見出し画像

零式戦隊クロスレンジャー 第2話 出撃

Previously
ヴェスパー本拠地の地下大聖堂で行われた“血のフィエスタ”。そこに突入したG.O.Aの精鋭部隊・零式戦隊クロスレンジャーだったが、突如現れた謎の巨大機兵により壊滅的な打撃を受ける。物語は、その一年前に遡る──



1. 任務


──“血のフィエスタ”のあの悪夢から、時を遡ること一年。


ジャカルタ湾近郊の海上に築かれた浮上型都市ノア・ハブ──
G.O.A(Global Omega Agency=国際オメガ戦略機関)の本部が構えるその都市の中枢、東南アジア統括域に所属する鳴海なるみあおいは、正式に“零式ぜろしき戦隊クロスレンジャー”への配属を受けたばかりだった。

静まり返った廊下に、二人分の足音が小さく響く。

アオイは無言のまま、隣を歩く瀬戸恭一きょういちの横顔をちらと見やる。
G.O.Aソルジャー部隊にいた頃とは、空気の密度さえ違って感じる。零式戦隊に選ばれたというのに、自分がここにいる実感は、まだどこか遠い。

「……本当に長官のところに呼び出しなんですね」

「呼び出しじゃない。正式な任務命令の提示だ。そう気負うな」

恭一の声は、いつもと変わらぬ柔らかさだった。
アオイにとって、彼は最初の上官であり、最も信頼できる仲間でもある。
その飄々とした言葉に、アオイは肩の力を少しだけ抜いた。

二人が向かうのは、中央戦略局棟の最上階──G.O.A本部司令室。
自動ドアが静かに開き、重厚な執務室が姿を現す。

「失礼します」

「……ああ、ご苦労。我らが期待の星、零式戦隊の参上だな」
G.O.A本部長官、アレックス・藤堂がニヤリと笑みを浮かべて出迎えた。

G.O.Aの実質的トップにして、実働部門の総司令でもある男。
オメガ理論に基づく未来予測システムの運用判断も、最終的には彼が担っている。
穏やかな物腰の奥に、数々の危機を切り抜けてきた指揮官としての威圧が潜んでいた。

「さっそくだが、これを見てくれ」

ホログラフィック・テーブルが起動し、立体化されたグラフと数列が天井まで伸びていく。
映し出されたのは、G.O.Aの未来予測システム「Ωオメガ-FRAMEフレーム」と、タイ王国が独自運用する予測AI「SATTAMサッタム」の相関解析だった。

「両者のモデルが、異常なまでに一致している。ここだ」

藤堂が指で数値の一部を拡大する。

・市内の主要交通インフラにおける同時多発的機能障害(発生確率:78.6%)
・MRT東部路線の信号制御ネットワークへの高負荷(発生確率:72.2%)
・降雨による局地的な冠水リスク(タイムウィンドウ:24〜36時間)
・特定地点での群集行動に微弱な異常値(詳細因子は不明)

「とくに気がかりなのが、交通系だ。信号系統や誘導制御に明確な負荷予測が出ている。つまり──何かが起きる。それも、かなり近いうちに、な」

藤堂は一拍置いてから、恭一に視線を向けた。

「……ヴェスパーが動く可能性も否定できません。まだ決定的な兆候は掴めていませんが、予測が出たタイミングと妙に符合しています」

「シミュレーションは──ばっちりなんだろうな?」

その問いに、アオイが少し口ごもった隙を突くように、恭一が静かに応じた。
「零式対応のPhase4.1モデル。実戦シミュレーションはすべてオールグリーンです。エラーなし、同期遅延ゼロ。戦略AIもクロス適性を推薦済みです」

