SideStory⑬ :本編六章後-2月14日、本日の工事予定は「足場解体」(中編)学園小説relationship
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Act.2:二つのチョコレート、交差する。
(……本当に良かったね。律っちゃん……)
チョコレートを受け取った後、練習に向かう中田の後ろ姿を見送った律子も踵を返して元の道へと帰っていったのを確認した綾香は安堵のため息を漏らした。
その時、背中に冬の空気を裂くような鋭い視線を綾香は強烈に感じた。恐る恐る振り返る。
予想通り、頬を紅潮させ、怒気を含んだ眼で自分を見下ろす稔之が真後ろに立っていた。

水瀬綾香と
不審な目出し帽姿をみて
激怒する関谷稔之
安堵した瞬間、忍法の効果が切れたことに綾香は気づいていなかった。
「綾香。そんな恰好でうろついているんじゃねーよ。不審者かよ!」稔之の言う通り、目出し帽を被ったままの綾香はどう見ても不審者だった。
(……まずい!律っちゃんの件がばれてしまう……)
折角、密かに中田にチョコレートを渡すことに成功したのに、ここで稔之に知られる事は友人を守る綾香として理由を言う訳にはいかなかった。
「拙者、『綾香』ではないでござるよ。この学校を探りに潜入した忍者でござる」声色を変えて綾香は涼しい表情で振り返って稔之を見て首を傾げた。
「……お前、いつもの奇行をやめろ……」当然の如く綾香の小手先の誤魔化しなど稔之には通用しなかった。低い呟きが綾香の耳に届いた。
さらに稔之の綾香を睨む切れ長の眼が一層吊り上がり、手に持っていたタオルを拳に巻いて振り上げる。
綾香はその瞬間を見逃さず、素早く稔之に背を向けて一目散に走り出した。
「敵前逃亡!逃げるでござる!!」
「奇妙なことをしに此処に来るんじゃねー!」稔之の怒鳴り声を背に浴びながら猛ダッシュで体育館を後にした。
全速力で渡り廊下を駆け抜け自分の教室に戻った綾香は荷物を持って、亮哉の居る図書館へと向かった。
図書館の前まで勢いで走り着くと、丁度亮哉は図書館から出てきた所だった。
息切れしながら駆け寄る綾香に気づいた亮哉は少し驚いた表情で綾香の方を見た。

