零式戦隊クロスレンジャー 第5話 前夜
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バンコクでクロスレンジャーとして初任務に就いたアオイは、仲間とともに市民を視覚誘導していたセラフィム・アークを撃破する。だがアダムを前に、圧倒的な力の差と敵の周到な策略を思い知ることになる。そして、次なる戦いの地が動き出そうとしていた──
1. 静かなる前線
遠くで爆発音がした。
直後、街全体の灯りが一斉に消える。手にしていた銃の表示パネルも反応を失っていた。
(これは……EMPか……)
息を呑む間もなく、瓦礫越しに怒号と銃声が飛び交った。
ソルジャーたちの隊列は乱れ、退却を促す声があたりに響きわたる。
「敵、東のビルに展開中!遮蔽を取りながら下がるぞ!」
タクミが声を張る。
(私が、前に出る!あんたたちは、早く……!)
連続した銃声。
タクミの身体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
(……!)
一歩も、動けなかった。
「退いて!早く……!」
通りを挟んだ向こうで、ライフルを構えるカエデが叫んでいた。
そのとき、見えた。
一直線の閃光が、カエデの胸を貫く。
(そんな── わ、私のせいで……)
足が、独りでに後ろへ下がる。
体から力が抜け、視界が闇に染まっていく。
「──うわあああッ……!!」
叫び声とともに、跳ね起きた。
肩で息をしながら、薄暗い天井を見上げる。
どこか遠くで、時を告げる電子音が鳴っていた。
顔に手を当てると、冷たい汗がにじんでいた。
夢──だが、ただの夢ではない。
あの記憶は、今も──
アカネはベッドの縁に腰を下ろした。
額から流れる汗を拭い、深く息を吐く。
立ち上がり、無言のままシャワールームへ向かう。
冷たい水で全身を洗い流しても、内側に染みついた痛みは消えない。
髪をタオルで拭きながら、窓辺へと歩み寄る。
指先でカーテンをわずかに押し開くと──東の空にたなびく雲が、ゆっくりと朱に染まりつつあった。高層階から見下ろす都市の輪郭が、その光に淡く浮かび上がっていく。
名古屋中枢特区──
Post-Tokyo Initiativeのもと、行政機能と国際機関の一部がここに移転され、今では実質的な副首都と呼ばれている。
背後で通信端末が低く鳴った。
アカネはそれを手に取る。画面には「出動要請」の文字が浮かんでいた。
目を閉じ、小さく息を吸い込む。
そして、静かに着替えを済ませ、何も言わずに部屋をあとにした。
「明日より開催される名古屋N.W.C.サミット。伊勢湾新国際空港には、世界各国の政府代表、国際機関、主要企業の首脳陣など、サミット参加の代表団が続々と到着しています──」
伊勢湾ベイゾーン──三本の大河川が交わるデルタ地帯は、長年にわたる地盤強化と海洋土木技術の進化により、今では複数の重要インフラが並ぶ戦略拠点となっている。
その中心に位置する伊勢湾新国際空港──通称「ネクスレア」では、滑走路に次々と政府専用機や高高度仕様のビジネスジェット、巨大エアリフトなどが着陸していた。タラップのそばには厳重な護衛部隊が並んでいる。
「今回のサミットでは、オメガ演算を用いた未来予測技術の国際的な運用と倫理指針の再整備が主な焦点となっており──」
ターミナルビルのコンコースでは、各国語による歓迎メッセージが飛び交い、ホログラム広告がきらめいていた。
外部の専用レーンでは、各国の要人を乗せたリムジンや無人輸送車が、ひっきりなしに出入りしている。
到着ロビーの空中には、いくつもの大型ホログラムパネルが浮かんでいた。そのひとつでは、淡く発光する肌と整った顔立ちを備えた女性型アバターが、滑らかな口調で朝のニュースを読み上げている。
「会場となる名古屋中枢特区では、ニュー・ミライ・タワーを中核とした高度な予測防衛網が展開され、都市空間におけるリスク評価と対応措置がリアルタイムで行われています。G.O.Aは『現在、重大な予測逸脱は検出されておらず、あらゆる不測事態への対応準備も整っている』との声明を発表しました──」
同時刻──空港から北東へ約20km、名古屋中枢特区のミッドライズビル群のひとつ、その屋上で、神崎アカネは任務に就いていた。