「ハッハッハ……それでこそだ。現場は、予測より速く動く。慎重に、だが確実にな」

アオイは咄嗟に敬礼しようとして、途中で動きを止めた。
藤堂はそれを見て、少しだけ目を細める。

「……やつらは、こちらの未来予測をどう欺くかを常に考えている。我々の“先手”が、“罠”である可能性も、忘れるなよ」

藤堂は端末を操作し、別のデータ画面を表示する。

「すでにジェイドとオリーブを先遣隊としてバンコクに送ってある。君たちも現地で合流し、状況を確認しろ」

そして、あらためてアオイに視線を向ける。

「おまえの目で、確かめてこい」



バンコク中心部──かつて“スクンビット通り”と呼ばれたこの一帯は、2070年代の今、「ネオ・プロム・シティ」と名を変え、東南アジア屈指の繁華街として君臨していた。

高層ビル群と巨大モールに囲まれた駅前広場。
G.O.A東南アジア支部直属、零式戦隊の一員である桐生きりゅうレイとサヤ・ローランは、灼熱の雑踏の中にまぎれていた。

「……ここ、ほんと派手ですね。いつ来ても。アタシ、ちょっと場違いな気がしてきました」

白銀のピクシーカットに赤みの強いサングラス。ノースリーブのタクティカルジャケットにブーツという装いで歩くサヤが、首元を仰ぎながらつぶやく。

「いや、おまえも相当目立ってるがな……」

隣で返すのは、長身痩躯のレイ。軍服を思わせる黒のロングジャケットに、指ぬきグローブを嵌めた右手がちらつく。その立ち姿には無駄がなく、都会の喧騒の中にあって、逆に静けさを際立たせていた。

「……それにしても、やはり変だ。ここの通行動線、他の駅とは明らかに傾向が違う」

「──あれ、ですよね。あのモニター」

サヤが顎をしゃくって指した先には、駅前モールの正面──複数の巨大ホログラムモニターが並んでいた。表向きはどれも日常的なコンテンツだ。


《期間限定!スマッシュバーガーがダブルパティでボリュームアップ!!》

「……う、うぅ……ひっく……ぐすっ」
中年の男が、肩を震わせながらしゃくり上げている。


《本日オープン、南部ビーチリゾート──家族連れで賑わっています》

幼い子を連れた女性が、突然その場に膝をつき、額を地面につけて祈り始めた。


「ちょ……な、なんで?どんな感情?」

二人が追っていたのは、モニターの前にふらりと現れた数人の市民。
彼らはそれぞれ、なぜかモール前や駅広場の特定の地点に引き寄せられ、映像を見上げては感情を爆発させていた。
涙、祈り、恍惚、錯乱。中には笑いながら踊り出す者すらいる。

「そうだな……こうやって見てると笑っちまうが、これは──どう見ても異常だ」
レイが低くつぶやく。

「Ω-FRAMEの予測通りですね。局地的な“群集行動の異常傾向”、この駅前が、発生確率トップってやつでしたよね」

「ああ。ネオ・プロムは特に警戒指定が強かった。俺たちがこの場所を担当したのは、それが理由だ。他の監視班も別の駅に張ってるが、ここが本命……ってことになるな」

二人は通信端末に映像と通行ログを記録しながら、涙を流していた中年男や、土下座していた母子を遠巻きに追跡する。
解析ログには、共通の映像表示タイミングが複数回確認されていた。

「……この挙動、記録しておくぞ。何かが始まってるかもしれん」

雲が厚みを増していた。
湿った風が、街のざわめきを撫でていく。



バンコク中心部を走るMRTの車内。
混み合った車両の一角、ドア付近に立つアオイは、軽く手すりにもたれながら、車内の様子をさりげなく見渡していた。

零式戦隊としての初任務──まずはMRTに乗って車両内の違和感察知、異常な群衆行動の兆候確認、そして先遣隊との合流。

(……地味だな。ま、こんなもんか……)

任務という言葉にまだ馴染みきらない一方で、結果を残して認められたいという気持ちが、胸の奥で静かにくすぶっていた。

「……ああ……うん、そう……そうなんだよな……」

(へ……?)

