【小説】ザ・サン・インザレイン #09|エリック
「Fuck off!!」
怒鳴り声と、何かが倒れる大きな音がキッチンから響いてきた。
慌てて駆けつけると、エリックが倒れていた。
テーブルが大きくずれ、椅子が倒れ、足元には割れたカップの破片が散らばり、紅茶が床に飛び散っている。
「何があったんだ?」
立ち尽くすカイに訊ねたが、カイはエリックを睨みつけ、微動だにしない。
仕方なく、エリックを起こそうと手を伸ばすと、
「そいつに触るな!」
カイがものすごい剣幕で怒鳴った。
あまりのことに驚いてカイのほうを向くと、俺と目を合わせず、走るようにキッチンから飛び出して行った。
荒々しく部屋のドアを閉める音が響く。
どうしたものか悩んだ末、とりあえず椅子を起こし、テーブルを元の位置に戻した。
割れたカップは後回しにして、紅茶を避けてエリックも起こしてやった。
「で、何があったんだ?」
エリックが左頬を押さえていた手を離すと、手のひらに血がついていた。
「Shit!」と吐き捨てて鼻血を拭うと、エリックは答えた。
「言っておくが、俺は悪くないからな」
「だから、何があった?」
「ちょっと、誘ってみたんだ。そしたら、あいつがうなずいてにっこり笑うから、てっきり……」
誘ってみた?
「……お前、カイに、何した?」
気づいたら、せっかく起こしたエリックをまたぶっ飛ばしていた。
すぐにカイの部屋に行き、ノックをしたけれど、返事がない。
「カイ、入るぞ」
声をかけて、ドアを開けた。
暗い部屋の中を、街灯の灯りがうっすらと照らし出している。
外ではまだ雨が降り続いていた。
手を伸ばして、開きっぱなしの窓を閉める。
ベッドの上に、布団に頭まで潜り込んだカイがいた。
軋むベッドに腰掛け、布団をポンと叩く。
「大丈夫か?」
返事はなく、すすり泣く声が聞こえ始めた。
どうしていいかわからず、しばらくそっとしていると、カイが言葉を発した。
「ミキヤ……あいつ、追い出して」
エリックを殴って、少し冷静さを取り戻した俺は、カイにも事情を聞くことにした。
「エリックが言うには、あいつはお前が誘いに乗ったと思ったらしい」
「そんなわけねーだろ!!」
カイは飛び起きて布団から顔を出し、大声で叫んだ。
「落ち着けって。どういう経緯があったんだ?」
「あいつが、二人で遊ぼうとかなんとか言ってて、英語がよくわかんないから普通に、うなずいて……」
なるほど。
英語がわからず、適当に相槌を打ってしまう。
日本人なら、よくあることだ。
でも、タイミングが最悪だった。
「で、殴るまでに至ったのは?」
カイが言いたくなさそうに、口をつぐんだ。
「……何か、されたのか?」
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◀︎ 𝙉𝙤𝙬 𝙋𝙡𝙖𝙮𝙞𝙣𝙜
coldrain — "PRETTY LITTLE LIAR"
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心臓が、早鐘のように打ち始めた。
カイの答えを聞くのが、なんでこんなにも怖いんだろう。
窓から見える空は、この部屋よりも暗く、そこには何も存在していないかのように見えた。
「……キス、されて、触られた」
瞬間、頭に血が上り、居ても立ってもいられなくなった。
「あいつ、ぶっ殺す……」
立ちあがろうとした俺の服を、カイが引っ張った。
「待て! さっきも殴ってたよな、聞こえてたわ」
確かに、さっきも殴ったよな。
どうして?
なんで俺はこんなにも怒っているんだ?
「もういいから、とにかくあいつ追い出して。俺はもう、関わりたくない」
そう言うと、カイはまた布団にもぐりこんだ。
胸の中にドス黒い塊が渦巻いて、それが何なのか、わからなかった。
カイをそんな目で見たエリックに対しても、軽率に返事をしたカイに対しても、そんなエリックを見定められなかった自分にも、腹が立った。
「いいやつだと、思ってたのに……」
カイは布団の中でまた泣きはじめた。
エリックに対しての憎しみが増してくる。
頭の中では、意思疎通のミスによる事故みたいなものだと理解しているのに、どうしても許せなかった。
カイの信頼を裏切ったこと。
カイに、触れたこと――
俺は、カイのこんな顔は見たくなかった。
𝙉𝙚𝙭𝙩 →
【CHAPTERS】
#00│プロローグ
#01|カルボナーラ
#02|キャッツ
#03|チャイナタウン
#04|ノッティング・ヒル
#05|ポートベロー・マーケット
#06|Fox in Fog
#07|Angel
#08|38番
#09|エリック
#10|香水
#11|クリスプ
#12|カムデン・マーケット
#13|Purple Turtle
#14|月
#15|最終話|邂逅
