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アファンタジアやSDAMに関する雑記②(2026.3.4~5.20/x.comより)

※ 用語の説明:アファンタジアとは? SDAMとは?
※ 前回の雑記:雑記①(2026.1.31~3.4/x.comより)
※ 次回の雑記:雑記③(2026.5.20~7.2/x.comより)




⬛️最近読んだアファンタジア論文(どれかは忘れた)に興味深いことが書かれていた

出典(x.com):無像之像

最近読んだアファンタジア論文(どれかは忘れた)に興味深いことが書かれていた。

これは私も以前からSNS上のポストを読んで感じていたことだが、視覚性アファンタジアで「1. 常に完全に一切が見えない人」と「2. 見えるけど十全あるいは十分には見えない人」とでは、2のほうがメンタルに影響するそうだ。

理屈はこうだ。
1は常に不在なのでその状態が普遍的常識。
2は「見えづらい」⇒「もっと見たい」⇒「でも見えない」⇒「くそっ」てなわけで、メンタルに作用するのかもしれない。


⬛️ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン理論から探る、 私のアファンタジアとSDAM

出典(x.com):無像之像

ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン理論から探る、 私のアファンタジアとSDAM
https://note.com/imageless_img/n/nf887b863682a

アファンタジアおよびSDAMの当事者として記した私の手記を、哲学者ウィトゲンシュタインの理論体系を実装した AI に投じ、その理論的枠組みから私の内的世界をどこまで再構成できるかを検証した。


⬛️アファンタジアの人の中には、自分の内的世界をドラマチックに表現する人がいる

出典(x.com):無像之像

アファンタジアの人の中には、自分の内的世界をドラマチックに表現する人がいる。

たとえば「漆黒」「暗黒」「虚無」といった詩的な語彙を使う。
なんとなく「漆黒の虚無に抱かれ、奈落の闇こそが我が友」的な世界観?(大藪春彦?笑)

推測だが、アファンタジアでない人だって、心的イメージがオフ(?)のときは、暗い部屋で目を閉じれば「輝度ゼロ」を感じるに違いない。

あるいは、心的イメージがオンだとしても、リアル知覚は「輝度ゼロ」を感じるに違いない。

つまり、なにもアファンタジアだけの話でもない。


⬛️アファンタジアが記憶研究の理論を揺さぶる

出典(x.com):無像之像

アファンタジアが記憶研究の理論を揺さぶる:
記憶研究では、約50年前から有名な理論がある。二重符号化理論(Dual Coding Theory)と呼ばれる。
この理論を「信じる」人たちは、いまアファンタジアを説明できずにいる。アファンタジアの登場で、従来の常識を修正する必要がある、とのこと。
https://aphantasia.com/video/pictures-without-mental-pictures

以下はAIによる解説:
心的イメージのない絵:アファンタジアが50年来の記憶理論を書き換える。
Claude のログ(PDF版画像版


⬛️以下は「内言(脳内言語)」を勝手に分類(例)

出典(x.com):無像之像

以下は「内言(脳内言語)」を勝手に分類(例)

自分は常に6のみ

1. 心の目(視覚的心的イメージ)
2. 心の耳(聴覚的心的イメージ)
3. 内音/内声(心に発生した音声を2で聴く)
4. 内言(心に発生した言語を3を媒介し2で聴く)
5. 内言(3も2も媒介しない)
6. 内言(同上)

※4と5は1の同時発生も


⬛️Anil Seth(アニル・セス)の理論「制御された幻覚」「物語的自己」と、アファンタジア/SDAMとの接続(要点)

出典(x.com):無像之像

Anil Seth(アニル・セス)の理論「制御された幻覚」「物語的自己」と、アファンタジア/SDAMとの接続(要点)

【知覚】
「(オンライン状態での)制御された幻覚」と解釈できる。ここでの「オンライン」とは、脳の生成モデルによる予測が、感覚入力によって継続的に拘束・修正されている状態を指す。

【心的イメージ】
「(オフライン状態での)制御された幻覚」と解釈できる。知覚と同じ生成モデルが用いられるが、感覚入力から部分的に切り離され、主にトップダウン予測によって生成される内部シミュレーションとして現れる。