ふいに聞こえた男の声に、アオイは顔を上げる。
目の前に立つ老年のサラリーマン風の男。
よれたスーツ、くたびれた革靴、腕にぶら下がる古びた傘。そして頬には、涙の筋が。

その視線の先──
ドア上部に設置されたホログラム広告には、子ども向けアニメの予告が映し出されていた。

《まもなく放送開始!新番組『キラキラまほう団☆プリズムセブン』!!》

「あ……ああ……わかるよ……ぐすっ……」

(えっ、何が……?や、ヤバい人かな……)

車内を見渡すと、他の乗客はスマートホロ端末に目を落とし、誰も彼に気を留めていない。

「そ、そうだ!!アハ、ハ……アハハハッ!」

突然、男が笑い出した。
だらしなく腕にかけていた傘がカタンと転がる。

「あ、あのう……」
アオイが傘を拾おうとした、その瞬間──

「貴様ッ!!!」

男の顔が引きつり、怒声とともにアオイへ飛びかかってきた。

「なっ……!?」

反射的にその腕を取って体をひねるアオイ。
車内はざわめき、乗客たちが驚いて振り返る。

そのとき──
車両の後方、黒縁スクエア眼鏡に黒いスーツとネクタイを身につけた男が、無表情のまま、手にした細身の黒傘の先端を「コン」と床に突いた。

次の瞬間──

車内の数人が顔を上げ、一斉にアオイへとじりじりと歩を進めてくる。

「な、何だよ……!?」

統制された動き。明らかに“意思”が介在している。
避けながらかわすアオイ。攻撃はできない。相手は市民だ──!

《Now arriving at Neo-Prom City Station. Please mind the platform gap and……》

アナウンスと同時に列車が停止。
ドアが開くや否や、アオイは車外へ飛び出す。ホームは混雑していた。

──黒スーツの男も、ゆっくりとその後に続く。
そしてまた、傘の先端を「コンッ」と静かに突いた。

次の瞬間、ホームにいた複数の市民までもがアオイに向けて動き出す。

「マジかよ……っ!」

追われながら、アオイは押し倒された少年を支え、背後の人波から距離を取った。
その中に、明らかに“異形”の動きを見せる者がいる──

「あれは……ヴェスパーの……啓示の兵士セラフィムか……!」

アオイは一度息を吐き、左手首のホルスターに手をかけた。

「クロス・オン──」

青い粒子が舞い上がる。
その身体を光が包み、クロススーツが装着される。

鳴海蒼── “ゼロ-Azureアズール

襲いかかる民衆を傷つけぬようにいなしながら、アズールは静かに反撃に転じた。

混乱のネオ・プロム・シティ駅。
その柱の陰で、黒スーツの男が様子を眺めていた。

「……ほう、クロスレンジャーだったとはな」

男は、薄く口角を上げる。

──雨が、静かに降り出していた。



「……降ってきたな」

「そろそろじゃないですか? 新入りくんと落ち合うの...…って、なんか駅のほう……騒がしくないですか?」

「……ああ。行くぞ、サヤ」

ネオ・プロム・シティの商業施設前──
データ回収と民衆行動の観察任務にあたっていたレイとサヤは、不穏な気配を察知し、足早に駅構内へと向かった。

その視界に飛び込んできたのは、青いクロススーツをまとい、光の軌跡を残しながら民衆の間をかいくぐる戦士の姿だった。

「……ったく。なにやってんだ、あいつ。こんなとこで変身しやがって……」

そう吐き捨てるや否や、レイは腰の装備から超小型スモーク弾を取り出す。
サヤと一瞬だけ視線を交わし──

「火事よーーーっ!!」

スモークが弾け、白煙が駅構内に広がる。
非常ベルが鳴り響き、火災報知システムも一部ハックによって作動。騒然となった乗客たちが、あわただしく構外へと流れ出す。


バンコク沖・洋上母艦「ノア・ヴァリアント」ブリッジ── 

「……予測以上に早いな。やはり仕掛けてきたか」

恭一は管制卓の前で、ホログラムに映し出された複数のデータに目を走らせていた。
脳波パターンの不自然な同期、外部刺激と一致しない感情変動。そしてその中心にあるのは──ネオ・プロム・シティ駅周辺の広告ホログラムの集中再生。

