零式戦隊クロスレンジャー 第9話 交差
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キャロルから模擬戦闘体“エクステンド・アクター”の実戦テストを託されたアカネは、予測データに異常値が出ている奈良へ向かった。目にしたのは、急速に腐食が進む東大寺の伽藍。そのときアカネはアダムとおぼしき男を発見し、その背を追う。興福寺境内でアダムらの企みを阻むべく、アカネはアクターとともに戦闘態勢へ──
1. 赤と青
興福寺五重塔前──冬の乾いた風が吹きすさぶ中、境内に銃声と衝撃波が交錯する。
G.O.Aのソルジャーたちがセラフィム・アーク“ナグサ”へ一斉射撃を浴びせるが、その巨体は微動だにせず、じわりと距離を詰めてくる。
上空を旋回するゼロリフターから、模擬戦闘体“エクステンド・アクター”のカプセルが射出。
神崎アカネの隣に立った人型フレームは、瞬く間に鳴海碧の姿へ変わった。
ふたりがクロスホルスターに手をかざす。淡い光のホログラムが浮かび上がる。
《ID CODE: ZERO-SCARLET》
《ID CODE: ZERO-AZURE》
《CROSS HOLSTER READY》
《NEURAL LINK… SYNCHRONIZED》
《SUIT INITIATION: STANDBY》
アカネとアオイが、同時に叫ぶ。
「──Cross On!」
光の粒子が全身を包み込んだ。
──零-Scarlet、零-Azure。
赤と青。ふたりのクロスレンジャーが、奈良の地に並び立つ。
「ほう。あれは、遠隔操作の模擬戦闘体か……」
その光景をアダムが眺め、静かに口元を歪める。
「ククク……ナグサ!能力解放だ」
「カーッカカカカ!我カ゚能力、見セテヤロウゾ。”慰撫ノ眼”!」
ナグサの額眼が妖しく光った。
次の瞬間、周囲の空気がかすかに揺らぎ、幻像が立ちのぼる。
すると戦場に立つソルジャーたちは、心を直接撫でられたように、戦意が急速に薄れていった。
「う……か、母さん……」
「家族が……家へ帰らないと……」
「え?ど、どうしたんだ……」
ソルジャーの異変にアズールは困惑する。
スカーレットの視界にも、わずかに幻影が差し込んだ。
──やはり、あのとき排除すべきだったな
──クロスレンジャー!私はおまえたちを、絶対に許さない!
(感情共鳴か……くっ、こんなもので!)
精神干渉と断じたスカーレットは、即座に意識を切り替える。
一方、遠隔接続のアズールは影響を受けなかった。
「みんな、錯覚だ!正気を保って!」
と周囲へ叫ぶ。
そしてスカーレットも鋭く指示を飛ばす。
「アズールだったな!あいつの足を狙え、動きを止めろ!」
「了解!」
アズールが横に跳び、スカイバーストを連射。
光の弾幕がナグサを牽制する。
その間隙を縫い、スカーレットがブラッドスパイラルを構えて一気に間合いへ踏み込んだ。
だが──
アダムが指先を向けた瞬間、雷撃がアズールの胸部装甲を直撃。火花とともに彼は地面に叩きつけられる。
「ぐうっ……!」
スカーレットもナグサの反撃に押し返され、土を蹴って後退する。
「いい連携だ。それに、脳への干渉波は人形には効かないようだな」
アダムが薄く笑みを浮かべる。
戦況は、不穏な均衡のまま揺らめいていた。
アダムの視線がアズールを射抜く。
「──零-Azureだったな。バンコク以来か……もっとも、今回は“生身”ではないようだが」
アズールは一歩、また一歩と石畳を踏みしめ、後退する。
その背後──石段“五十二段”の下から、獣の咆哮のようなエンジン音が響き上がった。
「……!?」
軍用トラックが、石段を無理やり駆け上がってくる。荷台には、国際NGO「N.C.C.(Network for Cultural Conservation)」のロゴを背に入れた作業員たち。そして、その足元に、分厚い布で覆われた巨大な塊。
