零式戦隊クロスレンジャー 第6話 火種
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N.W.C.サミットを目前に、名古屋中枢特区に各国代表団が集結。前夜レセプションではオメガ理論をめぐる駆け引きが交錯する中、藤堂たちG.O.Aはオルドモンドの動きを警戒していた。そして深夜、予兆なきデモが暴徒化。アカネたちクロスレンジャーが鎮圧に向かうが──
1. Day1 AM
「気づいてるな、スカーレット。頭を潰せば止まる──やれ」
真夜中の名古屋中枢特区、セントラルパーク。
零-Crimsonの言葉を受け、神崎アカネ──零-Scarletのクロスバイザーは、マスクの男とローブの女を捉えていた。
一目で分かる。群衆の中でも異質な統率力。あの二人がこの暴徒の核だ。
ゼロ・ブラスターの引き金に指をかける。だが、スカーレットの身体は硬直したまま動かない。
──アカネ! おまえは退くんだ!
──逃げて! 生きて……アカネ……
「……タクミ……カエデ…… 私は──」
その刹那、鋭い銃声が闇を裂いた。
閃光のような一条の光が空を走り、空中で舞いほどける。青白い粒子が渦を巻きながら編み上げられ、やがてそれは──網となる。
ナノメタル粒子による捕縛ネット──まるで光の蜘蛛の巣のように炸裂し、標的である男女の動きを一瞬で封じた。
「捕捉完了! スカーレット、今のうちに!」
銃声の方向に振り返ると、装甲車のクレーン上に立つセヨン。
両手に抱えた可変式ライフル“フェリクサー”が、淡く光を帯びている。
「……セヨン!」
セヨンはクレーン先端から跳躍。
……
《NEURAL LINK… SYNCHRONIZED》
《SUIT INITIATION: STANDBY》
「クロォォス──オン!」
赤・白・ピンクの粒子が渦を巻き、彼女の身体を包み込む。閃光のなかに、新たな戦士の姿が立ち現れる。
キム・セヨン── “零-Rose”
ローズはすばやくネットに囚われた男女へと駆け寄り、拘束具を展開。抵抗の暇も与えず、瞬時に確保する。
それを見た周囲の暴徒たちは、まるで指揮を失った群体のように、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
スカーレット=アカネは我に返った。
ふと、1km先にそびえるニュー・ミライ・タワーのシルエットを見やる。
この暴動が予測に引っかからなかった理由。日中に感じていた微かな違和感──
(……やはり、タワーが何かを受けている……! 予測が阻害されてる──)
「ローズ、クリムゾン、ここは頼む。私は第1部隊とともにタワーに向かう!」
スカーレットはそう言い残すと、高機動バイク・ゼロライドへと飛び乗り、アクセルを開く。
粒子の軌跡を描いて、ゼロライドが闇に駆けていった。
「オッケー、まかせといて〜」
ローズが明るく応じる。
一方、クリムゾン──レオンは、無言でその背中を見つめていた。冷ややかな瞳に、わずかな翳りが射した。
「第1部隊、ニュー・ミライ・タワーへ急行せよ!繰り返す──」
ゼロライドが闇を切り裂く。都市の残光が流れ、クロススーツに赤い警告灯のフレアが断続的に反射する。
「全隊、状況を。私は広場へ向かう。外郭ドローンの監視状況は?」
《周回中のドローン4機、異常なし。外縁部に工作痕なし》
《タワー内部、異常値検出されず。現時点、感知反応ゼロ》
スカーレットは火花を散らしてゼロライドを停止させた。エントランス前の広場は、都市のただ中とは思えぬほど静まり返っている。
監視ポストのG.O.A兵が一瞬こちらを振り返るが、異常なしのジェスチャーで首を振る。
(……おかしい。この沈黙、空気の張り詰め方──何かが“いる”)
バイザー越しにタワーを一瞥。深夜のビル群にそびえる巨塔は、まるで眠れる巨獣のように、無音で立ち尽くしていた。
その瞬間、背筋に氷のような悪寒が走る。
「……!」
コツ、コツ──石畳を踏むブーツ音が、音のない広場に唐突に響き渡る。
