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温故知新(77)うつろ舟 古代都市セリヌス ブラウロン遺跡 下鈎遺跡 ジーロフト 銅鐸 玉手箱 蚕影神社 蚕霊神社 蚕養神社 ヴェストラホルン山  フェロー諸島 スカラ・ブレイ 日前神宮・國懸神宮

「ミステリーバッグ」
 ギョベクリ・テペの柱には、バッグのようなものが彫られていて、メソポタミアの魚の格好をした「オアンネス」やメキシコのオルメカ文明のラ・ベンタ遺跡からみつかった「蛇の中の男(ケツァルコアトル)」の持っているバッグと似ています1)。「オアンネス」に似た古代メソポタミアとカナンで信仰された豊穣神ダゴンや、岡山市立オリエント美術館にある「有翼鷲頭精霊像浮彫」(イラク・ニムルド出土、紀元前9世紀)も同じようにバッグを持っています。

 ブラウロン(Brauon)の遺跡と、最近、用途が不明の遺物が見つかっているイランのジーロフトを結ぶラインは、イカリア島アンタルヤスサの近くを通ります(図1)。

図1 ブラウロン(Brauon)の遺跡とジーロフトを結ぶラインとイカリア島、アンタルヤ、スサ

「ミステリーバッグ」と銅鐸
 
「ミステリーバッグ」は、日本の九州から関東までの広い範囲で見つかっている小銅鐸と形が似ているともいわれています。

 日本最小の銅鐸や水銀朱生産に用いたと推定される石杵も多数見つかっている下鈎遺跡(しもまがりいせき、滋賀県栗東市)とジーロフトを結ぶラインは、比叡山延暦寺(滋賀県大津市)や伯耆一ノ宮 倭文神社の近くを通ります(図2)。倭文神社は、豊玉姫命を祀っていると推定され、「花園謡曲番続」「玉の井」の絵にある豊玉姫命は、手提げかごを持った姿で描かれています。

図2 下鈎遺跡とジーロフトを結ぶラインと比叡山延暦寺、伯耆一ノ宮 倭文神社

「うつろ舟」と「うつぼ舟」
 江戸時代に、茨城県の海岸に漂着した「うつろ舟」に乗っていた異国風の女性は、箱を抱えていたといわれていますが、「うつろ舟」は、倭迹々日百襲姫(豊玉姫命と推定)の「うつぼ舟」と関係があるように思われます。

 「うつろ舟」の漂着場所と推定されている神栖市波崎の舎利浜2)とアナトリア半島の古代都市セリヌス(Selinus Ancient City)を結ぶラインは、息栖神社和久産巣日神を祀る蚕影神社(こかげじんじゃ)(つくば市神郡)の近くを通ります(図3)。このラインの比較的近い場所に、天照大御神を祀る豊ケ浦伊勢神社(神栖市波崎)や大気津比売命を祀る蚕霊神社(神栖市日川)があります(図3)。

図3 舎利浜と古代都市セリヌス(アナトリア半島)を結ぶラインと豊ケ浦伊勢神社、蚕霊神社、息栖神社、蚕影神社

 茨城県日立市の蚕養神社や、蚕影神社、蚕霊神社には「金色姫伝説」が伝わっています。「蚕霊神社由来」には、孝霊天皇の5年(紀元前286年)に豊浦浜(日川)の漁夫、権太夫が沖に漂う丸木舟を引き上げてみると、中に倒れていた少女は天竺霖夷国霖光の一女金色姫だったとあるようです。金色姫の伝説「蚕の草子」では、雄略天皇の時代(478年頃)の話とされています。神武天皇の崩御年は65年頃と推定され、卑弥呼(倭迹迹日百襲姫命と推定)の没年は247年頃と推定されているので、孝霊天皇5年は2世紀末と思われます。日本には弥生時代に養蚕と絹の製法が伝わっていて記紀に載る「蚕の起源神」は保食命や大宜都比売命とされているので孝霊天皇の時代と整合します。「蚕の草子」で雄略天皇の時代としているのは、秦氏が養蚕技術をもたらしたとされているためと思われます。ミステリーバッグには作物の種子などが入っていて豊玉姫命の手提げには倭文織が入っていたと考えると、「うつろ舟」の女性が持っていた箱には蚕が入っていたのかもしれません。福岡県福岡市早良区有田の有田遺跡群(紀元前200年頃)からは平絹が出土しているようです。