「フッ……ちょうどいい。どちらの偶像が残るか、見ものだな」
アダムが指を鳴らす。
作業員が荷台を飛び降り、迷いなく布を剥ぐ。現れたのは──四体の仏像。
均整のとれた写実的な姿、厳しい眼差し。
天平彫刻の傑作とされる国宝──四天王立像だった。
「あ、あれは……!東大寺、戒壇院の──」
スカーレットが息を呑み、次いで作業員たちを睨みつける。
「やはり既にヴェスパーの手に落ちていたか……」
「カーッカカ!実体偶像変換。文化信号共鳴完了。サア、モーション!」
ナグサの嘲るような声と同時に、黒い微粒子が像の全身を覆った。細かな亀裂が走り、土や粘土の質感が、じわりと冷たい金属光へと変わっていく。
次の瞬間、持国天、増長天、広目天、多聞天──四天王たちが、アズールに向けて歩を進めた。
「う、動いた!仏像が……!」
「防御だ、アズール!」
持国天の一撃をゼロ・ブレードで受け止めるが、圧力は凄まじい。火花が散り、地面に亀裂が走る。
スカーレットが援護に入ろうとした刹那──ナグサの異形の腕が幾本も伸び、彼女の進路を塞ぐ。金属音と火花が交錯し、スカーレットも防戦一方に追い込まれた。
「ヴェスパーめ!崇拝の象徴を壊し、動かし……戦場の駒に変えるつもりか!」
G.O.A日本支部・第壱作戦会議室──小型ドローンの映像が、興福寺境内の戦況を鮮明に映し出していた。
「伽藍の腐食、精神干渉、そして仏像の操縦……あのセラフィム・アーク一体で、よくもまあこれだけ多彩な能力を……」
志摩が眉をひそめる。
「フン……ま、スカーレットの戦闘解析力があれば、致命傷は避けられるさ──戦闘に関してはな」
キャロルの声はあくまで冷静だ。
「え、そうなんですか?」
志摩が視線を向ける。
「能力のキャパシティ……ですね」
速水が低くつぶやいた。
「ああ。ヤツの能力はナノメタル粒子を多用途化してるようだが、さすがに限界がある。特にあの仏像の操縦は、莫大なエネルギーを食うはずだ」
「ならば、アダムは……何か別の狙いがあるのか……」
速水の言葉に、キャロルはわずかに口を閉ざした。
モニターの中で、四天王像が咆哮を上げる。千年の守護神が、今は金属の戦闘兵と化し、アズールへ一斉に迫った──
G.O.A本部を構える、ジャカルタ近郊の浮上型都市ノア・ハブ──
桐生レイとサヤ・ローランは、地下戦闘訓練施設でのトレーニングを終えたばかりだった。
最下層にあるシミュレーション・ドームのほうから、異様な振動と衝撃音が響いてくる。
「……何だ?」
レイが足を止める。
厚いガラス越しに目を向けると、そこでは青い戦士──零-Azureが、甲冑をまとった巨大な人形と斬り結んでいた。
「何あれ?仏像みたいな……」
サヤが目を見開く。
「みたいなじゃない。本物の仏像──四天王像だ」
コントロールルームで戦況を監視していた橘隼人が、素っ気なく返す。
「あれってエクステンド・アクター使ってんだろ?すげぇ迫力だな……まるで実戦みたいな……」
「みたいなじゃない。実戦なんだよ……奈良でな」
隼人がまたも素っ気なく返す。
境内の戦場。スカーレットとアズールは戦線を引き裂かれ、別々の敵と対峙していた。
スカーレットの前にはナグサ。
伸びる多腕と閃く刃が立て続けに襲いかかり、互角の攻防が続く。
(……セラフィム・アーク、さっきより動きが確実に鈍っている)
一方のアズールは、二体の像──持国天の剣と、増長天の三叉戟に押し込まれていた。右から薙ぎ払い、左から踏み込む。
アズールが一歩後退した瞬間、持国天の切り上げが襲いかかる。
「ぐっ……!」
必死に受け流した直後、背後から広目天の筆先が光の鞭に変じ、大地を裂いて足を絡め取る。
そこへ多聞天が宝棒を振りかざし、雷光のごとき一撃を放った。クロススーツの装甲が火花を散らす。
遠巻きのソルジャーたちは、近づくことすらできず、銃撃支援に徹するしかなかった。
