✉️『十年目のラブレター』
創立記念日を目前に控えた私立中学校。
古い校舎の解体作業が進む中、それは見つかりました。
長年、生徒たちの登下校を見守ってきた木製の下駄箱。
その背板の隙間に、一枚の封筒が挟まっていたのです。
「佐藤先生、これ……先生宛じゃないですか?」
工事関係者から手渡されたのは、
茶色く変色し、角が擦り切れた封筒でした。
そこには、十年前のあどけない筆致で、
はっきりと彼の名前が書かれていました。
止まった時間
佐藤和樹は、
母校であるこの中学校で数学を教えています。
放課後の静まり返った職員室で、
彼は震える指でその封筒を開けました。
中から現れたのは、
便箋というよりはノートの切れ端に近い、小さな紙片。
しかし、その筆跡を見た瞬間、
和樹の心臓は激しく脈打ちました。
和樹くんへ
本当は直接言おうと思ったんだけど、やっぱり恥ずかしくて。
明日の夏祭りのあと、いつもの公園で待っています。
ずっと、伝えたかったことがあります。
大好きだよ。
―― 結衣より
届かなかった「明日」
結衣。
和樹にとって、彼女は初恋そのものでした。
明るくて、少しお節介で、向日葵のような笑顔を見せる少女。
しかし、その「明日」が来ることはありませんでした。
夏祭りの当日、
結衣は会場に向かう途中の交差点で、
信号無視のトラックに撥ねられ、
そのまま帰らぬ人となったからです。
和樹の記憶の中の彼女は、中学生のまま。
一方の自分は、背が伸び、声が変わり、
今では教壇に立って生徒たちを指導する大人になっていました。
涙の理由
「……なんだよ、これ」
和樹の目から、大粒の涙が溢れ出しました。
それは、三十歳を目前にした大人の男が見せるには、
あまりにも無防備で、子供のような泣き顔でした。
十年前のあの日、彼女も自分と同じ気持ちだったこと。
この手紙が、暗い隙間で十年間も彼を見つめ続けていたこと。
そして、もう二度と「俺もだよ」と返事をすることができないこと。
さまざまな感情が、濁流となって彼を飲み込みました。
「遅すぎるよ、結衣……」
彼は、もう存在しない少女に向けて、
嗚咽を漏らしながら呟きました。
十年前、事故の知らせを聞いた時、
彼はショックのあまり泣くことさえできませんでした。
止まっていた彼の時間が、このボロボロの手紙によって、
ようやく激しく動き出したのです。
結び
窓の外では、新しい校舎の基礎工事の音が響いています。
時代は移ろい、景色は変わっても、
この手紙に込められた「大好き」という言葉だけは、
鮮やかな熱を失っていませんでした。
和樹は涙を拭い、夕闇に包まれ始めた教室を見渡しました。
明日、教壇に立つ時は、きっと少しだけ優しい顔ができる。
彼は大切に手紙を胸のポケットにしまい、
思い出の詰まった旧校舎に、
最後の一礼をして歩き出しました。
💗柊紅葉💗

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