闇 533(赤心堂病院集中治療室編)
闇 533(赤心堂病院集中治療室編)

2026/04/20 mon
※この作品は、因果律に業を加えた嘘偽りの無さを書いた小説です
前回の章

二千二十一年十月二十六日、火曜日大安。
心筋梗塞の死の瀬戸際から一日が経った。
うん、今日も生きている。
カテーテルやったのだから当たり前か……。
とりあえず昨日の様子をフェイスブックへ書いておこう。
夜中の一時半過ぎに目覚め、心臓の痛みでのたうち回る。
我慢できず目の前の三井病院緊急外来へ。
心臓が苦しく痛いと訴えるも「中に入ってこないで!」と言われその場でどうしたらいいか分からなく立ち尽くしていると、看護婦さんたちが来る。
中へ促され状況を説明すると、赤心堂病院に電話してくれと。
時間が時間帯なのでタクシー捕まらず、途中道端で何度も蹲ってしまう。
これ、考えてみたらかなり異様な事なんだよね。
たかだかあの距離を歩くだけで地面へ蹲るなんて。
本川越駅交番のお巡りにタクシー乗りたいと伝えるも、そこのロータリーでタクシーあれば乗れますよと場違いな返答。
死ぬ気で赤心堂まで辿りつくと急性心筋梗塞の疑いで即入院。
俺の今回の症状は、かなりの重症らしく看護婦さんたちから、何故救急車を使わなかったのと言われました。
あー、モスバーガー食べてー。
救急車なんて、一度も乗った事もないんだから、死の間際で出てくる訳がない。
次にまた心筋梗塞が起きたら……。
いやいや、冗談じゃない。
あんな苦しみを二度も受けたのだ。
三度目が来た時は、あそこまで苦しまず早めに命を奪ってほしい。
ん、早速コメントがバシバシ入っているな。
『予防接種が関係してる? 小谷野暁』
『真面目な話、死ななくて良かったな。 吉岡裕祐』
『マジか! 他人事ではないなぁ〜。大事にならなきゃいいけど、無理しない様に。 篠崎一茂』
『警官も看護師さんも冷たい。 中嶋康博』
『モスバーガーなんか食べたら、また血栓できますよ。 渡邉祐美子』
『ほんと…、救急車案件ですよ〜。 青木怜子』
これは看護婦さんや先生に聞いて思ったが、心臓を苦しくしている人いたら、迷わず救急車へ連絡。
それで救える命があると言っていた。
本当にその通りだよな。
俺の時は誰も通り掛からなかったし、警官も看護婦もまるで頼りにならなかったけど……。
ああ、暇だ。
ベッドから動けない。
モスバーガーが食べたい。
ジミードーナツのミートソースが食べたい。
看護婦の加藤綾子が集中治療室へ入ってくる。
本当に望に似ているよな。
アヤパンは俺の顔を見ながら口を開く。
「では管のほうをお取りしますので、これからは四階のおトイレだけは、自分で行けますので」
そう言っていきなり布団をめくる。
またこの子に股間を見られるのかよ……。
こんなところで本当に会いたくなかったぜ。
アパヤンはチンコの管を抜き、用件を済ませると出て行く。
そういえばもう点滴もしていない。
ようやくトイレへ一人で行ける許可をもらったし、早速行ってみるか。
今日で入院二日目になるんだもんな。
ベッドから降りて地面へ足をつける。
もう息苦しさも何もない。
背中の違和感もなければ、左腕の痺れもない。
「あれ?」
歩き出して初めて気付く。
何故、俺はびっこのように右脚を引き摺っているんだ?
心なしか右脚だけ痺れている感じ。
きっと寝たきりだったからだろう。
まあ歩いていればその内勝手に治るさ。
集中治療室を出た左手にはナースセンター。
その先にトイレがある。
今の俺の行動範囲は、たったこれだけか。
トイレへ行き、小用を済ますと再びベッドへ戻る。
足は相変わらず痺れ、引き摺ったままだったが、寝て体力を回復すればいつも通りになるだろう。
そういえば何も食べていないな。
夕食に、少量のおかゆが出た程度。
腹が減った。
点滴で栄養を補給しているから、健康上は大丈夫なのか?
水分だけは、ぬるま湯を一日一リットルまでの制限。
マウンテンデューやメローイエローが飲みたい。