「コレデ終ワラセテヤル、カカカーーッ!」
ナグサが多腕を振り下ろし、スカーレットを圧倒しようとした瞬間──
「ブラッドスパイラル、真空斬!」
逆に誘い込んでいたスカーレットの刃が閃き、ナグサの右腕三本を切り飛ばした。
「ギャアアアーーッ!」
そのままスカーレットは回転蹴りでナグサを跳ね飛ばす。
その身体を、境内に滑り込んだ軍用トラックが回収する。
「チッ、逃がすか!」
スカーレットがブラッドスパイラルで撃ち込むが、車体は反転し、境内の外へ向かう。
荷台に立つアダムが余裕の笑みを浮かべた。
「見事だ、零-Scarlet。君たちが崇める偶像と、もっと楽しむがいい」
悠然と去りゆくトラック。その背を睨みつけながら、スカーレットが指示を飛ばす。
「ソルジャー、第1班はトラックを追え!」
その間も、アズールは四天王像の猛攻に追い詰められていた。
「くそっ……!」
ゼロ・ブレードで受け止めるが、力比べでは押し負ける。
スカーレットが鋭く叫ぶ。
「アズール!剣使いの踏み込みは必ず右から2歩、そのあと切り上げだ!そこを撃て!」
「そ、そうか!」
パターンを見抜いたアズールは、広目天の足元を撃ち抜き動きを鈍らせる。その隙に持国天を斬り伏せた。
残る増長天と多聞天が迫るが、アズールは跳躍し、スカイバーストを連射。
「これで、終わりだ!」
光弾の雨に動きが止まったところへ、スカーレットがブラッドスパイラルとゼロ・ブレードの二刀流で一閃──
轟音とともに、四体の像は土煙のなかで元の静かな仏像へと戻った。
「……やったな。終わったか」
ガラス越しに見ていたレイが肩を落とすように安堵する。
「スカーレット、やっぱりすごいですね……」
サヤが小声でつぶやいた。
だがスカーレットは勝利に留まらず、すぐに次の行動へ移っていた。
「……あのう、どこへ行くんですか?」
と変身を解いたアオイが声をかける。
上空からゼロリフターが再び降下。
ハッチから伸びたロープを片手で掴んだスカーレットが、軽やかに片足をかける。
その瞬間、赤い装甲が光の粒子となって弾け、彼女は普段のアカネの姿へと戻っていた。
ロープに揺られながら、アカネは空いた手をアオイに差し伸べる。
「あ。え、と……ありがとうございます」
おずおずと手を伸ばすアオイ。
「おまえはバカか?さっさと接続を切れ!次の戦闘に備えておけ!」
「ひぃっ!」
驚きの声とともにアオイの姿は光に溶け、模擬体の人型フレームへと戻っていった。
2. 十二神将
「……すでに“共鳴”は施しているのだな?」
軍用トラックの助手席でアダムが後方に目をやる。
荷台には負傷したナグサが座り、額眼を淡く光らせた。
「実体偶像変換……完了……ア、アト数分デ……目覚メル……」
「上出来だ」
アダムの口元がわずかに歪む。
「手筈どおり、東大寺方面、唐招提寺方面へ」
「コ、コレカラ……ドチラヘ?」
「南だ。見ておきたい像がある。興味深い代物でな」
トラックは奈良市街を抜け、轟音を響かせて南方へと消えていった。
──ノア・ハブ、コントロールルーム。
接続を切ったアオイが、息を切らしながらシミュレーション・ドームから戻った。
「ご苦労さん、ひとまず待機だ」
隼人が淡々と声をかける。
「よーぉ、アオイ。面白えもん見させてもらったぜ。とても遠隔の戦闘とは思えなかったな」
レイが感嘆混じりに近づく。
「大活躍じゃん!スカーレット相手によくまあ」
サヤが笑みを添える。
「い、いえ。あの人についていくので精一杯で…… それにちょっと怖かったし」
「神崎アカネかー。わかる。アタシもちょい苦手」
神崎アカネ──
アオイは口ではそう言いながらも、胸の奥で別の感情が芽生えているのを感じていた。
厳しく叱られて身がすくむのに、なぜか背中を預けられるような安心感……
恐れと温もりが同居する、不思議で言葉にならない感覚。アオイ自身、その正体をまだ知らない。
