零式戦隊クロスレンジャー 第4話 選別
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暴走するMRT14号線を止めたクロスレンジャー。その未明、アオイは単独でセラフィムを追い、チャオプラヤ川の氾濫を阻止する。しかしその背後で、避難民が集うナラティップタワーがヴェスパーの襲撃を受ける──
1. 開演
アオイが到着したとき、高層避難ビル──ナラティップタワーの前は、すでに修羅場と化していた
黒煙が低くたなびき、破損した非常口からは焦げた臭いが漏れ出している。数台の救急車がひっきりなしに出入りし、担架に乗せられた負傷者たちが次々と搬送されていく。路上には、血や埃にまみれた人々が呆然と座り込んでいた。
「──こ、これは……!」
そこへ、荒々しい足音とともにレイとサヤが駆け寄ってきた。
「てめぇ!ひとりで勝手に動きやがって!」
怒声と同時に、レイがアオイの胸ぐらをつかむ。
「どんだけケガ人が出たと思ってんだ!」
「やめてください、レイさん!アオイくんのせいじゃないでしょ!」
間に入ったサヤがレイの手を制する。
レイはアオイを突き放し、悔しげに目を伏せた。
「……わかってるさ。コイツを責めたって意味ねえことくらい…… 最初から避難所が狙いだったんだ。ヴェスパーの野郎どもは──!」
「そんな……このビルが、目的……?」
アオイが息を呑む。
「ああ。おまえが水門を止めようが止めまいが、関係なかったんだよ!せっかく冠水から逃れた人々を、さらに恐怖に叩き落とす──反未来主義を掲げる連中が、考えそうなことだ!」
そのとき──担架に乗せられていた若い男性が、うわ言のように呟いた。
「……行かなきゃ……ベンジー……ガーデン……アリーナ……」
がっくり肩を落としていたアオイが、ぎょっとして振り返る。
「……そういえば!」
ちょうどそこに、西岸で避難誘導を指揮している恭一から、3人に通信が入る。
《俺だ。気になることがある。さっきから濁流を渡って東岸へ行こうとする市民が何人も出てる。ソルジャーたちが必死に止めてはいるが──》
「アオイです!昨夜の分析ログで“Benzie”がかなり挙がってましたよね?ヴェスパーの本当の狙いって、ライブ会場じゃ……!?もしかして、その川を渡ろうとしてるのも……」
「はぁ!?何言ってやがる。こんな日にライブなんて中止に決まってんだろ!」
レイが信じられないといった声を上げる。
「……ううん、そうでもないみたい……」
サヤがホロ端末を操作しながら、声を落とす。
ホログラムが展開され、画面には熱狂するファンたちの投稿が次々と表示される。
#ベンジー降臨祭 #本日ライブ確定
#ガーデンアリーナ #雨にも負けず!
3人が凍りついたように顔を見合わせる。
《……昨日のネオ・プロムでの視覚誘導……あれで群衆の行動パターンを試した。そしてMRT14号線をストップさせて、アリーナ方面への動線を強制的に作り出す……さらに今日、“安全なはずの避難所”を襲撃して、人々を混乱と恐怖でかき乱した……》
「なんてこった……避難所襲撃すら、陽動だったのか……」レイがつぶやき、膝に手をつく。
《──アダムだ》
恭一の声に、全員の顔色が変わった。
《最大限まで不安と期待を煽った状態で、アダムが聴衆の面前に、必ず現れるはずだ……! ライブの開演は?》
「13時です!もう10分もありません!」
恭一からの通信にアオイが応える。
《こっちが片付き次第、俺もすぐ向かう。おまえたちは先にアリーナへ急げ!》
「了解!レイさん、サヤさん、急ぎましょう!」
「おまえに言われなくても、わかってらあ!」
と、駆けだしたその瞬間──アオイがふと立ち止まった。
「あ、あの!ちょっと俺に考えがあるんですけど……」
13時──ピタヤム・ガーデンアリーナ。