早く退院したいなあ……。
二千二十一年十月二十七日、水曜日赤口。
寝てばかりなので、どうも目が覚めてしまう。
ここは通常の病棟ではなく集中治療室。
周りに三人ほど入院患者がいるが、みんな高齢者ばかりだ。
共通するのが意識を失ったように寝ているだけ。
俺よりも重症患者なのだろう。
丸一日以上タバコを吸っていない。
俺はスーツのポケットを弄り、セブンスターのボックスを取る。
トイレに行って吸う分にはバレないだろう。
一本だけ取り出し、ライターと共に手の中へ隠す。
時刻は深夜二時半過ぎ。
ナースセンターには看護婦の姿は見えない。
忍び足で前を通り過ぎ、トイレへ向かう。
五十歳にもなって、まるで悪い事をしていく中学生のようだ。
相変わらず歩き方は、びっこそのもの。
確かびっこって、差別用語になったんだっけ?
処女作『新宿クレッシェンド』でびっこという言葉を使った時、担当編集の今井貴子から指摘され、校正の際手直しするよう指示されたのを思い出す。
「じゃあ、何て書くんだよ? びっこはびっこだろ?」
「足を引き摺るなど、そういった表現でお願いします。それと乞食も差別用語になります」
「はあ? 乞食は乞食じゃん。じゃあ、何よ? ルンペンに直せばいい訳?」
「いえ、ルンペンも差別用語になります」
「じゃあ何て書くんだよ!」
「そうですね…、ボロを纏った男など、そういった感じでお願いします」
びっことは怪我や疾患で片足を引きずって歩く状態…、跛行を指す言葉。
本を出す校正前の段階で身に付いた知識。
まさかそんな自分が、びっこを引いて歩いているなんてな……。
セブンスターに火をつけて、ゆっくりとタバコを吸う。
「え?」
立ち眩みに近い感覚を覚え、便器に座ってしまう。
僅か一日ちょっと吸っていないだけで、ここまでニコチンの症状って違うものなのか?
もう一度吸ってみる。
頭の中がグワングワンと揺れるようだった。
まだ身体が本調子じゃないからか?
これ以上吸い続けるのは無理だった。
洗面器で少量の水を出して火を消し、吸殻をトイレットペーパーに包んで何重にもする。
トイレへ流し、ちゃんと無くなったのを見ると、自分のベッドへ向かう。
寝ていると、集中治療室へ鬼の形相をした看護婦二人が入ってくる。
俺は叩き起こされた。
「何ですか?」
「トイレでタバコ吸ったの岩上さんですよね?」
え、ちゃんと流したし、何故バレた?
吸い殻があとで浮かんできたとかか?
しかし俺が吸った証拠なんて無いはず。
完全犯罪を装え。
「し、知らない」
「岩上さんしかいないんです!」
白を切ろ。
まだ容疑者の段階。
「何で? 他の人かもしれないでしょ?」
「この階で、自由に動ける患者さんは、岩上さんだけなんです!」
あまりにも脆かった計画は、あっとういう間に頓挫する。
おそらく臭いでタバコを吸ったと感じ取ったのだろう。
吸わない人間からすれば、ヤニの匂いには敏感になるらしいからな。
「……」
「岩上さんしかあり得ないんです」
うん、素直に自供しよう。
もう誤魔化せない。
「……、はい、ごめんなさい…。自分がトイレで吸いました」
「タバコはどこですか? どこに隠しているんですか?」
黙って俺は、スーツのポケットを指さす。
看護婦は恐ろしい表情のまま、セブンスターボックスを取り上げ部屋を出て行く。
ふん、もう一箱隠し持ってんだよ……。
でも、また吸ったらすぐにバレてしまうんだろうな。
早く退院したい。
時計を見ると、夜中の二時五十分だった。
朝になり、検温の時間がやってくる。
塚越先生が来てタバコを吸った事を聞かれた。
あの看護婦たち、チクりやがったな。
「それで死のうと、セブンスターは辞めたくありません!」
正々堂々と言った。
仕方ない。
俺の身体が欲しているのだから。
「うーん、ニコチン依存症ですな。今度禁煙外来お勧めします」
思ったより怒られずに済んだ。
時刻は八時ちょうど、入院して初めてまともな朝食が運ばれてくる。

