【小説】ア・リトル・ビット・クレイジー・デイズ #14│Daddy, I love you
ピルをとった翌日は、最悪の目覚めが待ち受けている。
鉛のように重い体に、噛み締めすぎた顎のせいで、頭痛もする。口の中もボロボロだ。胃もやられて、何も食べたくない。
昨日はレオンの仕事を手伝い、調子に乗って、ピルを二個半もとってしまった。
ほんとうに最悪だ。
水を飲もうと、体を引きずるようにキッチンまで行った。
レオンが冷蔵庫をあけて、オレンジジュースを取り出していた。
「おはよ」
「おはよ。死にそうなんだけど」
レオンはカップをふたつ取り、オレンジジュースを注ぎ、片方を私にくれた。
「のめ。ドラッグのあとは、ビタミンCが重要だ」
お礼を言って、ダイニングの椅子を引いて腰を下ろした。
だるそうな私を見て、「食事もちゃんとしろ。栄養をしっかりとれ」と言い、ラーメン(ちゃんと自分のやつ)を取り出した。
「食事てラーメン? 栄養ないじゃん」
レオンはむっとして、
「じゃあ食うな」
と自分の分だけ作り始めた。
「なんか、気持ち悪い……」
ラーメンの匂いだけで、吐き気がする。
そう言った私を見て、レオンは大層うろたえた。
ラーメンもそのままに、慌てて水を汲んで私に飲めと促した。
私が水を飲んだところを確認すると、「ベッドへ行け、寝ろ」と言うので、私はまた自分の部屋のベッドに潜り込んだ。
以前、軽く指を切ったとき、レオンは真っ青になって私の手を取った。
傷は浅かったので、そんなに心配しなくても大丈夫と笑って言った私に、レオンは青ざめたままこう言った。
「もう、誰かが死ぬのは嫌なんだ」
私は、なんて言葉を返せばいいのかわからなかったので、レオンの頭をぽんぽんとしたら、頭をよけられ、ものすごく嫌な顔をされた。
そのときにはもう、いつものレオンに戻っていたので、私はほっとしたのだった。
*
目を覚ますと、あたりは真っ暗になっていた。
吐き気はおさまり、体の重さも少し楽になっていた。
リビングからテレビの音が聞こえてくるので、ベッドから起き上がり行ってみた。
「具合はどうだ?」
レオンが顔を上げて、心配そうにこちらを見た。
「だいぶ良くなったみたい。ありがとうね」
レオンはテーブルの上でジョイントを巻いていたので、私もテーブルの椅子に腰掛けた。
レオンが火をつけようとした、そのとき。
どこからか、携帯の着信音が鳴り響いた。
「お前のじゃないのか?」
私はリビングに携帯を忘れていたらしい。
携帯は、危機迫るようなおどろおどろしいメロディーを、ソファのあたりから撒き散らしている。私はこの着信音にしたことを、ひどく悔やんだ。
まだ、だるさの残る体を起こし、携帯を手に取った。
画面には、何も表示されていない。
つまりこれは――
一瞬で灰色の塊が全身を覆い、私から幸福というものをすべて奪い去ろうとするかのようだった。
私はただ、携帯が鳴り止むのを待った。
携帯が静かになると、呪縛が少しずつ溶けていくような気がした。
「誰からだ? なんで出ないんだ?」
当然の如く、レオンが聞いてきた。
「たぶん日本から。父さんだと思う」
「なんで父さんの電話に出ないんだ?」
怪訝そうにするレオンに、なんと言えばいいのか悩んだけれど、レオンには言葉を選ぶ必要はない気がした。
「苦手なんだ」
そう言って笑った。
「なんでだ?」
「私のこと、愛してないから」
私は、両親から逃げるようにこの国へやってきた。
この国へ来て、やっと生きていることが実感できるようになったのだ。
日本からの電話は、私にとって地獄の鐘のように聞こえる。
両親とのことを、うまく英語で説明できずにいると、レオンは納得がいかないようだった。
おまえの両親は、おまえのことを愛しているはずだと言った。
そして、父に電話しろと言い出した。
私は父とは話したくないし、何を話せばいいのかもわからないと抗った。
「ナンバーをプッシュして、父さんが出たら、ただひとこと、"Daddy, I love you." と言って電話を切れ」
受話器を耳に当てるふりをして、レオンはそう言った。
「そしたら、父さんは考えるはずだ。おまえのことを」
レオンがそう言うのを聞きながら、なんだか映画の台詞みたいだなと思った。
でもこの日々は映画じゃない。
あまりに輝いているけど、いつか終わってしまう現実なんだ。
そのときの私は、終わりが来るのが、ただただ怖かった。
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※この物語はフィクションであり、登場する人物および作中の出来事はすべて架空であり、実在の人物・出来事とは一切関係ありません。
【MAGAZINE】
【もくじ】
#00│プロローグ
#01|ジャパンセンター
#02│フラットシェア
#03|リージェンツ・パーク
#04│カイ
#05│語学学校
#06│ミキヤ
#07│レオン
#08│ザ・クラウン
#09│ピル
#10│猫
#11│キッチン
#12│隣人
#13│サイケデリック
#14│Daddy, I love you
#15│オシルコ
#16│チャイナタウン
#17│カールスバーグ
#18│ミルク
#19│雷鳴
#20│エッグ&トマト
#21│I am enough.
#22│セブンスター
#23│ジャクソン
#24│ワンケイ
#25│最終話│黒猫