ロックスター“Benzie”のライブが開幕した。
依然として小雨が降り続いている。だが屋根は最初から全開だった。半屋外構造の恩恵を活かし、音響はアリーナ外にまで届いている。会場の熱気は、街の空気さえ震わせていた。
ステージ中央──スモークと光が交錯する中に、異様な存在感をまとった人物が姿を現す。
白銀と紫のレースが幾重にも重なったドレープローブ。片側の裾には深いスリットが入り、舞うたびに紫の残光が宙を彩る。
背中には蝶の羽根を模した巨大なホログラムが広がり、編み込みと銀灰のロングヘアには、微細なナノLEDが埋め込まれていた。髪の動きに合わせて、星屑のような光が脈打つ。
ARの風が吹き抜けるように、ステージがきらめきに包まれる。ベンジーはそのなかで、静かに唇を開いた。──ヒットナンバー『Fly with Me』。
空を翔けるような旋律とともに、観客の心がひとつになる。風のようにしなやかな動きで歌い上げる姿に、歓声と手拍子がアリーナ全体に波紋のように広がった。
そして、曲が終わる。
ベンジーはゆっくりと両腕を広げ、空を仰ぐ。ナノLEDの光が淡く揺れ、雨粒を受けて瞬いた。
しばらくの静寂──そのまま、彼は吐息のように問いかける。
「きみたちは、どこに未来を見ている?」
その言葉が、会場の空気を一変させる。観客たちは動きを止め、音が引いた。
「空を飛びたいかい? 翼を広げて、どこまでも──山を越えて、海を越えて……愛する誰かと旅をする未来を、夢見るかい?」
先ほどの曲と重なるイメージが、観客の脳裏をよぎる。
「そう、旅はいつだって希望の象徴だ。誰もがそう思ってる。未来はきっと、素晴らしいものだと……」
そこに、わずかな含み笑い。
「でも、本当にそうだったかな?」
ベンジーの声色が変わる。甘やかだった響きに、冷たさが混じりはじめる。
「きみたちは、自分の足で“未来”を旅していると思ってるのかい?それとも──誰かが書いた“未来予測”の上を歩かされているだけじゃないのか?」
観客の表情が揺れた。
ベンジーは腕をゆっくり下ろし、その視線を群衆へと戻していく。
「……すでにニュースで知っているだろう?ナラティップタワーで起きた爆発を。オメガ理論に従えば、あそこは最も安全な場所だ。あのビルにいれば、きみたちは生き延びることができる、と。」
ざわ……と、観客の一部が反応する。
「……だが、結果はどうだ?」
声に、鋭い刃が混じった。
「──焼け落ち、砕けた瓦礫、泣き叫ぶ声、そして血だ。未来は、きみたちを守らなかった。予測は、裏切った。数式では命は救えないと、証明されたんだよ」
ククク……と笑った瞬間──
突如、ステージの背後と、会場を取り囲む壁面の大型ホログラム映像が切り替わる。
映し出されたのは、チャオプラヤ川の濁流。
水かさを増した川が、街の建物を呑み込もうとする瞬間。ARとは思えないほどの現実味が、観客に押し寄せてくる。
「ちょっ……な、なに……これ……!」
「うわ、わ……!」
ざわめきと悲鳴が混ざるなか、ベンジーは続ける。口調は変わらず、むしろ優雅にすら聞こえる。
「きみたちは、ここからすぐ北に横たわっている涅槃仏を知っているだろう?たとえ街が水に沈もうとも、あの仏が立ち上がることはない。静かに悟りの境地にいるだけだ」
ARの氾濫映像が続くなか、観客の反応は二分されていく。
逃げ出そうとする者と、微動だにせずベンジーの言葉に耳を傾け続ける者。
「──ぼくは思うんだ。未来は、眠っていてはいけない。横たわったまま、ただ予測される未来を受け入れるだけで、本当にいいのかい?」
ベンジーは微笑む。雨が肩を濡らすのも気にせず、再び観衆を見渡す。
「ククク……さあ、もう一度問おう──きみたちは、どこに未来を見ている?」
──その瞬間、湿り気を帯びた空を裂いて、鈍く低い唸りがアリーナに轟いた。
