「桜の大門」 ~18歳・春③~
5 18歳・春③
世文が就くことになった副総代という役職は、普通の学校で言うところの学級委員長である「総代」を補佐する「副委員長」ということになる。また議事録を作成したりする「書記」の役割も兼ねている。
そして総代と寮室によって班分けされた「班長」と言う役職との連絡係も務めることになる。警察学校の役員の中では守備範囲が広く、最も多忙なユーティリティーポジションと言えるかも知れない。
厚生委員や体育委員、図書委員などが順次発表されていたが、世文の耳にはほとんど届いていなかった。
最後に各課程の班分けが発表された。警察官B課程は5~6名で構成された六班からなり、世文は一条と同じ第二班に編入された。班ごとに集まり直し、各班の班長を選出する。
「じゃあ、まず自己紹介から始めるか。」
手慣れた様子で一条が仕切り始めた。高校で剣道部のキャプテンを務めていただけのことはある。
「まず俺から行くぞ?名前は一条隼人。18歳で特技は剣道。父親も警察官で、その勧めもあって警察官を志した。彼女はいない。誰か紹介できる人がいたら友達になろう。」
うまい自己紹介だと思った。軽口を交えることで一同の緊張がほぐれたようだった。一条の左隣にいた人間に目線を送る。時計回りでいくということらしい。
「僕は大友和臣。18歳で特技らしい特技はないけど機械いじりが得意かな。家業が整備工場だから。中古車を探してるなら声掛けて。」
「彼女は?」
一条がすかさず突っ込んだ。
「え?ああ、いない。僕も募集中。」
ちょっとした笑いが起きたところで次に移った。
「俺は石川琉希。同じく18歳でサッカー部だった。運動は全般得意な方だと思う。机に向かう仕事が苦手でここに来たんだけど、教科書の量を見てちょっと引いてる…。彼女あり。」
「マジか!友達になろうな!じゃあ、次!」
「後藤一心。21歳になる。実家は寺で、3年ほど銀行で勤めたけどもっと人の役に立つ仕事がしたいと思い直してここにいる。お金とか保険の相談ならちょっとは乗れると思う。あ、金の貸し借りはなしだぞ?彼女イナイ歴半年。未だに傷心中だからそこには触れないでくれ。」
「あっ!すいません…タメ口聞いちゃって…。」
勝手に全員が同年齢だと思い込んでいたが、社会人経験のある人間も当然のようにいる。体育会系の一条は先輩後輩の立場を気にしたようだった。
「いやいや!そういうのナシで行こうぜ?ここじゃ横並び一線だし、気を遣うのは他でやってくれ。先輩風吹かせる気もないからさ!」
後藤が慌てて両手を振る。気さくな感じで好印象を抱いた。言われてみればスーツ姿も浮いていないし、独特の落ち着いた雰囲気を持っている。
「そ、そうスか?じゃあ、お言葉に甘えて…。でもなんか気に障ることがあったら言って下さいね!」
「お互い気楽に意見し合える関係性でいこうぜ。何か気付いたら俺にも言ってくれよな。」
「了解です!じゃ最後、世文!」
「大門世文です。18歳で、一条とは中学が一緒でした。これと言った特技はないし、家もサラリーマン家庭だし、みんなみたいな自己紹介はできないかな。警察官になりたいって言う気持ちだけは強いと思う…。それくらいかな?」
自分でもつまらない自己紹介だと思った。さっきのショックを引きずっていなければもう少し気の利いたことも言えたはずだが、頭の中が遅刻と副総代でいっぱいになっていた。
「俺から補足させてもらうと、世文はめちゃくちゃ頭の回転が速い。人当たりもいいし、いざって時の肝も据わってる。たぶんそういう意味で副総代に選ばれたんじゃないかと思う。」
こういう時の一条ほど頼りになる存在はいない。雑なようで、しっかりと人を見ているところがある。
一通りの自己紹介が終わったところで本題の班長選出に話題が移ったが、第二班の班長はすぐに決まった。
既に副総代の役職のある世文は除外される。残りは4人ということになるが、この状況でみんなが選ぶのは一条以外にはいなかった。
「今のやり取りだけで決まりだろ。一条が一番班長にふさわしいと思うけど、みんなどう思う?」
後藤の意見に、全員が賛同した。
「僕も一条君がいいと思う。場慣れしてる感じだし。」
「正直なところ俺は日々の勉強についていけるかどうかも不安なくらいだからな…。頼めるものなら頼みたいけど…。」
「高校の剣道部でもキャプテンだったし、今の仕切りを見ても向いてるのは間違いないな。」
全員の視線が一条に集まった。
「よし!そこまで言われて断るような俺じゃない。班長は引き受けた。」
控えめな歓声と拍手が巻き起こった。
「もちろん任せっきりにするつもりはないよ。みんなで選んだんだからみんなで補佐する。」
「うん、頼むよ後藤さん!みんなも!第二班、盛り上げていこうぜ!」
