見出し画像

出雲・岡山一人旅|エピローグ 罪悪感や恐れを振り払い、牛の速さで私は進む

▼これまでのお話はこちら

プロローグ|葛藤と迷いをスパッと手放すための一人旅

出雲・岡山一人旅|緊張と喜びが交錯した夜行バス

出雲・岡山一人旅|出雲大社の神前で浮かんだ言葉は「パジャマ」

出雲・岡山一人旅|スサノオさんのお砂交換

出雲・岡山一人旅|強欲な自分を受け入れる。そば屋ハシゴの後の浄化

出雲・岡山一人旅|バスのタイミングと日御碕(ひのみさき)神社

出雲・岡山一人旅|隠ヶ丘スルーをちょっと後悔。スサノオさんをもう一度

出雲・岡山一人旅|ばたでんに揺られて。周りに合わせない「私は私でいい」の練習

出雲・岡山一人旅|温泉に愛された女は、宝剣「草薙剣」を感じ、エゴに向き合う

出雲・岡山一人旅|居酒屋のカウンターで引いた「境界線」と贈り物への「ありがとう」

エッセイ|危うい私の現在地。お金の心配より人生の喜びを優先する日々

出雲・岡山一人旅|ときめく心まで滅する必要はなかった。過去の清算と心の境界線

出雲・岡山一人旅|「フツヌシ」さんでつながる不思議な必然。自分の体感を信じてみたい

出雲・岡山一人旅|魂の個性を守る境界線。石上布都魂神社の「攻めの剣」と「守りの剣」

出雲・岡山一人旅|サムハラ神社奥宮へ 「もう遠慮しなくていい。自由に感じていいし表現してもいい」

出雲・岡山一人旅|お守りクエスト!

出雲・岡山一人旅|内なる感性を響かせる方法と耳の洗濯。中山神社と猿神社で受け取ったもの

フツヌシさんと、アメノミナカヌシさんと、アマテラスさんを巡る旅が、終わりを遂げようとしている。

中山神社からは、休憩しつつ1時間半を超える運転だった。なんとか岡山駅に辿り着いた時には、すっかり日が暮れていた。
無事の到着に心底ほっとした。命は守られた。

レンタカーを無事返せたら、次は新幹線の取り直しだ。

「デジタル迷子」の帰還と、手厚い歓迎

スマホでの新幹線の変更手続きが、私には難しかった。「何でも人に聞くこと」という、旅で出会った「二回りさん」の教えはいつも活きていた。
新幹線の予約の日付を間違えるくらいにはデジタルが苦手な私は、みどりの窓口で堂々とスマホ操作のサポートをしていただいた。本当は少し恥ずかしかったが、プライドを捨てたことで無事チケットを取り直すことができた。おかげさまでその15分後には新幹線に滑り込んだ。

ここで寝過ごしたら大変なことになる。
名古屋到着まであと30分、京都辺りでうとうとして怖かったので、周りを気にしつつ紙のノートに旅の記録の殴り書きをして凌いだ。

名古屋駅に着くと、夫が車で迎えに来てくれていた。

家に帰ると、夫が作ってくれた唐揚げをいただいた。サラダにはドレッシングまでかけてくれた。だいぶ心配をかけていたらしい。驚くほど手厚い歓迎を受けた。そして言われた。「連絡が全然来なかったね」と。

罪悪感との決別。少し強くなったかもしれない

少し前までの私なら、罪悪感から、逐一連絡し、帰宅後も「心配かけてごめんね」と平謝りし、機嫌を損ねないようにと小さくなっていたと思う。もしくは、逆ギレして旅の余韻を怒りや罪悪感で真っ黒に塗りつぶしていたと思う。ずっと、ずっと、そういうことを繰り返してきた。

でも、今回は違った。
出雲大社の時点で、逐一連絡するのはやめることにした。自分の中に罪悪感が出ている気配だったからだ。おいしいものを食べても、きれいなものを見ても、「一人だけで楽しんでいていいのか」という気持ちがどうしても上がってきてしまい、モヤモヤしてくる。せっかくの一人旅なんだから、そういう気持ちを一旦断ち切りたかった。

出雲そばとぜんざいのセットを二軒ハシゴするというやりたい放題ができたのは、連絡をとるのをやめたからだと思う。

確かに、二日目の長距離の運転は、無事かどうかの中間報告を入れなかったことで心配をかけたかもしれない。夫のほうからも連絡するのは遠慮してくれていた。楽しめるようにと配慮をしてくれたのかもしれない。その優しさを受け取ったとしても「連絡しなくてごめんね」と言うのはやめようと思った。

私が心配をくみ取って連絡するのが「普通」という考え方をずっとしてきた気がするけど、気になるなら夫から連絡してきてくれてもよかったのだ。

自分の中の罪悪感を、勝手に「夫から責められている」と脳内変換するのも、もうやめようと思った。

わざわざお迎えに来てもらって、唐揚げがおいしくて、ドレッシングをかけてもらったとしても、これは貸し借りじゃない。だから、罪悪感を感じなくていいと自分に言い聞かせた。

やってくれたことには感謝を持ちつつ、自分の心までは明け渡さない。そういう、健全な境界線が引けるようになったと感じる。

少しだけ強くなったのかもしれない。

旅から1か月経つ今も、罪悪感やぴりつく空気を感じる場面では、自分を大切にすることを意識している。ネガティブな声は無視する。取り合わない。自己価値を揺らさない。家庭内での線引きは結構うまくなってきた。おかげで結構平和な日々が過ごせている。

旅行記を書いての変化

今回の旅行記では、お金のことも、自分の醜さも卑しさも、隠さずに書いてしまった。スピリチュアルな感覚についても、これまではやばいやつと思われたくないという不安から、隠すか小出しにしかできなかった。今回はかなりさらけ出したように思う。