観客たちの視線が、一斉に天を仰ぐ。
「……えっ、なに?」「上だ!」
灰色の雲を縫うように、銀色の機影が降下してくる。
無骨で鋭利なシルエット──軍用エアリフトだ。
側面ハッチが開き、そこから3本のワイヤが伸びる。
風雨のなか、吊り下げられた3つの人影がゆらりと揺れていた。
──中央のひとりは、白銀と紫のドレープローブをまとい、銀灰のロングヘアを編み込んだ、きらめく姿。どう見ても、“ベンジー”だった。
その両脇には、バックダンサーを思わせる黒装束の男女。
男はライフルを構えステージを狙い、女は空中で舞うように身をしならせる。
次の瞬間、空中の“ベンジー”がマイクを手に叫ぶ。
「騙されるな──そいつは、ニセモノだ!」
観客にどよめきが走る。
「へ、どういうこと?」「ベンジーが、ふたり……?」
ステージ上のベンジーは、眉ひとつ動かさず、静かに上空を見つめている。
空中のライフル使い──男のダンサーは素早く狙いを定めた。
標的は、ステージ脇、ホログラム装置の陰に潜む異形の怪人──セラフィム・アーク。
発砲。
電磁収束弾が閃光とともに火を噴き、セラフィム・アークの胸部に直撃した。
呻き声を上げてひるむ異形の影。
同時に、会場を取り巻いていたチャオプラヤ川の氾濫映像がバチバチとノイズを発し──やがて、完全に停止する。
「き、消えた……洪水が……」
映像が途切れた瞬間、アリーナに異様な静けさが降りる。
目の前の現実とARのギャップに、観客たちは息を呑み、ただ黙って空を見上げていた。
そして──空に吊られた“もうひとりのベンジー”が、ふたたび声を放つ。
「聞け、ニセモノ!暴力と破壊で切り拓く未来に、希望はない!」
その声は確かに、下のベンジーと同じ……しかし、発する言葉の熱量は、まるで別人だった。
ステージのベンジーは、それを見上げながら、微笑を浮かべる。
「フフ……クククク……なるほど。これは、いいショーになりそうだ」
2. ヒーローショー
吊り下げられていた3人のシルエットが、すっとワイヤから解き放たれた。
アリーナ中央、観客のど真ん中に設けられた円形ステージ──通称「センターリング」へ、寸分違わぬ着地を決める。
同時に、白煙が舞い上がる。観客の悲鳴と歓声が交錯した。
「エッ、どういう演出?」
「ベンジーが、ふたりいるんだけど……」
降り立ったのは、白銀と紫のドレープローブに蝶のホログラムを背負った、まさしく“ベンジー”。
その両脇に立つ、バックダンサー風の黒装束の男女──
観客の間にざわめきが広がっていく。
その時、前方ステージに立っていた“ベンジー”が、静かに一歩前に出る。
口元に薄い笑みを浮かべ、ローブの胸元を解く。
布が肩から滑り落ち、床に落ちる。
バサッ。
続けて銀髪のウィッグに指をかけ、ズルリと剥ぐ。
露わになったのは、黒髪と冷徹な眼光を持つ男──
「──おい、誰だ?あれ……」
「まさか、ニセモノ……?」
観客の間に、緊張が走る。
その中心で、男──アダムが静かに語りかけた。
「さあ、ここからがライブ本番だ。そうだろ?“ベンジー”」
パチン。
アダムが指を鳴らすと、客席のあちこちから、乾いた音が次々と響く。
パキン、パキン──と、まるでガラスが軋むような音と共に、黒いフード姿の人間たちがゆっくりと立ち上がった。
「セラフィム……!観客のなかにも──!」
黒装束の男が、即座に構える。
悲鳴とざわつきが重なるなか、30人近いセラフィムたちが座席を乗り越え、センターリングへと殺到する。
「……ったく。ハデなライブになりそうね」
女が軽やかに一歩踏み出し、腕を弧を描くように振って構えた。
「すぐに終わらせてやるぜ、こんなクソライブ!」
“ベンジー”が指をポキリと鳴らし、手刀を構える。
その刹那──セラフィムたちが三方から同時に跳躍。センターリングに襲いかかる!
