【小説】ア・リトル・ビット・クレイジー・デイズ #19│雷鳴
ある日、ポストにレオン宛ての一通の手紙が届いた。
ホームオフィス(イギリスの移民局)からの手紙で、イギリスに残れるかどうかの、重要な面談の通知らしい。さすがのレオンもおとなしく出向いて行った。
つい最近までイギリス領だった香港のビザが、どのような仕組みになっているのか、私たちにはまったくわからない。
どうすることもできず、ミキヤとふたりで、ただハラハラしながらレオンの帰りを待った。
ミキヤは仕事へ、私は学校へ行き、いつも通りの一日を終えて家に戻ったが、レオンはまだ帰っていなかった。
冷たい雨の日だった。
サマータイムが終わり、ロンドンの夕暮れはあっという間に闇に飲み込まれるようになった。日照時間の短さが、ただでさえ重い私たちの不安をさらに深くする。
フラットの中は静まり返っていた。いつもならレオンのくだらない冗談で賑やかなリビングも、今日は妙に広く感じられる。ミキヤが淹れてくれた紅茶は、とっくに冷めていた。
レオンの帰りを待つ間、私は窓際に座り、街灯に照らされるだけの濡れたアスファルトを眺めていた。ミキヤは苛立った様子で、何度も時計を見ている。
「あいつ、大丈夫かな」
「……大丈夫やろ。レオンやし」
強がってそう言ったものの、私にも自信がなかった。
その時、一階のドアが開き、階段を上がってくる音が聞こえた。私たちは弾かれたように立ち上がり、玄関へと向かった。
「おかえり、どうだった?」
答えを聞くまでもなく、レオンは手負いの獣みたいな目をしていた。
雨に濡れた髪から、雫がぽたぽた落ちている。
手には、くちゃくちゃになった書類を握りしめていた。
レオンは無言で廊下を突き進み、リビングのソファにどさっと座り込み、腕も脚も投げ出した。
私はタオルを取りに行き、レオンの頭に乗せてやった。
ミキヤがレオンの手から書類を抜き取る。
「……20XX年11月15日までにこの国を去ること、だって?」
ミキヤが信じられないというように口に手を当てて首を振った。
今日はもう九月二十日だった。
「……嘘。レオン、帰るの?」
レオンが「はっ」と笑ってミキヤから書類を奪い返すと、ライターに手を伸ばし書類に火をつけた。
「帰るわけないだろ」
「おい、それって、違法なんじゃないのか?」
「もちろん! 違法だ!」
燃える書類から目を離さずに、レオンはそう言い放った。
私は言葉を失った。不法滞在。その言葉が、ずしりと胸に落ちた。
私とミキヤは顔を見合わせた。
「……大丈夫なのか?」
ミキヤがおそるおそる尋ねる。
「チャイナタウンを見ろ。あんなに中国人がいるだろ」
レオンはそう言って口元を歪めて笑ったけれど、その瞳は笑っていなかった。それが冗談なのか、それとも本気なのか、私には判別できなかった。
雷が鳴り、雨足が一層強まってきた。
その夜は一晩中雷が鳴っていて、私はなかなか眠ることができなかった。
Music
Infected Mushroom - Bust a Move
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※この物語はフィクションであり、登場する人物および作中の出来事はすべて架空であり、実在の人物・出来事とは一切関係ありません。
【MAGAZINE】
【もくじ】
#00│プロローグ
#01|ジャパンセンター
#02│フラットシェア
#03|リージェンツ・パーク
#04│カイ
#05│語学学校
#06│ミキヤ
#07│レオン
#08│ザ・クラウン
#09│ピル
#10│猫
#11│キッチン
#12│隣人
#13│サイケデリック
#14│Daddy, I love you
#15│オシルコ
#16│チャイナタウン
#17│カールスバーグ
#18│ミルク
#19│雷鳴
#20│エッグ&トマト
#21│I am enough.
#22│セブンスター
#23│ジャクソン
#24│ワンケイ
#25│最終話│黒猫
