零式戦隊クロスレンジャー 第3話 暗流
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クロスレンジャーに配属されたアオイは、バンコクの列車内でヴェスパーに操られた市民に襲われる。原因を追う中、破壊された鉄橋に向かってMRT14号線が暴走しているとの一報が。アオイはレイとサヤとともに、疾走する列車の屋根に降り立つ──
1. 揺らぎ
3人のクロスレンジャーが、暴走するMRT14号線の車両屋根に降り立った。
雨に煙る高架線。都市のネオンが滲む夜の隙間を縫うように、列車が火花を撒き散らしながら突き進む。
その先頭部には、異形のシルエットが鎮座していた。
人間を極限まで強化、改造して出来上がるヴェスパーの怪人──セラフィム・アーク。
雨に濡れた鈍色のメタリックなボディには、背部から幾本もの管が伸び、車両屋根へと突き刺さっている。まるで列車と一体化しているかのようだった。
いつの間にかフード姿の戦闘員たち──セラフィムが、列車屋根を囲んでいた。十数人ほどが無言で立ち、赤く光る瞳の奥から3人を睨んでいる。
《──MRT14号線、地獄行きにご乗車いただきありがとうございます……クロスレンジャーの諸君》
列車の外部スピーカーから、芝居がかった男の声が響く。
「行くぞッ!」
零-Jadeを中央に、零-Olibeと零-Azureが左右に展開する。
それぞれの装備が起動し、風雨を裂くような駆動音を立てる。
次の瞬間、セラフィムが一斉に襲いかかってきた。
雨を弾きながら、車体の上でナイフと金属棒が火花を散らす。
アズールがゼロ・ブラスターを連射し1人を撃破、オリーブが懐に潜り込み足払いで2人を蹴り倒す。そしてジェイドがゼロ・ブレードを翻して列を割る。
「時間がないっ! 雑魚に構うな!」
ジェイドが叫ぶ。
「あのセラフィム・アーク、車体と融合してやがる。ヤツ自身が列車の制御中枢だ!」
その言葉に、再び男の声が被さる。
《クックック……ご名答》
「……!」
《セラフィム・アーク“グリムライナー”。金属体との融合により、列車全体の挙動を掌握する。バンプン高架鉄橋の崩落地点まで、あと6分17秒。》
「ちっ……!」
《今夜の乗客は182名──いや、おまえたちを含めて185名か。まもなく“終点”だ》
遠く離れた都市管理ビルの上層階、雨音と電子音だけが響く無人の管制室。
巨大スクリーンに列車の進路と制御ログが映し出されている。
黒と銀の軍装コートをまとったアダムが、管制デスクのマイクから手を離す。
「……さてと。これくらい伝えておけば、いいゲームになると思わないか?隊長さん──」
──カチッ
その背後で、小さな金属音が鳴った。
「……よく喋るな、アダム」
低く静かな声が響く。
アダムがゆっくりと振り返ると、そこには恭一が立っていた。
右手には拳銃、銃口はまっすぐアダムの頭を狙っている。
「本当の狙いは何だ」
アダムは、口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「クックック……俺を倒せたら、教えてやる」
次の瞬間、銃声。
だが、弾丸は空を裂いた。
アダムの身体が跳ねるように宙を舞い、背後の管制デスクにあった書類が散る。軽やかに着地すると、すぐさま背中から短剣を抜き放ち、恭一に向かって踏み込む。
恭一はすぐさま後ろに跳び下がって、腰のクロスホルスターに手をかざす。
「クロス・オン……!」
起動音が炸裂し、青白い閃光とともにクロススーツが展開される。
瀬戸恭一──“零-Blue”
瞬間、刃と刃が火花を散らした。
金属がきしみ、火花を撒き散らしながら、MRT14号線の列車が高架を突き進む。
その屋根上では、クロスレンジャーの3人と異形の怪人グリムライナーとの激しい攻防が繰り広げられていた。
「効カヌ……ソンナ武器デハナ……!」
金属を擦るような濁声を発しながら、グリムライナーは巨大な腕を振り下ろす。
ジェイドがゼロ・ブレードでそれを受け止め、アズールとオリーブが左右から斬り込むが、その装甲はまるで鋼鉄の壁のようで、決定打に至らない。
「もーーっ!なんなのよ、コイツ!!」
オリーブが半ばやけになってゼロ・ブレードを振り回す。
そのうちの一閃が、偶然にも背部の接続管の根元を断ち切った。
激しい火花とともに、グリムライナーの動きが一瞬止まる。
「あらっ……」
「今だッ!」
ジェイドが叫び、3人は一斉に中心部へ斬撃を叩き込んだ。
──ガギィン!
