実験の国(終章6 : 責任の所在)
【目次】
第1章 Introduction
1-a : 実験が禁止された世界
1-b : 小山真治
第2章 Methods
2-a : 芦田昇
2-b : 合格発表
第3章 Results
3-a : 失敗してもやり直せばいい
3-b : 希望の島
第4章 Discussion
4-a : 命をかけた研究
4-b : アキラメナイ気持ち
第5章 Future Work
5-a : 管理棟
5-b : 実験の国
終章 Acknowledgement
6 : 責任の所在 ◀
終章 Acknowledgement
6 : 責任の所在
「吉田さんですか? この前はありがとうございました」
「真治君? どうするか決めてくれた?」
「はい」
スマホを握る手が汗で滑る。後ろで父さんと母さんが心配そうに見ている。
「僕は…僕は、芦田さんの研究を完成させたいです。よろしくお願いします」
「じゃあ、移植手術を受けてくれるのね?」
「はい……」
「あぁ、ほんとに。良かった」
吉田さんが明らかにほっとした様子が伝わる。
「でも、条件があります」
「条件? それはなに?」
再び吉田さんの声に緊張が少し混じる。
「この研究がうまくいったら、研究責任者として芦田さんの……父の名前を公表してください。今のままだと父は単なる犯罪者。それは……あんまりです」
「Acknowledgement……謝辞か」
「はい。実験は成果そのものも大事だけど、その実験を考えた人、実行した人、成果をまとめた人、関わった人皆が大事ですよね」
「ふふふ。随分偉そうなこと言ってくれるじゃない。実験の大先輩に向かって」
「あ、すみません。つい」
「いいわ。真治君、あなたの条件は必ず守る。これからよろしくお願いします」
◇◇◇
目を開けると白い天井と無機質な細長い電灯が目に入った。
自分ではよく見えないけど、僕の体には無数のコードが繋がっている。これで体のちょっとした変化もモニターできるらしい。
移動式のストレッチャーは見た目が頼りなくてガチャガチャ言うからもっと揺れるかと思ったけど思いの外快適だ。押してくれる看護師さんが上手なのかもしれない。
昨日食べた病院食のおかゆがとても優しい味で、いつか食べた鯛ラーメンを思い出させた。あれからもう何年も経った気がする。
そんなとりとめのないことを考えながら、今僕は人生の岐路に立っている。
これから手術をするのだ。
僕の体に『ミュー細胞』を移植する。うまくいけば、『ミュー細胞』は僕の血となり肉となり、元気な体を取り戻せるはずだ。
うまくいかなければ……?
その時は僕がエターナルヒューマンになるだけの話。
世界を救う被験者かもしれないし、世界を終わらせる最初の一人かもしれない。
つい数か月前の僕なら、そんな未来でも生きたいと思っただろうか。
……いや、今だって本当は怖い。
手術室について、僕のベッドの周りが騒がしくなってきた。
そろそろ麻酔医が僕のおしゃべりな脳も一旦休ませてくれるはずだ。
目を閉じると、これまでのことが色々と思い出された。
ビーカーを持って怒られた小学生の頃。
部屋中に実験器具を並べて母さんに呆れられた中学時代。
一人で過ごした高校の放課後。
そして、芦田さん。
「やってみよう」
あの日の声だけが、なぜか一番はっきり残っていた。
あの日の実験が、気づけば僕をずっとここまで連れてきていた。
僕は生きたいのだろうか。
そうかと聞かれればそうだし、違うような気もする。
むしろ、芦田さんが始めた実験を完成させたいだけなのかもしれない。
そこには全人類を救いたいとか、科学の発展のためとか、世界におけるこの国の地位がどうとか、そんな主語の大きな話ではなくて、単に「僕が実験が好きだから」、それに尽きる気がする。
あぁ、麻酔が効いてきたみたいだ。
……目が覚めたら何をしようか。
そうだ。書きかけの研究レポート。
あのレポートの最後のページを埋めなきゃ。
Acknowledgement──
この研究の責任は、誰か一人のものじゃない。
芦田さんも。父さんも母さんも。吾妻も、吉田さんも。
そして僕も。
<了>
いいなと思ったら応援しよう!
サポートいただきありがとうございます😊嬉しくて一生懐きます ฅ•ω•ฅニャー