【小説】ザ・サン・インザレイン #10|香水
翌日、俺が何をするまでもなく、エリックは出て行った。
これまでいろんな人間とフラットシェアをしてきたけれど、トラブルなくやってこれたのは、運が良かっただけなのかもしれない。
そもそも、ジャパセンを狙ってきたあたり、エリックに下心がなかったとは言い切れない。
あと、前から思っていたことがある。
カイが笑うと、みんな心を奪われるような、魅了されたような、少し変な感じになる気がしていた。
男でも、女でも。
カイの笑顔には、色気というか、うまく説明できないけれど、危うい何かがある。
本人は朗らかな笑顔を見せているだけなのに。
これからは、用心しよう。
もう二度と、カイの涙は見たくない。
「あいつって、ゲイなの?」
エリックが出て行ったことを知らせると、カイの顔はやっと緊張が緩んだ。
「そうなんじゃないの」
「優しくしてくれたのも、俺を狙ってたのかな……」
やっぱりカイは、そこが一番堪えているらしかった。
「そんなことないんじゃない。俺にもいい感じのやつだったし。お前がニコニコ笑いすぎなんだよ」
「は? 何それ? 俺が笑うとなんなん?」
無自覚すぎて困る。
そして、俺自身は、自分の中にある奇妙な感情の存在に気づいてしまった。
名前もつけたくない、つけてはいけない感情。
俺はそれにそっと蓋をして、気づかないふりをした。
一週間もすると、カイはすっかり調子を取り戻した。
ただ、男に話しかけられると、少し警戒の色を見せるようになったが、このくらいでちょうどいいだろ。
基本的に常に笑顔を絶やさないやつだから、危なっかしいったらない。
「ミキヤ、髪切ってよ。うっとうしい」
確かに、ゴタゴタしてるうちにカイのカットを忘れていた。
なんか、髪が伸びると余計に色っぽくなるな、こいつ……。
危険すぎる。
青いカーペットの上に新聞紙を敷いて、鏡の前に椅子を置き、カイを座らせた。
「ちょっとだけ短くして。あんま短くしないでよ」
「いや、夏だし、バッサリいくか」
「は? 短くすんなって言ってんだけど」
切りはじめると、あらわになったカイのうなじを、直視できない自分がいた。
今までそんなの、気にもしたことがなかったのに。
さらに、カイのつける香水の、甘ったるいスパイシーな香りに、心臓が音を立てだした。
こんなの、カイがいつもつけてるやつだろ。
それなのに、下半身に血の流れが集中していく。
必死に抗おうとしているのに、気づいたら、勃起していた。
自分の心と体が、自分の支配下にないみたいに。
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◀︎ 𝙉𝙤𝙬 𝙋𝙡𝙖𝙮𝙞𝙣𝙜
The Cardigans - Sick & Tired
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あまりの衝撃に、手が震え、汗が伝う。
めまいと、胃から込み上げてくるものに耐えきれず、「ごめん」とだけ言って、バスルームに駆け込み、便座を上げて、吐いた。
吐瀉物は、俺の中のおぞましく醜いものを代弁してくれているみたいだった。レバーを引くと、水に流れて消えていく。
こんなふうに、消えてなくなればいいのに。
本当はこのまま逃げ出したかったけれど、カイをそのままにしてはおけず、とにかく早く切ってしまおうと、戻ってハサミを急がせた。
「できたよ」
「は? なにこれ。短っ! おま、なにしてくれてんの!?」
カイを無視して、ハサミを片付け、落ちた髪を新聞紙でくるんで、ゴミ箱に捨てた。
「ちょっと出てくる」
カイはまだギャーギャー騒いでいたが、無視して家を出た。
これ以上カイといると、おかしくなりそうだった。
𝙉𝙚𝙭𝙩 →
【CHAPTERS】
#00│プロローグ
#01|カルボナーラ
#02|キャッツ
#03|チャイナタウン
#04|ノッティング・ヒル
#05|ポートベロー・マーケット
#06|Fox in Fog
#07|Angel
#08|38番
#09|エリック
#10|香水
#11|クリスプ
#12|カムデン・マーケット
#13|Purple Turtle
#14|月
#15|最終話|邂逅