金属の外殻が裂け、装甲がめくれ上がるように砕け散る。
その奥から現れたのは、無数のケーブルに吊られた、脈動する赤黒いコア。まるで心臓のような禍々しい存在が、空中にふわりと浮かび上がる。
「……あれが本体か」
コアは意志を持つかのように身をくねらせた次の瞬間、グリムライナーの巨体が痙攣し──屋根に深々と亀裂が走る。
裂け目は中央から大きく開き、そこへコアごとグリムライナーが崩れ落ちていった。
「車内だ! 追うぞ! あれが列車制御の中枢のはずだ!」
ジェイドの指示とともに、3人は裂け目から飛び降りる。
混乱する車内。座席にうずくまる母親と子、立ち上がれずにいる高齢者たち──その人波を縫うようにして、赤黒いコアが床すれすれに滑っていく。
「見失うな……!」
ジェイドの声と同時に、甲高い悲鳴が響いた。
「ひィ……!」
父親の隣にいた、幼い少年が倒れ込む。
その胸元へ──コアがじわりと侵入していく。
「……ッ!」
全員の動きが止まった。
少年の体が小さく震え、目の奥に、赤黒く濁った光が揺らめく。
「……おい、カイ!お父ちゃんだ……しっかりしろ……!」
「……と、とうちゃ……」
父の声に小さく応えながらも、少年の顔には明らかに“それ以外”の意思が宿っていた。
その光景に、アズール=アオイは言葉を失って立ち尽くす。
──ふと脳裏をよぎるのは……
無人の管制室に、鋼と鋼がぶつかる高音が響いた。
アダムの短剣が、恭一=ブルーのゼロ・ブレードに弾かれる。
「……まだまだ冴えてるじゃないか、隊長さん。タダ働きにしては、いい動きだ」
「……黙れ」
ブルーが踏み込み、斬撃を見舞う。アダムは半身を捻って紙一重でそれをかわし、流れるような体捌きで机を飛び越えた。
「いい後輩が入ったようだな。だが、いつまで後進の指導に甘んじてるつもりだ?」
アダムが距離を取りつつ、わずかに笑みを浮かべる。
「おまえを仕留めれば、それでいい」
言葉と同時に斬り込む。数合打ち合う中、火花が夜の静寂を裂いた。
「分かってるんだろ?」
アダムは短剣を構え直しながら続ける。
「“期待される”ことと、“託される”ことは違うってことを」
「……!」
ブルーの動きが一瞬だけ鈍った。
その刹那をアダムは逃さない。アダムの短剣がブルーの左肩のプロテクターをかすめ、火花が散った。
すぐに体勢を立て直し反撃に移るも、アダムは宙を蹴って距離を取り、また構えを取る。
「……お喋りが過ぎるな、アダム」
「クク……台詞のない芝居なんて、つまらないだろ?」
「カイ……しっかりしろ、カイッ!」
父親が必死に揺さぶるも、少年の身体は小刻みに痙攣を続けていた。心臓のあたりに──グリムライナーのコアが侵入しようとしている。
「ダメだ、入る前に引き剥がすッ!」
ジェイドが駆け寄り、ゼロ・ブレードを逆手に構える。その横から、オリーブも両腕を伸ばし、むき出しになったコアに手を掛けた。
「くっ……ッ!」
コアは粘性のある黒いケーブルを少年の身体に絡ませていた。引き剥がそうとする2人に対し、まるで人間のような抵抗を見せる。
「……とうちゃん、お、おとうちゃん……」
アズールはその様子をただ呆然と見つめていた。
──父さんっ、父さーーん!
