての神々に審判を行うであろう。わたしは主である。その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。わたしがエジプトの国を撃つ時、災が臨んで、あなたがたを滅ぼすことはないであろう。
(中略)
夜中になって主はエジプトの国の、すべてのういご、すなわち位に座するパロのういごから、地下のひとやにおる捕虜のういごにいたるまで、また、すべての家畜のういごを撃たれた。それでパロとその家来およびエジプトびとはみな夜のうちに起きあがり、エジプトに大いなる叫びがあった。死人のない家がなかったからである。
そこでパロは夜のうちにモーセとアロンを呼び寄せて言った、「あなたがたとイスラエルの人々は立って、わたしの民の中から出て行くがよい。そしてあなたがたの言うように、行って主に仕えなさい。あなたがたの言うように羊と牛とを取って行きなさい。また、わたしを祝福しなさい」。
こうしてエジプトびとは民をせき立てて、すみやかに国を去らせようとした。彼らは「われわれはみな死ぬ」と思ったからである。
(中略)
さて、イスラエルの人々はラメセスを出立してスコテに向かった。女と子供を除いて徒歩の男子は約六十万人であった。
(省略)
【民数記 33章3節】(15日に出立)
彼らは正月の十五日にラメセスを出立した。
すなわち過越の翌日イスラエルの人々は、すべてのエジプトびとの目の前を意気揚々と出立した。
【申命記 16章1節】(夜に導き出す)
あなたはアビブの月を守って、あなたの神、主のために過越の祭を行わなければならない。
アビブの月に、あなたの神、主が夜の間にあなたをエジプトから導き出されたからである。
※アビブの月とは第一月です(バビロン捕囚後は、ニサンと言います)。
【出エジプト記 12章40-42節】(15日夜に寝ずの番)
イスラエルの人々がエジプトに住んでいた間は、四百三十年であった。四百三十年の終りとなって、ちょうどその日に、主の全軍はエジプトの国を出た。
これは彼らをエジプトの国から導き出すために主が寝ずの番をされた夜であった。ゆえにこの夜、すべてのイスラエルの人々は代々、主のために寝ずの番をしなければならない。
前述のとおり、神は正月(第一月の第一日)を定め、日数を数えます。
正月の14日の夕方に小羊を屠り、その肉を焼いて種なしパンと苦菜を添えて食べました。
その夜、神はエジプトを撃ちました(過越し)。
パロ(ファラオ)はその夜のうちに、モーセとアロンを呼び出し「出ていくがよい」と言いました。
翌日の15日は朝から始まり、夕まで安息日です。
15日の夜になり、イスラエルはエジプトを脱出しました。その夜、神は寝ずの番をしたのです。
下の図をご覧ください。
過越しは、正月の第二週です。
神は、正月の第二週の六日目(14日)の夜に過越し、七日目(15日)の夜は出エジプトで寝ずの番をしました。
図の下段のとおり、安息日は、七日目の昼(15日の朝から夕まで)だと分かります。
七日目の昼は、神も安息を守られたのです。

✅例祭の定めは、新月が基準です
安息日と例祭
レビ記の23章には、安息日と例祭の定めが記述されています。
【レビ記 23章1-4節】(安息日)
主はまたモーセに言われた、「イスラエルの人々に言いなさい、『あなたがたが、ふれ示して聖会とすべき主の定めの祭は次のとおりである。これらはわたしの定めの祭である。
六日の間は仕事をしなければならない。第七日は全き休みの安息日であり、聖会である。
どのような仕事もしてはならない。これはあなたがたのすべてのすまいにおいて守るべき主の安息日である。
ここに六日働き七日目を安息日とするサイクルが改めて記述されています。七日目は、安息日であり聖会とあります。
【レビ記 23章5-8節】(過越祭と種無祭)
その時々に、あなたがたが、ふれ示すべき主の定めの祭なる聖会は次のとおりである。
正月の十四日の夕は主の過越の祭である。
またその月の十五日は主の種入れぬパンの祭である。あなたがたは七日の間は種入れぬパンを食べなければならない。
その初めの日に聖会を開かなければならない。どんな労働もしてはならない。あなたがたは七日の間、主に火祭をささげなければならない。
第七日には、また聖会を開き、どのような労働もしてはならない』」。
毎年第一月の14日の夕方は過越祭で、翌日15日が種無祭(種なしパンの祭)とあります。種無祭は七日間(第一月の15日~21日)で、その初日は聖会とあるので安息日です。
毎年第一月の15日は安息日になります。
また、七日目である22日は聖会の日で安息日になります。
【レビ記 23章23-25節】(角笛祭)
主はまたモーセに言われた、「イスラエルの人々に言いなさい、『七月一日をあなたがたの安息の日とし、ラッパを吹き鳴らして記念する聖会としなければならない。どのような労働もしてはならない。しかし、主に火祭をささげなければならない』」。
毎年第七月の1日は角笛祭(ラッパの祭)で安息日となります。
【レビ記 23章33-36節】(仮庵祭)
主はまたモーセに言われた、「イスラエルの人々に言いなさい、『その七月の十五日は仮庵の祭である。七日の間、主の前にそれを守らなければならない。初めの日に聖会を開かなければならない。どのような労働もしてはならない。また七日の間、主に火祭をささげなければならない。
八日目には聖会を開き、主に火祭をささげなければならない。これは聖会の日であるから、どのような労働もしてはならない。
毎年第七月の15日は仮庵祭で、これも七日間(第七月の15日~21日)あり、その初日は聖会とあるので、毎年第七月の15日は安息日になります。
この七日間の翌日が八日目で、22日は聖会で安息日になります。