そのとき通信が鳴った。日本支部にいるキャロルの声だ。
《神崎の本隊とは別に、もう一体サブのアクターを用意してある。敵はまだ仕掛けてくる。準備を怠るな》
「了解です。こちらにはレイとサヤもいますし──」
隼人の声は、すぐさま遮られる。
《いや、おまえだよ。準備しとくのは》
「……えっ、俺!?」
キャロルの言葉に、隼人は顔をひきつらせた。
興福寺から南へ約20km──
猛スピードでヴェスパーの軍用トラックが走り抜ける。その後を、G.O.Aソルジャーのバイク部隊が追う。
さらに上空から、白銀のゼロリフターが影のように追尾していた。
「見えたぞ!」
機体のハッチから身を乗り出し、アカネが鋭く叫ぶ。
「どこへ向かうつもりだ……?」
そのとき通信が割り込む。
《こちら第3班!奈良公園、東大寺方面で新たな仏像四体が暴走!博物館を破壊しています!》
「くそっ……!」
アカネは思わず奥歯を噛みしめる。
しかし、すぐさま日本支部から速水の声が響いた。
《神崎、そのままアダムを追え。東大寺はこっちで抑える》
わずかな沈黙ののち、アカネは短く息を吐く。
「了解──」
トラックは市街地の幹線道路を外れ、細い道へと折れた。
「どこだ、何がある?」
アカネが操縦士に問う。
「あれは……おそらく、安倍文殊院かと」
「ノア・ハブにつないでくれ。エクステンド・アクター起動だ」
アカネの声に、後方のアオイの模擬体が再び光を帯びる。
奈良盆地の南端に位置し、飛鳥時代に創建された古刹──安倍文殊院。
本堂には、巨大な「騎獅文殊菩薩像」が安置されており、学問と叡智の象徴として崇められている。
その境内では、甲冑をまとった新たな四体の像が目覚め、G.O.Aソルジャーたちを圧倒していた。
「撃ち続けろ!距離を取れ!」
銃弾は甲冑に弾かれ、土煙と悲鳴が交錯する。
一方、本堂内部。アダムは静かに見上げていた。
全高7m──獅子の背に乗る文殊菩薩。
「騎獅文殊菩薩……コ、コレハ……大キ過ギル……」
ナグサの声に震えが混じる。
「構わん。やれ」
アダムの声音は冷徹だったが、その眼差しの奥には、異様な輝きが宿っていた。
ナグサが額眼を開き、詠唱のように低くつぶやく。
「実体偶像変換──マズハ、内部骨格形成粒子ヲ注入……」
本堂全体が震動し、像の表面に亀裂が走る。
光が脈動し、巨大な躯体がわずかに軋んだ。
その直上に、ゼロリフターが急降下。
「降下開始!」
ハッチから飛び出した二つの影は、地面に着地すると同時に光の粒子に包まれる。
──零-Scarlet、零-Azure。
赤と青の戦士が再び姿を現した。
ソルジャーたちと交戦していた仏像のうち一体が、彼らの前に立ちはだかる──新薬師寺・十二神将「伐折羅大将」。
剣を構え、逆立つ髪が炎のように揺らめく。
怒りの形相で、今にも襲いかかろうとしている。
「準備はいいか、アズール」
「はい、スカーレット。さあ来い!」
剣を構えた伐折羅が、烈風をまといながら一歩を踏み出す。その気迫に、大地そのものが震えた。
奈良公園の木々を突き抜けるように、無人運転のバギーが唸りをあげて走り抜けていく。荷台には人型のフレーム──エクステンド・アクターが固定されていた。
その様子を上空から追尾する小型ドローン。映像は日本支部のモニターに送られ、速水と志摩、そしてキャロルが食い入るように見ていた。
「……よし、接続開始だ」
キャロルが指示を飛ばす。
次の瞬間、荷台のアクターがわずかに震え、瞳が光を帯びる。
「う……やれやれ、戦闘までやらされるのかよ」
ぼやきながら起き上がるのは、隼人だった。
「何か言ったか?」
冷ややかなキャロルの声が響く。
「ひっ、い、いや!何でもないです!」
「わかってるな、おまえのアクターはプロトタイプだ。同期システムは不安定、エネルギー効率も悪い。開発部門のおまえが戦いの中でシステムの限界を見極めろ」