【アファンタジア】
脳の「生成モデル(予測装置)」自体は存在し、そのトップダウン予測は感覚野を再活性化しているが、その活動が「制御された幻覚」としての意識的なクオリア(例:心的イメージ)として経験される段階まで十分に増幅されない状態と解釈できる可能性がある。

【SDAM】
「過去を体験として再生する」エピソード記憶システムが弱く、出来事は再体験としてではなく事実として保持されやすい状態と解釈できる。これは、時間を通して自己の経験を再構成する「物語的自己」のシミュレーション能力が弱い可能性としても説明できる。

出典:
https://note.com/preview/n688438d745a7?prev_access_key=e9540b67f9129cf7e7f54bc9231d113a#f4e8ef28-453b-4e27-b1c3-12d37b2648c1


⬛️海外でアファンタジア論争勃発

出典(x.com):無像之像

海外でアファンタジア論争勃発
https://note.com/imageless_img/n/ne02fca21936a


⬛️アファンタジアの日本語訳、なかなか難しいね

出典(x.com):無像之像
引用:https://x.com/ksk_S/status/2032049428048367803

なかなか難しいね。

1. 率直に表現:盲/聾/欠…(スティグマ系)
2. 新機軸で表現:別/異…(オルタナ系)
3. キレイに表現:多/個…(ダイバーシティ系)

機能/学術クローズなら1、迂回/当事者なら2、無難/流行りなら3。
現象としては「意識上でその内的体験がない」「感覚的クオリア非在」的な。

【論文】Published: Dec 12, 2025 https://imsj.journals.publicknowledgeproject.org/index.php/imsj/article/view/7389

【所感】
分野の第一人者であるZemanやPearsonらも「blind mind」という言葉をよく使っていた(る?)。これを日本語に直訳すると「心盲」となり、国内SNSでも「心がない人」みたいに捉える人がいることも確か。


⬛️視覚イメージによる知覚プライミングを支持しつつ、その効果が想像する対象によって異なることを示した研究

出典(x.com):無像之像

視覚イメージによる知覚プライミング(Joel Pearsonらの研究)を支持しつつ、その効果が想像する対象によって異なることを示した研究(2026年)https://sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0010945226000687


⬛️Redditに投稿されたアファンタジアとSDAMの当事者の文章を読んだ

出典(x.com):無像之像

Redditに投稿されたアファンタジアとSDAMの当事者の文章を読んだ。

これ ⇒ https://note.com/preview/nf0b9dacc6d67?prev_access_key=73fcc2361c2addbbc705f50d3ce465e3

「その事実に気づいた瞬間、大きなショックを受けました。正直、ここ何十年もなかったほどに泣き崩れてしまいました」といった趣旨が書かれていた。

こういう人もいるのだな、という感想しかなかった。
いつも思うのだが、生涯で一度も体験したことのない体験を引き合いに出して、現状それが体験できないと嘆く、というのがよく分からない。


⬛️エンデル・タルヴィング理論から探る、 私のアファンタジアとSDAM

出典(x.com):無像之像

エンデル・タルヴィング理論から探る、 私のアファンタジアとSDAM
https://note.com/imageless_img/n/n0b2b01922731

アファンタジアおよびSDAMの当事者として記した私の手記を、記憶研究の巨人エンデル・タルヴィングの理論体系を実装した AI に投じ、その理論的枠組みから私の内的世界をどこまで再構成できるかを検証した。


⬛️日本人研究者らによるアファンタジア最新論文

出典(x.com):無像之像

日本人研究者らによるアファンタジア最新論文

Age differences in visual and multisensory imagery: Notes on distributions of aphantasia and hyperphantasia in individuals aged 20s–70s
by Junichi Takahashi, Kazufumi Omura, Shinichiro Sugimura

https://sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0028393226000795

以下は個人的なメモ。 年齢によって心的イメージの鮮明さがどう変わるのかを、日本人の大規模サンプルを使って調べた比較的ユニークな研究。

ただし、「自己報告のみ」のデータなので、ここはかなり大きな弱点。
さらに、「同じ人を追跡していない」および「日本人のみ」という点も、大きな弱点。

なので、一定のデータや考察は取れたとしても、あくまで参考程度でしかない。

個人的には、表面的な調査系はもういいから、真にユニークな切り込んだテーマでの研究を期待したい。

【科研費】アファンタジアの認知・神経メカニズムの解明と代替コミュニケーション手段の確立

https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-25K03421/

https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K18577

「研究開始時の研究の概要」を読んだ。「社会的理解」「多様性」「インクルーシブ」を前面に出すと予算(公金)がおりやすいのか?