一条が差し出した手に、みんなが手を重ねる。なんというか、少し恥ずかしい気もするが、こういうのが一条の持ち味でもある。とにかく周囲を巻き込んで盛り上げるのが上手いのだ。
結局全ての班の中で一番最初に班長を選出し終えて席に戻った。話し合いでまとまらなかった班は最終的にジャンケンで班長を選んでいた。個人的にそういう決め方はふさわしくないような気がしたが、講堂内を巡回している教官から何か指摘が入ることはなかった。
その後、役職に就いたもの達に腕章が配られた。日常生活の中でも常に付けていることになるらしい。それで説明会は解散となり、18:00までに放課後の正装である運動着に着替え、食堂で夕食だ。
時計は17:40を指していた。
「さっき遅れてきた4人!ちょっと来い!」
ガヤガヤと出入口に向かう人波に向けて、周囲の音に負けない大声が響いた。振り返ると最前列の席で川村総代がこちらを見ている。
間違いなく自分たちのことだろう。口調からして面白くない内容に違いない。一条の顔つきが少し険しくなった。
それぞれ心当たりのある4人が顔を見合わせながら前の方の席に移動する。関係がないとわかった人間は続々と講堂を後にした。
「たらたら歩くな!走って来い!」
人のいなくなった講堂に再び怒声が響いた。緊張感が高まってくる。
世文たち4人は川村総代と千坂副総代、警察官B課程の江藤総代、そして女性警察官課程の矢島総代と早川副総代の5名と向き合う形で前に立った。
「初っ端からやってくれたな。恥さらしもいいとこだ。お前らの行動で全体の評価が下がるんだよ。わかってんのか?」
身体の大きい川村総代は声も大きい。それに非はこちらにあるとは言え、かなり上からの物言いな気がする。
「採用されたとはいえ、これから一ヶ月の特別指導期間は試用期間と同じだ。不適格と判断されたらすぐに放校処分だぞ?要するにクビだ。もっと緊張感を持てよ、緊張感を!」
俯いて聞いているしかない。それは確かにその通りだった。
「しかもお前、副総代だろ。模範になるべき立場の人間だっていう自覚が足りないんじゃないのか?」
それは遅刻の後で知ったことで、当然のように当時は自覚などなかったのだが、それを口にしたところで火に油を注ぐだけだから黙っていた。川村総代の小言は続いたが、次第に矛先が江藤総代や矢島総代に変わっていった。
「そもそも総代がもっとしっかりしなくちゃいけないだろ。きちんと総代の仕事をしろよ。とにかく今後同じことが起こらないようにしてくれ。わかったな!じゃあ解散!夕食に遅れるなよ!」
そう言い残して、川村総代と千坂副総代が講堂を後にした。完全に姿が見えなくなったところで、最初に口を開いたのは矢島総代だった。
「何あれ。ヒステリーかしら?」
早川副総代がクスッと笑う。
「いやぁ、コテンパンにやられたねぇ…。ま、みんなあんまり気にしないで。そうそう、大門君…だったよね?総代を仰せつかった江藤康介だ。これから10か月間、よろしく頼むよ!」
江藤総代はそう言って右手を差し出してきた。ためらいがちに握り返した手に、温もりが伝わって来た。
「こんな出だしですみません…皆さんに迷惑掛けちゃって…。」
そうとしか言いようがない。江藤総代や矢島総代、早川副総代には完全にとばっちりで迷惑を掛けてしまった。
「いやいや!僕らもここに来て初めて知ったんだから気を付けようがなかったよ。だから気にしないで!」
「そうよね?まるで最初から知ってるような口ぶりだったけど、川村さんだけ先に教えられてたのかしら?」
「さぁ…それはわかりませんけど…ま、いずれにしても終わったことだしね。これからみんなで気を付けよう!」
江藤総代はにこやかな笑みを浮かべながら、矢島総代やみんなと握手をして回った。一条とは少し違った人を巻き込む能力を持っているように見える。いわゆる包容力というやつかも知れない。
まだ納得のいっていない矢島総代をなだめるように声を掛けながら出入口へと向かった。夕食にまで遅れるわけにはいかない。
自然と男女に分かれて歩き出した。矢島総代はまだブツブツ言っていて、早川副総代は時折笑いながら受け答えしているが、後ろの二人は俯いたまま何も話していないのがちょっと気になった。
「第二班はすぐに班長が決まったみたいだね?」
歩きながら江藤総代が話し掛けてきた。この人は終始にこやかで、穏やかな話し方をするらしい。
「そうなんですよ。一条は生まれついてのリーダーシップがあるみたいで。俺より副総代に向いてる気がしますけど…。」
「それを言うなら僕の方こそだよ!見ての通り、リーダーシップなんて言葉とは対極に位置するような人間だからね。よりによってなんで僕が総代に選ばれたのか分からないけど…年齢のせいかな?」
「あ、江藤総代はおいくつなんですか?」
「恥ずかしながら24歳になるんだ。もしかしたらB課程では最年長かなぁなんて思ってね。」