「……ARじゃない。視覚刺激と連動した……低周波、いや、神経共振信号か……?」

すぐさま都市広告サーバー群のバックドアにアクセスし、緊急切断コードを実行。
すべての駅構内ホログラムに対し、停止信号を一斉インジェクトする。

恭一は予測ロジックを展開しながら、バックドア用意済みの都市広告サーバー群に対し侵入コードを実行。
すべての駅構内広告ホログラムを強制シャットダウンにかける。

「切断信号、注入──」

その瞬間、駅全体のモニターが一斉にブラックアウト。


「うっ……!?」
「……あれ、俺……なんでここに……?」
「頭が、ぐらぐらする……」

民衆の中で暴徒と化していた者たちが、次々に動きを止め、呆然とあたりを見回す。
その場に崩れ落ちる者、我に返る者。アズールに襲いかかっていた者たちは、次第にその場から離れていった。

「……え?どういうこと……?」
クロススーツを纏ったまま、アズール=アオイは立ち尽くしていた。
そして──いつの間にか、ヴェスパーのセラフィムの姿すら消えていた。

反対側ホームに停車していた列車の車内。黒スーツの男が、その様子を無表情に見つめている。

「ふ……ん。なかなか早い対応だな。楽しみが増えるな……」

雨傘の先端をコン、と床に軽く打ちつけると、男はそのまま車両の奥へと姿を消していった。


変身を解いたアオイのもとへ、長身痩躯の青年と白銀ピクシーカットの女性が歩み寄ってくる。

「よーぉ、新入り。……クロススーツ、いつ解除した?」

「え?」

「おまえみたいなガキが一度変身したら、解除コマンド忘れるんじゃないかと思ってな」

言い返そうと口を開きかけたアオイだったが、言葉が出てこなかった。
隣でサヤが苦笑しながら肩をすくめる。

「まあまあ。ご無事でなにより、ってことで」

レイはじっとアオイを見据え、静かに言葉を続けた。

「……覚えておけ。任務中の変身は、最終判断だ。状況がどうであれ、“自分だけ正しい”と思った瞬間から、現場は崩れる」

その言葉を残して、レイは背を向ける。
一拍置いて、ぽつりとつぶやいた。

「まあ、死人が出なかっただけよしとするか」

アオイは目を伏せ、小さくうなずく。
サヤがその背中を軽く叩き、にっこりとウィンクした。

「──新人くん。ようこそ、零式戦隊へ」


2. 導火線


漆黒の無音。空間に始まりも終わりもない。

ふいに視界が波紋のように揺らぎ、“接続”の気配が走った。
次の瞬間、重力も上下も意味をなさない球体空間に、四つのホログラムがゆっくりと浮かび上がる。

足元には、仄かに光をたたえる床。
視点の定まらぬその空間の中央に、光の像が一体ずつ、にじむように姿をあらわした。

黒スーツとネクタイの男が、黒縁スクエア型のメガネを外しながら最初に口を開く。

「我が至高の預言者アークプロフェット、アブラクサス。すべては順調です。ホログラム広告の切断には早期干渉が入りましたが──これも想定の範囲内」

軍服姿の長髪の女が、冷ややかな声音で言葉を差し込む。

「アダム、随分と酔狂な格好だな。おまえは道化がよく似合う」

「民の中にいるときは、民に倣うのが礼儀というものだよ」

マグダラは鼻を鳴らし、視線をそらした。

浅くフードをかぶった片眼鏡の男が、薄く反応を示す。表情は見えないが、視線だけがアダムへ向けられている。

「我がアークプロフェット。今回はシグマ博士の技術あってこその成果です。感応同期と視覚誘導の組み合わせ……効果は、なかなか見事でした。礼を言う、シグマ博士」

シグマが、低く応じる。

「誤作動すら組み込んである。目覚めた者を想定することは、操作より難しい……だが面白い」

