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零式戦隊クロスレンジャー 第1話 血戦

あらすじ
──未来はオメガ理論によって予測・制御・管理されている2070年代。
オメガ理論の支配に異を唱え、世界各地で破壊活動を続ける新興宗教団体ヴェスパーと、それに立ち向かう国際オメガ戦略機関G.O.Aとの衝突は避けられなかった。
G.O.Aが擁する精鋭部隊・零式戦隊クロスレンジャーは、ヴェスパー殲滅の大作戦に挑む。彼らは極限の戦場で、人類の運命を賭けて戦う中、信じる未来とは、正義とは、そして戦う意味とは何かを自らに問いかけていく。その答えは戦場にある。

全50話


1. 始まり


巨大な地下空間──

高さ数十メートルの暗闇から垂れ下がる無数の鎖やケーブルが、天井付近のステンドグラスから零れる僅かな光を反射させながら繊細に揺れている。
周囲を囲む石柱は、古代の神殿を模したかのようなデザインであり、その足元にはフードを被った無数の信者たちが静かに集っていた。

信者たちの前には、半径数メートルほどの幾何学模様が刻まれた金属製のリングが幾重にも配置されている。それは魔法陣のようでもあり、時折リングの外縁に沿って青白いスパークを放ちながら、低い唸り声をあげていた。

その奥に、背の高い椅子に腰かけたひとつのシルエット。ヴェスパーの創設者であり教祖でもある、アブラクサスと呼ばれている人物だ。

「我が至高の預言者アークプロフェット、アブラクサス」

軍装の女の声が、氷のように冷たくこの大聖堂に響きわたる。
同時に信者たちは一斉に膝をつく。それぞれの微かな衣擦れの音と祈りの声々がさざ波のように広がっていき、広い堂内を覆い尽くした。



「諸君、聞こえるか。こちらは本部のアレックス・藤堂だ」

G.O.A(Global Omega Agency =国際オメガ戦略機関)の司令官であり、実質的に組織を統括しているアレックス・藤堂から、今回の作戦、敵本拠への強襲と、戦力中枢の排除を目的とした“Operationオペレーション BABELバベル”の第一声だ。
藤堂の感情を抑えた低い声が、音声通信をとおして全軍に響く。

「今から伝えるこの言葉を心に刻んでおいてほしい。これから諸君は、かつてない規模の戦場に身を投じることになる。敵の砲火が迫る中、仲間たちと肩を並べ、生きるか死ぬかの刹那を戦うことになる。その時にこそ、この言葉が、諸君の心を奮い立たせ、進むべき道を示すだろう──」

夕闇に変わりつつある空。第1前線突撃部隊『フォワードレギオン』が編隊飛行で目的地へ一直線に飛んでいる。

部隊を率いる速水はやみたけしは、自身の駆る戦闘機内で、少しずつボルテージが高まる藤堂の声を聞きながら、一点前を見据えていた。

「諸君、今、この瞬間、我々は歴史の転換点に立っている。かつてない激戦が、ここに始まろうとしている。ヴェスパーの狂信者たちは、秩序と理性に反旗を翻し、未来を混沌に引きずり込もうとしている。彼らは科学の進歩を否定し、暴力と恐怖で支配しようとする時代遅れの亡霊に過ぎない──」

速水の機影を追うフォワードレギオン隊の一人、神崎かんざきアカネは、操縦桿を強く握りしめながら眼を瞑る。


私は、私を許せるのか? 

歴史の転換点だろうが、時代遅れの亡霊だろうが、そんなことはどうだっていい

私は、ただ……ただ戦うだけだ


「諸君!未来を託された者として──」

うるさいっ!
何かを断ち切るように、アカネはスピーカーのスイッチをオフにした。



大聖堂に、再び深い静寂が戻っていた。

奥の玉座に沈黙する影──アブラクサスは微動だにせず、天井からの光に包まれて浮かび上がるような存在感を放っている。
その手前には青白く脈動する巨大なリングが設置され、その周囲には熱気を帯びた信者たちが整然と膝をつき、瞼を閉じていた。

リングの前に立つ、黒衣の導師。
顔の大半を深いフードで覆い、片手に歪な銀の教典を持ち、もう片方には鈍く輝く錫杖。ゆっくりとその教典を開き、くぐもった声で祈祷を開始する。

「神の御手に未来を返せ……それを奪う者に、調和の地は与えられぬ……」

低く這うような声が、大聖堂の床を伝って広がっていく。

「秩序を重ねすぎた果てに、命は呼吸を忘れ……混沌こそが、魂をゆり動かす炎……変わらぬ明日など、神は望まぬ……」

信者たちは顔を上げぬまま、静かにその言葉を受け止めていた。
ただ、祈祷に合わせるように口を動かす者、震える手で胸元を握りしめる者、その瞳から涙をこぼす者が、ちらほらと見える。

導師の声が徐々に強くなる。

「封じられし未来は、ただの幻影……我らはそれを打ち破り、真なる神意を受け取らん……」

そのとき、リングが低く唸りを上げた。外周に刻まれた模様が一斉に青白く点灯し、天井近くまで光が立ち上がる。

導師が教典を閉じると同時に、場の空気がぴたりと凍りつく。
沈黙のなか、軍装の女が前へと歩を進めた。

「我らがアークプロフェット、アブラクサス様──刻限は至りました。血のフィエスタ、開始の許可を」

玉座に座る人物は、変わらず沈黙したまま、片手を静かに持ち上げ、そして下ろす。

それだけで、信者たちは一斉に顔を上げた。誰もが目を見開き、胸を高鳴らせ、その時を待つ。

軍装の女は静かに、しかし確かに宣言した。

「……では、始めよう。これより我らヴェスパー、更なる高みへ!」



フォワードレギオン隊のはるか後方、紫色に光る雲の海を割り、編隊を組んだ戦闘機群が前進している。
その中心を飛ぶ機体のひとつ──作戦統括部隊『ゼロコマンド』専用の多目的戦闘機コックピットには、ふたりの男がいた。

「いいか、諸君!今回の作戦は決して容易なものではない。ヴェスパーはオメガ理論の監視をかいくぐるために、意図的に偽情報を流し、複数の戦線を同時に展開している。敵は巧妙に偽装された通信妨害や電子戦を仕掛け、我々のデータ網に錯乱を生じさせた。結果として、我々は各地で兵力を分散せざるを得なくなり──」