「了解!」
隼人が荷台からジャンプ。
琥珀色の粒子がきらめきながら結晶化し、砕け散る光が彼の体を包み込んだ。
《ID CODE: ZERO-AMBER》
《CROSS HOLSTER READY》……
「クロス・オン!零-Amber、実戦評価……開始だ!」
国立博物館・仏像館前。
ここでも甲冑をまとった四体の像が、西洋建築の柱を壊し暴れていた。
「やりたい放題しやがって……」
アンバーが気配を殺して近づく。
そのうちの一体──波夷羅大将が振り返り弓を引き絞った。矢が閃光となって放たれる。
「アウレウス・ハンマー!」
ホログラムから選び取った黄金の大槌を手に、アンバーは矢をかわしながら間合いに踏み込み、渾身の一撃を叩き込む。
衝撃で波夷羅の巨体が痙攣し、動きが止まった。
「やっぱりな……内部骨格はナノメタル粒子の仮想フレーム。中枢を直撃すれば崩れる!」
──ビィーーーッ、ビィーーーッ
耳元に警告音。クロスバイザーに数値が走る。
《SYNC RATE 86%……83%……》
「チッ!もってあと5分か……!」
残る三体が一斉に襲いかかる。
剣と鉾の連撃を紙一重で受け流し、ハンマーを振り抜く。渾身の回転打撃で二体がよろめいた。
《SYNC RATE 41%……38%》
──ゲージは刻一刻と減っていく。
その時、通信が入った。
《アンバー、聞こえるか?》
速水の声。
「ちょ、今それどころじゃ……!」
《志摩先生によれば、そいつらは新薬師寺の十二神将──スカーレットが交戦中の安倍文殊院でも四体出現。残り四体は唐招提寺に現れた》
「十二神将……コンプリートかよ!」
最後の一撃を振り抜き、ようやくすべての像の動きが止まる。
《SYNC RATE 12%》
「っは……ギリギリ間に合った……」
《ご苦労。バギーに戻って一旦接続を切るんだ》
今度はキャロルの声が響く。
「りょ、了解……次は唐招提寺か……いや──」
──こいつら、四天王像より明らかに戦闘力は劣る。あのセラフィム・アークの能力……しかも十二体同時制御……陽動か!
「バギーを……安倍文殊院へ走らせてください!」
《フフ……よくわかってるじゃないか。スカーレットとアズールの支援に入れ!》
琥珀色の光が弾け、アンバーの姿は粒子となって散り、荷台には無機質なフレームだけが残った。
安倍文殊院・境内──
スカーレットとアズールは伐折羅大将と斬り結んでいた。
中距離からアズールがスカイバーストを浴びせ、スカーレットが接近してブラッドスパイラルを叩き込む。だが伐折羅の剣速は増し、一撃ごとに重さがのしかかる。
(くっ……!力がどんどん増していく……この一体に集中させているのか……!)
スカーレットは歯を食いしばりながら剣を受け止める。
すかさずアズールがゼロ・ブレードで斬り込むも、伐折羅の剣閃に弾き飛ばされ、ふたりは石畳に転がった。
「なっ、なんだこいつの力は!」
「アズール、このまま挟み込む!背中を取れ!」
「やってみます!」
ふたりが動き直した瞬間、伐折羅の全身が眩く発光する。甲冑は黄金に輝き、髪は真紅、顔は蒼白に変化。凄絶な気配が境内を覆った。
G.O.A日本支部のモニター越しに、速水たちがその変化を凝視する──
「なんだ……!?色が変わっていく……」
「志摩先生、他の三体の像……動きが止まったようだ」
速水が冷静に戦場を俯瞰する。
「そ、そういえば……」
「十二神将か……どうやらすべてのエネルギーをあの一体に注ぎ込んでいるようだな」
キャロルが冷ややかに分析を加えた。
極彩色に染まった伐折羅大将は、まるで創建当時の姿を取り戻したかのように威容を放ち、境内の空気そのものを震わせていた。
「っ……まるで別物だ!」
アズールが息を呑む。
「怯むな!突破するしかない!」
スカーレットがブラッドスパイラルを握り直した、その瞬間──
──ゴゴゴゴゴ……!