 蚕影神社(つくば市)と有田遺跡群を結ぶラインは、日前神宮・國懸神宮(和歌山市)とフェロー諸島を結ぶラインとほぼ直角に交差し、蚕霊神社(神栖市)と有田遺跡群を結ぶラインは、アイスランドのヴェストラホルン(Vestrahorn)山と日前神宮・國懸神宮を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図4)。これらのラインは、これらの神社と有田遺跡群を関係付けていると推定されます。

図4 日前神宮・國懸神宮、蚕影神社(つくば市)、有田遺跡群を結ぶ三角形のライン、日前神宮・國懸神宮とフェロー諸島を結ぶライン、ヴェストラホルン(Vestrahorn)山と日前神宮・國懸神宮、蚕霊神社(神栖市)、有田遺跡群を結ぶライン

 台与(姥津媛)の墓と推定される西殿塚古墳崇神天皇の陵墓と推定される浦間茶臼山古墳とつながるアナトリア半島の古代都市セリヌス(Selinus Ancient City)と舎利浜を結ぶラインは、蚕養神社と千勝神社(つくば市)を結ぶラインとほぼ直角に交差し、蚕養神社と千勝神社を結ぶラインの近くには、助川鹿嶋神社(茨城県日立市)や水戸東照宮(水戸市)があります(図5)。これらのラインは、舎利浜に漂着した「うつろ舟」の女性が養蚕の女神として伝わる金色姫と関係があると推定されていることと整合します。

図5 古代都市セリヌス(アナトリア半島)と舎利浜を結ぶラインと蚕影神社、息栖神社、蚕霊神社、舎利浜と蚕養神社、千勝神社を結ぶ三角形のラインと助川鹿嶋神社、水戸東照宮

 蚕養神社(日立市)と有田遺跡群を結ぶラインは、日前神宮・國懸神宮とオークニー諸島のスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図6)。これらのラインは、図4と同様に、蚕養神社と有田遺跡群を関係付けていると推定されます。

図6 日前神宮・國懸神宮、蚕養神社(日立市)、有田遺跡群を結ぶ三角形のライン、日前神宮・國懸神宮とスカラ・ブレイを結ぶライン

 岐阜大学名誉教授・田中嘉津夫氏によると、うつろ舟が漂着した場所は、「常陸原」で、「うつろ舟」に書かれていた「宇宙文字」についてはアルファベットからの創作としています。しかし、Vを逆さにしたような文字や、アルファベットにはない丸と十字を組み合わせた文字は、クレタ島のザクロスで見つかった線文字Aにも見られます(写真1)。

写真1 ザクロス出土の線文字A粘土板 出典:Wikipedia:線文字A

 浦島太郎の物語の龍宮の乙姫は豊玉姫命と同一神とされ、浦島太郎は山幸彦がモデルともされます。この物語は、人間の世界と異世界の時間の流れの違いを表しているといわれます。もしかすると、玉手箱と「うつろ舟」の女性が持っていた箱には同じような機能があるのかもしれません。「うつろ舟」はタイムマシンだったのではないかともいわれていますが、もしそうであれば、タイムスリップする時代を間違えたのかもしれません。

 中国では、すでに却下されていますが、タイムマシンの特許出願もされています。もしもタイムマシンが過去に開発され、あるいは未来に開発されるならば、オーパーツとされる「三葉虫を踏みつぶしたサンダル靴の跡」の化石3)などの説明もつきます。

文献
1)グラハム・ハンコック 大地 舜/訳 2016 「神々の魔術(上)」 角川書店
2)加門正一 2009 「江戸「うつろ舟」ミステリー」 楽工社
3)南山 宏 1993 「オーパーツの謎」 二見書房