「いつまで続くんすかね。これ」
鳴海なるみあおいは、あくびを噛み殺しながらぼそりとつぶやいた。

「アオイ、おまえ緊張感ゼロだな」
直属の上官にあたる瀬戸恭一きょういちが、隣で淡々と計器を確認しながらアオイをたしなめる。

「長官のことだ。きっと徹夜で考えたんだろ。もうちょっとマジメに聞いてやれよ」
「いやいや、恭一さんだって作業しながらじゃないですか」
「コンソールの初期化も済んでる。外部通信、全チャンネルクリア。そろそろ来るぞ」
「え、来るってどっち?敵襲?それとも演説第二章?」
「両方だ」

アオイが小さく笑い、操縦桿を握り直す。


俺は今の仕事が好きになりかけている

居心地だってそう悪くない

誰かの役に立っている気も……する、か……

とにかく今は、ただ……ただ戦うだけだ


「──そうだ、諸君!それでも我々は決して屈しない。これより開始される作戦は、人類の未来を守るための決定的な一撃である。人類の未来を切り拓け!これは我々の戦いなのだ!」

藤堂が徹夜で考えたスピーチも、いよいよクライマックスにさしかかってきたのが声色でわかる。
そのテンションとは対照的に、機内のライトは一段階暗転し、作戦行動モードへと自動切替された。

アオイが身体を起こし、前方の視界を見据える。
その眼の奥には、先ほどまでの飄々とした影はなかった。

「“オペレーション・バベル”、これより開始する!血のフィエスタを阻止し、敵戦力の中枢を叩け!諸君の健闘を祈る!」


2. 血のフィエスタ


青白いスパークを散らしながら、リング装置の外周が脈打つように振動し始める。機械とも神具ともつかないその構造体は、信仰と技術の境界線を曖昧にしたまま、静かに作動を始めていた。

軍装の女が振り返り、静かに右手を掲げる。それだけで、十名ほどの信者たちが整然と立ち上がった。

「第一陣、前へ──」

選ばれた者たちが、まるで訓練された兵士のように一列となり、リングの前へと歩を進めていく。その目の奥には疑念も恐怖もない。あるのは、ただ使命と信仰のみ。

リングの中心部から、アームのような補助装置が次々に展開される。金属質の拘束具が接続され、ひとり、またひとりと中へ収容されていく。
機械が信者たちの体表に接触し、ナノ強化液が注入された。皮膚が震え、筋肉が異常な速さで増幅していく。

「これが……わたしの役目……“啓示の兵士セラフィム”に、なるんだ……」

女の信者が微笑みながらつぶやく。
リングが深く脈動し、青白い閃光が柱のように天井へと立ち昇る。
その閃光が天井に届いた瞬間、突如、リングの中からひときわ鋭い絶叫が響いた。

「う……あ、あああ……ウガアアアッ!!!」

続けざまに、次々と異様な叫び声が上がった。
全身を拘束されたまま、信者たちが、異常な熱と激痛に身体をのたうたせる。血管が浮き上がり、骨が軋み、眼球が裏返り、皮膚の下で何かが蠢く。

リングの閃光がゆっくり収まると、リングの中にはただ一人、うつむいたまま立ち尽くす、女の信者の姿だけが残っていた。

ゆっくりと顔を上げる。
その両目は、真紅に染まり、異様な光を灯している。

女はかすかに口を開き、微笑んだ。
「う、うう……わ、私は……セラフィムに……」
その顔は、歓喜とも錯乱ともつかない表情に歪んでいた。

周囲には、動かぬ者たちの屍が転がっていた。
数名はまだ虫の息で呻いていたが、そのうちのひとりの男が這うように手を伸ばし、軍装の女の足元へすがりつこうとしていた。

「た、助けてく……マ、マグダラ……様……わ、私は…… まだ……」

マグダラがその男を見下ろす。そして何の表情も浮かべずに、腰のホルスターから小型の拳銃を抜いた。
乾いた銃声。男の呻きは、二度と上がらなかった。

それを合図にするかのように、大聖堂内は一斉にどよめきに包まれた。

「おお……」「ついに……」
「これが……啓示の兵士、セラフィム……!」

マグダラは銃をゆっくりと納め、静かに告げる。

「……まずひとつ、成功。では第二陣の投入を」

これは祝福ではない──儀式という名の、淘汰であった。



「敵機、接近中!方位0-7-3、距離およそ12クリック!」

戦術情報がホログラムに表示されると同時に、警戒音が機内に鳴り響いた。
速水が即座に通信チャンネルを全開にする。

「こちら速水。全機、迎撃態勢に移行!フォワードレギオン、隊列を維持したまま空域確保!ストライクエッジ隊は左翼を回れ!」


「フン、おいでなすったってよ」
第2機動襲撃部隊『ストライクエッジ』の大型エアリフトで、部隊リーダーの桐生きりゅうレイは、ヴェスパー本拠地への降下準備に入った。

「サヤ、俺の足を引っ張んなよ」
「何言ってんですか!レイさんこそ、いつもみたいに突っ走らないでくださいよ」
レイとバディを組むサヤ・ローランが子どものように顔を膨らませる。

「おまえといい、アオイと言い、ここんとこ面倒見なきゃいけねえのが増えてっからなあ」
「アタシは、アオイくんとは違いますっ!」


すでに夜の帳は落ちつつある。
濃紺の雲の裂け目を縫うように、黒鉄の機影が数十、音もなく不気味に空を滑りながら向かってくる。
ヴェスパーの制式戦闘機──角張ったフォルムに不可視の電磁膜をまとった異形の機体群だ。

フォワードレギオン隊・速水の戦闘機が先頭を切ってブースターを最大出力に切り替える。

「射程まで5秒……よし、撃て!」

各機から一斉にミサイルとレールライフル弾が放たれ、空中で閃光と衝撃が交錯する。
機動回避を試みる敵機。だが、その一機が爆散し、戦線が乱れた瞬間、速水が叫ぶ。

「今だ、突破するぞ!突入ルートを維持しろ!」


その後方──
恭一とアオイはコックピットから敵機の赤い爆炎を目視していた。

「始まりましたね」
「ああ、想定どおりだな」
「でもなんかアレですね。敵機の勢いってこんなもんすか?」
「……島で迎え撃つ気だろ。いずれにしろ大聖堂を押さえるには相当激しい戦闘になる。準備できてるのか?」

