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実験の国(2-b : 合格発表)

【目次】
第1章 Introduction
 1-a : 実験が禁止された世界
 1-b : 小山真治
第2章 Methods
 2-a : 芦田昇
 2-b : 合格発表 ◀
第3章 Results
 3-a : 失敗してもやり直せばいい
 3-b : 希望の島
第4章 Discussion
 4-a : 命をかけた研究
 4-b : アキラメナイ気持ち
第5章 Future Work
 5-a : 管理棟
 5-b : 実験の国
終章 Acknowledgement
 6 : 責任の所在




第2章 Methods

2-b : 合格発表


卒業式の翌週、東都大の合格発表が行われた。オンラインで確認することもできたけど、家で一人ソワソワするのがなんとなく嫌で、大学まで発表を見に行くことにした。珍しく父さんが「おれも行こうか?」なんて言ってきたけどそれはさすがに断った。万一落ちていて父さんと二人なんて耐えられない。

発表時間は正午だったけど、少し前に大学に着いた。電車と徒歩で片道一時間。最初は家から通うのもいいけど、そのうち近くに下宿したいな、なんて頭の中は既に東都大生だ。

開校から200年以上。校舎は決してきれいとは言えないけれど、不思議と趣がある。特に僕の志望する理学部は東都大の中でも一番古い方で、不規則に植えられた広葉樹の隙間から覗く校舎はここだけ1900年代にタイムスリップしたかのようだ。
手製のカラフルな立て看板や、今ではアンティークでしか見ないようなロードバイクが校舎の壁に立てかけられて、その横をたくさんの受験生が行きかっている。

色とりどりのスポーツウェアに身を包んだ東都大生たちがあちこちに紛れている。卵から孵ったひな鳥が最初に見たものを親だと思うように、今日ここで誕生する新東都大生も最初に声をかけられた先輩に誘われるがままに部活を決めるのかもしれない。そんな想像をするのも何だか楽しい。

発表時間が近づくにつれて徐々に周りの緊張感も色濃くなってきた。僕も段々ドキドキしてきて、何度も時計を確認しているうちにやっと12時になった。

校舎の前に設置された映画館並みの巨大モニター前には人だかりができている。僕も画面が見える位置まで近づくと、『12時に合格者の受験番号を発表します』という表示がパッと切り替わり、合格者の受験番号が一斉に掲示された。こうやって数字が並ぶと、合格者が40人って思ったより少ない。


1123……あ、あった!


手ごたえはあったものの、その中に自分の番号を見つけた時は喜びと安心感でしばらく動けなかった。少しして我に返ると、わざとらしく「よっしゃ」と声にして小さくガッツポーズをした。
国家科学庁の研究員まで、まずは第一関門クリアだ。


母さんに電話して、開口一番「受かったよ」と伝えた。

「よかった。ほんと……よかった。がんばったね。お父さんに代わるわね」
と涙声の母さんと対照的に「おれの作った弁当が効いたんだな」と自分の手柄のようにガハハと笑う父さん。

その弁当というのは当然ながら中華弁当だった。試験当日、席についてカバンから筆記用具を取り出した途端、ニンニクの匂いがぷわんと広がった時は正直オワッタと思った。周りからは白い目で見られるし、何してくれてんだよって思ったけど、いつも嗅いでいる匂いに包まれたおかげか、落ち着いて普段通りの力が出せたのは父さんには内緒だ。

「いや、僕のがんばりですけど」

照れ隠しでそう言うのが精いっぱいで、ちょうど店はお昼時の忙しい時間帯だったのですぐに電話を切った。
モニターに映し出された自分の受験番号を何度も見返してにやにやしていると、周りでもあちこちで受験生が歓声を上げているのが聞こえてくる。その声を聞いているうちに、あぁ受かったんだなって実感が心地よく体を震わせた。

チチチ、という声で上を見ると、小鳥が二羽、仲良く木の枝のところで追いかけっこしている。頬にあたる風が心地よい。




◇◇◇

帰宅するとまだ15時なのに父さんと母さんの二人とも家にいて驚いた。

「あれ、店はいいの?」と聞くと、「なんだかソワソワして今日はもうダメだねって二人でなっちゃって」と母さんが笑う。

「せっかくだから、ちょっといいもん食べにいくか」と父さん。

そういえば昼ご飯をまだ食べていなかったのに気が付いた。合格の喜びで空腹も忘れていたけど、意識し始めると途端にお腹がすいてきた。

みんなで外食なんていつ以来だろう。そういや随分昔、近所のお寿司屋さんに連れて行ってもらったことを思い出した。回らないカウンターのお寿司屋さん。目の前で板前さんがリズムよく手をきゅっとすると魔法のように美しいお寿司が出来上がる。あれはまるでマジックショーを見ているかのようだった。どのお寿司もキラキラと輝いていて美味しそうだったけど、まだ生魚を食べられなかった僕に、板前さんは天ぷらと優しい甘さの卵焼きを使った創作寿司を出してくれた。