煮物にほうれん草の和え物にご飯と味噌汁、そしてジョア。
味付け海苔もついている。
納豆出ないのは、とてもいい事だ。
たいぶ量が増えてきた。
昨日はただでさえ少ないのに、大嫌いなメロン出たので全残ししたのだ。
それにしても本当に暇でやる事がない。
携帯電話は使ってもいいので、俺は高校生の頃週刊チャンピオンに連載していた松田一輝の『ドッ硬連』を読んで時間を潰す。
夕方になり看護婦が「水分制限は無くなりましたから」と伝えてくる。
「看護婦さん、コーラ飲みたいんですけど」
「駄目です!」
一日一リットル制限が無くなった。
でも、コーラは駄目らしい。

二十四時間で一リットルの水分しか飲めないなんて、まるで減量中のボクサーのようだった。
漫画『あしたのジョー』で力石徹が深夜夢遊病のように水を探し求めた状況が、本当に分かる。
トイレで洗面器の水を手ですくって飲みたくなるほどの状況。

いや、ボクサーの減量に比べたら、一リットルも飲めた俺はまだ幸せなほうなのかもしれないな。
夕食を済ませると、塚越先生から上手く行けば金曜日には退院できそうかもと告げられる。
今日で三日目の入院だから、早ければ明後日退院。
思い返せば、あの死に掛けた俺をたった三日でここまで回復させるなんて、本当にここの先生は名医だし、看護婦さんたちもとても優秀なんだよなあ……。
命を救ってもらったんだな……。
今になって実感が湧いた。
二千二十一年十月二十八日、木曜日先勝。
朝食を終えた十時過ぎに、塚越先生が来て明日の退院が決定される。
俺の心筋梗塞からの回復状態がとてもいいらしい。
さて、何を食べようかなー。
茄子?
ハンバーグ?
ステーキ?
ミートソース?
マグロ?
むー……。
しかし今日はまだ、大人しく入院していなければならない。
昼食が運ばれてくると、今回は麺類のうどんだった。

かまぼこなんていらないから、かき揚げ天を乗せてくれ。
そしてライスもつけてくれよ。
看護婦が明日の退院費用概算連絡書を持ってくる。

五日間で四十二万……。
五十万円までしか貯金一度におろせないんだよな?
ちょうど親父が見舞いに来たので、キャッシュカードを渡しながら金を下ろしてくるよう頼む。
「分かんねえよ」
「簡単だって! このカードを入れて、暗証番号を押して、金額を押すだけだから」
「おろした事ないから分からねえって」
「……」
自分で金をおろす事すらできない親父。
コイツ、本当に坊ちゃん育ちなんだよな。
だから加藤皐月にいいようにやられ、四千万円も持っていかれるんだよ……。
「ところで今日は病院へ何をしに来たのよ?」
「面会もこのコロナで規制あるだろ。修から見舞金預かってきたんだよ」
「じゃあさ、親父悪いけどそのお金使っていいから、修叔父さんへお返しの品を買って渡しといてくれよ」
「ああ、分かった」
「お釣りは懐に入れていいけど、あんま酷いお返しはするなよな」
インカジ『レディ』へ退院の連絡をしておくか?
いや、確実に退院してからのほうがいいだろう。
さて、明日出たら、頑張って働くぞー。

