質問182:自分より何倍も強そうな相手に、どんどん勝てた
一昨日、テニスの団体戦があって、自分よりあきらかに弱い相手に負けてしまい、部活のみんなからブーイングをあびてしまいました。
すごく落ち込んでいる中、このサイトを見つけ、テニスはメンタルスポーツだと改めて思い出させてくれました。
ミスすることは考えない、練習通りにプレーする、そして、テニスを楽しむこと。
その気持ちを持って、昨日、個人戦に向かいました。
そうしたら自分より何倍も強そうな相手、いつもなら0ー6で負ける相手にどんどん勝てて、ついにブロック2位になることができました!!
このサイトを見つけていなければ、いつものように2回戦ぐらいで負けていました。
本当にありがとうございます。これからの生活にも精がでそうです。
また、テニスで負けそうなときは、このサイトへ足を運びます。
回答
▶なぜ、あなたは「覚醒」したのか?
ご報告を頂戴しました。
素晴らしいご活躍ですね!
それはゼロの効果というよりも、ご自身の実力が顕在化した結果です。
「いつもなら0ー6で負ける相手にどんどん勝つ」とは、誤解を恐れずに言えば、こちらで触れたマーカス・ウィリスがロジャー・フェデラーに勝ってしまうようなものかもしれません。
しかもブーイングを浴びて落ち込んだあとでの、強敵のなぎ倒し。
ええ、なぜ「覚醒」したのでしょうか?
▶「嫌われたモン勝ち」?
嫌われて、開き直れたのではないでしょうか?
つまり、人目が気にならなくなった。
テニスというのは、自分でも気づかない無意識裡に、人目がとても気になりがちなスポーツです(関連記事「どうやったら周りを気にせずプレーできる?」)。
何しろ衆人環視の中、広いコートでミスをさらすスポーツですからね。
練習では上手いのに、人目を気にするせいで、試合になるとまったく実力を出せなくなるプレーヤーも、ごまんといます(関連記事「試合になると、練習ではあり得ないぎごちない動きになることがある」)。
▶嫌われてしまえば楽になる? だから強くなる!
人目を気にして「嫌われないようにしよう」とする意識が働くから、ありのままの自分(実力)を出せなくなります。
「ちゃんとした自分でいよう」
「ミスする自分はちゃんとしてない」
「迷惑をかけてはいけない」
など、人目を気にする。
ところが嫌われてしまえば、そんな気遣いどこ吹く風というわけです。
だから「ボールに集中」できます。
▶全員に好かれることは、あり得ない
こちらのポストで無敵とは「敵が無い」と述べましたが、そうはいっても世の中には必ずアンチがいます。
今や国民的アスリートの大谷翔平でさえ「大谷ハラスメント」よろしく、彼に関する加熱する報道を「嫌がらせ」と捉える層もなかにはいるそうですね。
キリストや釈迦でさえ、迫害を受けたのです。
ある女性が「孕まされて捨てられた!」と言って衆人環視の中、釈迦の前に現れたのですけれども、実はお腹の中に詰め物をして見せハメようとする小細工だった、というエピソードがあるそうです。
なので全員に好かれようというのは、長い人類の歴史を鑑みても、非現実的です。
それが叶うと思い込むのは、『テニス・ベースメソッド(基準法)』が真っ向から対峙する「現実に対するイメージのズレ」問題。
テニスと同様、現実とイメージとの間にギャップがあると、人生はどうしても上手くいかないのです。
そうはいっても「嫌われるのが怖い」という人の場合、「嫌われても構わない!」と勢いで押し通そうとするのではなく、理詰めで「現実的ではない」と理解するのも手だと思います。
▶本当の本当の本当に「人それぞれ」
何をしようとすまいと、誰がどう思うか思わないかは、本当の本当の本当に「人それぞれ」。
口では「十人十色」「ダイバーシティ」などと言うけれど、本当のところ腹落ちしていないのです。
活躍すればいいかというと、出る杭は打たれるし、出ない杭は馬鹿にされるし、どちらでもない杭は無視されます。
なので人目を気にしたとて、結局好かれたり嫌われたりする結果は、私たちのあずかり知らないところ。
むしろ人目を気にせず「言いたいことを言い、やりたいことをやる」気ままな性格や態度が、人から好感を持たれたりもします。
相手がかしこまらずにいてくれるから、こちらも気を遣わなくていい自由な振る舞いができたりもする。
逆に気遣いばかりしていると、「何か裏がある」などと勘ぐられて、嫌われたりもします。
ですから、人がどう思うかは本当の本当の本当に「人それぞれ」なので、ありのままの自分を出していけばいい。
すると、実力が出ます。
▶「決めつけ」は自己肯定感を損ねる
唐揚げレモン問題。
レモンをかける人は「よかれ」と思ってかけるのでしょうけれども、人によっては「台無し」です。
「相手は喜ぶに違いない」「相手は嫌がるに違いない」などという主観的なジャッジメントは「決めつけ」であり、他者に対するディスリスペクトだから、正比例の相関である自己肯定感を損ねます(関連記事「他者も『加点方式』で見る」)。
「好かれよう」とまではしなくとも、「嫌われまい」「迷惑をかけてはダメだ」と思う人は、特に和を重んじる日本人の気質として、少なくないのではないでしょうか?
