社会復帰未満Ⅴー真面目という刃ー
私が勤める就労移行支援事業所は、IT特化型の事業所だ。
WebデザインやITパスポートを武器に就職していく人もいれば、一般事務や軽作業へ進む人もいる。当然、全員が就職できるわけではない。
就労移行支援は、「就職を保証する場所」ではない。
社会復帰を目指す人たちが、自分なりの方法で社会と繋がり直す場所だ。
山田さんは、そんな事業所に通う利用者の一人だった。
元トラック運転手。
透析のため、週に三日病院へ通っている。
それでも週五日の通所を一度も休んだことがない。
「在宅訓練もできますよ」
そう提案しても、山田さんは首を横に振った。
「それは甘えですから」
真面目だった。
とにかく、自分に厳しい人だった。
講座を受け、復習をし、掃除をし、誰よりも早く来所する。
静かな物腰の奥に、
「無職には戻りたくない」
という強烈な意志を感じていた。
私はサービス管理責任者として、管理席から全体を見ている。
直接支援に入るのは、担当の支援員たちだ。
山田さんの担当は、慶野支援員だった。
若く、優しく、利用者思いで、エンジニア知識もある。
海外留学経験もあり、会社としても「辞められたら困る」と思うほど優秀な支援員だった。
だが、スラックには、山田さんに関する報告が少しずつ増えていった。
「在宅利用者への不満を話されていました」
「掃除をしない利用者に嫌悪感があるようです」
「“無職なのだから通所して当然だ”と話されていました」
山田さんにとって、「在宅」は“配慮”ではなかった。
“逃げ”だった。
そんなある日、安西さんという利用者が特別講義を開いた。
タイトルは、
「ADHD・LDの僕がTOEIC950点を取れた訳」
安西さんは週二日在宅、週二日通所。
土日は家電量販店でアルバイトもしている。
講義は素晴らしかった。
私も心から「すごい」と思った。
だが翌日、事件は起きた。
慶野支援員が何気なく、
「昨日の講義、どうでしたか?」
と尋ねた瞬間、山田さんが突然怒鳴った。
「週二回も在宅してる奴の話に価値なんかあるのか!」
訓練室が凍りついた。
「掃除もちゃんとやらない、早退ばかり、そんな奴を褒めて何になる! ここの支援は甘すぎる!」
怒りは止まらなかった。
「雨だから在宅、気分が乗らないから休み、体調悪いから無理しないように? そんなので社会復帰できるわけないだろ!」
慶野支援員は泣いていた。
彼女自身、かつて鬱病を経験し、それを乗り越えてこの世界に来た人だった。
普段穏やかな山田さんからの怒声は、彼女の心を深く傷つけた。
そのまま彼女は事業所を飛び出し、連絡がつかなくなった。
他の女性支援員が山田さんを相談室に誘導する。
私が戻ると、女性支援員たちが慌ただしく動いていた。
「大変なことになっています」
概略を聞き、私はすぐ相談室へ向かった。
山田さんは、まだ怒りの熱を残していた。
私は静かに椅子へ座った。
「山田さん。いつも真剣に取り組んでくださり、ありがとうございます」
まず、努力を認めた。
それは本心だった。
透析を抱えながら通所を続けることが、どれほど大変か。
私は“理解している”とは言わない。
本当の苦しみは、本人にしかわからないからだ。
だが、想像し、寄り添うことはできる。
私は山田さんへ伝えた。
「精神疾患は、見た目ではわかりません。私たち支援員でさえ、“このくらい頑張れないのか”と思うことがあります。でも、その人の脳がどんな誤作動を起こしているかは、本人にしかわからないんです」
山田さんは黙って聞いていた。
「だから私たちは、在宅を使います。休みも使います。社会から完全に切れない方法を探しているんです」
しばらく沈黙が続いたあと、山田さんの目から涙が落ちた。
「僕は……初めて女性を泣かせてしまった」
私は答えた。
「その気づきが成長です」
人は何歳でも成長できる。
失敗を認めること。
助けを求めること。
自分と違う苦しみを知ろうとすること。
それが社会復帰なのだと、私は思っている。
帰り際、山田さんは言った。
「来週、慶野支援員に謝ります」
私は頷いた。
「彼女は真面目です。山田さんが素直に謝れば、きっと受け止めてくれます」
山田さんが帰ったあと、慶野支援員も事業所へ戻ってきた。
管理者はお菓子を買い、私は焼き鳥を奢った。
少し赤くなった目で笑いながら、
「大丈夫です」
と彼女は言った。
その姿を見ながら、私は改めて思った。
福祉とは、“正しさ”を教える仕事ではない。
それぞれ違う痛みを抱えた人間同士が、
少しずつ“他人の苦しみ”を知っていく仕事なのだ。
明日も私は、管理席から利用者たちを見る。
透析と戦う山田さん。
心を立て直そうとしている慶野支援員。
在宅で必死に社会と繋がろうとしている利用者たち。
その揺らぎを観察しながら、
また
「正解のない仕事」
へ向かう。
創作大賞2026応援お願いします
現役サビ管の「社会復帰未満」シリーズ あなたはどう思いますか?