幼い自分の声が、頭の奥で響いた。
振り向かずに玄関を出ていく男の背中。ドアが閉まる瞬間、こちらを一瞥もくれなかった。
「何ボサッとしてんだ、アズール!」
ジェイドの怒声で意識が戻る。
「……っ!」
一歩踏み出し、アズールも2人に加わる。3人がかりでコアにしがみつき、引き剥がそうと全身に力を込める。
「崩落地点まで残り1分……!」
──コアが少年の体内から引き抜かれた!
すかさずアズールがクロスホルスターに手を伸ばす。ホログラムのように回転する武器群から、銀青のマシンガン“スカイバースト”を抜き放つ。
「……離れて!!」
銃口をコアに向け、一気に引き金を絞った。
散弾状に拡散する青白い粒子が、コアの表層を撃ち抜き、内側から爆裂させる。
キィィィィン……
甲高い電子音とともに、赤黒い光が消える。コアは崩れ、黒い残骸となって車両の床に崩れ落ちた。
「よしっ!……これで!」
前方のフロントディスプレイが緊急停止コードを点滅させている。
車輪がギリギリと火花を散らしながら、鉄橋崩落地点ギリギリの手前で、列車は悲鳴を上げるようにして停止した。
管制室──
暗いモニターが点滅を始めた。
[ALERT] EMERGENCY STOP
Train No: E14-W13
Line: MRT-14 (Samut Sakhon-bound)
Event Code: 097E.STP
System Response: BRAKE SEQUENCE CONFIRME
アダムとブルーが、同時にそれに目を向ける。
「ふ……ん、止まったか」
アダムが低くつぶやく。
短剣を軽くひと振りして、その刃先についた火花を払った。
「フッ、フフフ……すばらしい……これも隊長殿のご指導の賜物だな」
どこか芝居がかった口調。だが、その目だけは笑っていなかった。
アダムはブルーを一瞥すると、懐から黒い円柱状のカプセルを取り出す。
それを足元に落とすや、瞬時に白煙が噴き出し、視界が真っ白に染まった。
「……くっ!」
「今夜はこのへんにしておこうか、零-Blue。──次は、もっといい“幕引き”を頼むよ。また会おう」
煙の中から、声だけが残響のように響いた。
「アダムッ……!」
ブルーが身構えるも、煙が晴れた時、そこにアダムの姿はなかった。
ただ、薄暗い照明のなか、散らばったデータパッドと残り香だけが残っていた。
しばし無言のまま立ち尽くす。
肩で呼吸を整え、ゆっくりと変身を解く。
やがて、管制デスクに近づく。
数枚のホログラムが、車内の様子を映していた。
──揺れる車内、崩れた床、そして……3人のクロスレンジャー。
恭一はわずかに息をついた。
その目には安堵と、言い知れぬ静けさがあった。
「……間に合ったか」
そして──管制室を後にした。
列車は鉄橋手前で停止していた。
床には散乱した機材と黒焦げの残骸。天井にはコアが落下した際の穴が、ぽっかりと開いている。
車内には、まだ焦げた匂いが残っていた。割れた手すり、崩れたシート、ちらつく非常灯。
変身を解いたアオイは、しばしその場に立ち尽くしていた。
数メートル先──さっきの親子が座席の隅で寄り添っている。
父親は両腕で少年を抱きしめ、何度もその背を撫でていた。少年も、小さく嗚咽を漏らしながら、父の胸に顔をうずめている。
アオイは、その光景に視線をとどめたまま、ひとつ息を吐いた。
──音もなく、胸の奥が軋む。
誰にも気づかれないように、小さく目を伏せる。
「……新入り。いや、アオイ……だったな。撤収だ」
レイの低い声に振り向く。サヤが小さく手を振っている。
アオイはわずかに頷き、ゆっくりと歩き出した。
