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​💥ろろろのめ第40回【新時代の到来】「不可能」を実現し、ガラパゴス終焉を告げた日本の市場と、それを報じない評論界の知的怠慢


2025年10月3日と4日に行われたForce Festivalで日本の興行の前例を壊し2025年11月8日に行われたTravis Scottベルーナドーム公演にて時代は完全に切り替わった。

2025年10月と11月、日本の音楽市場は、以下の3つの決定的な「事件」によって、「海外との人気差を理由にブッキングや報道をしない時代は終わり、リアルタイムのグローバルアーティストを適正なキャパで招聘できる国になった」という事実を世界に示した。

​これらの成功は、「日本は集客できない」という旧来の認識を完全に過去のものとした。


​事件その1:Travis Scott「不可能」の実現

​以前、サマーソニックとの交渉が決裂し、実現は困難とされていたTravis Scottの単独公演が、ベルーナドーム(3万人規模)を満員にし、「日本のヒップホップ公演史上最高の興行収入」を記録。「不可能」とされていた来日公演が実現し、大成功を収めたという事実は極めて大きい。日本公演の成功も相まりTravis Scottの「CIRCUS MAXIMUS」ツアーは、史上最高の興行収入($265.1M+)と250万枚以上のチケット販売を記録した、ソロ・ラップ・ツアー史上最大の現象となった。


原宿で行われたポップアップでは警察が来るほどの大盛況




コラボスニーカーも発売

Travis Scottのステージに登場したYe



Travis ScottとYeの共演は海外でも話題となり今回の「CIRCUS MAXIMUS」ツアーでベストショーだと言われている
大盛況だったTravis Scottベルーナドーム公演




サプライズ登場したYe(カニエ・ウェスト)は、ラビ・ピント師との会合を経た「人道的な贖罪」という文脈を、史上最高の興行の中で実行した。この贖罪は時代の転換点としても重大な出来事であった。




​事件その2:TYLA(タイラ)の歴史的快挙

​有明アリーナ公演は、アフリカ人アーティストとして初めて15,000人収容のアリーナを成功させ、アマピアノの「グローバルな支配」を日本市場が証明した。またワールドツアーのスタートがこの日本公演からだったのもあり海外でも日本の盛り上がりが伝わり海外で話題になるなど新たなフェーズに進んだと言える。

​事件その3:FORCE FESTIVALの無言の成功

​これらの地殻変動の転換点となったのが2025年10月3日、4日に行われたYZERRが主催したForce Festivalである。メディアによる積極的な宣伝なしに、横浜アリーナで2日間各日1万人を集めた。これは、メディアの報道に依存しない純粋な引力が市場を動かしていることを証明する。またこのForce Festivalの盛り上がりにより11月8日に行われたTravis Scottのベルーナドーム公演のチケットが一気に売れたという波及効果もあった。一個のFestivalの影響でその他の公演にまで売り上げが波及するという現象はメディアを介さない新たな時代に突入したと言っても過言ではない。


「お客は入るし盛り上がる」という新時代の現実が到来しているにもかかわらず、日本の評論界はこの複合的な「事件」に対し一様に沈黙を貫いた。この「現場の黙殺」こそが、評論家たちの知的怠慢と、現代社会が必要とする「許すことのカルチャー」の欠如を露呈している。

​1. 核心:日本のブッキング限界を打ち破った「Travis Scott現象」

​Travis Scottのベルーナドーム公演の大成功は、「海外との人気差」を理由にした、ブッキングや取材の消極的な姿勢が完全に時代遅れになったことを証明する。

​「不可能」の実現

​サマーソニックとの交渉決裂により、その来日が不可能とされていたトップラッパーが、単独で日本のスタジアム級のキャパシティを埋め、史上最高の興行収入を叩き出した。これは、「リアルタイムの海外アーティストを日本に呼び、適正なキャパで公演できる時代が到来した」という新時代の象徴である。もう、日本の音楽市場を「ガラパゴス」とは言わせない。

​贖罪の具体的な証拠と許しの責任

​Yeがラビとの会合後、反ユダヤ的な言動を否定する具体的な行動として、Heil Hitlerに関連する全ての楽曲(「Hallelujah」、「Hit Symphony」を含む)のストリーミングプラットフォームからの削除を開始した事実は、彼の贖罪が「具体的な責任」を伴うものであることを証明する。

日本の評論界が、このアーティストの再生の努力を無視し、「複雑な気持ち」といった言葉で「許すことのカルチャー」の議論から逃避したことは、彼らが負うべき知的責任の放棄に他ならない。Yeをキャンセルし黙殺してきた日本の評論界はそれ相応の責任を負うべきである。



2. メディアを無力化した「純粋な動員力」の証明

​Travis Scott、TYLA、そしてForce Festivalの成功は、日本のリスナーが「特定のメディア経由でしか音楽に触れない態度」を乗り越え、自らの感覚で行動し、市場を動かしていることを示している。

​無言の巨大な現場(FORCE FESTIVAL):

メディアによる積極的な宣伝なしに、横浜アリーナで2日間各日1万人を集めたForce Festivalの成功は、既存のメディアの宣伝による「動員力」が完全に無力化されたことを意味する。

​TYLAの歴史的快挙:


TYLAがアフリカ人アーティストとして初めて15,000人収容の有明アリーナを成功させたことは、日本のリスナーが旧態依然としたメディアの視野を超え、「多様な音楽文化」を能動的に受け入れていることを証明する 。

​3. 論者の致命的な機能不全:知的怠慢と新時代の黙殺

​「不可能の実現」による市場の変革、アフリカ発の歴史的快挙、そしてメディアに頼らない巨大な現場というこの複合的な「事件群」を無視した評論家たちの沈黙は、彼らが音楽評論家としての本質的な責務を完全に放棄していることを示す。

​知的怠慢:

Yeの贖罪とそれを裏付ける「楽曲削除」という行動に対する知的責任、そして「許すことのカルチャー」の議論から逃避したことは、マイルス・デイヴィスが追い求めた「コンテンポラリー」の精神を完全に失っている。

​新時代の黙殺:

彼らは、日本の現場が「グローバルな音楽市場の新しい章」「公的な贖罪の舞台」という二つの歴史的文脈を同時に担ったという、最も重要な事実を見誤っている。

​日本の現場を無視した評論家たちの沈黙は、日本の音楽メディアが、時代の本質と、芸術家の深い人間性を捉えられず、その存在意義を問われているという、決定的な危機を告げている。時代が変わった今、メディアの存在意義や旧来の価値観と批評軸を改めなければならない。



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