少し緊張の面持ちでアオイはうなずく。
「ええ。俺の力……見せてやりますよ」


ストライクエッジ隊のエアリフトが目的地上空に到達していた。

「よっしゃ、今日も機体安定。誘導ビーコン、正常に稼働っと」
内部でレイとサヤがそれぞれの飛行ビークル・ゼロウィングに跨り、その時を待つ。


海風に揺れる雲の狭間、フォワードレギオン隊の戦闘機編隊が、高度を落としていく。

「まもなくカルナリウム島、降下ポイントだ。クロスホルスター、起動準備……!」

速水の戦闘機がシールドロックをオート解除する。
翼と胴体が一斉にパージされ、速水の乗るコックピットが前方に滑り出す。
分離された中核モジュールは、降下ユニットとして自動変形を開始した。
装甲フィンが展開し、背部の補助スラスターが点火。
逆噴射の衝撃が身体を包み、加速と減速を同時に感じる。

音速に近い落下のなか、速水が声を上げる。
「行くぞ!フォワードレギオン・零式ぜろしき戦隊、突入する!」



地下大聖堂には、熱気にも似た異様な空気が満ちていた。

祈りを捧げる信者たちの列の向こう、中央のリング装置は今なお青白い光を発して脈動している。

だが、その中央にあった玉座はすでに空だった。
アブラクサスの姿は、儀式が始まってしばらくしてから、誰の目にも映らなくなっていた。

それでも儀式は止まらない。
むしろ、彼の不在が信者たちの信仰をかき立てているかのようだった。

この2時間で、すでに数百人がリングに身を捧げ、そのうち50人ほどがセラフィムとして生まれ変わった。
彼らは赤く光る瞳と、強化された四肢、無機的な装甲のような皮膚を持つ異能の兵士たちとなり、リングの周囲で静かに待機していた。
まだ完全な異形ではない。かつての人間性を微かに残し、軍服風の装束を身にまとっている者もいる。
それでも、彼らの内なる熱だけは確かに“人間”のそれではなかった。

マグダラが静かに歩み出る。
その背後で、黒衣の導師が再び歪な銀の教典を掲げ、低く祈祷を唱え始めた。

「器となる者よ、いまこそすべてを捧げよ……」

マグダラが手を上げる。呼応するように、5人のセラフィムがリングの前に整列する。
すでに肉体の一部を機械で補強された彼らは、もはや疑念も迷いもなく、その中心へと歩を進めた。

「五の魂よ、共に響け。選ばれし祝福は、より高き形へと昇華される──」

リングの外縁が赤紫色のスパークを散らし始めた。
中心から伸びた拘束アームが、5人の身体を包み込むように固定する。

最初の閃光が走る。

「グ……う、あ、アアアッ……!」

「う、ぐ……ガアアアッ!!」

5人の肉体が痙攣し、各部の装甲がひび割れていく。血管が膨張し、骨格がずれる音が、機械音と混ざって大聖堂に響いた。

だが、それは破壊ではない。
融合──“ひとつ”になるための前兆だった。

リングがその中心から、新たな構造体を形成しはじめる。
5人のセラフィムの肉体は引き寄せられ、互いに重なり、再構成されていく。

やがて、沈黙。

光柱が一閃し、リングの発光が収束したとき、
そこに立っていたのは──明らかに異なる存在だった。

その身は5人分の筋肉と金属を統合したかのように肥大化し、背には焼け焦げた羽根のような外骨格、両腕には鋭く歪んだ刃のような外装。
そして、顔の中央に浮かぶ赤い単眼が、無感情にすべてを見下ろしていた。

マグダラが一歩、前に出た。

「──セラフィム・アーク“アポクリファ”」

祈りの静寂が破られる。
信者たちが声を殺して涙し、導師は膝をついて教典を掲げた。

マグダラが静かに告げる。

「この“器”をもって、世界を揺るがす時が来た」

そのとき、大聖堂の天井の上方、遥か地上から、ほんの微かな振動が伝わってくる。
それが敵の到来を意味するものであると、まだ誰も気づいてはいなかった。


3. 零式戦隊クロスレンジャー


カルナリウム島──ベンガル湾中央に浮かぶこの島は、河川からの堆積土と人工整備によって形成された面積約20km²の孤島で、かつては難民収容の“牢獄島”と呼ばれていた。

しかし、度重なる国際的混乱と気候災害により、やがて島はどの国家からも放棄されることになり、現在はヴェスパーの拠点として密かに再利用されている。

軍事要塞、信者居住区、研究施設などが島内に同居しているが、島全域にわたり衛星回線とAIネットワークが遮断されており、その全容は、偵察すら困難なブラックゾーンと化していた。