そして、昨日のnoteを書いてから、明らかに自分の中の重さに変化が出た。

【中山神社に手を合わせながら浮かんできた言葉】

自分の感性をもっと大切に磨くこと。
迷いのなさ、素直さ、情熱、本能を大切にする。

研ぎ澄ませる。磨く。

人と向き合うとき、表面的な【反射】ではなく、自分の奥底からくる本能や感性で【反応】する。

強さとは、勢いで振りかざす剣のような力任せのものではない。本能が大切と言えども、衝動とも少し違う。

強さとは、自分の本能を押し込めるような不要なものを祓い、内にある力をスムーズに表現できるよう道を整えること。

整えれば、勢いをつけずとも、自然と、内にある無限の宇宙の力が発揮される。

出雲・岡山一人旅|内なる感性を響かせる方法と耳の洗濯。中山神社と猿神社で受け取ったもの



文章にして表現することで、逃げ場がなくなり、ごまかせなくなった。同時に、自分が発した言葉が自分に深く染み込んでくる。ダウンロードされるような感覚かもしれない。

「自分の感性を守り育むこと」、「外側の声に揺らされないこと」それに本気で取り組まなければ、という気持ちが一気に高まった。

感情の上下は、古い自分を終わらせるお知らせだった

一つ旅行記を書き終わるごとに、書ききった高揚感でテンションが上がっていた。しかし、書いた後は、ビューやスキの数で自己価値を上げ下げし、感情も揺らしている自分がいた。

表面的な【反射】ではなく、自分の奥底からくる本能や感性で【反応】する。

こうやって神前での気づきを書いたおかげで、実際には自分の内側の感性を磨くことを疎かにして、外側の評価を気にし続けるという表面的なことばかりやっていたことに、深く気づいてしまった。

だから私は、スマホのnoteの通知を切ることにした。

めちゃくちゃになっていたルーティンも見直し、手帳に理想の生活リズムを書き殴った。

家計簿を途中までつけた。

筋トレを再開した。


あの中山神社の長い参道のように、自分の内側に太くて安定した道を作ることに集中しなくちゃいけないと心から思ったのだ。

参道を塞ぐものは断捨離していこう。
フツヌシさんの春日神社に初めて行った日に、神主さんが神前を掃き清めていらっしゃったことが思い出される。

船の神様が告げた未来と、新しいスタート


ここ一か月は旅行記を書くことに没頭していて、自分にカードを引くことをおろそかにしがちだった。でも、昨日はあまりにも感情が上下して辛かったので、今何が起きているのかを知りたくて、じっくり自分のためにカードを引いてみた。

すると、この感情の上下の辛さは、何か大きな荷物を手放すためにとても重要なプロセスなのだと分かった。

自分の中にある激しい感情に気づき癒す、浄化する、手放すという意味のカードが軒並み出た。そして、「不死鳥」のカードも出て、どん底から復活していくときに自分が生まれ変われる、というのも予感した。

激しい感情とは、「人に認められたい」し、「愛されたい」という渇望だと思う。自分で自分を認めて愛する、満たす、ということに真剣に取り組んでいくことが必要なのだ。その先には、人との温かい交流がありそうな未来がカードから感じられた。

そして、一人旅の始まり以来で、日本の神様カードを引いてみた。

鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)


初めて見るカードだ。船の神様。

ここから新しい次元に運ばれます。旅に出てください、とのこと。

神様面白いです。
私、また旅に出てもいいんですか笑

もし次に旅に行くならば、今度はもう少しお金を整えて出かけたい。無鉄砲に動いて感覚を麻痺させるのでなく、現実的な不安を着実に取り除いていって地に足がついた状態で行く旅行も経験してみたい。

先週、久しぶりに人様に対面でカードを引く機会があった。
その方にも励まされ、ちゃんとお仕事としてやっていこうと腹が決まった。

前々から、お仕事始めたら教えてね、見てもらいたいよ、無料でいいの?と言ってくれる人は何人かいたのに、怖くてずっと保留にしてきた。でも今は少しだけ怖さが薄れている。

今回の旅では、失敗しても結局はリカバリーされることが分かった。必要なことが起こるのだと受け入れた。

旅の中で神様にいろいろな奇跡を見せてもらって、見えない世界は見える世界とつながっているということを信じたくなる体験がいろいろとできたことも大きい。

神前で浮かんできた言葉を思い切って書いたことで、その言葉から逃げ場を失った自分は、そのきれいな言葉とかけ離れている自分を変えたくなった。そして、元気が出てきた。発した言葉に自分自身が励まされている。

自分が感じたことを伝えてみても大丈夫かもしれない。必要な人に、必要な言葉が届くかもしれない。

今月もしくは来月までに動くのが目標。「これからカードのお仕事をやっていきます」と、ずっと前から宣言している気がするけど、今回こそ本当に動くぞ。でも追い立てないで、楽しく心地よく進んでいこう。

本日は、おうし座の新月。
新月のお願い事は、その星座の性質に関連することが叶いやすいと言われている。

私はおうし座だ。
こんなに地に足つかずにふわふわしているけれど、実はおうし座は「物質的なものを大切にし豊かさを築くのが得意」な星座らしい。だから、お仕事をちゃんとしたほうが、私はもっとおうし座らしくなれるのかもしれない。

近々個別のカードリーディングをお届けできるよう、牛の速さで整えていきます。

出雲・岡山一人旅をお読みいただき、本当にありがとうございました。


いいなと思ったら応援しよう!

くう ありこ よろしければ応援よろしくお願いします!いただいたチップは、よりよい創作のための冒険費として大切に使わせていただきます。