これらの記述が何を意味するかというと、安息日は新月が基準になっており、六日働き七日目を安息日とするサイクルで、新月ごとに一日目は必ず安息日になり、15日目が安息日になり、22日目も安息日になるということです。
そしてこれは、毎年、毎月、変わらないということです。
つまり、
正月(1月1日)は、新月祭で安息日。
六日働き七日目の1月8日は、安息日。
さらに七日目の1月15日は、安息日。
さらに七日目の1月22日は、安息日。
さらに七日目の1月29日は、安息日。
新月が来て、
新月(1日)は、新月祭で安息日。
六日働き七日目の8日は、安息日。
さらに七日目の15日は、安息日。
さらに七日目の22日は、安息日。
さらに七日目の29日は、安息日。
次の新月が来て、・・・と、繰り返します。
これは祭りのある月だけでなく、新月(新しい月の一日目)は、新月祭で必ず安息日となり、8日目、15日目、22日目、29日目は、毎月同様に必ず安息日になるということです。
※これは、新約聖書でも確認でき、ヨハネによる福音書の記述と見比べるとよく分かります。
✅安息日は、新月が基準となり七日ごとに訪れます
新月を基準とするには
新月を基準とする暦の場合、朔の後に初めて見える細い月(これを新月または初月と言います)が観測された日が基準となります。朔は、地球と月と太陽との位置関係のことで、新月は必ず夕暮れ(日没前後)の西の空に現れます。
朔とは、地球から見て、月が太陽と全く同じ方向にある瞬間で、月は太陽のまぶしさにかき消されて見ることができません。
新月とは、天文学的には朔と同義ですが、暦では朔の後に初めて見える細い月を指します。初月や若月とも言われます。
月が、太陽と全く同じ方向にあった朔から月齢が進み(1~2日後)、日没からやや遅れて月没となります。その時に太陽から照らされた細い月が西の空に現れ、新月の観測となります。
新月の観測は必ず日没前後ですので、一日の始まりを日没とする文化もありますが、聖書では創世記で見たとおり翌朝から新たな月の第一日目となるのです。その日は朝から新月祭の日になります。
補足:
現代では、目視で新月を観測するまでもなく、天文台の情報で新月を確定することが可能です。
➡️国立天文台
> 朔・弦・望 長期版 👈朔の日時
> 各地のこよみ 👈月没の時刻
安息日は、新月を基準とし「六日働き七日目を休む」のサイクルで訪れ、これを毎月四回繰り返し、29日目がその月最後の安息日となります。
新月ごとにリセットされる
月の周期(新月から新月)は、約29.5日ですので、ひと月が29日または30日の月が生じます。
このため聖書の暦では、新月を基準とする七日のサイクルが新月ごとにリセットされます。
リセットされることに違和感を持たれるかもしれませんが、もし安息日がいつなのか分からなくなったとしても、新月を見つければそこから七日のサイクルを数えることで正しい安息日を再開できますし、新月でなくても、満月(十五夜)や半月(八日夜、廿二夜)で安息日を知ることができます。
たとえば、夜空を見て「明日は満月だな」と観測できれば、翌朝から安息日になります。そして、その夜が満月(十五夜)です。実際、目視による観測では、厳密には新月からの七日サイクルと前後する場合がありますが、考え方としては「安息日を覚え聖とせよ」と言う神が、その日を知れるように夜空にカレンダーを設置したと言うことです。
七日のサイクルが、アダムの時代からまったくの一度も途切れることなく継続していると考えるより、合理的で神の知恵を感じますよね。
聖書暦(太陰太陽暦)カレンダー
新月を基準として、次のような毎年同じカレンダーになります。
なお、数年に一度、太陽暦とのずれを調整するため閏月(第十三月)が挿入されます。

現代暦ベースの聖書暦カレンダーは、下の記事をご覧ください。
まとめ
✅聖書の一日は、朝から翌朝までです
✅聖書の暦は、太陰太陽暦です
✅安息日は、七日目の朝から夕までです
✅例祭の定めは、新月が基準です
✅安息日は、新月が基準となり七日ごとに訪れます
聖書の一日は、朝から始まります
安息日は、日没から始まるという意見がありますが、確かに、新月の観測が日没前後であること、また、冒頭で述べましたが、夜は本来働く時間帯ではないことを考慮すると、「六日目の夜」と「七日目の朝から夕まで」が安息日という主張も理解できます。実際、大贖罪日(第七月の10日)の記載箇所には、そのように記述されています(レビ23章32節)。
しかし、神は六日目(14日)の夜に過越しエジプトを撃たれたこと、七日目(15日)の夜に寝ずの番をされたことから、厳密に言えば、安息日は七日目の朝から夕までと言えそうです。
なぜなら、その時間帯は神も安息を守られたのだから。
おまけ
本来の安息日は、日曜日でも土曜日でもありません
曜日の概念は、もともとは古代バビロニア文明の天文学に由来するものです。
キリスト教の多くは、日曜日を主の日としています。
日曜日(Sunday:サンデー)は、Sun-Dayで、太陽の日です。太陽神崇拝に繋がるとも言われることがあります。
ユダヤ教は、土曜日を安息日としています。
土曜日(Saturday:サタデー)は、ローマ神話の サートゥルヌス (Saturus)が由来で土星の日です。土星は英語でサターン(Saturn)。サタン崇拝に繋がると言われることがあります。
イスラム教は、金曜日を安息日としています。
金曜日(Friday:フライデー)は、北欧神話の女神フリッグ(Frigg)、または女神フレイヤ(Freja)から来ていると言われ、女神(Venus:ビーナス)は、金星を表します。また、金星は明けの明星を表し、ルシファー(堕天使)を想起させます。
これまで見てきたように、これらの惑星(惑わす星)を安息日の根拠とする理由は、聖書には見らません。
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