「そうなんですか。どうりで落ち着いてらっしゃると思った。」
「いやいや!のんびり屋なだけでね!…そんなわけだから苦労を掛けるかも知れないけど、ほんとによろしく頼むよ。一条君もね!」
「こちらこそっす!よろしくお願いします!」
「ハハハ!一条君も面白いねぇ!」
一条は年上と話すと、どうにも体育会系のノリになってしまうらしい。運動部出身の性なのだろうか。江藤総代の目には最敬礼で話す一条の姿がコミカルに映ったようだった。
厚生棟にある食堂で警察学校で初めての食事を食べた。ボリュームはもちろん、味も抜群に美味しかった。食事をしながら当直教官の一人がこの食堂のすごいところを紹介してくれた。
「明日の教職員紹介で正式に紹介することなるけどね。この食事を作って下さる調理員の皆さんはインターナショナルな構成なんだよ。それぞれ和洋中で名を馳せた名人級の料理人でね。食材もそれぞれの皆さんが紹介してくれた生産者の方から一括でリーズナブルに買い上げさせてもらってる。この米なんかネットでキロ3,000円くらいで取引されてる銘品だからね?そこら辺のレストランで食べたら1食で1万円くらい取られるかも知れない。そういうところにも感謝しながら食べてよ?」
鈴木教官と言うらしいが、いわゆるナイスミドルという言葉がピッタリと当てはまる紳士らしい話し方だった。髪の毛の一部分に筆ですっと掃いたような白髪の部分があり、姿勢や箸使いがどことなく優雅な感じさえする。
今日のメニューは揚げた白身魚にあんかけがたっぷり掛かったものがメインで、副菜にタコとブロッコリーのマリネ、鶏肉のたっぷりと入った煮物が並ぶ。それぞれのテーブルに各自が取り分けて食べられる、大皿に盛られたフライドポテトとオニオンフライも準備されていて、味噌汁は豆腐とネギのシンプルなものだったが、ダシの利いた本格の味だった。
食後、残された班長以上の役員に明日朝の点呼の概要が伝えられる。起床時間は6時半、その20分後には集合して日朝点呼が行われる。小雨までなら外、それ以上の雨なら体育館。場所は起床時の放送で伝達されるらしい。
7時に国旗掲揚、そこからラジオ体操とランニングをして各所の清掃。朝食は7時40分からとなり、8時半からは日課が始まる。
「入校案内にもサラッと書いてあるけどね。各班員にあらためてみんなの口から伝えて欲しい。それから、明日の朝からは教官が『指摘』を行うことがある。例えば遅刻とか服装の乱れとか、そういう時だね。指摘をされたらその場で腕立て10回だ。内容によっては『指摘2』とか『指摘3』の場合もある。その時は腕立ての回数も20回、30回に増える。全体で集まる点呼のような場面では教場全体の連帯責任になるから、一人でもそういう人間が出たら教場の全員でこれを行う。いいね?」
その場の全員が声を揃えて返事をした。一つ大きく頷いた鈴木教官は声をひそめて言葉を付け足した。
「これはどこにも書いていないけど、明日の点呼からは全ての行動が『生活点』の加点減点対象になる。各教科の成績も重要なポイントだけど、実はこの生活点がここの評価の半分を占めるといっても大袈裟じゃない。つまり明日からはいつも誰かに評価されてると思って行動するようにね。特に特別指導期間のうちに減点が一定数を超えると放校処分にもなりかねないから。せっかくここに入って来たのにそんなことになったらつまらないだろ?教官たちもそんなことは望んでいないからさ。」
鈴木教官は口元に人差し指を一本当て、一層声を小さくして付け加えた。
「今の話は大っぴらにじゃなく、こそっと全員に伝えてね?これ、みんなは知らないことになってる情報だからね。そのつもりで。」
とどめはいたずらっぽいウィンクだった。
「鈴木教官は『いい教官』ってやつかな。」
寮室への帰り道、世文は一条に感じたことをそのまま伝えた。
「そんなとこだろ。鈴木教官は親身で頼れる優しい教官、ってのもみんなに伝えた方がいいな。」
さすがに一条も本筋を見抜いている。
「逆に言うとさ、明日からはそれだけ厳しい指導になるってことだな。」
「そりゃそうだ。下手したら命のやり取りになる現場にも出くわす仕事だからな。それで根を上げてたら持たねぇよ。とは言え相談できそうな教官がいるってのは心強いだろ?」
「ここは素直に乗っかった方がいいってことだな。」
「そういうこと!人間素直が一番だよ!」
お互いにひねくれた人間という自負がある世文と一条は、その一言で一緒に吹き出した。
渡り廊下に出ると、左右で男子寮と女子寮に分かれるT字路のところに立っている人影に気が付いた。
例の攻撃的な女性と走り方の下手な女性だった。
「桜の大門」~18歳・春③~
了。
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