それにしても五日間で四十二万って、結構な金額だ……。
保険利いてこれだから、全額負担なら百四十万だろ?
恐ろしい話である。
この金額をフェイスブックへ載せたところ、スガ人形の栄治さんからコメントが入った。
『国民健康保険とか入ってるよね。高額医療で申請すれば最高で十六万、所得によっては確か八万から九万に抑えられるはずだよ。 須賀栄治』
『え! そうなんですね? ちょっと調べてみます。 岩上智一郎』
『窓口で聞いてみた方が早いよ。 須賀栄治』
栄二さんはリンク付きで教えてくれる。
高額医療保障ってやつか。
聞いた事あるぞ。
まあすべては明日、退院してからだろう。
『申請すれば後日帰ってくるはず。 一柳始』
『四百二十五円って見えない事もないな。 吉岡裕祐』
ナースセンターの受付で、高額療養費制度のご案内という紙をもらう。

『トイレでの喫煙バレたペナルティーも課金されてるんじゃないの? 吉岡裕祐』
『市役所の二階に行って三分ぐらいで貰えたよ。 櫻井弘幸』
こうしてコメントをくれた人を見ると、地元の近所の昔からの先輩からだけだ。
新宿、横浜と川越を離れている俺だけど、有難い話だよな。
二千二十一年十月二十九日、金曜日友引。
斉藤弘一が亡くなって丸四年。
まさかその日に俺が退院なんてね……。
彼が癌で亡くなってからそれだけの年月が経ち、因果的な意味合いまでできてしまった。
当時のフェイスブックの自分が書いた投稿を眺める。
二千十七年十月二十九日、日曜日赤口。
斉藤さん…、出会ってからニ、三年かもしれないけど、随分前から知り合いだった気がしました。
四十七歳で亡くなるなんて早過ぎるよ。
安らかに眠って下さい。
俺は十七時三十九分に、この投稿をフェイスブックで発信した。
来月になったら山下哲也へ斉藤弘一の容態を聞こうと思っていた矢先、仕事中ラッキーハウスにて、彼の訃報を聞いた。
天皇賞秋が開催された日。
レースが終わり、この日の中央競馬全レースがすべて終わってから斉藤弘一は静かに息を引き取った。
身支度を整え、久しぶりにスーツを着用する。
五日前に死に掛けたのが、まるで嘘のようだ。
赤心堂病院の集中治療室を出る際、アヤパンいないかなとガラス越しに見るも姿が見えない。
望にそっくりな彼女。
できたら連絡先を聞きたかったんだけどな……。
金をおろしに行き、入院費を払う。
四十二万ちょっとの金がこれで吹っ飛んだ。
本当に世話になったものだ。
入口の回転式ドアを通る。
「あら、退院ですか?」
声を掛けられたので振り向くと、よっちん似の看護婦だった。
「ええ、お陰様で今日退院できました」
「何だかスーツを着ているから、何て言ったらいんですかね…、素敵ですね」
これが望似のアヤパンだったら良かったんだけどなあ……。
歩きながらフェイスブックへ退院報告をした。
みなさん、お騒がせしました。
無事退院しました。

帰り看護婦さんが「あら、スーツ着ているから何だか……」と言ってきたので、「俺に惚れると火傷するぜ!」って忠告しておきました。
歩いていて感じたのが、未だ足はびっこを引いた状態のまま。
そしてビーンとした痺れは右膝から指先まで電気がずっと走っているようだ。
「……」
その内放っておけば、勝手に治るだろう。
まずは好きなものを食べようかな。
好きなものランキング一位は茄子、二位はハンバーグ、三位はミートソース、四位はステーキ、五位がマグロ。
これらを同時に満たせる店…、茄子とマグロがあるとろたくしかないな。
マグロー!

鰻ー!

茄子ー!