吹きつける風の中、スコープ付きの双眼鏡を構えたアカネの視線は、都市の中心を貫く高層構造物──ニュー・ミライ・タワーを捉えている。
「変化なし。熱源反応、通常レベル。観測ユニット、正常稼働。上空も異常なし……か」
アカネが低くつぶやくと、隣に立つ灰色の戦闘服の男──レオン・片桐が、無言で頷いた。
「まるで街が息をひそめてるようだ。ま、あれが睨みをきかせてる限りは当然か……」
レオンの顎が、遠くの塔を指す。
名古屋中枢特区の中心にそびえる、高さ450mのニュー・ミライ・タワー。その外周には多層リング型のアンテナが設置され、周期的に青白い光を脈打たせている。
「……この特区での予測演算は、すべてあのタワーを中継してG.O.Aの中枢と連携してる。市民の移動、気象の変化、電力消費から警備ドローンの巡回ルートまで──すべてがミリ秒単位で処理されてる」
「見張られてるって言い方もできるがな。何か起きれば“先に察知される”ってだけだ。……実際に止められるのなら、俺たちの出番はとっくに終わってる」
「察知できるのなら、止められる。命だって──」
不意に、あの日の記憶がよぎる。
アカネは言葉を飲み込んだ。
「演算が止めるのは、“あり得る未来”だけだ」
レオンがそう言うと、タワーから視線を外し、市街の観察に戻った。
アカネ自身も、この“予測される都市”に守られている実感は薄い。
ただ、何かが狂ったときのために、自分たちがいる──それだけだった。
しばらく沈黙が続く。
アカネが口を開いた。
「……気になる」
「?」
「気のせいかもしれないけど……タワーのリング、いつもより周期が少しズレてる気がして。演算負荷が偏ってるのかも」
レオンはしばし黙っていたが、やがて苦笑を浮かべる。
「さすがだな。あれを“見慣れてる”のは、おまえくらいのもんだ」
「見慣れてはいない。ただ……いつも、何かが始まるときはやけに静かすぎる。今日みたいに」
「どうする神崎?今回の現場は、おまえが指揮官だ。従うさ。ただ、戦闘は俺のやり方でやらせてもらうがな」
そう言い終えると、レオンはスコープを再び構え直した。
その言葉に、アカネは何も返さなかったが、ほんのわずかに口元を引き締める。
微かに揺れる空気の中で、ニュー・ミライ・タワーは何事もなかったかのように、ただ静かに輝いている。
それでもアカネは、どこか、胸の奥でうずくような感覚を拭えなかった。
名古屋中枢特区、スカイアトリウム──N.W.C.サミット前夜レセプションの会場である第1ホール「鯱の間」。
煌びやかな照明が、ガラスと金属で構成された天井を反射し、白いカーペットの上に多重の光のレイヤーを投げかけていた。
会場入口では、各国代表団が一人ずつ生体認証ゲートを通過していく。
ARセンサーが脈拍、瞳孔反応、皮膚電位を一瞬で読み取り、本人認証と健康状態を同時に解析する。
かすかに流れる音楽の下、スーツや民族衣装に身を包んだ要人たちは、鋭い視線と穏やかな微笑を交互に使い分けながら、次々とホールへと吸い込まれていった。
国際オメガ戦略機関・G.O.Aの代表団も姿を現す。
統合首席のシュナイダーを先頭に、実働総司令のアレックス・藤堂、そして特区警備の責任者であり、零式戦隊の実質的な戦隊長である速水猛が続く。
「藤堂さん、よろしいので?私のような現場の軍人がこのような場所に……」
速水が小声でささやく。
「今のうちから慣れておくことだ。おまえもいずれサミットの中核になってもらわんとな」
「しかし、私は──」
速水がそう返した瞬間、藤堂はもういなかった。
馴染みのある政治家のところへ、さっさと挨拶に行ってしまった。
「……まあ、今夜は藤堂くんの立ち居振る舞いを、よーく見ておくんだな」
シュナイダーが速水を気遣う。
「藤堂さんの……?」
「ああ。ああやって、各国首脳の懐にスッと入り込む。父親譲りだな」
「ご存じなので……?」
「いい政治家だったよ。親父さんのおかげで、私もこの立場にいるわけだ。ま、今年で任期満了だがな」
G.O.Aを“準世界政府”のように押し上げたのは、藤堂の父親に依るところが大きかったことは、速水も知っていた。