そのせいで実力を出せないから活躍できず、結果的に周りに迷惑をかけて嫌われるケースもあるのです。
▶嫌われることを怖れると、「役目」を果たせない
テニスで実力を出せないプレーヤーによくありがちなのは、こんなことをしたら「人に迷惑がかかる」という思い込み。
「ポーチボレーに出てミスをしたら、パートナーに迷惑がかかる」と思い込んでいては、ポーチになんて出られません。
そのせいで、かえって後衛のパートナーにカバーさせる迷惑がかかる。
思い込みを捨て、「後衛に迷惑をかけても構わない!」認識に改まると、ポーチにどんどん出られるようになって、むしろパートナーを助けられる可能性があります。
そしてそれが、前衛本来の役目です。
本来の役目が「嫌われてはいけない」思いのせいで、果たされずにいるのです。
前衛だけではありません。
ストロークをはじめテニス全般的に「ミスをしてはダメだ」という思いでいると、振り切れなくなって打つのが恐る恐るになり、ミスする迷惑が練習相手にかかるのです。
▶嫌われ者の辞書に「忖度」という文字はない
ブーイングを浴びて嫌われたから、周囲の目が気になりにくくなった側面が、あったかと思います。
私自身「常識的なテニス指導側」から、嫌われこそすれ、好かれてはいないと思います(苦笑)。
だけど、だからこうしてあなたのようにご報告をくださる方もいらっしゃると思うのですが、誰がどう反応するかの結果は私のあずかり知らないところ。
別に嫌われても困らないから、忖度せずにいられる側面もあるのだろうと思います(関連記事「『嫌われる勇気』のその前に」)。
▶テニスが上がると人生が楽しくなるのは「つながっている」から
おっしゃるとおり、テニスの調子が上がると、生活にも精が出て、人生全般が楽しくなります。
「ぜんぶつながっていく感じがして、とても楽しい」からです。
逆に生活の一部であるテニスがダメだとそれだけで、卑屈になり、いじけて、嫉妬したり蹴落としたりしようとする、良からぬ気持ちが出てきたりもしかねません。
鎖はつながっているけれど、全体の強さは「いちばん弱い輪っか」によって決まるからです。
嫉妬したり蹴落としたりしようして苦しむのは、ほかの誰でもない「自分」です。
▶『嫌われる勇気』を一言で言うと!?
ベストセラー『嫌われる勇気』(岸見一郎、 古賀史健著、ダイヤモンド社刊)を一言で要約すると、つまりはこういうことではないでしょうか?
「嫌われる勇気を出さないでいると、自分らしさを発揮できないから、人生は輝かないよ」と。
これはテニスも同じこと。
人が何をどう思うか思わないかはあずかり知らないところだから、自分のやりたいようにやれば実力が出るのは、当然と言えば当然です。
すると人生が輝いて、たまに好かれたりもする。
今後のご活躍をお祈りしつつ、またのご報告をお待ちしております。
即効テニス上達のコツ TENNIS ZERO
(テニスゼロ)
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