ジョエル・アルフォンソ・ヴァルガス『マッド・ビルズ・トゥ・ペイ』リコのナットクラッカーはいかが…?
傑作。2025年ベルリン映画祭パースペクティブス部門選出作品。ジョエル・アルフォンソ・ヴァルガス長編一作目。ニューヨークはブロンクスに住むドミニカ系アメリカ人の青年リコは、看護師か介護士の母親や年の近い妹サリーと共に小さなアパートに暮らしていた。19歳になってもやることと言えばビーチで自家製違法カクテルを売り歩くことくらいで定職にはつかず、深夜までゲームをして好きな時間に起きるなど自由な生活をしていた。どのタイミングでかは不明だが、ビーチでナンパした16歳の少女デスティニーを妊娠させた彼は、相手家族から反対されたことを理由に彼女を自宅に連れ帰り、子供を産ませることにする。デスティニーはリコを信じて付いてきたと言うが、もっと自家製違法カクテルを売ればいい!とか産まれる頃には家も金も手に入ってる!とかおおよそ非現実的で安定性/持続性に乏しい計画しかなく…云々。ワンシーン固定ワンカットで描かれ、特に地平線が真ん中にある視点の高いショットが印象的だった。必然的に人間は画面の下半分にあり、地に足が付かない浮遊感のようなものがあった。また、基本は固定カメラなので、必然的に袖に相当するフレームの外側の世界が意識されるのが良かった。特に一度だけカメラが動く(動かされる、が正しい)瞬間の映るもの/映らないものの描き方が素晴らしかった。
初登場時のデスティニーは内気で、調子の良いリコに丸め込まれたんだなぁという感じだったが、徐々にその適当さに違和感を覚えてリコの母親やサリーのように喧嘩にスペイン語を交えてガチファイトを仕掛けてくるようになり、とても良かった。この手の作品はリコに"ダメだけど愛すべき人物"みたいな人工的な香りを付与する傾向があって苦手なんだが(愛すべきカスは"愛すべき"ではなく"カス"を優先して付き合うべきと思ってるので)、今回はデスティニーも成長するお陰で"まぁ悪い奴じゃないからなぁ"と丸め込まれる場面が減っていって、あの印象的なラストに繋がっていく。やはり決定打は小さな違和感に起因することが多いから、見逃しちゃダメですね。リコもリコなりに定職に付くなど頑張ってはいて、一攫千金の一発逆転頼りではなかったのが描かれていたのも良かったけど、多分そもそもビーチで自家製違法カクテルを売ってる奴は信じちゃダメです。
ベルリン映画祭パースペクティブス部門、そんなに良いが作品ないと思ってたけど、最初に三連で観た『The Devil Smokes』『Shadowbox』『Where the Night Stands Still』がカスだっただけで他は普通に良いな。特に『Little Trouble Girls』『That Summer in Paris』『Two Times Joao Liberada』『We Believe You』はどれも良かった。誰も観てないから話題にならないのは、それはそうとしか言えないけど。
・作品データ
原題:Mad Bills to Pay (or Destiny, dile que no soy malo)
上映時間:101分
監督:Joel Alfonso Vargas
製作:2025年(アメリカ)
・評価:80点
・ベルリン映画祭2025 その他の作品
★コンペティション部門選出作品
1 . レオノール・セライユ『Ari』幼稚な男が自分と向き合うナイーブな映画
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6 . ヴィヴィアン・チュウ『ガールズ・オン・ワイヤー』中国、ワイヤーを使えば人間も空を飛べる
7 . レベッカ・レンキェヴィチ『Hot Milk』スペインのビーチで毒親と妖精に囲まれて
8 . ルシール・アザリロヴィック『The Ice Tower』少女が見た"雪の女王"と不在の母親
9 . メアリー・ブロンスタイン『If I Had Legs I'd Kick You』ワンオペ母の"アンカット・ダイヤモンド"
10 . ラドゥ・ジュデ『Kontinental '25』ルーマニア、口ばかりで行動に移せない人々の肖像
11 . Huo Meng『Living the Land』中国、麦畑を囲む春夏秋冬
12 . Iván Fund『The Message』アルゼンチン、動物と交信できる少女の無邪気なロードムービー
13 . Johanna Moder『Mother's Baby』オーストリア、この子は私の子…?
14 . エレーヌ・カテ&ブリュノ・フォルザニ『Reflection in a Dead Diamond』ユーロスパイ映画の4次元フラクタル
15 . Lionel Baier『The Safe House』五月革命の裏側で生きていた家族の思い出
16 . カトライナ・ゴルノスタイ『Timestamp』ウクライナ、戦時下の学校教育について
17 . ホン・サンス『自然は君に何を語るのか』ある詩人の地獄の恋人実家挨拶イベント
18 . Frédéric Hambalek『What Marielle Knows』ドイツ、両親の行動が覗ける力を手にした娘
19 . Ameer Fakher Eldin『Yunan』"あなたは忘れ去られるだろう、まるで存在などなかったかのように"
★パースペクティブス部門選出作品
2 . Ernesto Martínez Bucio『The Devil Smokes (And Saves the Burnt Matches in the Same Box)』メキシコ、子供だけの家に悪魔がやって来る
3 . Chu Chun-Teng『Eel』台湾、孤島に暮らす男と謎の女
4 . Bálint Dániel Sós『Growing Down』ハンガリー、あの娘を殺しちゃったかもしれない
6 . Urška Djukić『Little Trouble Girls』スロヴェニア、ある少女の性的発見/探索
7 . ジョエル・アルフォンソ・ヴァルガス『マッド・ビルズ・トゥ・ペイ』リコのナットクラッカーはいかが…?
10 . Tanushre Das&Saumyananda Sahi『Shadowbox』インド、PTSDの夫を支える家族たち
11 . ヴァランティーヌ・キャディック『That Summer in Paris』フランス、田舎から出てきただけなのに…
12 . Paula Tomás Marques『Two Times João Liberada』ジョアン・リベラーダとmale-gazedな世界
13 . Arnaud Dufeys&Charlotte Devillers『We Believe You』ベルギー、暴力夫に立ち向かう日
14 . Liryc Dela Cruz『Where the Night Stands Still』豪邸を相続した姉と再会した弟妹たち
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