実験の国(1-a:実験が禁止された世界)
【あらすじ】
ある日突然、「実験」が禁止された世界。
かつて不老不死を目指した研究が暴走し、一国が消滅した事故をきっかけに、人類は実験の自由を手放した。
研究は国家科学庁だけに許され、一般人が行う実験は犯罪となった。
そんな世界で生きる高校生、小山真治には夢がある。
研究者になること。
そしてもう一つ、本人すら知らなかった秘密がある。
原因不明の難病に侵され、残された時間が少ないことだ。
病気が進行する中、真治は芦田昇という男と出会う。彼は実験を愛し、国に研究を禁じられた過去を持つ男だった。
その出会いをきっかけに真治は知ることになる。
自分の出生の秘密を。
十五年もの歳月をかけて続けられていた、命を懸けた研究の存在を。
そして、「人を救う研究」と「世界を滅ぼしかねない実験」の境界を。
実験は危険だから規制されるべきなのか。
それとも、人は知りたいと思うことを止められないのか。
これは、ひとつの命と、ひとつの実験が未来を揺らす物語。
【目次】
第1章 Introduction
1-a : 実験が禁止された世界 ◀
1-b : 小山真治
第2章 Methods
2-a : 芦田昇
2-b : 合格発表
第3章 Results
3-a : 失敗してもやり直せばいい
3-b : 希望の島
第4章 Discussion
4-a : 命をかけた研究
4-b : アキラメナイ気持ち
第5章 Future Work
5-a : 管理棟
5-b : 実験の国
終章 Acknowledgement
6 : 責任の所在
第1章 Introduction
1-a:実験が禁止された世界
「じゃあみんな、教科書87ページ開いてー」
真っ青な空に白い大きな雲。いかにも夏らしいじりじりとした太陽の光が窓から差し込む1年B組の教室で、袴田先生の声が暑苦しく響く。
ちょうど前の授業が体育だったから、熱気と汗と日焼け止めの匂いで教室の中は地獄のようだ。
「今日は『科学研究適正化法』についてやるぞー。近代科学史でここが一番大事なとこだからな。お前ら寝るなよーテスト出るぞー」
僕が一番好きな授業の一つがこの科学史だ。人類が歩んできた科学の歴史には多くのドラマがある。その時代その時代で明らかになっている知識を最大限に組み合わせ、すぐには思いつかないような仮説を立てて、実験で検証する。そうやって新しい発見を積み重ねてきた過去の研究者たちに小さい頃から憧れて、実験がしたくてたまらなかった。僕にとって科学史はヒーローが活躍する映画を見ているみたいなものだった。
こんなにワクワクする授業なのに、クラスメイトには全然人気がない。彼らはいつも恋愛やゲームの話ばかりしている。そんなことに時間を使って何が楽しいのか。それよりは教科書に書かれた実験条件の方がよっぽど面白い。
そもそも「テストに出るぞ」なんて言葉で授業に集中する高校生がいるだろうか。どうせ後で皆「ノートを貸してくれ」って僕のところに頼みにくるに決まっている。
そんな散漫なクラスメイトの空気に気付いていないのか、単に無視しているだけなのか、袴田先生は淡々と条文を読み始めた。
科学研究適正化法
第一条(目的)
本法は、科学技術の発展に伴い、人類及び社会秩序の安定を確保するため、許可なき実験行為を制限し、もって公共の福祉を守ることを目的とする。
第二条(定義)
本法において「実験」とは、物理的・化学的・生物学的操作を伴い、未知の結果を導出する行為をいう。
なお、シミュレーション、仮想空間における計算処理その他非物質的な検証はこれに含まない。
第三条(禁止行為)
何人も、国家科学庁の認可を受けることなく、以下の行為をしてはならない。
一 生体試料の採取及び改変
二 化学物質、遺伝子、細胞、臓器等の「実験」操作
三 爆発性、感染性、毒性を有する物質の生成または改変
四 その他、社会的影響が重大と認められる「実験」行為
・
・
・
「皆も知ってるように、勝手な実験は禁止されている。でもこれって最近の話なんだぞ。今からちょうど100年前の2026年。良かったな、覚えやすくて」