だが今、上空3,000mからその輪郭が露わになりつつある。

「行くぞ!フォワードレギオン・零式戦隊、突入する!」

速水は降下中の風圧に身をさらしながら、右腿のクロスホルスターに手をかざした。

視界に淡い青色のホログラムが浮かび上がる。

《ID CODE: ZERO-RED》
《CROSS HOLSTER READY》
《NEURAL LINK… SYNCHRONIZED》
《SUIT INITIATION: STANDBY》

「──Crossクロス Onオン!」

その一声とともに、ホルスター内部で小さく起動音が弾けた。瞬間、全身を走る微弱な振動。

装着モジュールが空中で展開し、粒子状のスーツ構造が彼の身体を包み込んでいく。

黒を基調に赤を挿し色とした戦闘用“クロススーツ”が一瞬で形成され、直後、頭部には“クロスバイザー”が装着された。

速水猛──零式戦隊クロスレンジャー “ゼロ-Redレッド”が、戦場に姿を現した。


速水の変身に続いて、アカネが静かに胸元へと手を伸ばす。首から下げたクロスホルスターにそっと触れる。

《ID CODE: ZERO-SCARLET》
《CROSS HOLSTER READY》……

「……クロス・オン」

刹那、粒子が弾ける。深紅に輝くクロススーツが瞬時に形成され、彼女の身体を包む。速水の鮮やかな赤とは異なる、静かな焰を思わせる赤。

クロスバイザーが眼前に展開し、アカネの瞳が光を帯びた。

神崎アカネ── “ゼロ-Scarletスカーレット”、戦闘準備完了。


同時に、フォワードレギオン隊は次々とクロスホルスターに手をかざす。
空中にオーバーレイが連続で展開し、赤系統の粒子が戦場の夜を染めていく。

《ID CODE: ZERO-CARMINEカーマイン

《ID CODE: ZERO-VERMILLIONバーミリオン

《ID CODE: ZERO-BURGUNDYバーガンディ

《ID CODE: ZERO-RUBYルビー

《ID CODE: ZERO-CRIMSONクリムゾン

この戦場で、また自分が戦う意味を問うことになる──そう思いながら、アカネは何も言わず、高度を落としていった。


「桐生レイ、出る!」
「サヤ・ローラン、出ます!」

エアリフトから2機のゼロウィングが発進。闇を切るように滑空し、低出力で加速していく。

「クロス・オン」

レイは左腕のクロスホルスターに手をかざした。
粒子が鋭く集束し、深緑のクロススーツが無音で形成される。

直後、並走していたサヤも静かに手を動かす。
粒子が彼女を螺旋状に包み、橄欖色かんらんしょくのしなやかな装甲が瞬時に展開された。

桐生レイ── “ゼロ-Jadeジェイド
サヤ・ローラン──“ゼロ-Oliveオリーブ

目指すは、カルナリウム島西端──軍事要塞の外縁。地表まで、あと10秒。



G.O.A本部の全天候型球体司令室「セントラル・ドーム」──
壁面はすべて球体ディスプレイとなっており、地球全体の戦況がシームレスに投影されている。全天候対応のホログラフィック壁面に、各部隊のリアルタイムデータが浮かび上がる。
随所に展開されたホログラムが作戦軌道や部隊ステータスをリアルタイムで浮かび上がらせ、オペレーターたちはリフト式の可動チェアに身を沈めながら、半周回型の端末で次々と情報を処理していた。

中央、最も高所に位置する司令席に、アレックス・藤堂の姿があった。
戦略用ホロマップを背に、重厚なコートの背筋を伸ばしたまま、手元のインターフェースに視線を走らせる。

「……どうだ?」
と、腕を組みながら、近くの男性オペレーターへ短く問いかけた。

「フォワードレギオン隊およびストライクエッジ隊、降下完了。カルナリウム島への突入を開始しています!」

「……いや、そうじゃなくて」

「は?」

「だから、どうだったと聞いている」

「……ハッ!フォワードレギオン隊およびストライクエッジ隊、降下完了。カルナリウム島への突入を開始しています!」

「……もういい。作業を続けろ、うん」

別のオペレーターがホログラムを切り替え、島南部の海岸線映像を前面に表示した。

「第3支援・救護部隊『プロテクターフォース』、および第4補給・後方支援部隊『ガーディアンコア』、間もなく上陸可能圏内に入ります。指示をお願いします」

藤堂は短く頷き、インカムに手を添えてイヤピース越しに通信を切り替える。

「藤堂だ。プロテクターフォース、ガーディアンコア、作戦フェーズ2へ移行。南岸市街区への進入を開始せよ。避難対象の確保を優先、武装信者には最小限の武力対応で抑えろ。補給車列は予定ルートを維持、ドローンによる空域監視を強化しろ。……EMPが来るかもしれん」

返答の電子音が短く鳴る。各隊長の確認応答が、画面に緑のアイコンで表示された。

藤堂は一息つき、椅子に背を預ける。

そして、ゆっくりとリフトチェアをスライドさせ、斜め前にいる若い女性オペレーターの端末付近まで滑っていった。

「なあ、どうだった?さっきのスピーチ」



第1前線突撃部隊『フォワードレギオン』、零式戦隊クロスレンジャー、降下──

一斉にパージされた降下ユニットの外装が破片のように散り、フォワードレギオン隊の七つの赤い閃光は、粒子制動によって着地速度を調整しながら地上へと滑り込もうとしている。

突如、待ち構えていたかのように、ヴェスパーの戦闘部隊が一斉射撃ととともに姿を現した。
自動式機関砲を背負った強化兵や、電磁銃を構えた重装型戦闘員が、着地予定地点に狙いを定める。

速水猛=レッドは、地面に滑り込むように着地。

分離された装甲片が砂煙を巻き上げる中、レッドを囲むようにホログラムで複数の武器イメージが展開され、その中から巨大な大剣、“天絶てんぜつ(Heaven Sever)” を、その手に取った。

着地の反動をそのまま活かして、真正面から突っ込んでくる敵兵を一閃。
鋼鉄すら断つ紅蓮の軌道が、空気を震わせながら縦一文字に奔った。

「レッドだ。地表制圧に移行する。隊列維持!」

その右斜め後方、神崎アカネ=スカーレットも着地直後、ホルスターからハイブリッド武器 “ブラッドスパイラル” をスピンさせるように展開。一瞬だけ銃形態で牽制射撃を放ち、敵部隊の足を止める。

「バーガンディ、上方を押さえて!」
「了解!」

バーガンディは短型の “ゼロ・ブラスター” を両手に構え、脚部の反動ブーストで敵の上段通路へ跳躍。空中から正確な連射で制圧線を張る。

「スカーレット、左方抜ける!」
「任せて!」

スカーレットがすぐさまブラッドスパイラルを剣形態に切り替え、すれ違いざまに前方の敵の関節部を切り裂いた。地を蹴って滑るように姿勢を崩し、そのまま腰だめで撃ち返す。滑らかで無駄のない連携が、赤い残光となって戦場を縦横に走る。

バーミリオン、カーマイン、ルビーらも続々と武装を展開。
ゼロ・ブレードによる突進斬撃、ゼロ・ブラスターの一点狙撃、粒子グレネードによる一斉殲滅。

「制圧ライン突破!要塞内部へ進入ルートを確保!」

G.O.Aのソルジャー部隊もそれに続き、重装兵が機動シールドを展開しながら後方支援とドローン偵察を担当。フォワードレギオン隊の進路を維持すべく、交戦区域を制圧し続ける。

「敵増援、地下通路より来る!後方に注意!」

「後方はソルジャーに任せろ。俺たちは進むだけだ!」

レッドの一喝に呼応し、レギオン隊は敵の弾幕を突き破り、要塞内部の階層構造へと突入していく。構内の警報が鳴り響き、赤い照明が連動して切り替わる。

レオン・片桐=クリムゾンが、誰よりも先に無言で先頭を駆け抜ける。

「目標、地下大聖堂。……このまま押し通す」

クリムゾンがその手に握るのは、漆黒の長槍 “インパルススピア” 。突き、薙ぎ、振るうたびに、まるで空気が割れるような重低音が響く。

「奴らに……儀式を完遂させるな!」

レッドの声が響く中、赤い閃光が要塞の闇を切り裂きながら、地下への最短ルートを突き進んでいった──



カルナリウム島・西部外縁──

粉塵を巻き上げながら、2機のゼロウィングが滑り込む。地表に触れる寸前、逆噴射が砂煙を吹き上げ、滑空モードから地上機動モードへと瞬時に変形。補助安定翼が展開し、地面を滑るように進路を切った。