まあそれはいいとして、研究の目的が「イメージ欠如を補う代替コミュニケーション手段を確立すること」だそうだ。

以降は憶測だが、もしこれが子供たちを対象とした教育の現場でのことを想定しているとしたら、当事者に育まれるはずの「大切な武器」の獲得が阻害される可能性は考慮してるのか?

この武器は、当事者が大人になってから死ぬまで、常に使う「思考の武器」だ。

アファンタジア研究は始まってからまだ10年余り。十分な知見もなしに、予断でここに介入するのは個人的にはどうかと思う。


⬛️クラシック音楽の訓練を受けた三人の音楽家の音楽的思考がどのように成立しているのかを調べた研究の論文が、最近出版された

出典(x.com):無像之像

クラシック音楽の訓練を受けた三人の音楽家(いずれも「心の耳」すなわち「聴覚的心的イメージ」がないことに気付かないまま教育を受けてきた人たち)の音楽的思考がどのように成立しているのかを調べた研究の論文が、最近出版された。
https://tandfonline.com/doi/abs/10.1080/25742442.2026.2640817

結果として、三人はそれぞれ独自に編み出した戦略で音楽を理解し、創作し、演奏していたという。
つまり、音楽を考えるために「心の耳」は必須ではない。

ここからは個人的な憶測と感想。おそらくだが、超一流とされる楽団でプロ演奏家として活動するとなると、「心の耳」が機能しないと対応しきれない局面はあるのかもしれない。

これは、低身長の人が高身長が前提となる分野ではそもそも選抜されにくい、あるいは選抜されても期待された成果を出しにくい、という状況に少し似ている気がする。

「やりたいこと」と「できること」は違う。でも、多くの人にとって、人生とはそういうものだろう。

ちなみに、私に自然と身に付いた方法(擬音内言を心の中の音楽表現として駆使する方法)に該当する人はいなかった。


⬛️アファンタジアとSDAMをネガティブに捉えすぎる当事者について

出典(x.com):無像之像

アファンタジアとSDAMをネガティブに捉えすぎる当事者について
https://note.com/imageless_img/n/n8768ba5b3c57


⬛️自分が若い頃の姿の写真を見ても「懐かしい」と思うのはごく一部で、基本的には何も思わない

出典(x.com):無像之像

自分が若い頃の姿の写真を見ても「懐かしい」と思うのはごく一部で、基本的には何も思わない。

とくに成人前の写真は、そのときの記憶はないし、どういう状況でとか、どういう気持ちでとか、そういうのは一切不明で、写真に映っている情報(背景や容貌など)から、ここはおそらく何処で、だいたい何歳ころで、というのを推測するだけ。

ただし、背景(建物や室内)を知っている場合は、その情報に対して微かに「そういえば」という思いがよぎり、これが転じて「なつかしい」という感想に繋がることはある。こんなパターンがSDAMな私の過去のあり方のほとんど。


⬛️アファンタジア様相の状態について最初期に体系的に報告していたゴルトンと、同時代を生きた哲学者ベルクソンの議論が交差していた

出典(x.com):無像之像
返信元:https://x.com/hiraiyasushi1/status/2034132810823569585

ベルクソンとゴルトンのエピソードは初めて知りました。ありがとうございます! 文献史の文脈で見ると、アファンタジア様相の状態について最初期に体系的に報告していたゴルトンと、同時代を生きた哲学者ベルクソンの議論が交差していたことに、感慨を覚えました。
Grok のログ(PDF版画像版

ゴルトンもベルクソンも、現在の視点から振り返るとかなり先駆的な視点を備えていましたが、それにもかかわらず、「人はみな頭の中に絵を思い浮かべるものだ」という前提が、ほとんど1世紀以上にわたって、いわば常識のように受け入れられてきたことに、むしろ驚かされます。