にっこり笑う袴田先生にリアクションする生徒はいない。
「さて、せっかく世界で足並み揃えて実験を禁止したのに、一部の国々が勝手な行動をとりました。えーと、じゃあ今、目が合った牧野、その勝手な行動ってなんだかわかるか?」
「え、えと、実験器具の密売とか?」
「おいおい、流石にそれやっちゃうと戦争になりかねないよ」
牧野が「やばっ!!」って大げさなリアクションをとると、皆の意識が少し先生に向いた。
「A合衆国とC共和国が抜け駆けしてワクチンの開発をしたんだよ」
いいタイミング、とばかりに袴田先生がどや顔をキメると、教室中がざわついた。A国もC国も今じゃ世界の中心にいる大国だ。僕も前に袴田先生と雑談していてこの話を聞いた時はかなり驚いた。当然教科書にも載っていないし、授業では本来扱われない話だけど、こうして普通は教えてくれないことを伝えてくれる袴田先生の授業は実に面白い。
「2057年のMウイルスのパンデミックは聞いたことあるだろ。表向きは、世界中で協力してウイルスを封じ込めたって話になってるけど、実はあの時A国とC国が裏で国を挙げて実験してたんだろうって噂だ。事実、その後で両国の存在感はどんどん大きくなっている」
僕はニュース映像を思い出した。A国の大統領とC国の主席が並んで笑っていた映像だ。
「勿論どっちの国も否定してるけどな。みんな、こういうルール違反は絶対ダメだぞー」
「あ、おれもそのウイルスの話聞いたことある!」
先生の話を受けて、山中が立ち上がって勝手にしゃべり始めた。
盛り上げるのが上手くて運動もできるからって、こういう勝手なことをする山中が僕は苦手だ。
「あの時結構な数のひとが死んだらしいじゃん? それってこの国ですぐに薬作れたら死ななかったんじゃないかってことで、実験しよーぜってデモが起きたらしい。なんかうちのじいさんも参加したとか」
「お、山中。それはあんまり大きな声で言わない方がいいぞ。先生は中立派だけど、どこで誰が聞いてるか分からないからな。」
そう。実験擁護派と認定されたらまずいことになるっていうのは小学生でも知っている。
「やべ。みんな聞かなかったことにしてくれ」
おどけた様子で山中がペコペコ頭を下げると教室中にどわっと笑いが起きた。そう、山中のこういうところが苦手、というか結構嫌いだ。
いつも授業の邪魔ばっかりして。いっそ逮捕されちゃえばいいのに。
まだざわつく教室で先生が続ける。
「それじゃあ、どうして勝手な実験が禁止されているかわかるひとー?」
袴田先生と目が合った僕は迷わず手を挙げた。
「はい!」
「お。小山博士! 解説よろしく」
放課後に袴田先生のところへ話を聞きにいくうちに、いつしか僕は『博士』と呼ばれるようになっていた。勉強熱心な僕を見て先生は何気なくこう呼んでいるんだろうけど、僕はこの『博士』が気に入っている。気は早いけど、歴代の著名な研究者たちの仲間入りをした気がするからだ。呼ばれるうちにその気になってきたのも事実で、名は体を表すというのは本当らしい。任せてくださいよ、と言わんばかりにすっくと立ちあがると、メガネをくいっと人差し指で上げて早口でまくし立てた。
「きっかけは2025年の『エターナルマウス事件』ですね。X国の研究者が遺伝子を操作して“不老不死”のマウスを作り出したところ、繁殖が抑えられず爆発的に増殖してしまい、最後には国の一部が隔離される事態になったからと言われてます、はい」
皆が分からない問題を答えられた嬉しさを噛み締めて立っていると「すげー! さすがハカセ!」とか「ハカセやばっ! 何言ってるのかわかんねぇ」なんて声が背後から聞こえてきた。
いやいや、これくらい答えられて当然だって。
「ちなみに、エターナルマウスを生み出したチェン博士は最期までこの研究の意義を訴えて亡くなったそうです」
「さすがだな。もう来週からおれの代わりに授業やってくれよ」
先生に褒められてにやにやしていると、山中が「おれもハカセの授業聞きたーい」と言い出してクラスの皆がどっと沸いた。
うっせえ山中。皆も何がそんなにおもしろいんだ?