“ベンジー”は肘打ちと回し蹴りで敵を吹き飛ばし、黒装束の男は観客を巻き込まぬよう最小限の動きで相手の腕を捻り、投げる。女も華麗な足運びで間合いを操り、セラフィムの数人を一瞬で薙いだ。
「エッ、どういう演出?」
「おいおい……!ベンジーが戦ってるぞ!」
「キャーーッ!」「これって、逃げたほうが……!」
観客たちが入り乱れ始めた。
その時──
前方ステージのアダムが手にしていたロッドに、紫電が走る。
「ククク……少し楽しませてもらおうか」
次の瞬間。
電磁ロッドが地を裂くような音を立て、雷神の槍のような光束が空を切り裂き、一直線にセンターリングへ直撃──!
が、同時に3つの影が鋭く飛び退いた。
稲妻は床をえぐり、火花と白煙を噴き上げる。
「チッ……やってくれるじゃねえか!」
“ベンジー”が、ウィッグを乱暴に引き剥がす。
現れたのは、鋭い眼差しの男──レイ。
隣の女は踊るように一回転し、黒装束を振り払う。サヤの姿が現れる。
もうひとりの男も、黒装束を翻して宙に投げ捨てる。アダムをまっすぐに睨みつけるアオイがいた。
「──行くぞ」
レイの一言。
3人がクロスホルスターに手をかけ、叫ぶ。
「クロス──オン!」
空気が裂ける。ナノメタル粒子が弾け、光の装甲が身体を包む。
クロスバイザーが頭部を覆い、スーツが瞬時に構築されていく。
零-Jade、零-Olive、零-Azure──
零式戦隊クロスレンジャー、出撃。
3人は地を蹴り、切り裂くような勢いで、アダムへと突っ込んだ。
観客の悲鳴と混乱の渦のなか──
変身を完了した3人のクロスレンジャーが、爆ぜる煙と火花を切り裂いてアダムに向かって突進する。
「──月牙爪!」
ジェイドの両腕に、三日月型のブレードが装着される。銀色の刃が唸りを上げてアダムを狙う。
同時にオリーブが跳び上がる。緑の光を放つ金属ブーツ“リフレクスグリーヴ”が両脚に展開され、鋭い跳び蹴りがアダムを襲う。
「……フッ」
だがアダムは表情を変えず、オリーブのキックを片腕でいなし、ジェイドのブレードをもう片腕で受け止める。そのまま肘を突き上げてレイの腹部を打ち、横蹴りでスピーカーの方へ吹き飛ばした。
直後、アダムの踵が振るわれ、オリーブの脇腹に命中。
アズールがゼロ・ブレードで斬り込むも、アダムは懐に滑り込み、アズールの首を掴んでヘッドロックに。
「ガ、ガハッ……! あ……ぐぅ……」
苦しむアオイに、アダムが低くささやく。
「ククク……礼を言うぞ。君が放流を止めてくれたおかげで、こうしてライブ開演を迎えることができたのだからな。君も“選ばれし側”だ」
ジェイドとオリーブが立ち上がり、すかさず反撃に転じるが、アダムはアオイを締めながら脚さばきだけで2人をいなし、ふたたびアオイにささやく。
「はやく成果を出したかったんだろ?もっと喜べ。……ま、放流があったとしても──もっと多くの“避難所”を潰すまでだったがな」
「……!」
アダムはアオイの身体を投げつけ、3人をまとめて地に倒す。
「どうした、もうヒーローショーは終わりか?」
観客のざわめきが高まり、拍手すら混ざる。
「クソッ……!強え……」
「教えてやろうか?戦闘の基礎をな」