統括首席を5年任期制とし、実質的に戦隊を動かす総司令に息子を充てたのも、藤堂の父親が考えたことだった。
「もちろん藤堂くんは優秀な男だ。名門・藤堂家の血が、この世界に必要だということだ」
それを聞かされ、速水はますます自分が場違いなところにいる気がした。
開会時刻を告げる鐘がARホログラムで可視化され、空間中央に巨大な光のオーブが浮かび上がる。オーブ内部には「Omega Future Vision 2100」の文字が浮かび、そこから虹彩状に走るラインが空間全体に投影された。
ホール内の壁面には、未来都市の風景を描いたAR映像が広がっている。オメガ予測が統治するスマートシティの理想──無人輸送、事故ゼロの交通、瞬時の災害回避、そして“戦争のない社会”と銘打たれたホログラフィーが、まるで現実かのように空間を包んでいた。
「それでは、開会のご挨拶を──」
というアナウンスとともに、藤堂が前方のステージに進み出る。
「ご来賓の皆さま、本日はようこそお越しくださいました。明日から始まる、新世界連合サミットでの議論が、人類が共有する未来に向けた意義あるものになるよう、皆様とともに歩んでいく覚悟であります──」
藤堂は穏やかな口調で語る。
「オメガ理論が導く平和の確立。その実現のためには、予測を信じるだけでなく、選択と倫理が伴わねばなりません。国際的調和を確保するためのガイドライン合意!これこそ、それを具現化するものではないでしょうか──」
藤堂のスピーチに熱が帯びてきた。
司会が時計を気にしている。
シュナイダーが速水にそっとささやく。
「……少しスピーチが長いのも、父親譲りだ」
「フフッ、そうなんですね」
藤堂の人となりをよく知る要人たちは、温かく見守っている。
しかし、G.O.Aと距離をとる国々の参加者は、冷ややかな眼差しを向けている。
「──そう、我々は予測される未来に生きるのではなく、選び取る未来を目指すべきなのです!」
ようやくスピーチが終わり、会場に拍手が鳴り響いた。
藤堂が速水のもとへ戻ってくる。
「どうだった?俺のスピーチ」
「え、ええ……まあ」
立食形式の歓談が始まった。各国の代表団がゆるやかにホールを巡り、軽い挨拶を交わしていく。そんな中、一人の中年男性が藤堂のもとに近づいた。
「アレックス・藤堂閣下」
黒い礼服に、銀の刺繍。タイ王国──外交の場では「タイ調和連邦」とも呼ばれる国家の安全保障担当相パヌワットが、微笑を浮かべながら頭を下げる。
「先日の件では、我が国市民の多くが命を拾いました。改めて、感謝を申し上げます」
「恐縮です。都市中枢への干渉は、未然に防がねばならない。我々としても、貴国のご協力に感謝しています」
藤堂が応じると、パヌワットは一瞬だけ視線を速水に移し、また藤堂に戻す。
「我が運輸大臣からも、G.O.Aへの謝意を表するようにと。特にMRTの現場対応には、深く感銘を受けたようです」
「ありがとうございます。バンコクでのインシデントは、我々としても多くを学ばされました」
藤堂は慎重な語調で応じる。
「では……また、のちほど」
パヌワットは再び一礼し、群衆の中へと姿を消す。
「内政ではいまだ“王国”を名乗りながら、国際舞台では“調和連邦”として振る舞う……慎重に付き合わねばならん国だ」
藤堂がグラスを傾けながら低くつぶやいた。
「バンコクの一件では、Ω-FLAMEと、あの国が独自運用している予測AIとの演算結果が、ほぼ一致していたとか……」
「ああ。しかし運用思想に我々とは大きな隔たりがある。やはり自治国家の予測インフラ統合ガイドラインは、このサミットでなんとか通さねばならん──」
──そのとき、会場中央のホログラムが変化し、AI音声が流れる。
《招待者ID、ORDM_0001──認証完了。オルドモンド・グループ代表、ラウル・レイモン様、ご到着です》
会場の空気がわずかに揺れ、ざわつきとともに、視線が会場入り口に集まる。
藤堂が扉を鋭く見据えた。
「──そのためには、オルドモンドの動きを抑えねばな……」
2. 蠢く意思
地下へのアクセスエレベーターは、スカイアトリウムのスタッフ専用口からさらに奥へ進んだところにあった。
厳重なセキュリティゲートをくぐり、虹彩と声紋認証を経て到達した先は、金属扉がずらりと並ぶ、無機質なフロアだった。