そのとき、空間の中心──黒いマントに黄金の仮面をまとった像がわずかにうねり、空間全体に響き渡るような層のある声を放つ。

「第一段階は終わる。“交差点”には兆しが現れた。だが、それは陽炎に過ぎん」

アブラクサス──ヴェスパーの創設者にして教祖、絶対的な存在。
その声は仮想空間の深層へと染み込むように響いた。

「“交差点”……?」

マグダラが眉をひそめる。

「今は、まだ構いません。群衆の反応、信号伝達ともに良好。“焦点”も機能しています。ですが──」

アダムの声がわずかに低くなる。

「……問題は、予測です」

「予測?」

「ああ。人が、未来を“信じている”限り、この行為はただの騒動に終わる。真に効果をもたらすは、“信じるに値しない未来”を提示する必要があるということだ」

「だから“水”か」

片眼鏡の奥を光らせて、シグマがぽつりとつぶやく。

アダムはそれに答えない。ただ、虚空の一点を見つめたまま、口元だけをわずかに吊り上げる。

「……バンコクは、あくまで前哨。世界の“皮膚”に傷をつけるのは、これからです」

アブラクサスの像が波紋のように揺れ、最後に低く告げた。

「信仰は水に宿る。民は流れに従う。ならば、導くは我ら──」

像は一閃の光とともに消滅する。

残された三人も、順に光を失い、やがて空間には音も気配も残らなくなった。

そこでは、ただ静かな闇が巡っていた。



「ちっ、やっぱりヴェスパーの仕業か……」

レイが吐き捨てるように言う。拳を軽くテーブルに叩きつけながら、周囲の情報を睨みつけた。

「でも、あいつらセラフィムの動き、粗かったんでしょ。どう、新人くん?」

「……アオイです。確かに、緩慢ではありました。操られていた市民を盾に攻撃してきてるって感じでしたけど」

「問題はやつらの狙いだ。視覚経由の神経誘導か……」

恭一は腕を組んだまま、映像を止め、あるフレームで拡大する。

洋上母艦ノア・ヴァリアントの作戦制御室──
中央のタクティカルテーブルを囲む4人の眼前には、ホログラム広告の改竄ログと、視覚認知をかく乱するパターン波形の記録が並んでいる。

「……ARそのものが直接の要因じゃないようだ。あれは、視覚刺激と連動した神経共振信号の可能性が高い。脳波同期と合わせて、市民の“選択肢”ごと封じ込めている」

「それ、洗脳ってことですか?」
アオイがぽつりと漏らす。どこか現実感のない声音だった。

「選択肢の削除は、洗脳と紙一重よ」
サヤが静かに補足する。

「だいたい交通系がターゲットじゃないのかよ?交通インフラへの攻撃と、神経信号の干渉がどう繋がるんだ?」
レイが恭一に噛みつく。

「ああ。なにか違和感がある。これだけの装置を用意しておいて、交通インフラには直接手を出さなかった。駅構内は混乱したが、致命的な被害は出ていない」

「そういえば……」サヤがぼそりと挟んだ。

「政府は、こっちの警告を半分シカトよね。MRTの本数減らしてるみたいだけど、満員電車狙われたら逆効果よ」

「運輸省の動きも鈍い。準中立国扱いだからメンツもある。裏でヴェスパーが手を打ってる可能性も否めないな……」
恭一が静かに続けた。

「で、責任はこっちに押しつけるってか」
レイが舌打ちする。その言葉に、部屋の空気がわずかに沈む。

──そのとき、室内のインカムがピリリと鳴った。


《こちら地上部隊! MRT14号線・サムットサコーン行き、列車番号E14-W13──クロントゥーイ第2駅通過後、停車せず暴走中!制御反応ありません!進行方向──バンプン高架鉄橋の西岸橋脚はすでに崩落……!!》