本堂の奥から地鳴りのような振動。
屋根瓦が次々に崩れ落ち、辺りに砂煙が吹き上がる。
「今度は……何だ……?」
崩れた影の中から現れたのは、巨大な獅子の背に乗る荘厳な菩薩──騎獅文殊菩薩像だった。
「……!」
獅子の瞳に赤い光が灯り、口腔から灼熱の吐息がほとばしる。
火炎は大気を焼き焦がすのみで標的を捉えきれず、スカーレットとアズールは身を翻してかわし、素早く体勢を整える。
背中合わせに並び立つふたり。スカーレットの眼は伐折羅へ、アズールの眼は巨像へと向けられていた。
「アズール、でかい方は鈍い。今は気にするな。私が赤髪を叩く、フォローしてくれ!」
「任せてください!」
伐折羅大将が、銀色に輝く剣を振りかざして吼える。衝撃波が境内を揺らし、砂塵が舞い上がった。
スカーレットがブラッドスパイラルを構え、地を蹴る。赤い残光が稲妻のように走った。
アズールは逆方向へ駆け、騎獅文殊菩薩の巨体を牽制するように跳躍。
空中でスカイバーストを構え、青白い弾幕を伐折羅へ浴びせた。
怒りに任せ剣を振り回す伐折羅。
その刃がスカーレットの頬を掠めた瞬間、彼女は逆に踏み込みを利用し、一回転して肩口へ鋭い一閃を浴びせる。
火花が散り、像の甲冑に深い裂け目が走った。
「今だ、撃て!」
「スカイバースト──スナイパーモード!」
アズールが裂け目を正確に撃ち抜き、伐折羅の巨体が大きく仰け反る。
ノア・ハブ、シミュレーション・ドーム。
ガラス越しに映し出される安倍文殊院での戦闘に、レイとサヤは息を呑んでいた。
「お……おい。あんな連携、見たことあるか?」
「い、いえ。アオイくん……あんな強かったっけ?」
驚きに声を震わせるふたり。
その背後から、息を切らせた隼人が駆け込んできた。
「なんだ隼人、どこ行ってたんだ?」
「奈良だよ。あ……いや、正確にいえば上層ラボのプロトコル室か」
額に汗を滲ませながら、隼人はドームの戦況モニターを指差す。
「プロトタイプのアクターを現地に回した。もうすぐ安倍文殊院に到着するはず」
言い終えるや否や、端末を操作して通信回線を開いた。
「スカーレット、アズール!聞こえるか」
ノイズを挟みながら、ノア・ハブの隼人からの声が届く。獅子像から吐き散らかされる炎をかわしながら、ふたりは耳を傾けた。
《いいか、そいつはナノメタルの仮想フレームで動いてる。中枢となる一点に強烈な衝撃を叩き込めば、止まるはずだ!》
「なるほどな……」
スカーレットの声が低く響く。
「外殻を斬り刻んでも無駄ってことか……」
アズールが短く息を吐いた。
互いに視線を交わすふたり。その目に、戦局を打開する確かな光が宿り始めていた。
伐折羅の剣閃をかわしながら、アズールは境内を縦横に駆け抜けていた。
その視線が、不意に騎獅文殊菩薩像の獅子へ走る。
(あれは……)
赤い光脈管が呼吸のように脈動し、獅子の全身を走っていた。
「くそっ、バギーはまだ着かないのか!俺のアウレウス・ハンマーなら、内部を砕けるのに!」
ノア・ハブで戦況を見ていた隼人は、思わず机を叩く。
レイも拳を握りながら、ただ見守るしかなかった。
隣にいたサヤが何かに気づく。
「アズールの動き……獅子に向かってるけど……」
「何考えてんだ?あいつは……」
アズールは動きの鈍い騎獅文殊菩薩に向けてスカイバーストを連射。そのまま跳躍し獅子の上に乗った。
「よし!ちょっと失礼──」
文殊菩薩の像を無理やり押し下げ、獅子を単体にした。
「今なら……俺が制御できる!」
クロスバイザーを獅子へ向け、信号を流し込む。
ナノメタルの脈動が赤から青へと反転し、獅子の巨体が痙攣。