仮に100人ほど調査すれば、どの時代にも1〜数名は「アファンタジア的」な人がいた可能性は高いはずなのに、なぜその事実に学術界が接近できなかったのか、その理由が気になります(当事者として笑)。

このベルクソンのエピソードは、アファンタジア当事者の界隈でもそれほど広く知られていないように思います(Redditなどでもあまり話題を見かけませんし)。 ベルクソンの先駆的な視点が広く知られることで、アファンタジアの観点からベルクソンの再評価や再発見につながる可能性もありそうですね。

ところで、アファンタジアに関する書籍ですが、この分野の第一人者として知られるアダム・ゼーマン氏による一般向けの著作が近年刊行されていますので、以下にご紹介します。
https://note.com/imageless_img/n/n2cd5cceaf065#cfaea08e-66b4-4ff2-a320-2c6174bdae42


⬛️アファンタジアは個性である

出典(x.com):無像之像

アファンタジアは個性である
https://note.com/imageless_img/n/n494403dc22a3


⬛️嫌なことを「思い浮かべるだけ」で、身体にリアルな影響が生じることが示された

出典(x.com):無像之像

嫌なことを「思い浮かべるだけ」で、身体にリアルな影響が生じることが示された。
論文 ⇒ https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12989641/

アファンタジア当事者の立場から見ると、「想像による不安・苦痛が少ない」「感情の暴走が起きにくい」「フラッシュバックへの耐性」といった有利な側面の可能性がある一方で、「未来予測の体感が弱い」「情動ベースの学習が弱い可能性」「共感のスタイルが異なる」といった別の側面の可能性も、それぞれ示唆されるかもしれない。

参考
ChatGPT のログ(PDF版画像版


⬛️理論的立場により心的イメージ(imagery)や表象(representation)という基本概念の定義が分かれ、統一的理解に至っていないことが改めて示唆された

出典(x.com):無像之像

論文 ⇒ https://sciencedirect.com/science/article/pii/S0028393225002283

先日出版されたアファンタジア論文についてAIと対話したのを発端に、結局、理論的立場により心的イメージ(imagery)や表象(representation)という基本概念の定義が分かれ、統一的理解に至っていないことが改めて示唆された。

AIとの対話
Claude のログ(PDF版画像版


⬛️アファンタジア研究が「二重符号化理論」を揺るがした

出典(x.com):無像之像
引用:https://x.com/imageless_img/status/2030329298650067422


⬛️アニル・セス理論から探る、 私のアファンタジアとSDAM

出典(x.com):無像之像

アニル・セス理論から探る、 私のアファンタジアとSDAM
https://note.com/imageless_img/n/n48c5cc43fb0b

アファンタジアおよびSDAMの当事者として記した私の手記を、意識研究で著名なアニル・セス氏の理論体系を実装した AI に投じ、その理論的枠組みから私の内的世界をどこまで再構成できるかを検証した。


⬛️いまさらながら、アファンタジアとは? SDAMとは?

出典(x.com):無像之像

いまさらながら、 アファンタジアとは? SDAMとは?
https://note.com/imageless_img/n/n83a00beb58ea


⬛️自分は生まれながらにして二つの才能を授かった。心の目や耳に揺さぶられない才能(アファンタジア)と、過去に揺さぶられない才能(SDAM)

出典(x.com):無像之像

自分は生まれながらにして二つの才能を授かった。

心の目や耳に揺さぶられない才能(アファンタジア)と、過去に揺さぶられない才能(SDAM)で、何の努力もせず最初から自動的に備わっていた。

この才能のおかげで、これまで生きやすかったと思うし、いまも生きやすいと感じている。

もしこの二つがなかったら、おそらく人生のあらゆる場面でグワングワン揺さぶられていたに違いない。

そうでなくて本当によかったと、いまもしみじみ思っている。

おそらく、自分の生来の気質とも相性がよかったのだと思う。


⬛️アファンタジアという現象は、身長の高低に少し似ているのではないか

出典(x.com):無像之像

私のパートナーは背が低く、私は背が高い。以前、パートナーとこんな話をしたことがある。

アファンタジアという現象は、身長の高低に少し似ているのではないか。

パートナーによればこういうことだ。身長の高い人には実感しにくいだろうが、身長の低い人の「世界」は案外不利である。
満員のエレベーターや電車に乗るとどうなるか。あるいは普通に道を歩くときでもいい。背の高い人は、膝を折って腰を屈めて歩いてみてほしい。

