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「桜の大門」 ~17歳・秋~

2 17歳・秋
 世文が高校3年の秋。かねて望んでいた通り、本町三丁目にある宮城県警察本部で行われた警察官採用試験を受験することになった。
 本部庁舎は宮城県庁と隣接していて、くすんだ薄茶色の外観を持つ大きな建物だった。官公庁の立ち並ぶ一角だが、屋上に立っている大型のアンテナと、前庭に国旗と共に翻る「桜の代紋」を象った警察旗、そして何より駐車場に並んでいるパトカーや白バイ、一見するとなんの変哲もないように見える覆面車が、この建物がただの官公庁ではないことを雄弁に物語っていた。
 世文はその様子を目に焼き付けるように上から下まで見渡すと、背中のリュックを背負い直して歩き始める。
 その間、目に飛び込んでくる一階のエントランスから出入りする制服、あるいは私服の警察官と思しき人間の姿を目にすると、どうしても阿羅補導員の顔が脳裏に浮かんでくる。
 結局あの日以来今日までの約4年間、阿羅補導員と再び会う機会はなかった。だが、あの日伝えられたことを実行し続け、自分は今この場にいる。この建物の中に阿羅補導員はいるのだろうか?
 
「あらゆる場面で自分が警察官だったらどうするかを考えなさい。」

 あの時、阿羅補導員から伝えられたのはそれだけだった。
 世文としては、こんな禅問答のような含みのある言葉よりも具体的なアドバイスが欲しかったが、それを問うても答えは返って来なかった。

 あの事件の後、しばらくは家庭でも学校でも腫れ物に触るような扱いを受けたが、世文は自分から積極的に行動することによって失った信頼を取り戻していった。最初はなかなかうまくいかなかったが、意識して行動しているうちに次第に慣れていき、それまでの自分が自分で作った壁の中に勝手に閉じこもっていただけなのだと痛感させられた。
 高校は周囲の反対を押し切り、実業高校へと進学した。世文の成績であれば当然ナンバースクールから大学進学を目指すのが当たり前と思われていたが、世文は警察官になるのに大学は必要ないと考えたからだ。
 この高校への進学問題で、初めて家族に自分の進みたい道を打ち明けた。両親は当然のように驚き、大学を経てからでも遅くはないのではないかと勧めてきたが、警察官になりたいという強い意志と、そこに大学は不要だと思っていること、三年後の警察官採用試験に不合格だった際には働きながら翌年の試験に臨みたいことなどを述べ、渋々ながらも許されたのだ。
 この時強い味方になってくれたのが二歳下の妹、世那せなだった。
 世那は兄の決意が固いのを知ると、世文の考えを積極的に後押しし、両親を説き伏せる手助けをしてくれた。
 普段は大人しくて控えめで、子供の頃から自分の考えを口にすることなど滅多になかった世那が、淀みなく、しかも理路整然と世文の考えを両親にもわかりやすいように言い換え、説明してくれたのだ。
 リビングのソファに向かい合わせに座った両親は目を丸くして驚き、その驚きから醒めないうちにとうとう了解を取り付けてしまった。
 後に世那はこの時のことを振り返り『お兄ちゃんが警察官だったらみんなに自慢できる』と思ったから手助けしたのだと語った。しかし後年、世那自身が民放テレビ局の看板キャスターとして活躍することとなり、逆に世文が自慢する存在となるのだ。思えばこの時、世那の才能の片鱗が見えた最初の機会だったのかも知れない。
 
 そうして入学した高校での生活は、非常に充実したものとなった。自宅から自転車で15分ほどの高校を選んだため、時間的な制約があまりない状態で校外活動を行うことができた。
 一定程度の学力さえ維持していればアルバイトも運転免許の取得も許されるという実業高校らしい特典も功を奏し、11月生まれの世文が原付免許の取得年齢に達する頃には自分でバイクを購入し、維持できるほどの経済環境を作り出せた。
 バイクが手に入ると行動半径も交友範囲も大きく広がることになり、そこで培った経験や人脈は、生涯の宝物となったのである。
 高校二年に進級し進路を決める時期になると、教師は大学への進学を強く勧めてくるようになった。
 しかし世文の「警察官になりたい」という意思は固く、本人では埒が明かないと判断した教頭が家まで押し掛けてくる騒ぎになったが、ここまで来ると両親も世文の考えを後押ししてくれるようになり、公務員試験一本で勝負することが早々に決まった。