「ジェイド、5時方向!敵、多数!」
「よし、進路を割る。左に回れ!」

レイ=ジェイドは即座に操縦レバーを切り、蛇行しながら突進する。地面を切り裂くように機体を操り、ゼロ・ブレードを引き抜いた。フレームを跨ぎ、片手で鋭く振りかざす。

ヴェスパー戦闘兵が気づいたときには遅かった。青白い光を帯びた刃が、一閃で装甲を断ち割っていた。

並走していたサヤ=オリーブのゼロウィングは側面から滑り込み、即座にゼロ・ブラスターを構える。散弾が敵兵の脚を撃ち抜き、力なく地面に崩れ落ちた。

「セラフィム、確認!」

後方のG.O.Aのソルジャーが警告を上げる。瓦礫の陰から、赤く光る瞳を持つ5人のセラフィムが跳躍し、斧や槍を振りかざしながら襲いかかる。

「後退しろ、ここは俺たちに任せろ!」

ジェイドがゼロウィングから身を乗り出し、ブレードを横一文字に薙ぐ。爆風の余韻のなか、セラフィムの1人が吹き飛び、砂地に転がった。

オリーブはその背後からブラスターを連射し、敵の連携を分断していく。

そのとき──

「これはこれは、ずいぶんと派手な幕開けだな」

声が、戦場に降るように響いた。

ジェイドが顔を上げると、岩場の上に、黒と銀が織り込まれた左右非対称の軍装をまとった男が立っていた。片手をポケットに突っ込み、もう片方で肩の埃を払う仕草。笑みを浮かべながらも、その眼は底冷えするほどに冷たい。

「ちっ、アダムか……!」

「ようこそ、カルナリウム島へ。さあ、存分に踊りたまえ。ここは“祭壇”だからね」

アダムが指を鳴らす。
その合図とともに、残っていたセラフィムたちが一斉に突撃を開始。遮蔽物の陰からも、さらに多くのヴェスパー戦闘兵が現れ、四方から迫ってくる。

「げげ!ちょっと、多くないですかぁ?」
「ケッ、おもしれえ……下がるなよ、オリーブ。ここで押さえるぞ!」



要塞内部は複雑な迷路のように入り組み、赤い警報灯が明滅を繰り返すたび、クロススーツの装甲が陰影を帯びる。

「前方に反応30、距離40m──」

スカーレットがクロスバイザーに表示された索敵ホログラムを読み取り、短く警告を発した。

その直後、側面の隔壁が破裂し、4人のセラフィムが飛び出してくる。鋭利な腕部ブレードを振り上げ、突進してくる狂信の兵士たち。

レッドが大剣“天絶”を両手で持ち、低い構えから踏み込む。

「突破するぞ!」

天絶の一閃が空気を引き裂き、最前列のセラフィムを押し返す。スカーレットはすぐさまブラッドスパイラルを銃形態で展開し、敵の足元に連射。爆煙の中、レギオン隊は遮蔽物をすり抜けるように進路を切った。

階層が一段下がるたび、空気が徐々に濃く、重くなる。地熱と混じったような湿気、胸にまとわりつくような不快な瘴気が立ちこめていた。

「……地下圧が変わってる。何かあるな」

レッドが短くつぶやく。

無言のまま、レギオン隊は応戦を続ける。斬撃、跳躍、突進、殲滅。そのすべてが無駄なく、冷徹に展開されていく。

廃棄された補助設備の間を抜け、腐食しかけた鉄扉の前でクリムゾンが立ち止まる。インパルススピアを静かに振り上げ、鋭い一撃で扉を破砕する。

その奥に、ひんやりとした沈黙の通路が伸びていた。

「ここを抜ければ、地下大聖堂だ」

沈黙の中、レギオン隊はその闇へと、赤い残光を残しながら進んでいった。



ゼロウィングから降りたジェイドとオリーブは、武器を収め、地表に立った。
その前方には、フードをまとい、赤く光る瞳を持つセラフィムが10人ほど、瓦礫の影から姿を現す。

「来るぞ──!」ジェイドが一歩、踏み出す。

セラフィムの一人が、間合いを詰めてきた。刹那、拳と拳がぶつかり、火花が散る。ジェイドは体を低く構えて逆に相手の懐へ踏み込んだ。

月牙爪ムーンファング……!」

両腕のクロスホルスターに微かに触れると、空気を切る音とともに、月の弧を描くような双爪が、ジェイドの前腕部に展開される。刹那、ジェイドが鋭く斬り上げると、セラフィムの胸装甲が裂け、鈍い火花を散らす。

背後からの気配に即座に反応し、後方の敵を撃退。横合いから飛びかかってきた相手も、体ごと投げるように叩き伏せる。

一方、オリーブは低姿勢のまま敵陣に滑り込み、足払いで一人を崩すと、そのまま跳ね起きざまの回転蹴りで二人目の顔面を撃ち抜く。

ふたりの戦闘スタイルに迷いはなかった。武器なしでも、クロススーツに増幅された機動力と精密な格闘術で圧倒していく。

──そのとき、戦場の空気が震えた。

「ひっ……!な、なによアレ!」

揺れる空気の向こうから異形の影が姿を現す。
漆黒の外殻、焼け焦げた翼のような外骨格、そして中央に浮かぶ真紅の単眼。

「紹介しよう。セラフィム・アーク“アポクリファ”。今夜の最初の悪夢だよ」
アダムが微かに笑う。

「なんだ、この禍々しさ……これまでのセラフィム・アークとは違うようだな……」

「この島、初めてなんだろ?上陸記念プレゼントさ。存分に踊りたまえ、クロスレンジャー。これが──“血のフィエスタ”だ」
そう言い残し、アダムは霧のように姿を消した。