その一角にある一室──Node-77の扉を開ける。
「遅いッ!」
アカネの声が飛ぶ。
「ゴメーン!わかりにくいって、ここ!」
短くまとめたポニーテールに眼鏡姿──後方支援を担うキム・セヨンが、悪びれた様子もなく入ってきた。
コンクリート打ちっぱなしの壁と、青白い照明。装飾らしきものは一切ない。半円形に配置された座席の中央には、立体マップと通信リンクを備えたホログラム卓。
Node-77──サミット警備の間だけ、零式戦隊の臨時オペレーションルームになっている。
すでにアカネとレオンは席につき、警備データに目を通している。
「さ、始めましょっか!」
「……おまえが言うな」
セヨンとアカネのやりとりには目もくれず、レオンは無言のままホログラムを操作し、近辺の警戒区域を映し出した。
「──朝の監視では、目立った異常はなかった。タワー周辺の動線も、封鎖ライン内はほぼ予定どおり」
アカネが壁面のホログラムに視線を向け、口を開いた。
「んー、アカネの顔は、そうは言ってないみたいだけど?」
すかさずセヨンが返す。
「……予感みたいなものだ。根拠はない」
「ふーん。じゃ、私のほうから補足していい?」
アカネが無言でうなずくと、セヨンはタブレットを取り出し、卓上ホログラムに接続した。ホログラムに、タワーを中心とした区域の人流データと気象パターンが、鮮やかな光の線となって浮かび上がる。
「ここ、8時20分と11時15分、どっちのピークでも、タワー前の動線に微妙な“逆流”が出てたの。普通は南から北に流れる時間帯なのに、今日は北西からの逆行が妙に多い。しかもこのゾーンだけ、熱応答センサーの反応が平均より0.18秒ほど遅れてた」
「……それが何を意味する?」レオンが低く尋ねた。
「たぶん、だけど──外気とのサーモ差を避けるように、個々の行動パターンをズラされてる。クラウド経由で“共鳴式ルーチン”か、もしくは身体アルゴリズム側からリズムをずらすような何かが入ってる可能性」
「よくわからんが……バンコクのときのような、ヴェスパーによる視覚誘導の可能性は?」
「ううん、明確な“操作”は見当たらない。少なくとも既知のスペクトル帯では何も引っかからなかったし。エッジノードも全域異常なし。でもね、行動パターンに揺らぎがあるのよ。しかも“予測誤差のバッファ内”にキレイに収まる範囲で。まるで、AIの検出をギリギリ回避してるみたいな──そんな印象」
「つまり、現状では異常はないが、“異常のないこと自体が妙だ”というわけか」
「そう。なにか仕掛けてるなら、うまい隠し方してるよ。ま、思い過ごしかもしれないけどね」
そう言いながら、セヨンはタブレットを閉じた。
「いずれにしろ今も、周辺には第6警備分隊が展開中。人流と熱源パターンは逐次アップされてる。引き続き監視継続……か」
アカネが軽くため息をつく。
「あーあ。長官や速水さんのとこに行って、何か美味しいものもらいたいよねー」
セヨンが天井を見上げた──
──Node-77のはるか上層。スカイアトリウム「鯱の間」では、場の視線が一点に集まっていた。
中央扉が静かに開き、そこから現れたのは──
オールバックに撫でつけた黒髪、口髭をたくわえた精悍な顔つきのラウル・レイモン。世界最大級のコングロマリット、オルドモンド・グループの総帥である。
「ラウル自ら来るとは……」
シュナイダーが目を見張る。
黒地に深紅の模様をあしらったスカーフを巻き、漆黒の礼装スーツをまとったラウルは、数人の側近と護衛を従えて、うっすらとした笑みを浮かべながら、ホール内をゆっくりと進んでいく。
速水の視線が、ラウルの後ろに続く人物に移る。
随行の中に、無言で歩くスキンヘッドの男──銀縁のゴーグルをかけた長身の技術者がいた。
「後ろにいるのは……」と、速水が藤堂に尋ねる。
「ああ。ギュスターヴ・ケイン。オルドモンドのCTOで開発技術部門──NewPhase Laboratoryのトップだ」
「なぜ技術責任者がサミットに?」
「予測AIの軍事・治安用途に関する規制──やつらが本当に牽制したいのは、そこだ」
AR演出が再び会場内を包み、前方のステージにスポットがあたる。