次の瞬間、淡い光を瞳に宿し、アズールの意思に従って大地を蹴った。
G.O.A日本支部──
「バ、バカな!」
速水が思わず立ち上がる。
「獅子を操るというのか……」
「まさか……!自身の神経リンク信号を、セラフィム・アークの制御に上書き……逆同期だと?」
キャロルの声にも驚愕が混じる。
瞬時にスカーレットは、アズールの狙いを理解した。
スカーレットが超低姿勢から駆け、伐折羅の剣閃を紙一重でかわし、脚部の関節に渾身の斬撃を叩き込む。
その身体は轟音とともに大きく揺らぎ、地へと倒れ伏した。
「今だ、アズール!」
操られた獅子が咆哮を上げ、伐折羅の胸を思い切り踏み抜いた。
内部フレームが崩壊され、青白い光の粒子が四散し硬直──次の瞬間、伐折羅大将の彩色は解け落ちて、元の塑像の姿へと戻った。
「や、やった……!」
レイが声を上げる。
「なんという……まさか、本当に……」
志摩が呆然とつぶやいた。
日本支部とノア・ハブの面々は、ふたりの連携に言葉を失っていた。
キャロルの口元がわずかに緩んだ。
「……フフッ。鳴海碧に、神崎アカネか──この二人なら、まだ先を見せてくれる」
モニターに映る赤と青の戦士。その姿を映した瞳は、冷徹さを帯びながらも、確かな興味と期待を宿していた。
──境内に、一瞬だけ静寂が落ちる。
騎獅文殊菩薩像の獅子もまた、青白く脈動していた光がふっと消え、巨躯は軋む音を立てながらその動きを止めた。
「止まった……のか」
アズールが荒い息を吐く。
しかし、スカーレットは剣を構えたまま視線を外さない。
「まだ……終わっちゃいないさ」
崩れ落ちた本堂の奥──瓦礫の隙間を突き破るように、黒い瘴気のようなオーラが噴き出した。
境内全体が圧迫され、冷気が肌を突き刺す。
アズールは思わず背筋を震わせる。
「……興味深い戦闘を見せてもらったよ。零-Scarletに、零-Azure」
影の中から現れたのは、悠然と歩み出るアダム。
その声は低く、氷の刃のように鋭い。
ふたりは無言で構え直した。
「ここまでだ、アダム。これ以上、好きにさせない!」
スカーレットが一歩前に出て、ゼロ・ブレードの鋭いの切先をアダムに向ける。
「セラフィム・アークの能力を酷使しすぎたな。伽藍を腐食させ、複数の仏像を同時に操り、精神干渉まで……いくらなんでも限界があるはず」
「ご明察。興福寺では異なる能力を使ったことで、ナグサ自身の戦闘力も削られた。ククッ……おかげで君に腕を奪われたわけだが……」
アダムの口元に冷笑が刻まれる。
「その後は”偶像操縦”に特化させた。数は十二体と多いが、出力を自在に配分できるのは便利だろう?」
「何なんだよ……おまえの狙いは?」
アズールが単刀直入に問う。
「歴史的ランドマークの崩壊以外は、個人的趣味さ。付き合わせたナグサには気の毒だったがな」
アズールの視線が堂内へ走る。
瓦礫の奥、力尽き横たわるナグサ。額眼の光は消え、二度と動かぬ躯と化していた。
アダムは右手をかざした。
仰向けに転がっていた伐折羅大将が、軋みを上げながら再び立ち上がる。
「……っ!」
スカーレットとアズールが反射的に身構える。
境内を覆う影。
低い唸りを伴い、背後からヴェスパーの大型ステルスドローンが浮上する。
銃口が閃き、雨のような弾幕が降り注いだ。
ふたりは即座に身を翻し、土煙の中を転がって射線を避ける。
その刹那、アダムは伐折羅の像を従えてドローンのハッチに乗り込んだ。
「今日はこれまでだ、クロスレンジャー。喜ぶがいい。君たちの戦いぶりは記録に値する──」