「……あっ!どこ行きやがった!?」

その瞬間、アポクリファの咆哮が、大地を割るように響いた。

一瞬で踏み込んできたその巨体は、ジェイドとオリーブの間に躊躇なく割って入る。 左腕を横薙ぎに振るうと、地面が爆ぜ、砕けた瓦礫が飛び散った。

「うおっ……!」ジェイドが辛うじてバックステップで避けたが、爆風の衝撃で視界が揺れる。

「っ……!」オリーブも反射的に跳んで避けたが、アポクリファの追撃は止まらない。鋭く変形した両腕が、刃のように迫ってくる。

「こいつ、ヤバいな……!」

ジェイドがムーンファングで切り返すが、金属質の外殻に火花を散らして弾かれた。

「くっそ、固い……!」

次の瞬間、アポクリファの右腕が一直線に伸びる。オリーブのガードごと、その小柄な身体を吹き飛ばした。

「サヤ!」

衝突の勢いで、オリーブの身体はジェイドにぶつかり、ふたりはそのまま数十メートル先まで転がるように滑っていった。

直後、赤い単眼が不気味に光り、アポクリファの額から高密度のビームが放たれる。
ふたりの頭上を掠めるように閃光が走り、爆風が戦場を包んだ。

「ヴーーフゥー……コ、コロス……ヴー……!」

低く濁った声が、機械の奥から響いてくる。

無感情の殺戮兵器が、ふたりに向かって、無慈悲に歩を進めていた。



壊された鉄扉の先。

地下へと続く長い通路は、まるで沈黙を吸い込むかのように静まり返っていた。

床に焼きついた赤い残光の痕跡が、淡く揺らめいている。

それは、ひとつの部隊がここを通り抜けた証だった。

奥には、重く閉ざされた扉──

大聖堂へと通じる最深部。

だが、その先で何が起きているのかを知る者は、今、誰もいない。



「ヴフフーッ!コ、コロ……ゴロ……ヴゥゥーーゴロジデエェェーーー!!!」

アポクリファがジェイドとオリーブに飛びかかろうとしたその瞬間、上空からのビームが直撃した。轟音と衝撃波が戦場を貫き、爆炎と砂塵が視界を覆いつくす。

「支援か!」ジェイドが振り向くと、一機の戦闘機が急降下してくる。

そのコックピット内。瀬戸恭一が素早く制御スティックを操作し、なおも動こうとするアポクリファに照準を定める。

「アオイ、行け。援護は俺がやる」

「了解、降ります!」

アオイは迷いなく座席を離れ、機体側面のハッチを起動。瞬時に体勢を切り替え、左手首のクロスホルスターへと手を伸ばす。

《ID CODE: ZERO-AZURE》
《CROSS HOLSTER READY》
《NEURAL LINK… SYNCHRONIZED》
《SUIT INITIATION: STANDBY》

「──クロス・オン!」

起動音とともに粒子装甲が閃き、黒地に深蒼が走るクロススーツが瞬時に形成される。バイザーが目元を覆い、背部の補助スラスターが唸りを上げて点火──

鳴海あおい── “ゼロ-Azureアズール

その身体は風を裂くように降下し、そのまま砂塵舞う地表へ、着地と同時に衝撃を吸収するように膝を沈めた。

「ジェイド、オリーブ、援護する!」

アオイ=アズールは着地の瞬間、クロスホルスターを起動。空中に浮かぶ武装ホログラムの中から、ひとつを選び取る。

青い粒子が収束し、右手に現れたのは中距離戦仕様のマシンガン “スカイバースト”。すぐに構え、滑るような軌道でアポクリファの死角へと移動する。

三点バースト。狙いは関節部。火花が散り、関節の動きがわずかに鈍る。

「今だ、ジェイド!」
「おうよ!」

ムーンファングを構え、ジェイドが斜め上から跳躍。鋭く湾曲した鉤爪がアポクリファの肩装甲を裂く。すかさずオリーブも反対側から飛び込み、スピンキックで巨体を揺さぶる。

「ヴォォォッ!グゲェェーーー!」

アポクリファが一歩、後退した。
その隙を逃さず、頭上から恭一の戦闘機が狙撃ビームを放つ。着弾と同時に爆炎が弾け、煙が視界を覆う。

通信越しに、恭一の落ち着いた声が響く。

「決めるぞ、今ならいける!」

四方から重なった一撃が、ついにアポクリファの巨体をのけぞらせた。
地上の3人が追撃態勢に入る。

──しかし。

「……あれは……なんだ……?」

遠方の空に、複数の影が浮かび上がる。
夜空に浮かぶその機影は、漆黒に溶け込むような重金属の塊。
その表面を、紫の光点が不規則に明滅し、まるで儀式の合図のように脈動していた。