影から現れたのは、黒と赤紫の軍装コートをなびかせ、剣を携えた女。長い髪、冷たい双眸、戦場の空気をまとっていた。
「──マグダラ!」
その名を呼ぶと同時に、スカーレットの重心が変わる。
「フッ、“赤い猛将”が来るものと思っていたが……どうやら部下に丸投げとみえる。フフフ……」
「この暴動、やはりおまえたちか!」
スカーレットの手がクロスホルスターに伸び、ホログラムの円陣が展開。銃と剣を兼ねたハイブリッド武器 “ブラッドスパイラル” を引き抜く。
マグダラが片手をすっと掲げた。
直後、濁流のような紫の粒子が足元から吹き上がり、スカーレットの視界を覆う。
「っ──!」
マグダラは高く跳躍し、踵に禍々しいエネルギーを纏って落下する。
スカーレットは即座に身をひねり、回転しながら滑るように横へステップ。着地と同時に反転、ブラッドスパイラルで鋭い一閃を放つ──
が、マグダラの指先から奔った紫電が、空間を弾くようにその一撃を押し返した。
「どうした、零-Scarlet!もっと私を楽しませてみろ!」
「……ちっ、この戦闘狂め!」
刃と電撃が交錯し、闇の広場に閃光が走る──
「ハアーーッ!」
スカーレットの剣が唸りをあげて斬りかかる。しかし、マグダラは一歩も動かず、指先から弧を描いた紫電を放つ。稲妻は空気を裂き、スカーレットのブレードを弾いた。
バランスを崩した瞬間──マグダラの膝が深く踏み込む。鋭い回し蹴りがスカーレットの腹部を撃ち抜き、クロススーツ越しでもなお激しい衝撃が走る。
「うっ……!」
地面に肩を打ち、転がるスカーレット。息が詰まり、手からブラッドスパイラルが滑り落ちる。
「ふん、他愛もない……まさか、これで終わりか?」
「どうかなッ!」
スカーレットは地に伏した体勢のまま、左手に隠し持っていたゼロ・ブラスターを引き抜き、間髪入れず連射。
しかし、マグダラはそれを読んでいたかのように、漆黒のコートをひるがえして全弾を受け流す。
「フッ……慌てるな、零-Scarlet。サミットは──まだ始まってもいない」
「なに……ッ?」
マグダラは一歩前に進み、スカーレットを見下ろす。その口元が、ゆっくりと歪んだ。
「フフッ……愉しみは、少しずつ味わうに限る」
次の瞬間、マグダラの輪郭がゆらぎ、粒子の残滓だけを残して広場から姿を消した。
──静寂。
スカーレットはしばし、膝をついたまま息を整える。夜気が冷たく、妙に肌に刺さる。
やがて、落ちた武器を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がった。
「……やつらの狙いは、間違いなくこのタワーのはず」
交戦の痕跡が残る地面を一瞥し、夜空にそびえるニュー・ミライ・タワーを見上げる。
「──だが、破壊じゃない。となると……」
その視線は、塔の最上層──予測中枢を貫くように、鋭く突き刺さっていた。
夜が明け、再び都市は光を取り戻していた。
大名古屋国際会議場──その中心部に位置するガラス張りのグランドホールでは、世界の要人たちが既に着席を終え、午前9時ちょうど、予定通りN.W.C.サミットDay1の会議が開会された。
開催国・日本から議長を務めるN.W.C.常設代表部代表の芦原が壇上に立ち、静かに開会を告げる。
「──まず冒頭に、昨夜、本特区にて発生した一部騒乱について触れておきます。関係当局より報告を受けたところ、すでに収束に向かっており、本会議の安全確保に支障はございません。予定通り、Day1午前セッションを開会いたします」
ホール内に、言葉のない緊張が満ちる。各代表は静かに姿勢を正し、互いの出方を探るような視線が交錯していた。
「会場全体──さすがに、落ち着かない様子だな」
G.O.A代表団の座席中央の藤堂がつぶやく。
「……ええ」
隣に座る速水がそっけなく返す。
「フッ、おまえが、いちばん落ち着かないか……すぐにでも現場に戻りたい気持ちはわかっている。だが──」
「──ここも、戦場だ……ですね?」
速水の即答に、藤堂は苦笑いを浮かべた。
壇上では、芦原が最初の議題に入っていた。