足元には、砕けた装甲片と、崩れたコアの破片が転がっている。
人々の声が戻り始めていた。再起動した照明が、揺れる車内を柔らかく照らしている。
終点は、まだ遠い。
2. 侵される街
ノア・ヴァリアント──第3ブリーフィングルーム。
天井の照明はやや落とされ、テーブル上のスクリーンには解析中の視覚ログが静かに浮かんでいる。
「……やっぱり“雨”が多いわね」
サヤがつぶやくように言った。
「まあ、今日の豪雨を考えれば、当然だな」
レイが肩をすくめる。
「冠水リスクは元々、Ω-FLAMEでも──それに、この国のなんだっけ、ほら、SATTAM?あれでも上位項目に挙がってたし、どこもかしこも予備避難対象だ」
「じゃあ、これはどうだ?」
恭一がログの一箇所を拡大する。浮かび上がったのは、ロックスターの名前だった。
「Benzieって……!あのベンジー?」
「明日、チャオプラヤ川沿いのライブ会場で大規模公演がある。ARドーム付き、1万人収容。近くには王宮や涅槃寺もあるな」
「有名人の名前を叫ぶくらい、別におかしくはないね。明日のライブチケット、けっこうな倍率だったらしいし」
サヤが腕を組んで言った。
「……俺も応募したけど落ちたしな」
レイがぼそっと言って、椅子にもたれながらあくびをひとつ。
「気に留めておくべきだ」
恭一が淡々と話す。
「今回バンコクでヴェスパーを率いているのはアダムだ。どんな仕掛けを使ってくるかわからん」
「──んー? どうしたアオイくん、おねむなのかな?」
サヤがからかうようにアオイを覗きこむ。
「……い、いえ。そんなことは……」
「よし。本日の分析はこれで終了だ。みんな、ご苦労だった」
恭一が立ち上がり、ログをスリープ状態に落とす。
「……アオイ、どうかしたのか?」
恭一が声をかける。
「……あ、大丈夫です。ちょっと疲れただけですよ」
「なんだよ。もうホームシックってやつか?」
部屋を出ながらレイが軽く言い放つ。
その背中に、アオイは無言で鋭い視線を送った。
「とにかく、今日はちゃんと休め。初陣だったんだ。上出来だよ」
「はい。ありがとうございます」
メンバーが部屋を出ていき、ブリーフィングルームには静けさが戻る。
ひとり椅子にもたれたアオイは、軽く目を閉じた。
まぶたの裏に浮かぶのは──崩落した鉄橋。あの父子の姿。
そして、かつての自分自身だった。
深夜のチャオプラヤ川に、冷たい風が吹いていた。
雨は小降りになっていたが、濁流はなお岸辺をなめるように荒々しく流れ続けている。
水面からわずかに浮かぶ堤防沿いの警備ルート──その上を、一機のホバースクーターが静かに滑っていた。
操縦しているのはアオイだ。
やがて、崩落した鉄橋が見えてきた。
──鉄橋は、すでに夜の闇に沈んでいた。砕けた橋脚と崩落現場を遠くから見つめるアオイの眼差しは、どこか空虚だった。
雨音の中に、ふと記憶の声が混じる。
父さん、今日ね、ぼく──
父さん、これから出かけなくちゃならないんだ。食事はいつもどおり、そこのパネルで……
あのね、父さん……
ねえねえ、父さん……
父さん……
──応答は、いつだってAIだった。
沈黙を埋めるように、家中の壁から流れる合成音声。
優しく作られたその口調が、逆に痛かった。
本日の栄養バランスは適正範囲です。ごゆっくりお召し上がりください──
どれくらい時間が経ったのだろう。
依然として雨は止まないが、微かに夜明けの気配を感じた。
アオイはふっと息をつき、濡れた橋脚の影に目をやった。
そこに──ふたつの人影。
ローブをまとい、川縁を歩くその後ろ姿には、どこか人工的な違和感があった。
そして、一人が不意にこちらを振り返った。