一瞬、光が鋼の輪郭をかすめ、異様に膨れた肩部と棘のような装甲が浮かび上がる。
それらの巨影が、音もなく島へ近づいてくる。

次なる悪夢が、降臨する。


4. 暁の島


G.O.A本部──セントラル・ドーム。
“オペレーション・バベル”の全体指揮を執るこの指令室に、異常を告げる報が入った。

「長官、緊急通信です。第4補給・後方支援部隊、ガーディアンコアの橘隊長からです」

「繋いでくれ」

中央ホログラムに、ヘッドセットを装着したたちばな隼人はやとの姿が投影される。

背後には緊張に包まれた海上母艦内の指揮管制室。オペレーターたちが必死にデータを確認していた。

「藤堂長官、現在カルナリウム島の上空に正体不明の大型飛行体が複数出現。現時点で10機以上を確認しています」

「映像は?」

「……光量不足で輪郭は不鮮明ですが、送ります」

隼人の操作と同時に、ホログラムが切り替わる。
暗い海上、カルナリウム島の上空に巨大な影の群れ。機体表面には、かすかに紫色の光点が明滅している。

「……これは……」
藤堂が思わず息を呑む。

「識別は?」

「不明です。既存の全勢力の型式とも一致しません。動力波、材質、形状、いずれも……照合不能です」

指令室に重苦しい沈黙が降りる。

その中で、隼人が絞り出すように言った。
「……あの動き、カルナリウム島の上空で何かを待っているような……あるいはこれから何かするのか……」

藤堂はスクリーンを見つめながら、静かに言葉を落とす。
「“血のフィエスタ”……まさか、まだ幕が上がったばかりなのか……?」



夜の帳を背に、漆黒の空を滑るように舞い降りてくる、複数の巨大なシルエット。

その姿を捉えた瞬間、ジェイド、オリーブ、アズールのクロスバイザーが自動スキャンを開始するも、データベース上にはいかなる識別信号も表示されなかった。

「……援軍、じゃないよな?」

空中で旋回しながら戦況を監視していた恭一が、ホログラフィックスコープ越しに一体の輪郭を捉える。

「全高20m以上……!腕も……二足歩行型!?まさか、こんなサイズの機兵が……!」

無機質な黒と銀の装甲、わずかに鈍く光るメタリックボディ。肩と頭部に埋め込まれた紫のランプが、警告灯のように明滅している。

その一機が右腕をゆっくりと地上に向けた瞬間──

「──っ!!」

眩い光の奔流。太いレーザービームが轟音とともに発射された。

3人は瞬時に身を翻し、砲撃範囲から離脱。
光柱は、アポクリファへと直撃する。

空気が焼け、地面が裂け、爆炎と砂塵が戦場を覆い尽くす。
アポクリファの巨躯は、光の洗礼により一瞬で粉砕された。

「…………!!」

上空には、さらに複数の機兵が降下中だった。
そのすべての右腕が地上へ向き、島内各所に向けて次々とレーザーを放っていく。

「ヤツら、何が狙いだ!?」

アポクリファを殲滅した一体の照準が、恭一の機体へと移る。

「恭一さんっ!!」

紫の点滅が加速。砲口にエネルギーが収束した──

次の瞬間、恭一の戦闘機が閃光に包まれた。
爆発。空中に拡がる火花と破片。その中を、青く輝く光条が地表へと落下していく。

地上で青い粒子が弾け、クロススーツを纏った瀬戸恭一── “ゼロ-Blueブルー” が姿を現す。

「無事かっ!」ジェイドが叫ぶ。

「全員、退避だ!ここは狙われやすい!」
恭一=ブルーが咄嗟に周囲を確認。
──そして、見上げた先。

別の巨大機兵が右腕の砲口を、やや離れた地点に立つオリーブへと向けていた。

「──サヤーーーッ!!」

ジェイドが猛然と走り出す。

すべてを焼き尽くす、太く鋭い光の柱が、空間を貫いた。



──どれくらい時間が経ったのか、まるで見当がつかない。
ほんの一瞬のようでもあり、丸一日眠っていたようでもある。

焼け焦げた地面。むせるような土の匂い。
土煙の中に倒れ伏していたアズール=アオイが、うっすらと目を開く。

……気を失っていた?変身は……まだ解けていない。

耳鳴りが続く。視界はかすみ、光と影がちらつく中、かすかに誰かの声が聞こえた気がした──その刹那。

遠く、要塞の方角で紫色の光が閃き、遅れて轟音が響いた。

「……ッ!?」

反射的に上体を起こす。

あれは、崩れかけたヴェスパー要塞──いくつもの尖塔が連なるようにそびえる構造の中央部。
地下大聖堂があるとされる、まさにその真上に、巨大機兵のレーザーが撃ち込まれた。

「……大聖堂……アカネさん……!」

何かがはじけたように、アオイは立ち上がる。

クロススーツの補助スラスターが微かに火花を散らし、焼けつく身体を無理やり動かす。

そして、走り出した。

煙と瓦礫に覆われた戦場を突っ切り、ただ一つの方向を目指して。


その頃、別の位置に吹き飛ばされていたブルー=恭一も、ようやく意識を取り戻していた。

クロススーツのあちこちに焦げ跡が走り、一部の装甲は剥がれている。

瓦礫の山に足を取られながらも、必死に仲間を探していた。

(ジェイド、オリーブ……いや待て、アズールは、アオイはどこに行った?)

クロスバイザーが、アズールのシグナルがどんどん遠ざかっていくのを示している。
どういうことだ? あの方向は……


《……アズール!?おい、待て……アオイ!》

恭一からの通信が繋がる。

《どこへ行く!?あっちはまだ危険だ、敵のレーザーが──》

「わからない。でも……あそこに、アカネさんのところに……行かなくちゃ……」

アオイの声は、低く、しかし揺るぎない決意に満ちていた。

《アカネ……?スカーレット、神崎のことか?レギオン隊には速水たちもいる。おい、戻れ!》


アオイはクロスバイザーを後頭部へ外し、走った。その眼に宿るのは、明らかに別の輝きだった。

焼け焦げた戦場。爆炎の残り香。敵か味方かも判別できぬほどの混沌の中を、ただ一人、焦げた風を切って駆け抜けていく。

目の前で崩れていく“未来”の幻影──その向こうに、彼は何かを感じていた。



通信網が混線し、ノイズまじりの音声が次々と藤堂の前のモニターに飛び込んできた。

「──カルナリウム島北東部、全域が炎上…… 応答なし……!」
「衛星回線が一部遮断……多数の反応が消失……!」
「上空に未確認の機影……数は、少なくとも……ガガガガガ……!」

G.O.Aセントラル・ドーム司令室──
錯綜する情報の渦中、藤堂は前面スクリーンの戦域マップを食い入るように睨みつけていた。

「……何が、起きている……?」
震えるようなつぶやきが漏れる。

映像は途切れ途切れだった。カルナリウム島上空を旋回するドローンカメラの視界に映ったのは、黒煙と火柱、そして──一瞬だけ、紫に点滅する光点。

「島中央部──要塞上空に閃光確認!着弾、複数。熱源反応、臨界を超えています!」

「何だと……!?」

「だからレギオン隊を集中させるのはリスクが高いと、あれほど……」
傍らの参謀長ルーカスの言葉を、藤堂は手で制した。

「……待て、今は戦局の見極めだ。映像を、全力で繋げ!」

「ストライクエッジ隊とは依然、連絡不能。フォワードレギオン隊も……通信が途絶えました!」

「くそっ……!」
苛立ちを押し殺すように、藤堂は拳を握り締める。

強力な電波妨害が張り巡らされた敵地──
各地の小規模拠点から断続的に届く報告は、どれも曖昧で、断片的だった。

“空から機兵が降ってきた”
“建物が一瞬で消滅した”
“島そのものが、崩れている”