「……本日の最初の議題は、オメガ倫理補足条項、通称“Ω-Article II”草案について。これは、未来予測が個人の自由や尊厳を不当に侵害しないための規制案であり、スカンジナビア合同国(Scandinavian Compact)および日本国の共同提案に基づくものであります」
場内が静まり返る中、芦原の声が透明なホールに反響する。
「児童の将来適性に基づく教育選抜、あるいは出生制限措置といった予測適用に際して、AIによる判断に対し“人間の確認”を義務づける内容となっております」
多くの代表が、無言で頷く。すでに草案に賛同の意を示していた陣営にとって、この提案は“通過儀礼”に近い。
しかし、中華連邦・蒋連副主席が静かにマイクを取ると、視線が一斉にそちらへ向けられた。
「確認とは……“事後承認”なのか、“事前関与”なのか? AIの中立性を損なわずに人間の介入を保障する仕組みがなければ、予測精度そのものに疑念が生じるのでは?」
これに対し、日本代表団の補佐官がすかさず応じる。
「事前段階での確認・承認体制を含め、国際的な審査プロトコルを導入する方向です。個別の制度設計は地域に委ねられますが、最低限の倫理ラインは共有すべきと考えます」
日本代表補佐官の説明に、会場内の視線が交差する。
「確認は人間が行う──理想論だな」
アフリカ・コンコード(African Concord Bloc)代表、ムシンダ博士が重い口を開いた。
ケニア、タンザニア、南スーダンなどから成るこの広域連邦は、事実上オルドモンド傘下であり、灌漑から教育、都市インフラまでAI任せで、人間の関与が入り込む余地は少ない。
「AIは感情的判断を排する。我々の地域にとっては、それこそが救いだった。倫理の名のもとに現場が混乱するような体制変更は──再考を要する」
「強制はしません。最低限の倫理指針を共有しつつ、各地域での調整を尊重する。それが本草案の立場です」
議長・芦原が静かに補足する。
しばし沈黙が流れ──
「よろしい。我々は条件付きでこの議題に賛成する。中立性を損なわない限りにおいて、という前提で」
ムシンダ博士の発言に、各国代表が順次うなずいた。
芦原が壇上で言葉を整える。
「では、第1議題“Ω-Article II”草案──倫理基準の明文化と“人間の関与”義務化について、地域的裁量を認める条件のもと、暫定的に合意といたします」
目立った反対はなく、誰も挙手で異を唱えなかった。
議題は、静かに、しかし確実に一歩を進めた。
Node-77の隣室──Node-78は、さらに閉鎖的な造りをしていた。
電子ロックの扉を抜けた先、金属板を貼り合わせた無窓の小部屋。
湿気を帯びた空気と、低く唸る蛍光灯の光が、時間の感覚を奪う。
中央の簡素な机。その向かい合うように座らされたのは、昨夜の暴動を現場で指揮していたとされる男女──マヒムとテシナ。
両手首は後ろ手に縛られ、椅子の背に固定されていた。
「……言え」
低く、しかし苛立ちを含んだ声が、レオンの喉から漏れる。
返事はない。
次の瞬間、鈍い音が部屋に響いた。
レオンの拳が、マヒムの頬を斜めに打ち抜く。椅子が軋み、男の頭がのけぞる。
「言え。どうやって、未来を狂わせた?」
「……未来?フン……おまえらが信じてる“それ”こそ、滑稽な幻想だろうが……」
口元から血を垂らしながら、マヒムはにやりと笑った。
レオンがマヒムの腹を鋭く蹴り上げる。
金属の脚が床を滑り、椅子ごと転倒する。
「グフッ……くそが……!」
「マヒム!もうやめて!お願い……!」
テシナが顔をゆがめて叫ぶ。
レオンは眉一つ動かさず、冷ややかに女を見下ろした。
「女。だったら、おまえが話せ。……そうすれば、こいつは助かるかもしれない」
そのやり取りを、アカネは部屋の壁にもたれ、腕を組んだ姿勢のまま黙って見ていた。
声も、表情の変化もない。ただ、その瞳の奥で何かが揺れていた。
──タクミ……カエデ……
2. Day1 PM
N.W.C.サミットDay1、午後のセッションが始まると同時に、ホログラム上の議題が更新された。
《第2議題:自治国家の予測インフラ統合ガイドラインについて》