メニューにない僕の為だけの特別なお寿司。板前さんは僕の反応を見ながら、その日5種類の創作寿司を作ってくれた。最後に出て来たツナやコーン、僕の好きなものが沢山載ったお寿司。あれは最高に美味しかった。


「お寿司、行きたいな」

「おぉ。最近行ってないな。よし行くか」



◇◇◇

あの時の"好きなもの全部乗せ寿司"をリクエストしたかったけど、さすがに恥ずかしくてできなかった。それでもマグロにハマチ、イクラ、サーモン……美味しいお寿司を沢山食べてお腹と心はいっぱいになった。


もう夕方なのにまだ明るい。
そういやこうして三人で歩くのも久しぶりだ。
通りすがりの人も、塀の上で寝ている野良猫も、満開の桜も、今日はみんなが「おめでとう」と祝福してくれている気がする。

自然と頬がゆるむ。
フワフワした気持ちで今ならどこまでも高く飛んでいけそうな気がする。


「ちょっと話そうか」

突然父さんが公園の前で言い出した。視線の先にベンチがある。
子供の頃はよく来た滑り台と砂場しかない小さな公園。ここの桜もきれいで、2、3歳の男の子と母親が砂場で遊んでいるのが見えた。

小さなベンチに、父さん、僕、母さんの順に腰かける。
おだやかな風がひらひらと桜の花びらを僕らの上に落としていく。

「体の調子はどうだ?」

左手に座った父さんがぽつりと言い始めた。

「普通だけど。なんで?」

父さんと話すとどうしても言葉が強くなってしまう。

「この前さ、真治、何もない所でこけて骨折っただろ?」

「うん……」

「あれな……。ちょっと真治に言ってなかったことがあるんだ」

「は?」

急にその場の空気が重くなって戸惑った。右を見ると母さんも口元をきゅっと結んでいる。
は? の形に開いた口にちょうど落ちて来た桜の花びらがくっついたのが気持ち悪くて手で払い落した。


しばらくの沈黙の後、父さんが口を開いた。

「実はな、お前、ちょっとした病気があるんだ」

思わず顔を上げると、父さんはふっと目をそらして僕の左手のギブスを見つめた。
そのまま僕の方は見ずに何度か口をぱくぱくとさせると、覚悟を決めたようにまた話し始める。

「まだ名前もついていないくらい珍しい病気らしいんだ」

父さんの眉間のしわがどんどん深くなる。

「大きくなるにつれて、症状が出てくるって聞いてる」

ぽつりぽつりと、止まることなく父さんは話し続ける。母さんは下を向いたままだ。

「こけたのは多分、それが出始めたんだと思う」

父さんはまだ止まらない。

「それで、死ぬこともあるらしい」


突然”死ぬ”の二文字が登場して、最初それが何を意味するのか分からなかった。

きっと間の抜けた顔でぼんやりしていたのだろう。
僕の肩に手を置いて、父さんはもう一度「死ぬかもしれない病気なんだ」と言った。


ハッとして見返すとようやく父さんと目が合った。その目を見れば冗談でないのはすぐにわかった。

僕が死ぬ? こんな元気なのに?

急激に口の中の水分がなくなって、頭の中に心臓をぶち込まれたみたいにどくんどくんと音が鳴り響く。そのリズムを聞いているとだんだん気が狂いそうになってきた。

目の前が赤くなって気が付くと、何かが僕の中から勝手にあふれ出していた。

「ちょ、なにそれ? 死ぬってなんだよ? なんで今なの? 今日は合格して良かったね、でいいじゃん。これから人生いいことありそうって思ったとこだったんだよ。そういうとこだよ。昔から実験のことも僕の気持ちも頭から否定して、料理しろばっか言って自分の価値観押し付けてきてさ。ちゃんとこっちの気持ちも考えてくれよ!」

止まらなかった。涙もよだれも父さんに対する怒りも全て垂れ流して僕はその場で地面に仰向けに転がった。

まるでイヤイヤをする幼児のように、手足をばたつかせ、喉が裂けるほど叫んだ。

砂場にいた母親が、おびえた様子で子供の手を引いて公園から去っていくのが視界の端に見えた。それでも構わず叫び続けた。



◇◇◇

気が付くと父さんたちの表情が見えないくらい日が落ちていた。

母さんは顔を手で覆って泣いている。
父さんは、どこか遠くを見ているのか、ぼんやりとベンチに座っている。

少し落ち着いたら顔や腕についた砂が気になって、上半身を起こして砂を払った。

「ふぅ」

全部出し切ったことを確かめるように残った息を吐いた。
なんだか合格発表を聞いたのが遠い過去のようだ。
ぐちゃぐちゃの頭でどうしてこんなことになったのか考えてみたけどわからない。

死ぬかもしれないってなんだよ。

こんな世界で実験が好きだと言い続けた報いなんだとしたら、ひどすぎる。

父さんが僕に何か言っているみたいだけど、何も耳に入ってこない。

周りの景色はいつの間にか色を失っていた。
足元からずぶずぶと地面に沈んでいく。

重くて暗くどこまでも。


やっぱり僕は一人だ。




>>3-aへ続く



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