アダムは電磁ロッドを手に取り、ゆっくり歩いてくる。
その時──
遠方から鋭いビームが足元をかすめた。
「──!」
続けざまに何発もの光弾がアダムに迫る。
アダムはかわしつつ、屋根の方を見上げた。
そこにいたのは、濡れた鉄骨の上でビームライフル“VX-LANCER”を構える零-Blue。
「ほう、隊長さんのお出ましか……」
「──戦闘の基礎か。それは、遠距離と近距離をバランス良くだ。立て、ジェイド、オリーブ、アズール!アダムを囲め!」
「了解!」
ジェイドとオリーブが素早く動き、アダムを挟み込む。
やや遅れをとるアズール。
ブルーはVX-ランサーを面制圧モードに切り替え、アダムへと連射を開始。
アダムはビームを回避しながら後退──だが背後からジェイドのブレードが迫る。
「フン、なかなかやるね──セラフィム・アーク“エクレシア”!」
アダムの声に応え、ステージ脇から異形の存在が現れる。上半身は人型、下半身はケーブルの束が地面と繋がるように浮遊し、能面のような仮面の両目が赤く光っていた。
エクレシアは両腕から光の鞭を放ち、地上の3人を攻撃。辛うじてかわすが、追撃が続く。
アダムはロッドを構え、屋根上のブルーに向けて雷撃を放つ。
ブルーは回避しながらステージに降下。
入れ替わるように、アダムが屋根へと跳躍した。
「ククク……すでに“選別”は終えた。リストもまとまっているようだな」
アダムはホロ端末を操作しながら、屋根の下を見下ろす。
「さらばだ、クロスレンジャー。あとはエクレシアが、すばらしいショーの続きを見せてくれるだろう。ククク……恐怖に震えるバンコクのな……!」
そう言い残し、アダムは屋根の向こうへ姿を消した。
「ちくしょう……! 逃げやがった!」
ジェイドが悔しげに吠える。
「大丈夫?」
オリーブがアズールに駆け寄る。
「……ええ」
圧倒的な力、そして全てが仕組まれていたという現実に、アズール=アオイは呆然としていた。
「気持ちを切り替えろ、アズール。目の前の敵に集中するんだ」
ブルーが冷静に声をかける。
「……はい、やってやりますよ……!俺は、俺は……!」
アズールがホログラムからスカイバーストを呼び出し、握りしめる。
──俺は、クロスレンジャー。認めさせてやる!
敵にも味方にも…… そして……父さんにも!
4人のクロスレンジャーに向けて、エクレシアの両腕から再び光を帯びたワイヤー状の鞭が伸びる。その衝撃で、ステージ近くの観客数人が吹き飛ばされた。
「ヤバい……!このままだと巻き込んじまう!」
ジェイドが焦りを見せる。だが、倒れていた観客の数人が、何事もなかったかのように立ち上がった。虚ろな目でニヤつきながら、ステージへとよじ登ろうとする。
「洗脳が……まだ解けてない!?」
オリーブの叫びが響く。
「……いや」ブルーの視線が鋭くなる。
「ARの表層じゃない。神経深層への共振干渉だ……低周波で内部に響かせる、ARとは別系統の制御信号だ」
その言葉に、アズールが眉をひそめた。
──あのとき、黒装束のままエクレシアの胸部へ放ったライフルの一撃。あれが、洪水ARの遮断トリガー……だが洗脳そのものは解けず、むしろ制御が異常をきたして暴走状態に?
