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福岡・天神のド真ん中にドでかい絵を描きました|焼け野原から始まった町

福岡・天神のド真ん中に、
ドカンと私の絵が掲げられました。

しかも同じ図柄で、二箇所。

福岡・天神は九州最大の繁華街。
東京で言うなら、新宿と渋谷をギュッと圧縮した街です。

一つ目は、西鉄福岡(天神)駅 北口出てすぐのマクドナルド上部、

二つ目は、そこからメルヘン通りに向かって歩いてすぐの、PRONTO上部です。

西鉄福岡(天神)駅は、九州全域へ向かう「西鉄天神高速バスターミナル」や、地下鉄の空港線・七隈線、周辺の一般バス停が集中しており、九州の交通網の拠点として機能しています。

今回のお仕事で描いたのは、そんな天神にある新天町商店街の80周年記念事業の一環である屋外ツインボードです。

看板のサイズは、だいたい建物の2階分くらい。下から見上げると、かなりの迫力です。ちょっと離れた岩田屋本店前の交差点からでも、視認できるほどの大きさで、設置作業もかなり大掛かり。高所作業の方がロープで設置してくれていました。2枚張り替えるのは、朝から1日がかりの作業です。

今回のイラストは、

クライアントからのご要望で、

・80周年
・メルヘンチャイム(新天町のからくり時計)
・どんたく(三十三羽鶴)
・山笠(子供山笠)
・にぎわい
・感謝

などをテーマに作画しています。

そして、この新天町という商店街。
実は、ただの商店街ではありません。

80周年と聞いて、お気づきの方もいるかもしれません。そうです。新天町商店街は、終戦直後、戦後の焼け野原から始まった復興の商店街なのです。

「新天町」は焼け野原から始まった

以下、新天町のHPより抜粋です。

「新天町」の始まり――それは、終戦直後のことだった。当時の天神町(てんじんのちょう)周辺は、大空襲で焼け野原。人々の間には暮らしへの不安ばかりが広がっていた。そんな中で博多商人たちが「町に活気と笑顔を取り戻そう」と立ち上がったのだ。

きっかけは1945(昭和20)年、終戦直後に出された西日本新聞社の郷土再建活動案だった。その中の一つに商店街建設があり、実現に向けて原田平五郎氏(おたふくわた社長)に話が持ちかけられたのだ。

当時は材木1本でさえも入手困難な時代。しかし「値段がべらぼうに高い闇市の天下では、人々のためにならない」と原田氏を中心に博多部の老舗の商店主たちが結集。10月には商店街創立準備委員会が立ち上がった。

久々の明るい話題に人々は注目した。入居店舗の募集には、なんと600店が殺到したという。その中から資金状況や業種のバランスなどが考慮され、最終的には78店舗が選び出された。

商店街の命名は、川柳作家でもあった安武孝一氏(ゑり孝店主)に託された。安武氏は筆で大きく「新天神町」と紙に書くと3文字目を手のひらで伏せたという。浮かんだ「新天町」という文字に、皆がワッと賛同。親しみやすく呼びやすい、新しい天神の町の名前が誕生した瞬間だった。

起工式は同年12月22日、落成創業式は10カ月後の翌年10月15日。完成した商店街の姿は、木造瓦ぶきの2階建てが東西に4列、12棟の町並みだった。

新天町物語

戦後の復興から始まった新天町。その記念すべき80年という年に、イラストというお仕事で参加させていただき、本当に光栄です。イラストレーターを始めた時、いつかはターミナルステーションのそばに貼られるような、街を彩る絵を描きたいと漠然とした夢を抱いていましたが、まさかこのような形で現実になるとは。それより何より、クライアントのご要望を絵に落とし込めて、喜んでいただけたのがとても嬉しいです。

街を彩るイラストも平和あってこそ

先日。アメリカ・イスラエルのイラン攻撃が始まりました。今回描かせていただいたような街を彩るイラストも、平和あってのものです。そもそも、戦後の復興から誕生した新天町自体が平和の象徴と言えます。

かつて戦争は、領土問題や思想・宗教対立の果てに起こるものだと思っていました。しかし最近は、権力の維持や、国内の目線を逸らすための隠れ蓑として利用しているように見えてなりません。もし、こんな形で第三次世界大戦が始まってしまったら、たまったものではありません。

小4の娘がイラン攻撃のニュース見て「また戦争やってんのか!何で?」と聞いてきました。ウチの長女は、戦争の報道を見ると怖くて眠れなくなる時があります。ウクライナで戦争が始まった話をした夜、ポロポロと涙と嗚咽を漏らして起きてきたのが忘れられません。そして、ガザでも、イランでも、権力を握る大人たちの都合で、娘と同じ歳の子供たちが大勢死んでいきます。

戦争に反対する理由にこれ以上の理屈がいるでしょうか。

アーティスト、役者、声優、漫画家、映像作家、…etc。あらゆる表現という仕事は平和であってこそ成り立ちます。

WBCが始まります。
世界中が熱狂するその舞台も、平和あってこそ。

かつては、スポーツ選手も戦場へ送られました。ボールではなく弾を撃ち、手榴弾を投げにいったのです。いま、スタジアムに歓声が響くこと自体が、奇跡なのだと思います。

大きな舞台に立つ人の言葉は、
谷に響く声のように遠くまで届きます。

その声が空を翔け、
平和を願う心に届くことを、私は願います。

それでは読んでいただき、
ありがとうございました。

絵の中には、ピエロが3体描かれています。
新天町のどこかにいます。

天神で下車された際は、ぜひ探してみてください。

街を歩きながら、平和について少しだけ考えていただけたら、幸いです。

父の絵が 貼られる様子を 見る息子

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