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「桜の大門」 ~13歳・初冬~

1 13歳・初冬
「あなた、警察官におなりなさい。このままだととんでもなく道を踏み外すことになるわよ。」
 仙台中央警察署の四階にある会議室で、担当の少年補導員阿羅美弥子あら みやこは目の前の少年にそう告げた。
 総額10万円に及ぶ万引きによって補導した3人グループ。そのリーダー格でありながら、最年少の13歳。大門世文だいもん せいぶんは、俯いて口元に薄い笑いを浮かべたまま、沈黙を続けていた。
 その様子をじっと窺いながら、阿羅はこの少年について調査し、聞き込んだ内容を思い返していた。
 
 ごく普通の中流家庭に、両親と妹の四人家族の長男として生まれた大門世文は、幼い頃から周囲の同世代の子供たちとは一線を画す、大人びた落ち着きを持っていたという。
 幼稚園時代も友達と一緒に「ごっこ遊び」に興ずるわけでもなく、一人、本を読んでいるか絵を描いているかで、話をしてくれた幼稚園の教諭は一時期何かしらの障害を疑ったが、直接に話してみるとやけに大人びた回答が返って来て、逆に閉口してしまうこともしばしばだったという。しかもやがてこちらの疑いを察したかのように、おとなしめの女児を集めて絵本の読み聞かせをしたり、絵の描き方を指導しているかのような素振りさえ見せたのだと。
 泣いたりぐずったりすることもなく、全てのことを一人でこなし、時には友人の手助けすらする様子を見て、若い教諭は空恐ろしい感覚を身内に感じることもあった、と言葉を結んだ。
 小学生になってもそれは変わらず、クラスでもいつも一人だった。だからと言って浮いているわけでもなく、いじめを受けているわけでもない。いつも周囲を睥睨するかのように教室を見回し、異常がなければ読書に興じ、異常があればそこに赴いて問題の解決やけんかの仲裁に入ることもあった。が、ほとんどの場合は口元に薄い笑いを浮かべて静観しているだけだった。
 
 「生徒の中に、一人だけ大人が混ざっているような感覚でした。」

 話を聞くことができた4人のうち、3人までがまったく同じ言葉で大門世文をそう表現した。
 中学生になると、大門の生活はより荒んだものに変化していった。入学早々に、その人を小馬鹿にしたような態度で上級生から目を付けられたが、大きな暴力事件などもないままにその話題は「触れてはいけない」ものになっていた。一緒に補導した少年から聞いた話によれば、上級生の中でも番長格の人間と1対1で話をつけたというのがもっぱらの噂だが、真偽のほどは誰にもわからないという。
 とにかく「大門世文に構うな」ということが学内の不文律となったことだけが事実として語られた。
 こうして一定のポジションを獲得すると、今度はへつらって近寄って来る同級生を相手に商売を始めている。売り物は漫画雑誌やお菓子類から徐々に高額の物になっていき、最終的には数万円の家庭用ゲーム機にまで及んでいた。
 おそらくこの頃から万引きに手を染めているはずだと見当を付けたが、ついにその痕跡を見つけることはできなかった。
 そして、今回の補導の直接の原因となる「集団万引き」事件。
 同学年の生徒を手足のように操り、万引きしてきた商品を買い上げて高値で他に売りつける。その首謀者が、この大門世文なのだ。
 本人が直接現場に赴くことはない。いわゆる「指示役」として君臨し、指示を出し店の外で品物を受け取ったり、逃走の手助けをしたりしていた様子が他の2名の証言で明らかになっている。
 徹底した否認を続けていた大門も、ここに来て「この事件について」の自分の役割などを、それこそ詳細に語ってみせたが、他の件については引いても押しても知らぬ存ぜぬを繰り返すばかりだった。
 この国では「14歳に満たない者は、刑事責任を問わない」という法律がある。他の2名と違い、誕生日前で13歳の大門世文は、一連の事件の首謀者であるにも関わらずその罪を問われない、ということだ。
 もしかしたら、そこまで知った上でのこの余裕かも知れない。そうと思うと阿羅の背中に冷たい物が走った。
 『この子をそのままにしてはいけない。』
 補導員という仕事の前に、人として、親として、放っておいてはいけないという強い思いが「警察官におなりなさい」と言う一言を、阿羅に言わせていた。
 それだけではない。上級生とも物怖じせずに対話する度胸、周囲の人間を手玉に取るような交渉能力、そしてその基礎となる頭の回転の速さと知識からくる自信。高いバランスで総合力を求められる警察の仕事にうってつけなのだ。