どうだろう。背の低い人の「世界」が少し見えただろうか。いつも他人を見上げる「世界」、背の高い人ほど視界が開けない「世界」。
そうした気付きがいくつもあって興味深かった。

もちろん、だからといってアファンタジアが身長の高低と同じだと言いたいわけではない。
ただ、「世界」の見え方や感じ方が異なるという点では、どこか通じるものがある。そんな話だった。


⬛️覚醒時(寝ていないとき)は常に何かを「考えている」らしい

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私のパートナーは、私からすると少し変わっている。

パートナー曰く、覚醒時(寝ていないとき)は常に何かを「考えている」らしい。

それに、これまで悩んだことはないという。「悩む」のではなく「考えている」のだそうだ。私からすれば同じことのように思えるが、本人にとっては区別があるらしい。

さらに、平時でも頭の中には視覚的心的イメージ(いわゆる脳内映像)が飛び交っているという。

さぞ煩わしいのでは、と聞いたところ、慣れているから平気だという。
そんなに忙しい脳で疲れないのかと尋ねても、やはり慣れているという。

一方で、私はパートナーとは真逆で、アファンタジアなので当然ながら何も浮かばないし、加えて、何も考えないときもある。頭が空っぽになり、緊張というものがまったくない状態になることもある。

だからどうというわけではないが、私とパートナーでは内的世界が大きく異なっていて、面白い。


⬛️幻覚剤をアファンタジアの人が服用したらどうなるのか?

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幻覚剤(サイケデリック)という化学物質がある。これを身体に入れると、視覚や聴覚、思考、感情に一時的かつ強力な変化をもたらすことがあるそうだ。 その幻覚剤をアファンタジアの人が服用したらどうなるのか? という興味は、海外のSNSではわりとよく目にする。

まあ、そんなことはどうでもいいとして、
https://bmj.com/content/392/bmj.s548
上記の幻覚剤に関する論文(2026-03-20)では、1954年の著書「知覚の扉」で知られるオルダス・ハクスレーがアファンタジアであった可能性が指摘されている。 彼は著作の中で「言葉が心にイメージを呼び起こさない」と述べている。

まあ、そんなこともどうでもいいとして、自分がとくに関心を持ったのは、この「知覚の扉」という書名が、あの伝説的バンド The Doors の名称の由来になっている点である。 そして、あの伝説的カリスマ Jim Morrison が読んでいた「知覚の扉」の著者がアファンタジアであった可能性がある。

だからどうした?と言われれば、べつにどうもしないのだが、歴史上のいくつかの点が、ある線によって繋がった感じがして興味深い。


⬛️アリストテレスが定義した「φαντασία」に否定の接頭辞「a-」を付したものが、2015年にAdam Zemanらが命名した「アファンタジア(aphantasia)」の語源

出典(x.com):無像之像

アリストテレス(Aristotle、紀元前384-322年)が定義した「φαντασία (phantasia:イメージする能力あるいは機能、作用)」に否定の接頭辞「a-」を付したものが、2015年にAdam Zemanらが命名した「アファンタジア(aphantasia)」の語源である。

なわち、アファンタジア研究そのものが、語源的・概念的にアリストテレスの哲学から出発している。

アリストテレスによれば「魂は決してファンタズマ(phantasma)なしに思考しない」だそうだ。 ファンタスマ(phantasma)とは、ファンタシアによって生じる心的表象そのもの。 ファンタシア(phantasia)とは、感覚に基づく心的表象を生じさせる働き。

視覚性アファンタジアの文脈だと、ファンタシアは「心の目」、ファンタスマは「視覚的心的イメージ」に該当する。

表象(representation)とは、概ね「意味をもって心に現れている内容」を指す。 イメージ(imagery)とは、視覚に限定されず、心的表象のうちとくに感覚的なものを広く指す。