来賓を代表してスピーチに立つのは、中華連邦(Sino-Federalist Union)──副主席の蒋連である。
旧人民共和国からの一党制を維持しつつ、AIによる完全な社会管理体制に移行している中華連邦は、オメガ理論の完全実装モデル国家ともいえる。
「──我々は、未来を信じております。しかしそれは、“希望”や“感情”による未来ではない。科学と秩序、そして予測理論の統御によってもたらされるべき未来です」
蒋連の低く通る声が、鯱の間に響く。
「真の意味での秩序とは、淘汰されない未来を築くこと。そしてそこに立てるのは、選ばれし者のみ──我々中華連邦は、そう信じて疑いません」
速水が、わずかに眉をひそめる。
「……暴論だ」
「いや、挑発だ」
藤堂が低くつぶやく。
「“淘汰されない未来”──聞こえはいいが、実際にはオメガ理論によって選ばれなかった者は排除されるということだ。そしてそれを“秩序”と称するあたり、彼らの価値観がよく出ている」
「価値観……?」
「中華連邦は、オルドモンドと手を組み、予測による完全統御モデルを構築しつつある。科学技術でも制度でも、“未来を支配する構造”を確立しようとしている」
そう言いながら藤堂は、悠然とグラスを傾けるラウルに視線を送った。
ステージが静かに暗転し、ホール全体に靄のようなレーザーベールが降り注ぐ。
天井のフレームラインから、和楽器の旋律が静かに降りてきた──琵琶、琴、尺八。
やがて、粒子のような電子音がその隙間を埋めていく。融合する異文化、交錯する未来像。
ホログラムの舞台には、各国の伝統衣装を再構成したアバターが踊る。
アラビアのベール装束、バルカンの古典衣装、南アジアの舞踊フォルム、北欧の雪と光をモチーフにした粒子演出。
それぞれの文化を象徴する意匠が、音と光に溶け合い、やがてひとつの螺旋へと収束していく──その最中、ホール側面の重厚な扉が静かに開いた。
オルドモンドと中華連邦の代表団が、周囲の視線をすり抜けるようにして別室へと向かっていく。
すれ違いざま、ラウルは立ち止まり、グラス片手に藤堂の方へ視線を向けた。
「すばらしい音楽と演出ですな。感情の琴線を揺さぶることにかけては、実に長けてらっしゃる」
皮肉めいたその言葉に、藤堂は無言で視線を返す。ラウルは構わず踵を返し、蒋連とともに非公開の対話室へと消えていった。
それに呼応するように、他の代表団もゆるやかに動き出す。グラスを手に廊下へと向かう者、ホログラム越しに何かを打ち合わせる者、控え室の扉を静かに開けて消えていく者たち──華やかな舞台の裏側で、各陣営が静かに駒を進めていた。
「ここは……戦場ですね」
速水のつぶやきに、藤堂が口元をわずかに緩める。
「フフッ、その感覚があれば、十分だ」
──深夜0時過ぎ。
名古屋中枢特区、セントラルパーク沿い。
高級ブティックのショーウィンドウが、鈍い音とともに砕け散った。
日中の喧騒はとうに去り、街を囲むビル群の上空には、サミット参加国の国旗が静かに翻っている──はずだった。
「偽りの未来を拒絶せよ!」
「オメガ理論を打ち砕け!」
「AIによる支配を許すな!」
黒い旗が翻る。顔を覆面で隠した群衆が、怒号を上げながら膨れ上がっていく。
数百人規模のデモ隊は、スカイアトリウムに隣接する大名古屋国際会議場を目指し、次第にその熱量を暴力へと変えていった。
街の騒乱が広がる中、指令センターからの通信が一斉に開かれた。
「現地第1部隊、セントラルパーク東側にてバリケード設置中。デモ集団、100名以上──交渉不能、鎮圧フェーズへの移行を要請!」
「第3チームは広小路口で足止め中。火炎瓶確認、装甲車一台炎上……繰り返す、装甲車一台炎上!」
暗がりの廊下を、アカネは足早に駆け抜けていた。
黒のタクティカルジャケットの上に簡易装甲を装着。インカム越しに複数の部隊へ的確な指示を飛ばしていく。
「第2チーム、迂回して時計塔前に布陣を。第4チームは広小路の封鎖を優先──絶対にスカイアトリウムへ近づけるな!」
手元の端末には、刻一刻と変化する地図とノイズ混じりのデータが表示されていた。
明らかに予測網に乱れが生じている。昼間には兆候すらなかった暴徒化が、どうしてここまで急激に拡大したのか──
(……嫌な予感は当たる。やはり……ヴェスパー!)