「……来たな!」

恭一がすぐさま操作卓に手を伸ばす。

「ノア・ヴァリアントよりゼロリフター(Zero-Lifter)、緊急発進!状況データは零式戦隊へ直送!レイ、サヤ、アオイ、出ろ!」

「了解!」

すれ違いざま、レイが背中を向けてアオイにつぶやく。
「おい、新入り。車両屋根からの侵入、いけるな?」

「あの……アオイです。問題ありません。やります……!」
アオイが力強く頷いた。

艦内のスライドドアが開き、3人が駆け出す。


残された恭一は、すぐさま作戦指令ラインを開いた。

「MRT中央管制室へのアクセスを要請。……ゼロリフターもう1機、管制ビル屋上へ向かわせる。俺も行く」

指先が止まり、ホログラムの片隅──途切れたデータ波形の残響に、ほんのわずか目を細める。

「……まだ、何かが噛み合っていない」

戦況の背後で、歯車がひとつ、ずれて回っている──そんな感触だけが、胸の奥に居座っていた。



夜のバンコク市街を眼下に、多用途エアリフト・ゼロリフターが北西へと疾走する。
機体の下には、雨に煙るビル街のネオンを切り裂くように、MRT14号線が暴走していた。
列車の車体には火花が走り、一部車輪が軌道を擦っている。
遥か前方には、チャオプラヤ川にかかる崩落した鉄橋の影が、静かに口を開けて待ち構えている。

「あれだ!……MRT14号線、暴走中!」
サヤが指を伸ばす。

「そろそろだ。ハッチ、オープン!」
レイの号令と同時に、ゼロリフター後部のハッチが駆動音と共に開く。夜風が吹き込む中、3人は並んで立ち、変身姿勢をとった。

視界に淡い青色のホログラムが浮かび上がる。

……
《NEURAL LINK… SYNCHRONIZED》
《SUIT INITIATION: STANDBY》

「──クロス・オン!」

次の瞬間、クロススーツとクロスバイザーが光をまとって展開され、3人の身体を包み込む。

桐生レイ── “ゼロ-Jadeジェイド
サヤ・ローラン──“ゼロ-Oliveオリーブ
鳴海蒼── “ゼロ-Azureアズール

「列車、制御不能のまま95kmで走行中……」
サヤ=オリーブがバイザーに投影されるデータを読み上げた。

「誤差0.3……合わせられる。今だ、重ねろ!」
レイ=ジェイドの指示とともに、ゼロリフターが列車後方から迫る。
空気を切り裂くように接近し、低空でそのまま真上へと滑るように重なる。
エアリフトの機体がピタリと並走した瞬間──

「降下する!」

3人のクロスレンジャーが、闇の中へ飛び込んだ。
次の刹那、MRTの屋根にブーツが着地し、衝撃音が弾ける。

しかしその先、車両の屋根の上には異様な気配があった。

まるで甲冑のように硬化した皮膚。肉体と機械が融合した異形。
セラフィム・アーク──それは人型でありながら、背中から伸びたケーブル状の器官が列車屋根へ突き刺さり、まるで車両と一体化しているかのようだった。仮面の奥からは、かすかな呼吸音が、機械的なリズムで漏れ出していた。

「……あれが!セラフィム・アーク……!」
アオイ=アズールが低くつぶやく。

その瞬間、列車の外部スピーカーから案内音が流れ始めた。

《──MRT14号線、地獄行きにご乗車いただきありがとうございます……クロスレンジャーの諸君》

挑発的で愉悦に満ちた男の声。

「行くぞッ!」

ジェイドが叫ぶと同時に、3人は前方の敵へと跳びかかった──!

(第3話へ続く)


▼次回以降リンク

第3話 暗流
第4話 選別
第5話 前夜
……


▼この世界の裏側を記した補助記録──File.00

いいなと思ったら応援しよう!