G.O.A同盟国を代表して、藤堂が壇上に立ち、各国代表へと視線を巡らせる。
「現在、我々G.O.A加盟国は、予測インフラと演算資源の共有を基盤に、安全保障や経済施策を整えています。ですが──自治国家群では、未来へのアクセス格差が拡大しているのも事実です」
彼の背後に浮かび上がるホログラムには、都市同士をつなぐ光の網。世界規模の未来予測ネットワークのイメージが広がっていた。
「我々は各都市にΩ-FLAMEを配し、局所的な未来予測を日々実行しています。しかし、気候変動や越境型テロ──たとえばヴェスパーのような事例には、都市間の連携演算が不可欠です」
藤堂が腕を掲げると、各都市のΩ-FLAMEが線で結ばれ、世界を覆うようなネットワークが示された。
「このΩ-NET──未来予測の共有基盤こそが、予測制度の強靭化に必要なのです」
少し間を置いて、彼は言葉を結んだ。
「今回のガイドライン案は、このΩ-NETへの接続条件を明文化し、各国の演算資源をより公正に連携させるためのものです。いかなる国にも未来への扉を閉ざさない──それが我々の原則です」
わずかな静寂の後に、中華連邦の蒋連副主席が口を開いた。
「予測技術そのものを否定するつもりはありません。しかし──“未来を共有する”という行為が、我々の文化にどのような変容をもたらすのか。そこに、無自覚な侵食があるのです」
ホログラムには、伝統行事や暦が「低効率モデル」と分類される予測演算が映し出された。
速水の隣に座るシュナイダー統合首席が小声でささやく。
「フン……文化ときたか。反対派が重箱の隅を突いてくるぞ」
「確か中華連邦はすでにオルドモンドと……」
「ああ。だがオルドモンドは、さらに新たな予測システムを開発しているとも聞く。傘下の国々を中心に完全管理社会の覇権を握るつもりだ」
その声に重ねるように、タイ調和連邦のパヌワット安全保障担当相が続く。
「小国にとって“未来の共有”とは、未来を“選ばれる”側に立つことを意味します。平等な連携を語るには、まだ時期尚早ではないでしょうか」
会場に、わずかな緊張が漂う。
だがすかさず、欧州統合議会(European Unified Council)構成国・フランスのクレール・モレル科学文化担当官が立ち上がった。
「G.O.Aの理念には賛同します。未来は、市民の手が届くものであるべきです。そのためには、技術の透明性と文化的多様性の両立が鍵だと、私たちは考えます」
彼女の背後には、EUCが導入している「市民監査モデル」が表示される。演算プロセスの開示、異議申し立て機構、そして各国語対応の予測翻訳インターフェース。
「私たちの市民は、“見える未来”に対して、自ら声を上げる術を持っています。予測は、市民社会のためにある。そうした形での共有ならば、文化は守られるのです」
拍手は控えめながら、複数の中堅国家から賛意が示された。
──しかし、その空気を断ち切るように、ヴォルガ産業特区・産業自動化庁総監のグレブ・パクが手を挙げる。
「予測演算とは、本質的に工学的制御モデルだ。そこに政治的配慮や文化的例外を織り交ぜれば、ノイズとして演算精度を損なうだけだ」
ホログラムが切り替わり、プラント制御の演算モデルと、介入変数による誤差拡大のシミュレーションが表示される。
「我々は自分たちの演算に責任を持っている。だがΩ-NETは、“他国の誤差”まで連帯という名目で受け入れろという。それが“効率”と呼べるはずがない」
グレブの言葉に会場がざわめく。
それに応じるように、オルドモンドCTOのギュスターヴが静かに立ち上がる。
「──技術の観点から、ひとつ申し上げます」
会場に自然と静寂が戻る。彼は抑制の効いた口調で言葉を継ぐ。
「Ω-NETは“予測の共有”を謳いますが、実態は中枢演算の同調──つまり、各ノードが“最も保守的な未来”に引きずられる構造にあります」
ホログラムに、複数国家のΩ-FLAMEが一方向に収束していく演算モデルが投影される。
「そして昨夜の事件。我々の分析では、ヴェスパーによる予測妨害が濃厚です。Ω-FLAMEの盲点を突いた、高度な演算攪乱──意図的な破壊行為と断じていい」