※あえて単純化しています。


⬛️個人的には、こういうの(SDAMとアファンタジアの逸話)にまったく共感しない

出典(x.com):無像之像

なんだかなー。個人的には、こういうの(SDAMとアファンタジアの逸話)にまったく共感しない。そもそも大袈裟すぎだし。情緒不安定なんじゃないの?
https://www.reddit.com/r/SDAM/comments/1s1sqen/i_thought_sdam_ruined_my_life_until_something/


⬛️日本人研究者が筆頭著者となっているアファンタジアに関する重要な論文が公開された

出典(x.com):無像之像

日本人研究者が筆頭著者となっているアファンタジアに関する重要な論文が公開された。

Fronto-temporal structural alterations in congenital aphantasia by Yusaku Takamura, Romain Delsanti, Laurent Cohen, Paolo Bartolomeo, Jianghao Liu Posted 2026-03-22

https://biorxiv.org/content/10.64898/2026.03.22.713248v1.abstract

【ざっくり意訳】
アファンタジアとそうでない人の脳を構造的に比較したところ、視覚的心的イメージの元ネタとなる「データを格納している領域」(いわば映像素材そのものに相当する視覚野や視覚関連の神経経路)には、明確な差は見つからなかった。

一方で、そのデータを「呼び出して、組み立てて、意識のスクリーンに映し出すためのシステム」(前頭葉・側頭葉・帯状束などをつなぐ白質神経線維束からなる高次のネットワーク)には、構造的な違いが見られた。

つまり、元ネタの「映像データ」に少なくとも構造的には明確な差は見つからず、「再生システム」のほうが違っていた。


⬛️最近公開された「不安」に関する博士論文

出典(x.com):無像之像

最近公開された「不安」に関する博士論文

Anxiety and the Clarity of Future Self-Thoughts: Exploration of Mediators and Interventions
by Jessica Duffy

https://ray.yorksj.ac.uk/id/eprint/14358/

【ざっくり意訳】
イメージ能力は「諸刃の剣」でもある。不安なとき、人は最悪の未来の自分をリアルに、鮮明に想像してしまう。その「頭の中でのリハーサル(体験)」が自信を奪い、さらに不安を高める。だから逆に、最高の未来の自分をリアルに、丁寧に想像することを繰り返すと、自信が戻り、不安が和らぐ。

【個人的な推測】
アファンタジア(心的イメージ体験不在)やSDAM(自伝的記憶再体験不在)の当事者は、不安が増幅しにくい可能性があるかもしれない。

参考資料:
Claude のログ(PDF版画像版


⬛️アリストテレス理論から探る、私のアファンタジアとSDAM

出典(x.com):無像之像

アリストテレス理論から探る、私のアファンタジアとSDAM
https://note.com/imageless_img/n/n6d8eb2daa42c

アファンタジアおよびSDAMの当事者として記した私の手記を、知の巨人として知られる哲学者アリストテレスの理論体系を実装した AI に投じ、その理論的枠組みから私の内的世界をどこまで再構成できるかを検証した。


⬛️大麻で酔った状態でも、証言の内容そのものはどれくらい正確なのか? そして「自信」にはどんな影響が出るのか?

出典(x.com):無像之像

大麻で酔った状態でも、証言の内容そのものはどれくらい正確なのか? そして「自信」にはどんな影響が出るのか?、という研究(26 March 2026)

https://www.nature.com/articles/s41598-026-45069-0

【意訳】
分かったこと: ①大麻で酔っていても、思い出した内容の「質」自体はあまり変わらなかった。 ②酔っていた人は、「間違った犯人選択」に対して自信が高くなってしまった。

【私の感想】
つまり、大麻で酔うと、記憶そのものより、「記憶に対する確信の仕方」が歪んでしまう。怖っ。 この研究をアファンタジアに絡めると: ①鮮明な視覚的心的イメージがある → 間違っていることもある(だが自信満々) ②そのイメージがない(アファンタジア) → 正確なこともある


