SideStory⑫ :本編六章前-【構造の断罪】冬の尾道。正しき少年達が見る風景 学園小説relationship
←SideStory⑪
初めての方へ(SideStory用) Side Story目次
relationship (本編)目次へ キャラ紹介
Act.1:路地の片隅で。未来への展望
一月上旬。昼を少し過ぎた頃。どこか懐かしい温度をまとった尾道商店街のアーケードには、冬の陽差しがゆるく差し込んでいた。
その商店街から細い路地へ一歩踏み込んだ先に、小さなラーメン屋がある。狭い店内は参拝客と地元の人たちでごった返し、亮哉と西谷はその奥のカウンターで黙々とラーメンを啜っていた。

商店街の片隅にある
店舗で尾道ラーメン
を食べる彩賀亮哉と西谷武久
二人は、隣県にある超進学校との合同勉強合宿の帰路で尾道駅に途中下車し、千光寺に初詣へ向かった帰りだった。
勉強合宿と学業祈願の後なので、二人の会話は自然と進学先の話題となった。
「彩賀、凄いね。合宿の勉強ついていけて……僕はいっぱいいっぱいだったよ」
西谷はレンゲのスープを口に運び、ほっと息をついた。醤油の深みが舌の奥で静かに広がる。
「彩賀は将来どこ受けるの? やっぱりT大の文Ⅰ?」
「……どうだろうか。俺は官僚は向いていないからな。武ちゃんはどうする予定だ?」
熱い湯気の中、亮哉は箸をそっと入れ、柔らかく沈んだチャーシューを静かに切り分けた。
「僕は地元の国立大学だよ。先生からは、部活をほどほどにすれば旧帝も狙えるって言われたんだけど……ね」
静かに笑みを湛えると、西谷はコップの水を飲み干した。
「そうか……武ちゃんがそうしたいなら、それで良いんじゃないか」
亮哉は西谷の横顔を見ながら、箸をテーブルへと置いた。
Act.2:二つの写真の真意と切実な願い
店を後にした二人は帰りの電車の時刻まで時間があったので、駅前のプロムナードを散策する事にした。
千光寺から商店街までの道のりと違い、人もまばらで板張りの床は歩く靴音を微かに響かせた。
遊歩道のすぐ脇で、陸と陸を細く隔てる水面が、行き交う渡船の白い波をそっと抱き込みながらゆっくりと揺れていた。
晴天の日であったが、一月上旬の海峡からの風が、二人の紺色のコートを容赦なく叩く。

二枚の写真の違和感を
(アンカー写真 SideStory⑪)
(桜の写真 本編第二章Act.1 五章Act.4)
語る彩賀亮哉と西谷武久
「……彩賀。なんで水瀬さんは、あんなに賑やかで明るい千光寺で……あえて物悲しい写真を撮ったんだろうね」
石段の上では鈴の音と人々の笑い声が重なり、境内には新しい年を祝う明るい気配がやわらかく満ちていた──その場景を思い出しながら、西谷は心の中に湧いた違和感を口にした。
綾香が訪れたのは桜の季節であったが、その時期の千光寺も、満開の桜の下では花びらが風に舞うたびに人々の笑い声がこぼれ、境内は春の光に染まった穏やかな賑わいに包まれていたに違いないのだ。
「俺も……想像がつかないな。彼女はあの写真を通じて、どんな哀しみを伝えたかったのか」
亮哉は、プロムナードの前に広がる海峡に浮かぶ渡船の白い波紋を、静かに見つめながら呟いた。(尾道水道別イラスト)
湿った曇天の下、黒い枝が苦悶するように伸び、その先で八分咲きの白い花弁が脆く崩れ落ちてゆく――あの写真の、胸の奥を締めつけるような哀切だけが、二人の心に静かに重なっていた。
冬の陽を受けて淡く揺らぐ細い海峡は、遠くで響く渡船のエンジン音さえ吸い込むように静まり返り、二人の沈黙をそのまま水面へと溶かしていった。
先に静寂を破ったのは西谷だった。
(……違和感、か。そういえば──胸に引っかかったままのことが一つあった)
「……彩賀。この間、悠平君の部屋で、体育館の壁の写真、拡大して真剣に見ていたよね? どうして?」
向こう岸で冬の海に影を落とするジブクレーンを見つめたまま、西谷は亮哉に問い掛けた。
亮哉はしばし沈黙した後、口を開いた。
「……改修中の体育館の壁に打ってあるアンカーの位置が、どうにも低すぎるように見えた」
西谷は不思議そうに亮哉を見た。
「……本来なら梁に打つはずのアンカーが、写真ではその梁より下に見えた。あの位置だと、外壁の荷重が梁に正しく流れない。構造的に、少し気になる点だ。だから、梁の位置とアンカーの高さが合っているか、既存図面で確かめるつもりだ」
亮哉の言葉が途切れた瞬間、島影の方から、低いエンジン音がひとつ、ゆっくりと響いた。小さな船が細い水面を押し分けるその音が、二人のあいだに静かな間を落とした。
島影へ消えていく船の音が途切れた頃、西谷はそっと亮哉の横顔を見た。
「……彩賀。君って、普通の人が気づかない所まで見つけちゃうところがあるよね。すごいと思うけど……その分、危ない目にあうこともあるんじゃないかって、ちょっと心配になるんだ。……あんまり無茶はしないでほしい」
亮哉の横顔を見つめながら、西谷の胸の奥に、あの朝の稔之の鋭い眼差しが蘇った。
ほんの一瞬で空気を裂くような、あの憎悪の色。
(……彩賀。君は、本当に気づいていないんだな)
心のどこかで警鐘が鳴り続けているのに、それを口にすることだけはどうしてもできなかった。
西谷はそっと身体を亮哉の方へ向け、大きな瞳でまっすぐに彼を見据えた。
その瞳には、冬の光を受けて淡く揺れる細い海面が、一瞬だけ映り込んだ。
「……彩賀。もし何かあったら、僕に相談してほしい。君が一人で抱え込むようなことになったら……僕は、嫌なんだ」