 そんな過程を経ての受験だった。一次試験はマークシートでの学力検査、知能関連及び身体的な適性検査、そして論文形式の筆記試験となる。これを一日で終わらせるのだ。
 他の公務員試験と違うのは、運動着の持参を求められることだった。詳しいことは明かされていなかったが、昨年度の受験生の話では、身体の柔軟性や敏捷性、筋力を測る検査が行われるという。
 この時点では世文に懸念事項は見当たらなかったが、問題となるのは二次試験の面接と家庭環境などの調査の部分だった。
 記録には残らないと言われていても、不安を完全には払拭できない。自分の場合は場当たり的な万引きとは訳が違うということを、自分が一番よく知っていたからだ。
 そんな思いを隠しながら臨んだ午前中の試験は、かなり手応えを感じる結果となった。論文の課題は「自分の尊敬する人物」というものだった。家族にするか実在の人物にするか迷ったが、最終的に三国志の英雄を選んで書くことにした。
 昼食を挟んで午後、大きな道場で身体的な検査を受けた。身長や体重などの測定のほか、背骨や色覚までチェックされた。運動機能検査では腕立て伏せや反復横跳び、垂直飛びなどを行う。これも大きな問題もなく終えることができた。
 
 「よう、大門!」

 着替えを終えて帰ろうとした時、後ろから呼び止められた。振り向くとそこにいたのは中学時代の同級生、一条だった。顔は覚えているが話をしたことなどほとんどなかったはずだし、卒業後どこの高校に行ったのかも知らなかった。
 朧げな記憶を辿ってみると、あの頃より驚くほどに背が伸びていて、170㎝に届かない世文より頭一つ分は背が高い。運動着の上からでもわかるほどに胸板や肩が逞しかった。

 「おぉ…一条…だっけ?」
 「そうそう。一条隼人。ってか覚えてないだろ?」
 「顔と名字は覚えてたけど名前は忘れてた。」

 正確には『知らなかった』というべきなのだが、それをそのまま伝えるほど気が回らないわけではない。

 「そんなこったろうと思ったよ。お前、警官目指してたのか?」
 「そうだよ。一条もそういうことなんだろ?」
 「まあ、俺はオヤジも警官だしな。だけどお前、頭良かったじゃん。大学とか行かねーの?」
 「んー。勉強よりも早く稼ぎたいんだよ。だから高卒枠で受けることにしたんだ。」
 「そっか…。なあ、せっかくだしどっかでコーヒーでも飲んでいこうぜ? ソッコー着替えるからちょっと待ってろよ。」
 一条はそう言うと、こちらの返答も聞かずにロッカールームの人ごみに紛れていった。できれば早く帰りたいところだったが、父親が警察官ということなら何か役立つような話が聞けるかも知れない。
 「お待たせ。アーケードにミスドあるじゃん? そこでいいか?」
 「ああ、いいね。」
 ちょうどいい。帰りに世那にお土産を買っていこう。世那はポンデリングが大好物なのだ。
 道すがらお互いの近況について軽く話をした。一条はスポーツ特待生として私立高校に通っているらしい。剣道では県大会での優勝経験もあるという。体がデカいのも納得だった。
 店に着いてそれぞれに注文を済ませると、一条がおごると言い出した。そこで問答をしても始まらないので会計を任せ、先に席を確保しに向かう。
 「お前、ドーナツ2個でいいの? 足らなくね?」
 一条の皿にはドーナツが6個乗せられていた。甘い物が好きなのかも知れないが、さすがに食べ過ぎな気もする。
 「晩飯もあるしな。今日はおふくろが気合入れてるみたいだからさ。」
 「ああ、そういうことか。」
 それぞれの食べ物を口にしながら、話は自然と今日の試験についての話題になった。どうやら一条は筆記試験に不安があったらしい。答え合わせをしていくうちに、一条の顔色はどんどん悪くなっていった。
 「マジかー。何気にヤバくね?」
 「いや、俺が間違えてる可能性だってあるよ。」
 「いーや、それはないな。お前成績ランキング常連だったじゃん。」
 「あの頃とは違うよ。それに単純な成績だけってことじゃないだろ?一条には剣道もあるし、オヤジさんが現職ってのも強みだと思うけどな。」
 「いつの時代の話だよ!今どきコネなんか何の役にも立たねーよ。お偉いさんだってなら話は違うかも知れないけどな。」
 「そんなもんなのか?」
 「そんなもんだよ。」
 なんだかんだで1時間以上も話をして過ごし、帰り際に連絡先を交換して別れることになった。
 「じゃ、とりあえず二次で会えたらまた話そうや。」
 「どっちもいない可能性もあるけどな。」
 「それ、笑えねーよ!…まあ、それならそれで残念会でもしようぜ。」
 自分でも意外だったが、一条との再会が楽しみなことに気が付いた。できれば二次の試験会場での再会が良かったが、もしそうならなくてもまた話がしたいと思った。
 最終的に二人は無事に合格し、警察学校で共に切磋琢磨することとなり、その後の人生でもお互いを認め合う生涯の友となる。
 「あっ…。」
 世那のポンデリングを買い忘れたのに気が付いたのは、自宅の門を開いた時だった。


「桜の大門」 ~17歳・秋~
了。
 




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