ギュスターヴが視線を巡らせる。ホログラムには、昨夜のセントラルパーク暴動の記録映像が静かに流れる。
「我々オルドモンドは、ヴェスパーのような暴力行為を決して容認しません。だが──」
彼は一拍置き、言葉を選ぶように続けた。
「構造として暴力を誘発しかねない“同調の強制”には、慎重であるべきだと考えます。“未来の共有”は、一つの正しさを押しつけるものであってはならない」
抑制された語り口の裏に、挑発とも取れる含意が滲んでいた。
その余韻を切るように、藤堂が立ち上がる。
「つまり、オルドモンドは別の選択肢を既に持っているということですか?それを提示せず、この場の合意に異を唱えるのは、建設的ではない」
藤堂の言葉に、ギュスターヴは応じない。
その横で、総帥ラウル・レイモンが口の端に冷笑を浮かべる。
その表情に、いくつかの代表が敏感に反応した。
藤堂は苦々しい視線を向けたが、それ以上は言わず、淡々と続けた。
「……とはいえ、我々G.O.Aも、多様な意見を尊重しないわけではない。理念を損なわぬ範囲で、修正条項を提示します」
背後のホログラムが書き換わる。
《修正条項:本ガイドラインは、各国の政治体制および文化的背景に応じて柔軟に運用されるものとする》
議長・芦原が静かに告げる。
「──議論を総括します。第2議題、修正案付きでの採決に移ります。各国代表は所定の装置にて投票を」
一瞬の沈黙。そして、投票の光が走る。
数秒後、ホログラムに結果が表示された。
《第2議題:可決(修正条項付き)》
場内に拍手は起きなかった。
壇上に視線を向けた速水が、隣のシュナイダーに小声で言う。
「……骨抜き、ですか……」
「ああ。予想以上に、オルドモンドの影響が強かった。藤堂君は……」
壇上の藤堂は、強く両拳を握ったまま、ホログラムの光に顔を照らされていた。
Node-78──尋問室の空気は、乾ききっていた。冷却装置が回る低音だけが、奥深い地下にわずかに響く。
簡素な椅子に拘束された二人の男女──マヒムとテシナに、アカネはかつての戦友の面影を重ね合わせていた。
壁際の記録装置は起動中。天井のマイクロカメラが、アカネの動作を無言で記録している。正式な尋問の枠ではない。
レオンが去り、交代要員が来るまでの、わずか十数分の空白。その隙間を、アカネは静かに選んだ。
「……ひとつ聞きたい。どうしてそこまでして未来を拒絶するのか」
マヒムはあざけるように鼻で笑った。
「ケッ、聞いてどうする?わかるわけないだろ、おまえらみたいな特権側の人間にはな」
「……そうかもしれない」
アカネはしばらく沈黙し、目を伏せた。
「だけど、私にも……選べなかった過去がある」
室内の空気が、わずかに変わる。
「5年前。ダッカ南部。情報奪取作戦。私は、現場の指揮を執っていた。退却命令を受けたけど、部隊を残して最後まで戦った。その判断で……仲間を死なせた」
湿り気を帯びた空白が、室内を満たす。
アカネは視線を向けない。
語りかけてはいるが、告白しているのは、もっと奥の、ずっと深い何かだった。
「情報が必要だった。判断は正しかった、って言われた。でも私は、彼らを“未来”に置き去りにした。選ばなかったんじゃない、選べなかった。それでも……私は生きている」
一瞬、テシナが息を呑む音がした。マヒムも、無言で眉をひそめていた。
アカネはようやく視線を上げ、二人に正面から向き合った。
「だから……死なないでほしい。あんたたちが守ろうとしたものが、本当に全部、終わったわけじゃない」
沈黙が満ちる。
やがて、マヒムが低くつぶやいた。
「……守れなかったんだ。俺たちは」
目を伏せ、搾り出すように続ける。
「幼い妹がいた。病気がちだったけど、よく笑う子でな。でも、救われなかった。“介入対象外”って言葉ひとつで、予測の網から外された」
テシナが静かにうなずいた。
「“未来に貢献しない個体”──そう定義された時点で、もう医療は打ち切りだった。治る可能性は、あったのに。あの子が苦しむ姿を前に、私たちには……何も選ばせてもらえなかった」
アカネは無言で、二人の姿を見つめていた。