切実に訴える
西谷武久
思いがけないほど切実な声音に、亮哉はわずかに目を見開いた。
だが次の瞬間、ふっと柔らかな笑みを湛えた。
「……ありがとう、武ちゃん」
そして、ほんの少しだけ口元を緩めて続けた。
「でもさ――武ちゃんこそ、自分のことで手一杯なんじゃないか?合宿の勉強だって大変だったろうし、部活も忙しいだろう」
その軽い冗談に、西谷は肩の力を抜き、呆れと苦笑が混じった表情で亮哉を見返した。
「……まあ、確かに大変だったけどね。でも、勉強は大分ついていけてるし、部活も悠平君と堀田君が頑張ってくれてるから、前よりずっと楽だよ」
二人の間に、さっきまでの緊張がすっと溶け、いつもの穏やかな空気が戻ってくる。
亮哉がふと腕時計に目を落とした。
「……そろそろ電車の時間だな」
西谷も同じように時間を確認し、穏やかな笑みに戻って小さく頷いた。
冬の海風にコートを揺らしながら、二人は並んで駅舎へと歩き出した。
夕陽に向かう駅舎の前で、二人の足音だけが静かに重なり、そのまま冬の光の中へ溶けていった。
Act.3:図面での真相。静かなる警告
新学期早々の放課後。立華大学付属高校の図書館。
学校司書から体育館の既存図面を受け取った亮哉は、自習用の仕切り机で図面を開いた。
古びた青焼きの図面は背表紙こそ外れかけていたが、内容はまだ辛うじて読み取れる状態だった。
(……やはりアンカーの位置が梁より下に打設してあるような……)
疑念が形を結びかけたその刹那、ふと思考の糸が鋭く断ち切られたように途絶えた。
「最近、よく図書館に来るね」
事務局長がいつの間にか亮哉の背後に立ち、抑揚のない声で亮哉に声をかけた。
「そろそろ受験に向けての準備をしようと思いまして」
亮哉は優等生らしい清涼な笑みを浮かべて事務局長の方へと振り返りながら、傍らに置いていた東京の文科系一流国立大学の赤本に手を置いた。
「君には日本最高峰の大学を受けて欲しいのだが」
レンズの厚い丸眼鏡をかけた事務局長の表情は亮哉からは見えなかった。
亮哉が返答をする前に、事務局長は踵を返して出口へと向かっていった。
無言で去る背中を見送りながら、亮哉の胸には、言葉にならない薄い影が静かに広がっていった。

見ながら形にならない
不穏さを感じる彩賀亮哉。
(本編第六章Act.1では
明かされない図書館に通う理由)。
SideStory ⑫ 終わり
次の話へ↓