「……ハハッ……狙撃されるのも、“想定済み”ってわけか……」
「集中しろ、来るぞ!」
エクレシアがワイヤー鞭を振り抜く。高出力の電磁場が火花を散らし、床を焼き焦がす。
クロスレンジャーたちは即座に散開し、回避行動に入った。
ジェイドがムーンファングを構えて突撃。が、エクレシアは鞭で軌道を逸らし、流れるような回転からの回し蹴り。ジェイドの身体が吹き飛び、ステージに火花が弾ける。
すかさずオリーブが跳び、リフレクスグリーヴの光をまとった蹴りを叩き込もうとする──しかしエクレシアはふわりと浮かび、真上から鞭を振り下ろす。
「ぐっ……!」
ブルーがVXランサーを構えながら指示を飛ばす。
「アズール、正面から引きつけろ」
「……」
「おい、アズール!!」
アズールは敵の計算の深さに震えていた。
──これが、本当の戦い……あまりにも、甘かった。
「うおおおっ──!」
怒りと悔しさが身体を突き動かし、アズールは正面から突撃する。
その雄叫びに、エクレシアがわずかに反応。
次の瞬間、ブルーの狙撃が炸裂。VXランサーの高速ビームが、エクレシアの左肩を焼いた。
「効いたか……?」
煙の中から鞭が飛来し、ブルーの足元に叩きつけられる。ブルーは紙一重で跳び退いた。
そこへ、ジェイドとオリーブが左右から同時に突撃。
「今だッ!」
ジェイドのムーンファングが右腕を、オリーブの回し蹴りが左脚を狙う。
だが──エクレシアは地面のケーブル群と一体化するかのように、胴体をぐにゃりと曲げて回避した。
「……物理法則すら無視かよ!」
その瞬間、アズールがスカイバーストを構え、叫ぶように引き金を引いた。
「おまえの仕組みなんて──もう、わかってんだよ!!」
渾身の射撃が、再び胸部を貫く。
「ギ……ギィィアアア──!!」
金属が軋むような絶叫とともに、エクレシアの動きが止まった。
「……やったか?」
次の瞬間、仮面の奥で赤い光が脈動し、体内から膨大なエネルギー反応が検出される。
「下がれッ!!」
全員が一斉に飛び退くと同時に、エクレシアの身体がステージ中央で爆発。火花、煙、破片が前方ステージを覆い尽くした。
──静寂。
客席のARスクリーンが一斉に暗転。
降り続いていた雨も、いつの間にか止んでいた。
観客たちの顔から、少しずつ正気の色が戻っていく。
「……ここは……?」「なんで……ライブに……?」
「それより……どういう演出?」
観客席のあちこちで戸惑いの声が漏れはじめ──
パチ……パチパチ……ワァァーーーッ!
拍手と歓声が、徐々に波のように広がっていった。
「勝った……のか?」
アズールの声に、ブルーが応える。
「ああ──とりあえず、な」
「カーーッ!ったく、とんだクソライブだったぜ」
天を仰ぐジェイドの隣で、オリーブが観客に手を振っていた。
「ありがとーー!みんなーー!」
ネオ・プロム・シティの裏路地にある、小さなタイ料理店──
戦いを終えた戦士たちが、ひと息ついていた。
しかし、そこにアオイの姿はない。
「ちっ、まったく!新入りのクセに自分勝手なヤロウだぜ!」
レイがグラスを煽りながら吐き捨てる。
「まあまあ。お店は伝えといたから、あとから来ますって」
サヤが苦笑まじりにフォローを入れる。
「だいたいよぉ、なんであんなヤツがよぉ、零式戦隊に選ばれたってんだよ?えー?」
レイの頬はほんのり赤い。
「ヴェスパーのように、オメガ理論の“ほころび”を突いてくる相手には、非連続な発想力が必要なんだ。アオイは、あらゆるシミュレーションでその点が突出していた。経験を積めば戦闘はもちろん、戦術構築にも──」
恭一は、静かに語りながらも、その瞳には確かな熱が宿っていた。
「そうそう!ベンジーに化けて突っ込もうなんて、アタシびっくりしたもん」サヤが笑う。
「ま、ベンジーになるなら俺っきゃいねえからな?そうだろが、おい〜」と、レイはすっかり出来上がっている。
「ちょっとー、飲み過ぎですって〜」
その横で、恭一は静かに窓の外へ目を向けた。
──いつまで後進の指導に甘んじてるつもりだ?
──分かってるんだろ?“期待される”ことと、“託される”ことは違うってことを
……俺には、俺の生き方がある。
恭一は、少しだけ間を置いてから、グラスを空にした。
チャオプラヤ川のほとり──
アオイはひとり、水位の下がった川を眺めていた。流れはなお速く、空には雨上がりの夕焼けが広がっている。
初任務。少し気持ちがはやっていた。
でも──
脳裏をよぎるのは、父の背中と、誰もいない家の記憶。
沈みゆく夕陽が、川面を赤く染めていた。
この夜、アオイが店に姿を見せることはなかった。
(第5話へ続く)
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