赤く、光る眼。
鋭い目つき。
アオイの心臓がひとつ、大きく跳ねた。
次の瞬間、二人組は逃げるように路地へ姿を消した。
(……今のは、セラフィム)
確信。
論理ではない。直感だった。
……俺は、零式戦隊。そう……クロスレンジャーだ
アオイは口に出すことなく、足を踏み出した。
走る水音と、心拍の高鳴りを背に──
濡れた舗道を、赤い眼を追っていく。
「……ったく、どこ行きやがったんだ!」
午前8時すぎ。
ブリーフィングルームにレイの苛立ちが響いた。
「ホバースクーター……まだ1機、戻ってないみたい」
サヤが不安げにモニターをのぞき込む。
「ログもダメだな」
恭一が端末を操作しながら言う。
「アオイの通信記録はまだ同期されてない。現場から自動アップロードが入らない限り、内部データは取れない」
「恭一さん……あの新入り、ここでガツンとやっとかないと、現場が崩れますよ」
レイは勢いよく立ち上がった。
「まあ、待て。アオイが零式戦隊に配属されたのは──」
その瞬間、壁のホログラム端末が反応し、アオイの映像が浮かび上がる。
背後には巨大な鋼鉄ゲートがそびえ、マイクに微かな川の流れと水音が重なった。
「アオイか!今どこだ?」
《……ノンタブリーの第9排水調整ゲート付近です。セラフィムと思われる二人組が、ここで何かを仕掛けようとしていて……》
「……!」
恭一たちが顔を見合わせる。
アオイが何かを言いかけるより早く、恭一の指が端末を走っていた。
チャオプラヤ川の流量データと水没シミュレーションが即座に立ち上がる。都市の東岸と西岸が赤く染まった。
「“降雨による局地的な冠水リスク”──予測項目のひとつよね。今ここで放流されたら、水位が一気に跳ね上がる……!」
サヤが息を呑む
「該当エリア確認……東岸はワット・ポーより南東、マハメク区周辺。指定避難ビルは“ナラティップタワー”。西岸はワット・アルンから南西、クローンサーン一帯までが危険区域……」
恭一の声に、レイが即座に立ち上がる。
「東岸の避難ビルに向かうぞ。サヤ、準備しろ!恭一さん、あとは頼む!」
「ちょ……!待ってくださいって!アオイくんは?」
サヤが追いすがるように叫ぶ。
「知らん!まずは現場だ!」
レイが背を向け、サヤが一歩踏み出すも追いつけない。
恭一はモニターへ向き直る。
「……やれやれ。アオイ、聞こえるか?すぐにそのセラフィムたちを止めるんだ!」
《──了解!》
ノンタブリー・第9排水調整ゲート──
薄暗い空の下、チャオプラヤ川沿いに佇む巨大な水門施設。その制御棟の前に、フードを被った二人組のセラフィムが立っていた。
「ここで……何をしてる!?」
鋭い声とともに、アオイが現れる。すでにゼロ・ブラスターを構えていた。
二人組の片方がすぐに反応し、隠し持っていた機関銃を取り出すと同時に発砲!
「チッ……!」
アオイは身を翻し、コンクリ壁の影に飛び込む。次々と銃弾がコンクリートに食い込み、粉塵が舞う。しばらくの間、にらみ合いと牽制の撃ち合いが続いた。
「アクセスコード入力完了。放流まで、あと1分──」
もう一人のセラフィムが、水門制御パネルに手をかけた。
「させるかッ!」
アオイは壁を蹴って跳躍しながら叫ぶ。
「クロス・オンッ!」
同時にナノメタル粒子がアオイの身体を包みこみ、零-Azureに変身──
そのまま片足を突き出してセラフィムの一人に跳び蹴りを叩き込む。鋼鉄のような一撃がヒットし、セラフィムは吹き飛んで壁に叩きつけられる。
「ゼロ・ブレード、展開ッ!」
抜き放った蒼い刃が唸りを上げる。もう一人のセラフィムが機関銃を向けるも、アズールは一直線に突進し、一閃──!