そして本川越駅前の栗屋の濃厚ソフトクリームを食べる。
コロナ禍で、相変わらず外には人がいない。

そのまま中央通りを歩き、連繋寺を超えて和菓子の伊勢屋へ入る。
「おう、智一郎。退院おめでとう」
「智一郎君、大丈夫だったの?」
「本当に死んだなと思いましたよ。生きてしまいましたけど」
「智一郎君、お団子食べる?」
「大丈夫ですって、弘惠さん」
「智一郎、ちょうど赤飯作っていたから持ってけ。快気祝いだ」

始さんが伊勢屋の赤飯作ってくれた、うぉー!
奥さんの弘惠さんが稲荷寿司と海苔巻きをパックに包んでいるところを撮影。

伊勢屋を出ると、一旦戻って連雀町の交差点まで行き、吉岡金物店へ入る。
吉岡さんに退院の報告をしてから、大正浪漫通りのカガヤカフェへ向かう。
手前にある隣りのスガ人形へ顔を出すと、タイミング悪くNHKの取材中で邪魔してしまう形になる。
それでも栄治さんは笑顔で退院を喜んでくれた。
化粧品の加賀屋へ行き、まずはおばさんに報告。
「智ちゃん、あんた身体大丈夫なの? 中央通りで三回も倒れたんだって?」
「三度目は本当に起き上がれなくて、ああ死ぬなって覚悟しましたよ」
「本当に生きていてくれて良かったよ。おばさん、気が気じゃなかったから」
「まあ無意識に立ち上がれたのって、多分ジャンボ鶴田師匠が首根っこ掴んで立たせてくれたんだなあと思ってます」
「身体に気を付けるんだよ? 無理しちゃ駄目だからね」
「分かってますよ、ヤスのところでコーヒー飲んでいきますよ」
「いつもうちの子をありがとね、智ちゃん」
「俺にとっても後輩ですから」
カガヤカフェへに行き、始さんからもらった赤飯を食べる。

さすがに酒は退院したばかりだから控え、コーヒーを飲みながら寛いでいると、櫻井さんが入ってきた。
話す内容は誰でも同じになってしまう。
何とか生き残ってしまったという感覚だけが残る。
職場のインカジ『レディ』へ退院の報告をして、今日の夜からでも出勤できる事を伝えた。
店側もまさか俺が心筋梗塞で五日で出てくるとは思わなかったようで、他のスタッフたちでシフトを組み直したから、月末までゆっくり休めと言われる。
正直この間、給料が入らないのは厳しいが、悪いのは俺のほうなので仕方ない。
それにちょうど月末の日曜日は選挙がある。
また川越に帰って来る手間を考えれば、これで良かったのかもしれない。
とりあえず二日間、地元川越でゆっくり過ごそう。
今回ぽっくり行くなら行くでいいかなとは思っていたが、何だかんだで生き残ってしまった。
だから、もうちょい本腰入れて生きていこうかなって思う。
岡部さんから電話があり、一緒に飲んでいたあと心筋梗塞で死に掛けたと聞き、本当に助かって良かったと言われる。
自分が酔い潰れて家に送られたあと、もし俺が死んでいたら悔やんでも悔み切れないと何度も。
明日は快気祝いで岡部さんがご馳走するからと、会う約束をして電話を切った。
二千二十一年十月三十日、土曜日先負。
フェイスブックの過去の思い出で、斉藤弘一の事を書いた投稿が出てくる。
盟友斉藤弘一が亡くなって四年経ってしまった。
この時期こういった自身の記事を見ると未だにあの時の悲しい気持ちが蘇ってくる。
よく俺に「だから岩上さんは持ってんですよ」って言ってくれましたよね。
未だ腐らず生きているのは、こういった言葉を掛けられ支えてくれる人がいたからだ。
四年も時間経ったのに、悲しみは薄れないなあ……。

昼前に岡部さんが連雀町のほうまで来て、まずは伊勢屋の前のラーメン屋『こひや』へ行く。
まだ時間前だったので、ヤスのカガヤカフェへ向かい、岡部さんを紹介する。
「今日は智一郎は酒はやめとけよな」
「ええ、一応身体を気遣わないと」
昼になってからこひやへ向かう。
ここのラーメンも食べたかった。

佐野川越ラーメンに、叉焼と穂先メンマ。

ここの穂先メンマは本当に絶品だ。
会計は岡部さんが全部ご馳走してくれた。
二軒目は特に決めずにクレアモールを歩きながら、横の細い路地を探索してみる。
普段歩かないような地元のエリア。
「ラッグカフェ…、何だかお洒落で変わった店ですね」
「寄ってみる?」
ピンク色の階段を上がってみる。