「はいはい、お前ら、もういいから」
皆が騒ぐのを手で制して、真顔に戻った袴田先生は続ける。
「そう、その『エターナルマウス』ってやつが曲者でな。病気にもならないし、殺すこともできない。博士も言ったように、あっという間に増え続けて、結局は国の大部分を巨大な壁で隔離するしかなくなったんだ。今でもあの壁の向こうには“ネズミの国”があるって言われてるよ。」
教室では「うげー」とか「やべー」みたいな声があちこち聞こえる。僕だって心の底から「うげー」と言いたい。だって、この事件のせいで実験の自由が大幅に制限されてしまったのだから。
でもここでふと疑問がわいてきた。
「先生、でもそんなに個体数が増えたら食べるものとか無くなって一定以上は増えないと思うんですけど。エターナルマウスはどうして死なないんですか?」
「あぁ、詳細は国家機密扱いだからちょっと分からないな。公開されてる資料が少ないんだよ」
先生から満足できる回答はなかった。
でも変じゃないか。いくら死なないからって、生物はエネルギーがないと動けなくなるはずではないか。どうして皆疑問に思わないんだろう。教科書に載っているから? 世界中が「右が正解」と言えば答えは「右」一つなんだろうか? わからない。
「じゃあ……」
さらに先生に質問しようとした瞬間、授業の終わりを告げるチャイムが鳴って、僕の疑問は教室の空気の中に霧散した。
「博士、続きはまた今度だな」
袴田先生は職員室へ帰ってしまって代わりに担任の島田先生が入って来た。
「はい、座って。ホームルーム始めるぞ。おい、山中、私服に着替えるのは学校出てからにしろ!」
皆が爆笑する。エターナルマウスのことで頭がいっぱいの僕を残して、クラスの時間は流れていく。
ホームルームが終わると、皆はそれぞれ仲の良い友達同士で集まって話をし始めた。
僕は教科書をカバンにしまいながら、耳に入ってくる会話になんとなく意識を向けた。
「ねー、昨日上がってた動画で『骨を溶かす飲み物はどれか?』ってやってたんだけど、あれって実験だよね? BANされちゃうのかな。あのチャンネル好きだったのに」
「そろそろ髪切ろっかなぁ。イメチェンしたい!」
「バイト先の店長がかっこよくてさー。今度遊びに行こうって話になって」
会話の矢印はどれも僕には向いていなかった。
別に慣れている。そもそも話したいとも思わない。
悪いけどクラスの皆みたいにアホな時間を過ごしている暇なんてない。
……そう自分に言い聞かせるのも、もう何年目だろう。
「さぁ、帰って勉強しようかな」
誰に向けてでもなく独り言をつぶやくと、僕はカバンを手に騒がしい教室を後にした。
◇◇◇
「実験がしたけりゃ、国家科学庁に行くしかないな」
袴田先生にそう言われてからの高校3年間、僕はひたすら勉強に打ち込んだ。最高難関と言われる国家試験をパスしなければ目指す国家科学庁に行くことはできない。科学庁の研究員の9割は東都大出身と聞いた。自ずと最初の目標は東都大合格に決まった。
「なんでそこまで実験にこだわるんだ?」
家で勉強ばかりしている僕を見て、父さんは理解できないという顔をする。
父さんは料理人だ。若い頃にこの街に引っ越してきて、そこで出会った母さんと結婚して町中華の店を開いたらしい。もう20年以上、この町の人の胃袋を支えている。
なんで料理人の子供が「実験、じっけん」ばっかり言ってるんだ? と父さんは首をかしげていたけど、そんなの僕自身にもわからない。
ただ、周囲の友達がヒーローごっこに夢中になっている横で、父さんのワイシャツを白衣に見立てて研究者ごっこをしていたくらい変わった子供ではあった自覚はある。
あれは小学生の頃だった。こっそり育てていたビー玉大のミョウバンの結晶を父さんに見つかったとき、初めて平手打ちを食らい、怒鳴られたのを今でも覚えている。母さんはその横で「どうしてこんなことを」っておろおろ泣いていた。
写真に載ってる綺麗な結晶を自分でも作りたかっただけだった。
本に手順が載っていた。
身近に材料と道具もあった。
だからやってみただけなのに。
それなのに、父さんには殴られ母さんには泣かれた。
実験は、ヤッチャイケナイ。
どうしてなの?
どうしてやっちゃいけないの?
どうして誰も変だって思わないの?
あの時沸き上がった疑問は、二人の顔を見ていたら言い出せなかった。
でも、高校生になった今でも変わらず持ち続けている。
むしろ、世の中のルールが見えてきてますます分からなくなってきた。
人類がここまで発展したのは実験のおかげなのに。
確かに人類は失敗した。でもたった一回だ。
エジソンだって何千回も失敗したのに。
次は失敗しないようにって、どうして皆、前向きに考えられないんだろう。
僕がこんなに分からないって悩んでいるのに、父さんは頭ごなしに「実験も料理も同じじゃねぇか。どうせやるならおれの店を継げ」って言う。
いやいや、ぜんっぜん、同じじゃねえ。レシピ通りに作るのと未知を探すのは全然別物なんだって。
父さんが「実験なんか」と言う度に、僕の中では「うるせぇ」って気持ちがどんどん大きくなって、段々と父さんとは口を利かなくなっていった。
>> 1-b へ続く
いいなと思ったら応援しよう!
サポートいただきありがとうございます😊嬉しくて一生懐きます ฅ•ω•ฅニャー