全容が掴めないまま、刻一刻と被害だけが広がっていく。

「長官。ここは全軍撤退も視野に入れるべきかと……」
冷静なルーカスの進言が、藤堂の胸をえぐった。

──もはや、これは“戦闘”ではない。

藤堂は、わずかに顔を歪めながらつぶやいた。
「我々は……いったい、何と戦っているのだ……?」



アオイは、要塞内部の崩れかけた通路を、地下深くへとひた走る。
クロススーツの補助スラスターが、瓦礫を飛び越えるたびに火花を散らす。

──パラ……ッ

天井から石片が降り落ちる。微かに地鳴りが響いていた。

「……崩れてる……?」

その場に立ち止まり、アオイは足元に手をつく。
耳を澄ますと、地下の奥から、唸るような不気味な振動が伝わってくる。

ゴゴゴゴゴ……

破滅の胎動のようなその音に、アオイは思わず息を呑んだ。


壊された鉄扉の先。

地下へと続く長い通路は、まるで沈黙を吸い込むかのように静まり返っていた。

床に焼きついた痕跡──赤い残光の余韻すら、もう残っていない。

奥には、重く閉ざされた扉──

大聖堂へと通じる最深部。


──そして、アオイは辿り着いた。
ヴェスパーの心臓部、大聖堂。その大扉を、ゆっくりと押し開く。

見上げた天井には、巨大な亀裂が走っていた。
その大きな隙間からは、地下深くにもかかわらず夜空が覗いている。

「……これは……」

崩れた壁。崩壊した柱。
荘厳だったはずの聖域は、今やただの瓦礫の墓場だった。

そして──

視線を床に落としたアオイは、言葉を失う。

「……!」

仰向け、うつ伏せに倒れたフォワードレギオン隊のクロスレンジャー。
4人、いや5人か。誰も動かない。血と油の混じったような臭気が、空気を重くする。
アオイの思考は完全に止まっていた。

さらにその奥。
異形の存在が、崩れた祭壇のそばに横たわっていた。

黒と赤紫の鎧。
天使のような翼──だが折れ、千切れ、ねじれた骨のような羽根。
腹部には貫通痕。内臓のようなものが流れ出ている。
顔は歪み、半壊し、もはや原形を留めていない。

セラフィム・アーク……?
何が……あった……?

アオイは呆然と立ち尽くす。

──そのとき。

足元の瓦礫のすき間から、かすかな息づかいが伝わった。

「……!」

アオイは素早くかがみこみ、崩れた石をどける。
そこにいたのは、クロスバイザーが外れ、血に染まった左半身を晒した、ひとりの女性戦士──神崎アカネだった。

「ア、アカネさんっ……!」

返事はない。だが、呼吸はしている。
クロススーツは傷だらけで、意識もないが、確かに彼女はまだ生きている。

「……は、はやく……!」

アオイはその身体を抱き起こし、なんとか立ち上がる。

その瞬間──

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!

島全体が軋むような凶兆の唸り。
大聖堂の床が、微かに傾き始めた。

「まずい……!」

天井から石柱の残骸が降り注ぐ。
アオイはアカネをしっかりと抱きかかえ、瓦礫の中を走り出した。

「──絶対に、生きて、生きるんだっ……!」

崩れゆく聖域を背に、アオイは来た道を駆け戻る。



──ゴゴゴゴゴ……ッ!!!

カルナリウム島の大地が唸りを上げ、裂け目から赤黒い煙が噴き上がる。
崩落寸前の地表を突き破るようにして、ヴェスパーの要塞全体──その地下に築かれた大聖堂ごと──が空へと浮かび上がる。

ひしゃげた塔、崩れた回廊、戦火に焼かれた外壁。
それらすべてが、重力を裏切るかのように、静かに、だが確実に宙を舞い上がっていく。

そのさまは、まるで空に浮かぶ“廃墟の神殿”。

そして──

浮遊要塞の各所が開き、砲台が四方へ旋回。
次々と光弾を放ち、謎の巨大機兵に向けて激しい反撃を開始する。

だが──

突如、別の巨大機兵が姿を現す。
先に現れた二足歩行型とは異なり、脚部を持たぬ空中戦特化型。
やや細身のシルエットが、まるで滑空するように宙を駆ける。
その腕の長砲身が、浮遊する要塞の上部──制御中枢と思しき構造物へと正確に照準を定めた。

ビィィィ──!!

濃紺の空を切り裂く閃光。直撃。
要塞の一部が砕け、炎が噴き上がる。

直後──
周囲の巨大機兵たちが、一斉に腕を構えた。


「こちら、ガーディアンコア隊、橘隼人ッ! 本部、応答願います! 目標、ヴェスパー要塞が...… う、浮かんで……!」

ドオオオオオオオオン……!!

空を裂き、光が降る。
あらゆる方向から浴びせられるレーザーが、浮遊要塞を容赦なく貫く。
構造体は悲鳴のような軋みを上げ、ゆっくりと傾き始める。
まるで空から引きずり落とされるように。もはや反撃の意思さえ奪われたように──

「……う、撃たれている……!? は……っ、要塞ごと──沈んでいく……!」

艦内の大型スクリーンに映し出された映像。
その中で、空に浮かぶ神殿が閃光に包まれ、崩壊していく。

隼人の瞳がわずかに揺れた。

「……なんだよ、これ……」

彼の震えた声は、誰にも届かないまま、通信の雑音に掻き消えた。



夜が明けようとしていた。
紫がかった群青の空に、朱が滲んでゆく。

あたり一面、焼け焦げた大地。
瓦礫の丘、倒壊した建造物、溶け落ちた金属。
そのすべてが、一夜にして終わった戦い、血のフィエスタの爪痕だった。

崩れ落ちたヴェスパーの浮遊要塞。
巨大な残骸の一部が、黒くねじ曲がったまま地平に突き刺さっている。
静まり返ったその姿は、もはやただの鉄塊でしかなかった。

そして──その荒野を、ひとつの影が歩いていた。

──アオイ。

汚れたクロススーツ。
傷だらけの顔と、焦点の合わない瞳。

彼の両腕には、意識を失ったアカネが静かに抱かれていた。
その身体は小さく見えた。腕の中で動かず、呼吸だけが、かすかに命を告げている。

アオイの足取りはゆっくりと、だが確かに。

どこへ向かうのか、それは誰にもわからない。
だが彼は、歩みを止めなかった。

やがて、朝の風が吹き抜ける。
アカネの頬に、夜明けの光が差し込む。

空には、何もない。
戦火も、悲鳴も、未来すらも。

今はただ──沈黙だけが支配していた。

いったい、何が起きたのか。
そして、何を失ったのか。


物語は、血のフィエスタの一年前へと遡る──

(第2話へ続く)


▼次回以降 Link

第2話 出撃
第3話 暗流
第4話 選別
第5話 前夜
第6話 火種
第7話 激突
第8話 偶像
第9話 交差
第10話 追憶
……


▼この世界の裏側を記した補助記録──File.00

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