テシナの声が、どこか壊れそうな調子で部屋に響く。
「それでも、誰かに責任を問うことすらできない。だって“予測に基づいた判断”だったから。最適化の結果だったから……」
マヒムが鼻で笑った。
「なあ……未来を守るって言葉が、人ひとり殺す免罪符になるんだったら、こっちは“過去”にすがるしかないだろ。あいつが笑ってた日々だけは、演算じゃ消せねえんだ」
アカネは、ゆっくりと息を吸った。
「……あんたたちの言うことは、わかる。全部じゃないかもしれない。でも、それでも──私は未来を手放したくない。あんたたちの妹のような子が、もう一度“選ばれる”未来を、どこかで取り戻せると信じてる」
二人は言葉を失ったまま、拳を握りしめた。
目を伏せながらも、確かに──何かを受け止めようとしていた。
静かに歩み寄るアカネ。
腰のIDリングを端末にかざすと、後ろ手の拘束具が小さく解除音を鳴らした。続いて足元のロックも解除する。
マヒムが顔を上げた。
「な……いいのかよ?」
「あんたたちのやり方を肯定する気はない。私には……助けられなかった仲間の顔が、まだ焼きついてる。それだけだ」
二人は無言で立ち上がった。
ふらつきながらも、足取りは確かだった。
扉の前で、マヒムの足が止まる。
「なあ、俺たちはどうすればよかった?未来を壊す以外に何があるんだ?」
「壊すことしかできないと思ったとき、人はもう、未来に背を向けている──私はそう思う」
アカネの言葉に、二人は振り返らなかった。
だが、真っすぐ前を見ていた。
「──予測ノイズ。わかるか?」
マヒムのその言葉に、アカネがわずかに目を細める。
「未来予測に誤差を生じさせる干渉技術。G.O.Aでも対策が難しいと聞いたことがある」
「そうだ。まだ試作とはいえ、思ってるよりずっと実戦向けに仕上がってる」
「やはり……タワーの中枢、予測演算を直接──?」
マヒムが首を横に振る。
「地下さ。狙われてるのは“足元”だ。この街は、複雑な地下網が張り巡らされてる。そこからノイズを注入すれば、ニュー・ミライ・タワーの基底演算──つまり“予測電波”に揺らぎが生まれる」
アカネの脳裏に、あのときの違和感がふっとよみがえった。
(リングの周期、演算負荷の偏り……ノイズの痕跡だったのか──)
テシナが続ける。
「地下から仕掛ければ、タワーにも波が届く。塔が迷いはじめた証──あなたにも、心当たりがありそうね」
「ええ。そしてヴェスパーなら、その技術をセラフィム・アークに搭載するはず」
「……さすがだな。 試作でもこれだけの効果だ。正式配備されたら、“予測”は信用できなくなるかもな」
マヒムが言う。
「しかも、その誤差の責任は、“未来”を扱っていた側に回ってくる」
テシナが静かに付け加える。
扉のロックが切れる音が、静寂を破った。
二人は振り返らず、ゆっくりと歩き出す。
「俺たちは、俺たちの場所に戻る。ま、健闘を祈るよ」
その背中に、アカネは静かに言葉をかける。
「……それでも、未来を奪わせたりしない」
地上の喧騒から数十メートル下──
かつての地下鉄網を改造したその空間には、錆びた案内板、歪んだ柱、剥がれ落ちた壁面がそのまま残されていた。
そこに新たに敷設されたケーブルと金属フレームが絡みつき、まるで生きた神経網のように空間を支配している。
その中央に、セラフィム・アーク“ネビュラβ”の姿があった。
その身体は黒く濡れたような質感をもち、表面の装甲には生体組織のような繊維が露出している。背部の花弁状の拡散器が静かに回転し、低い共鳴音が空間に微細な震えを伝えていた。
「ヨソク電波ニ揺ラギ発生……演算リング再ビ周期ズレ確認」
ネビュラβの冷たい声が響く。
映像には、ニュー・ミライ・タワーのリングがわずかに軌道を乱す様が映し出されていた。
その光景を見つめるマグダラ。
指先で端末をなぞりながら、彼女はゆっくりと微笑した。
「フフッ……狂った未来こそが、人類にふさわしい」
(第7話へ続く)
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