面白そうな店であるものの、タイミング悪く休憩でちょうど休み時間。

「そういえばいつサンロードからクレアモールに名前変えたんですかね?」
「そういえばそうだな」
アビーロードがある通りを歩くと、小洒落たイタリアンレストランがあった。
キッチンジャワの向かい、以前確かハンバーガーの店だったと思うけど変わったのか。
「とりあえずここ入ってみます? イルメ…、何て読むんですかね?」
「イルメルカートだな。ここにする? 構わないよ」

入ってみると、中々本格的なイタリアン!
メニューもかなり好みのものが揃っている。
でもこひやで食べたばかりなので、クリームソーダとアイスコーヒーを注文。
岡部さんはグラスワインとクレープのデザート。

店主にお腹一杯だから今度ゆっくり食べに来ると丁重に詫びる。
パスタやチーズがメインのようなので、また川越に来た時に寄ってみよう。

「男同士で入る感じの店じゃない事だけは確かですね」

「でもコロナだからどこも暇なんだから、野郎同士でも来るだけ有難いだろ」
「そういえば岡部さんの周りで、コロナ感染した人っています?」
「今のところはまだいないな」
「俺のほうは職場で前に一人と、中学の同級生が一人掛かりましたね」
「おまえの同級生と言えば、篠崎が働いている大漁丸でも行くか」
「いいですね」
会計を払おうとすると、快気祝いだからとまた岡部さんが出してくれた。
そのまま本川越駅方向へ向かい、大漁丸へ入る。
「一応おまえは酒やめておけよ?」
「分かってますよ。マグれればいいです」
篠崎はまだ出勤前らしく、店にはいなかった。
しめ鯖を食べながら上機嫌の岡部さん。
マスター夫婦と楽しそうに会話をしている。

このように行きつけの店があるというのは幸せな事だ。
大久保の生活では、大明飯店やシュベールはあるものの、寛いで酒を飲めるような店は一軒もない。

「智一郎、おまえ病み上がり何だから、無理するなよな? ちょっと体調が変だと思ったら、すぐに言え」
考えてみれば、昼前からカガヤカフェ、こひや、イルメルカートに大漁丸と、六時間以上歩きながら飲み歩いている。
右脚の痺れも変わらないまま。
あまり調子に乗らないほうがいいかもしれないな。
篠崎が出勤するまで頑張ろうと思ったが、無理をしない事にする。
ここでお開きにして家で休む事にした。
部屋で寛ぎながら、死に掛けても親父以外見舞いはおろか、連絡一本も無い家族の元にいるんだなと思う。
血は確かに繋がっている。
しかし、他人以下の家族だ。
別段声を掛けて欲しい訳ではないが、仮に俺があれで死んだとしても、葬儀すら来ないのではないだろうか?
元々何の目的も無く、生きる屍のような俺。
三度目に倒れた時、人生が終わっても本当に良かったのになあ……。
ジャンボ鶴田師匠だったのか?
俺を起こしたのは。
久しぶりに大事に取っておいた二千年五月十三日の日刊スポーツを取り出す。
二十一年ぶり以上なので、新聞もクシャクシャだ。