アカネは地下駐車場の高機動バイクに飛び乗る。
タービンが唸りを上げ、バイクが低く地を蹴った。
AI制御の都市交通ネットをかいくぐるように、警備専用ラインを駆け抜けていく。
その数十階上──スカイアトリウムの屋外テラス。
夜の風が吹き抜ける静かな空間で、速水はひとり眼下の騒乱を見下ろしていた。遠く、セントラルパークの方向には火の手が上がり、赤と青の警告灯が踊っている。
「……やはり、仕掛けてきたか。連中の狙いがここだという保証もない」
スーツの襟元を少し緩めて、速水はつぶやいた。
「陽動か、それとも──頼むぞ、神崎」
──セントラルパーク南口、混乱の中心地。
赤い照明弾が夜空を裂き、デモの列に緊張が走る。すでにレオンが率いるG.O.A機動部隊が道路を封鎖し、騒乱の火種と対峙していた。
そこへ、アカネがバイクをスライドさせるように停め、周囲を鋭く見渡す。
ゴーグルに通信が入る。
《神崎隊長、現場確認を!》
「……了解。映像送って」
ゴーグル内に投影されたリアルタイム映像には、黒い旗を掲げた群衆の姿。顔を覆った若者たち──だがその中には、セラフィム特有の装備は見当たらない。
「ヴェスパーにしては、装備が軽すぎる……」
《いや、やつらはヴェスパー信者だ》
レオンの声が通信に割り込む。
《おそらく国内の原理主義派を動員した。これだけの数──本隊が背後に控えているはずだ》
その言葉を裏付けるように、群衆の一角がざわめいた。数名の男たちがコートの内側から銃器を引き抜く。
次の瞬間、銃口が火を噴いた。一斉射撃。
しかし、G.O.A部隊は即座にナノメタル粒子のシールドを展開。閃光と衝撃が散り、パーク内に火花と怒声が飛び交った。
「全隊、防御に徹せよ!クロスレンジャー突入する!」
アカネとレオンは群衆へと駆け込みながら、クロスホルスターを展開。
《ID CODE: ZERO-SCARLET》
《CROSS HOLSTER READY》
《NEURAL LINK… SYNCHRONIZED》
《SUIT INITIATION: STANDBY》
眼前にホログラムが浮かぶ。
「──クロス・オン!」
赤く輝く粒子とともに、クロススーツとクロスバイザーが身体を包み込む。
神崎アカネ── “零-Scarlet”
レオン・片桐── “零-Crimson”
変身を終えた2人は、次々に銃を叩き落とし、信者たちを制圧していく。
「敵指揮系統を視認。1時方向だ」
レオンの視線の先──暴徒の背後を統率する二人の男女。マスクをつけた若い男、ローブをまとった細身の女。
「気づいてるな、スカーレット。頭を潰せば止まる──やれ」
レオンの通信が、冷たく脳裏に響いた。
スカーレットはゼロ・ブラスターを引き抜き、迷いなく構えた。
だが、銃口が彼らを捉えた瞬間、何かが疼いた。
(……タクミ……カエデ……?)
──おまえの目になるって言っただろ?アカネ……
──あなたの腕になって支えるからさ。安心して、アカネ……
なぜ、今……?
亡き戦友たちの声が、記憶の底から浮かび上がる。
震える指先。揺らぐ視界。
スカーレットは──アカネは……
ゼロブラスターを構えたまま、動けなかった。
(第6話へ続く)
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