それを見て驚く彩賀亮哉
(本編六章Act.1では語られない
彩賀亮哉が図書館に通う理由)
SideStory⑪ SideStory⑫
亮哉の清涼な視線に綾香は息切れしながらも胸の鼓動が一層大きく打つのを感じた。
息を切らしながらも綾香はチョコレートの入った紙袋にそっと触れた。
頬の紅潮が走りすぎた為だけではない事に自分でも気づいていた。綾香の大きな瞳は先程までとは違い戸惑いの色を大きく宿していた。
稔之が見たら自分との態度の違いに嫉妬と怒りで憤死するかもしれない程、綾香の様子は自然と繊細なものとなっていた。
「水瀬さん、そんなに息を切らして……どうしたんだ?」
いつもの落ち着いたよく通る声で亮哉は心配そうに声をかけた。
「……はぁ…はぁ…工事中の…体育館の周りの鉄パイプが外されていて…通れないから、廻り道して…」
綾香は肩で息をしながら応えた。
(……体育館の工事……? まさか……)
一瞬、亮哉の表情が硬直したが、紙袋の中のチョコレートに意識を向けていた綾香は亮哉の様子に気が付かなかった。
綾香の頭の中はチョコレートを亮哉に渡すタイミングを見つける事で一杯だった。
紙袋に伸ばそうとする手が緊張で動かない。律子を応援していた時と違い、身体が固まってしまったかの様だった。
実は律子から勇気をもらいたかったのは自分の方だったのかも知れない。そう思いながら亮哉を見上げると亮哉は明らかに困惑の色を浮かべていた。
視線を亮哉の手元へと落とした綾香は亮哉の困惑の理由を一瞬で理解した。
亮哉の両手には既に複数のチョコレートの箱で一杯だったからである。
「……あっ」流石にチョコレートを渡すのを躊躇する綾香だった。
急に周囲のいつもの渡り廊下の風景が綾香の視界に明確な形となって入ってきた。
(……そうだよね。彩賀君はとても人気だったんだよね……)
「水瀬さん、紙袋の中にある包みは何だ?」
亮哉は紙袋の中のもう一つの無造作に包装された包みに目を止めて綾香に問い掛けた。
「ああ……これ?これはね、写真部のみんなでおまけ目当てに買った「チョコカプセル」だよ」
悠平と堀田から受け取った包みも綾香は偶然、紙袋に一緒に入れていた。
教室を出るとき、慌てて紙袋に全部まとめて入れてしまったのだった。
「いつも買っていたら、どうしても本体が余ってしまって」
先程とは別の意味の照れ臭さが心に広がって綾香は思わず苦笑してしまった。
「……余っているのなら、それを俺がもらいたい」
亮哉の意外な申し出に綾香は思わず小さく驚いた。しかし亮哉は構わず続けた。
「それに、水瀬さん達が本当に欲しかった物が付いていたのだろう?なら俺はそれがいい」
少し不遜気味な笑顔を湛えながら手を差し出す亮哉に綾香はつられて思わず紙袋ごと亮哉に渡してしまった。
本来、渡すはずのチョコレートはそっと自分の胸元へと抜き取りながら。
(……そうか。今日は体育館の外壁工事の足場解体日だったな……)
綾香と別れた亮哉は急いで工事が行われている体育館南側へと向かった。
現地へ到着すると外壁の足場はすべて解体され、外された資材は反対の北側に運び込まれた後であった。
(……ついに梁下に打設されたアンカーを直接確認することは不可能となってしまった……
……何度か見に来ようとしたのに、結局タイミングが合わなかった……)
内心、呆然として外壁を見上げる亮哉の耳に一層冷え込んだ風に乗って、近くにいた若手現場監督の声が響くように聞こえた。
若手現場監督は、足場周辺を区画するセーフティーコーンの位置を変えながら電話で現場の状況を相談しているようだった。
「……そうなんですよ。解体してたら足場材がアンカーに当たって、結構揺れたんですよ……」
若手現場監督の不安気な声を耳にした亮哉は思わず足を止めた。声は続いた。
「……所長も言っていたじゃないですか……試験の数値が揃いすぎで、逆に怖いって……別途だから直接言えないけどって……」
(!!……やはり俺の違和感は当たっていたのか……)
冷たい風が亮哉の周囲を吹上げ、亮哉の髪を一瞬乱したが、亮哉は構わず険しい目で体育館の外壁を見上げた。
その日の夜、午後八時過ぎ。水瀬家の食卓。
夕食を終えて、食卓を立ち上がろうとした稔之に綾香の母、晶子が菓子箱を2つ手渡した。
「はい。恒例のチョコレートよ。それと……これは綾香から。友達の付き合いで買ったみたいよ」
受け取った稔之はあえて無表情で軽く礼を言い、自分のアパートへと戻った。
扉を開け部屋に上がるまで待ちきれず、稔之は改めて渡された綾香からというチョコレートを再度見た。
チョコレートの箱の包装紙は高級ブランド名が明示されており、明らかに高そうな品物であった。
(……あの綾香が!…俺に!……)
自分でも頬が熱を帯び、心臓の鼓動が大きく耳に響くのを感じた。
今まで綾香から貰うものは大抵、不要な物か何か頼み事がある時に申し訳程度の値段の品物であった。
(……もしかしたら、今日の体育館、本当は俺に会いに……?)
急に先程のシュールな綾香の目出し帽姿が可憐に稔之の脳裏には映り込んだ。
西谷が見たら戦慄を感じる程、綾香を思い出す稔之の眼にはソフトフォーカスがかかっていた。
稔之にしては珍しく慌てて靴を脱ぎ棄て、部屋の奥の棚の上にあったパスケースから先週の土曜日に中田達と4人で行ったスケート場入場券の半券を取り出した。
リング場で綾香の手を取り、綾香が恥ずかしがりながらも嬉しそうに自分にほほ笑む場景が思い出された。
中田が聞いたら「そんな場面あったかな?」と首を傾げるほど稔之の思考は暴走していたが、当の本人は気が付かなかった。

関谷稔之と水瀬綾香
(西谷注:上記は稔之の妄想です。
現実(本編第六章Act.3をご覧ください。
妄想に伴う暴走は本編七章Act.1へ続きます)
最近は、亮哉の放つ『清涼さ』に押され、自信を削られていた。
しかし、突然の綾香からのチョコレートは、稔之の胸に一縷の望みを灯した。
(……俺、ひょっとしたら『イケる』かもしれないぜ!)
チョコレートの箱を棚の上に置いた半券の横に並べて、稔之はしばらく見つめていた。自然と笑みがこぼれてくる。
(……綾香の誕生日に何かお返しをしよう!アクセサリーとか!)
一人で勝手に盛り上がる稔之を止める者は、もう誰も居なかった。
胸の奥で、久しく感じていなかった『前へ進む感覚』が静かに膨らんでいく。
亮哉に押されていた日々のざらつきが、少しずつ薄れていくようだった。
SideStory ⑬中編 おわり
後編へと続く↓