ジャンボ鶴田師匠が亡くなった日。
四十九歳だった。
今じゃ俺の方が年上になってしまった。
今回死の淵から生還したのも、盟友斉藤弘一…、そして鶴田師匠がケツを押してくれたのかなって感じてしまう。
家族以外のみんな、結構心配してくれてるし、ちゃんと自身を労らなきゃね。
未だ処分できない当時の新聞。
俺は再び丁重に折りたたんで引き出しにしまった。
フェイスブックへ投稿すると、飯野君からコメントが来る。
『その日会社で徹夜だったからよく覚えてます。朝コンビニで新聞見て血の気引いた。三沢さんもまだ早いと突き返したと思うよ。 飯野誠』
そうだ、三沢光晴さんも、おじいちゃんにしても、栗原名誉会長も、みんなが死の淵から俺を押し戻したのかもしれないな……。
『院長先生に刻々と言われたけど、あれだけ危険な状況で、病院着いた際身内を呼んで下さいと言われたから、何かしらの力に守られたのかなってね。 岩上智一郎』
返信を見返すと、何だか文章がちょっとおかしい。
まあ意味合いは通じているか。
俺は横になると、心筋梗塞用の薬を飲み、ゆっくり横になった。
明日は選挙か。
二千二十一年十月三十一日、日曜日仏滅。
八時過ぎまでゆっくりしてから朝食を取りに外へ出る。
大正浪漫通りへ行くと、シマノコーヒー大正館は朝なのに満席。
ヤスのカガヤカフェに行くも、まだ開いてない。
仕方なく仲町のコメダ珈琲店へ向かう。
知り合いの喫茶店が近所に二軒もあるから、ここへ行くのは初めてだ。
するとここも満席で、十人以上は待っている。
店員に「このコロナの中、朝の八時台で何でこんなにどこも混んでいるの?」と尋ねると、どうやら選挙の影響らしい。
しばらく時間を潰しながら、ようやく席が空く。
コメダのモーニングは、ドリンクを注文するとパンと茹で卵が無料でつくらしい。

追加でピザトーストも頼む。

入口のところにはまだ待っている人がいるし、いまいち落ち着かないので食べ終わると店をあとにした。
立門前通りを歩いていると、太麺焼きそばのまことやが開く時間で、手島さんがシャッターを開けている。
「おう、智一郎。心臓大丈夫か?」
「手島さんも前に心筋梗塞をしたんですか?」
「そう、俺も前にカテーテルやったよ」
「じゃあ、カテーテル仲間ですね」
まことやの太麺焼きそばを食べる。
明日の夜から仕事だけど、これから選挙へ行って、それから新宿に戻っておくか。

母校、中央小学校へ行くと、櫻井さんの友達の田中歯科の田中さんがいた。
川越ではそこそこ噂になっているようで、田中さんからも心筋梗塞の事を聞かれたほどだ。
投票する際、中野英幸さんに入れるのは変わらないが、連立政権の公明党に入れるのは、何か嫌だった。
考えてみれば俺の入院中、フェイスブックにコメントをしてくれたのは、立憲民主党の小宮山泰子だけ。
ならばせめて比例区代表選出には、公明党でなく立憲民主党を書いてあげよう。

岩上整体時代も患者で来てくれたしな。
俺は泰子にメッセンジャーで投票用紙を撮影した画像を送る。
『オフレコで。表立って応援できないけど、頑張って下さいね。 岩上智一郎』

『感謝感謝です! 小宮山泰子』
国会議員なのに、本当にこの人は律義だよなあ。
川越では英幸さんとの二強対決だろうけど、頑張ってほしい。
本川越駅のぺぺにあるくらづくり本舗で、職場のレディ用に和菓子を購入。
一週間もシフトの穴を空けてしまったお詫びとして。

死に掛けたけど、充分英気を養えたよな。
本川越駅から特急小江戸号へ乗る。

激動の一週間…、いや、二十五日の日だけじゃん。
あとはグダグダしていただけか。
これから一日アスクルームで休み、明日から仕事が始まる。
新宿へ着くと、一階のまいばすけっとで夜食を買い込む。
身体を労わったものをしておこう。
ポトフ、ほうれん草の胡麻和え、ひじき煮、塩むすび一ヶ。
カロリーも大雑把だけど、計算するように努力しないと。
二度目の心筋梗塞の時たまたま川越にいたから助かったけど、もしアスクルーム内で起きたら、下手したら死んでいたのかもしれないよな……。
職場で打てと半強制的にワクチンを打った事から始まったこの騒動。
入院費と一週間無収入で、五十万円ぐらいの損失。
福利厚生のしっかりした大場系列だ。
ひょっとしたら、見舞金ぐらい出してくれるかな?
過度な期待をしてもしょうがない。
まあ何にせよ、俺は結局生き残ってしまった。
まだ何かしら使命が残っているのかね。

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