冷ややかな声が残響のように境内に響き、機体は黒い空へと溶け込んだ。
静けさを取り戻した安倍文殊院──
境内に土煙が漂うなか、エンジン音が近づいた。
「おーーい!」
一台のバギーが瓦礫の間を抜けて現れ、荷台から隼人が身を乗り出す。
アオイが振り返り、思わず声を上げた。
「え?……あれ? 隼人さん、今ノア・ハブじゃ……」
「いるさ。おまえも俺も──これは現地に回された別ラインのエクステンド・アクターだ」
短い言葉を交わし、互いに安堵の息をつく。
戦闘はひとまず終わった。
「任務完了だ。そろそろ接続を切るぞ」
アカネが短く言い放つ。
「あ……あの、アカネさん。ありがとうございました……」
アオイはたどたどしく頭を下げるが、アカネは軽く一瞥するだけだった。
次の瞬間、アオイと隼人の姿は淡い光にほどけ、アクターの人型フレームへと戻っていく。
──カラン。
境内に乾いた音が響く。
アオイのアクターの胸部から、小さな木製人形が転がり落ちていた。
「……?」
アカネは眉をひそめる。
ここにあるはずのないもの──だが拾い上げると、確かな木の重みと手触りがあった。
赤と青で塗られた、小さな兵士の人形。
アカネはしばし見つめ、そっと懐にしまった。
「……アオイ、か」
その表情に浮かんだのは、戦場では決して見せぬ、ごくわずかな柔らかさだった。
「唐招提寺境内にて発見された四体の仏像は、新薬師寺から持ち出された十二神将像の一部であることが確認されました──」
「多くの伽藍が損傷した東大寺からです。ここ国立博物館前でも──」
モニターには各地からのニュースが流れていた。
映像に顔を曇らせた志摩が、ぽつりとつぶやく。
「ぼくも日本人だが、やはり……胸がざわつくものだね」
速水は腕を組み、画面を見据えたまま応える。
「遥か昔から、伽藍は焼失を重ねてきたんだ。そのたびに歴史は何度も再建してきた。今度だって……」
「ああ、物体が滅びても、その向こうにある仏教精神が揺るがないなら──」
キャロルが冷静に言葉を継いだ。
短い沈黙が落ち、なお混乱する現場の映像が流れる。倒壊した瓦礫とざわめく市民。その中でアナウンサーの声が重なった。
「……新薬師寺から持ち出された十二神将のうち、伐折羅大将像の所在はいまだ確認されていません──」
その「行方不明の像」は、すでに別の場所で異様な存在感を放っていた。
荘厳な照明に満ちた部屋。
壁を覆うのは古今東西の絵画や彫刻。
整然と並ぶ棚には、世界中から蒐集された芸術品の数々。
その中心に置かれているのは、安倍文殊院で荒れ狂っていた伐折羅大将だった。
アダムはその前に立ち、ゆっくりと視線を這わせる。
「神なき世界では、芸術が神となる」
誰に聞かせるでもなく、その声は部屋に反響した。
「未来の予測など脆弱なものだ。だが芸術は……人を我に返らせ、同時に我を忘れさせる。唯一無二で、決して交換できない……神なき時代の、魂の代替となるものだ」
彼の眼差しは伐折羅の面相を越え、どこか遠くを見据えていた。
「その姿、その力。その“型”を借りよう。いずれ世界は、未来という虚構ではなく、芸術という虚ろな形にこそ縛られるだろう」
口元に冷たい笑みが浮かぶ。
「……そろそろ、次の舞台の幕開けか」
伐折羅の影が壁に揺らめき、不気味な沈黙が部屋を包み込んだ。
(第10話へ続く)
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第12話 未定
……
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