 大門世文は、表情を読まれないように俯きながら、ひきつった薄笑いを浮かべるのが精一杯だった。
 何かを声に出したら、それが何にせよ震えたものになるだろう。
 「警察官におなりなさい。」
 その一言が、雷撃のように世文の全身を貫いた。指先が微かに震える。喉の奥がヒリつく。
 捕まった日を含めると、この阿羅と言う補導員との面談は今日で五回目になる。そのいずれも今まで接してきた大人たちとはどこかが違い、少なからず戸惑いを覚えていた中での、この一言だった。
 自分が罪に問われないことは知っている。だが、まさか「警察官になれ」と言われるとは予想だにしていなかった。
 それも警察側の立場の人間から。
 同様に自分がこのままではいけないことも重々承知の上だった。実際のところ14歳の誕生日を迎える前にこうした「スリル」からは身を引くつもりでいたのだが、問題はその後のことだった。
 『またあの退屈な日々に戻るのか…。』
 考えただけで憂鬱な気分になる。
 
 幼い頃から周囲の同世代の人間が、愚かで幼稚な存在にしか映らなかった。同世代の友達より、年上の人間との交友の方が楽しかった。それも数才差では物足りない。だから、相手にはいつも大人を選んで来た。
 ところが大人の方は面白くなかったのだろう。まったく子供らしいところがなく、生意気で頭の回転が速い世文の相手をまともにしてくれる大人はおらず、親や学校の先生ですら心の中では疎ましい、小憎たらしいと思っているのが手に取るようにわかった。
 いや、一人だけ理解者がいた。父方の祖父だけは、幼い頃から世文の才能を見抜き大人と同じように接してくれた。それは祖父の体得した技能である古武術の修練にも現れ、世文は3歳の時から大人と同じ内容での修練を求められた。
 世文もそれを望んだが、周囲の大人の目には虐待と映ったに違いない。危うく祖父と引き離されそうになり、今後は精神性の修練だけで術技の方は行わせないという条件の元、かろうじて引き離されずに済んだ。
 それは精神性の修練のほかに、祖父の集めたあらゆる書物に目を通す機会を得たということも含まれていた。こうして世文は、世代を一足飛びに飛び越えて知識を吸収していったのだ。
 しかし、その祖父も世文が10歳の時に他界してしまった。それからの世文は、荒野の真っただ中に置き去りにされてしまったかのように周囲との隔絶が進み、次第に荒んでいったのだ。

「ねぇ、聞いてる? 冗談で言ってるわけじゃないのよ? 本気で考えてみて欲しいの。」

阿羅の言葉で、世文は顔を上げた。

「なりたいからってなれるわけじゃないでしょ? 試験もあるし。」
「あなたならきっと大丈夫よ。学校の成績だって申し分ないし。」
「そういう問題じゃなくてさ。こんなことするような人間が警察官になんてなれるわけないじゃん。」
「この事件のことが気になるのなら、そこは心配しなくていいわ。あなたは触法少年だから事件の記録は一切残らない。つまり、最初からなかったことになるの。…ほんとは分かってるんでしょ?」
「………。」

 世文はまた俯いた。これは誘導尋問のテクニックだろう。だいぶ遠回りをしているが、隙を見つけたら一気呵成に攻め込まれる。こういう時に気を良くしてベラベラ話す奴はバカだ。

「それと…ね。あまり大きな声じゃ言えないけど現職の警察官にも過去に非行に走った人間は大勢いるのよ。ぶっちゃけちゃうと、悪を知らない人間が悪を取り締まれるわけがないじゃない。警察がほんとに求めてるのは、頭でっかちじゃなくて悪を理解して悪をコントロールできる人間なのよ。」
「………。」
「もう一つぶっちゃけちゃうと、実は私もあなたと同じクチなのよ。私の場合はもっとひどい。暴力事件を起こしてるんだから。ひどいいじめの現場での出来事だったから最終的に被害届は取り下げられたけど、場合が場合なら少年院に行っていたかも知れないわ。」
「………。」
「その時担当してくれた少年課の刑事さんに、私も同じことを言われてこの道に入ったのよ。もう20年以上前の話だけどね…。」
「………。」
「ほんとはこんなこと言うべきじゃないのもわかるけど、あなたにだからあえて言ったのよ?」
「………どうすれば…いいのさ?」
「えっ…? なに?」
「どうすれば警察官を目指せるのさ。」

 世文は、なんで自分がそう言ったのかわからなかった。阿羅の真剣な語り口に絆されたわけでも、その時に本気で警察官になろうと思っていたわけでもなかったが、口をついて出たのがその言葉だったのだ。
 後に振り返った時、この時のこの返答が世文の人生を大きく変えるターニングポイントだったことは理解できたが、「なんで」だったのかはわからないままだった。
 もしかしたら、自分の中の「内なる本当の自分」が意識の外からそうさせたのかも知れない。
 とにかくこれで世文の非行は止み、本格的に警察官を目指す道を歩むことになったことだけは確かだった。

 そしてその道は、自分でも意外なほどにピタリと性に合っていて、変化に富んだ刺激的な道だったのである。


「桜の大門」 13歳・初冬
了。

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