「──これで終わりだ!」
刃が煌き、セラフィムが地面に崩れ落ちる。
アオイは変身を解き、制御パネルの画面を確認する。
「自動放流……中止できる!よしっ、止まった!」
彼の指が操作盤を叩くと、警告ランプが消灯し、システムは沈黙した。
「──お、俺が……止めたんだ。 ……川の氾濫を!」
アオイは初めて手にした成果に、思わず声を漏らす。そしてすぐに通信を開いた。
「こちらアオイ。第9ゲートの制御、阻止完了。放流は止めました」
《よくやった、アオイ》
恭一の声が返る。
《だが、事態は続いている。東岸、マハメク区のナラティップタワーに向かえ。避難誘導に向かったレイとサヤと合流しろ》
「了解!」
アオイはホバースクーターに飛び乗ると、チャオプラヤ川を南下していく。その背後で、水門の鋼鉄ゲートが静かに沈黙を取り戻していた。
ナラティップタワー周辺──
避難指定場所に指定された高層ビルの一角では、G.O.Aソルジャー部隊と共にレイとサヤが避難誘導にあたっていた。
「こちら3階まで避難済み。屋上ルートの確保、急いで!」
「やけにスムーズに進んでるな……」
レイが不穏な気配を感じ取る。
そのとき──
ビル内部から突然、鈍い爆発音とともに煙が上がった。
「っ……爆発!? まさか!」
駆け出した二人が現場に到着すると、焦げた制服のソルジャー数名と、倒れている市民が。崩れた壁の隙間に見え隠れするフード姿の戦闘員たち──
続けざまに、上層のフロアからも爆発音と悲鳴があがった。
「くそっ!避難所襲撃だと……!?」
「……こんなの、予測にも挙がってなかったのに……!」
鈍色の空の下、高層ビルの屋上にアダムが佇む。
その背後には、頭部に仮面のような装置を備えた異形の存在──セラフィム・アークが控えている。
「ククク……まったく、避難区域だというのによく集まる」
アダムの視線の先、河沿いの一角に広がる広大な半屋外ドーム──ピタヤム・ガーデンアリーナ。
その外周には、午後からのライブの主役・ベンジーの笑顔が映し出された巨大ホログラム広告が揺らめいていた。
《BENZIE LIVE IN BANGKOK 13:00 予定どおり開催》
《#雨にも負けず! #ベンジー降臨祭》
市民の端末にも、同様の通知が次々と届いていく。
アリーナ周辺には、色とりどりのベンジーのオフィシャルグッズを身に着けたファンたちが続々と詰めかけていた。
だがそのなかには──視線が虚ろで、同じ歩調で前へ進む、“明らかに様子のおかしい”市民たちも混じっていた。
その目には、セラフィム・アークの視覚誘導による光の輪が、うっすらと浮かんでいる。
「“推し”に取り憑かれるのも、“視覚”に見出されるのも……本質的には、同じようなものだな」
「感情ヲ──高ブラセ。判断ヲ──鈍ラセ…… ドチラモ、イイ目ヲ──シテイル……」
アリーナでは、照明設備のチェックが進み、ステージの演出用ARホログラムが試験点灯を始めていた。
アダムは、遠くのナラティップタワーを見た。ゆっくりと広がる黒煙。
「──“信じるに値しない未来”への狼煙は上がった。しばらくは、あちらの収拾に追われてもらおう」
軍装の裾をなびかせ、彼は口元だけで笑う。
「──さあ、ショーの始まりだ」
アダムの声が、灰色の空に溶けていった。
(第4話へ続く)
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