⬛️最近、「アファンタジア寄り」という表現を目にした

出典(x.com):無像之像

最近、「アファンタジア寄り」という表現を目にした。
具体的には、以下のような主観的体験を持つ人が、自身をそう認識していた。

  • わりと映像記憶としても鮮明に残ってる

  • 数秒 鮮明に光景が蘇った

  • まれにあんなにも鮮明な映像

  • その場にいるみたいな感覚が蘇る

https://x.com/search?q=%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%82%A2%20(from%3Aot_film)%20until%3A2026-03-31%20since%3A2026-03-01&src=typed_query&f=live


⬛️アファンタジアに関する興味深い個人記事を読んだ。それを読んでの私の感想

出典(x.com):無像之像

アファンタジアに関する興味深い個人記事を読んだ。

これ ⇒ https://tori8212.com/afanta/

それを読んでの私の感想:

これ ⇒ https://note.com/preview/n5dec8e54cb08?prev_access_key=c90eb836eca9f53e948836774369303a

感想:
ADHD に由来している可能性のある生きづらさを、アファンタジアに起因すると主張する人がいる。 これまで、そうした考え方をする ADHD+アファンタジアの人を数人見かけたことがある。 いずれも、アファンタジア自体のインパクトが原因であるという客観的根拠は不明。

個人的には、アファンタジア自体にそれほど大きなインパクトはないと考えている。 現時点では、主要研究者らも「アファンタジアは病気でも障害でもない」と結論づけている。

参考資料:
Claude のログ(PDF版画像版


⬛️生まれつき目の見えない人が想像する際、心の中の主観的世界はどうなっているのか、どのような言葉が使われるのかなどを調査した

出典(x.com):無像之像

生まれつき目の見えない人が想像する際、心の中の主観的世界はどうなっているのか、どのような言葉が使われるのかなどを調査した、非常に興味深い研究。アファンタジアへの言及あり。

Blindness reshapes mental time travel: From perceptual scenes to conceptual scaffolds
by Nadja Abdel Kafi et al. Posted March 27, 2026.
https://biorxiv.org/content/10.64898/2026.03.27.714680v1

概要(日本語)
Claude のログ(PDF版画像版


⬛️ASD/ADHDに関する呼称についての個人的なメモ

出典(x.com):無像之像

ASD/ADHDに関する呼称についての個人的なメモ

1. 医療基準(DSM-5-TR / ICD-11)において障害である

1-1. ASD(Autism Spectrum Disorder:自閉スペクトラム症)
※社会的コミュニケーションおよび社会的相互作用の困難、ならびに限定的・反復的行動が、持続的かつ生活に支障をきたすレベルで存在。

1-2. ADHD(Attention-Deficit / Hyperactivity Disorder:注意欠如・多動症)
※不注意(Inattention)and/or 多動性(Hyperactivity)and/or 衝動性(Impulsivity)が、持続的かつ生活に支障をきたすレベルで存在。

2. 医療基準(DSM / ICD)においてそれ単体では診断基準を満たさない(=障害とはされない)

2-1. 自閉スペクトラム(診断に至らない特性の連続体)
2-2. 不注意(Inattention)
2-3. 多動性(Hyperactivity)
2-4. 衝動性(Impulsivity)

3. 総称する場合のフレーズ(例)

3-1. ASD(1-1)と自閉特性(2-1)を総称する場合:
ASD(または自閉特性)

3-2. ADHD(1-2)と、不注意(2-2)・多動性(2-3)・衝動性(2-4)の特性を総称する場合:
ADHD(またはADHD特性)


⬛️発達障害(ASD/ADHD)とアファンタジアに関する個人的な見解

出典(x.com):無像之像

発達障害(ASD/ADHD)とアファンタジアに関する個人的な見解
https://note.com/imageless_img/n/ne4aca8c9f926

発達障害の「生きづらさ」を語る中で、アファンタジアまで大きな要因として扱われることがあります。この記事では、その捉え方に感じる違和感や、因果関係の整理についてまとめています。


⬛️no+e界隈だとアファンタジアあるいはSDAMと比べて、発達障害は圧倒的にマジョリティ

出典(x.com):無像之像

no+eで発達障害の話題を書いたら、その界隈の人からたくさんのスキをいただいた。発達障害はマイノリティと言われるが、少なくともno+e界隈だとアファンタジアあるいはSDAMと比べて、発達障害は圧倒的にマジョリティに感じる(記事も多い)。

興味深かったのは、発達障害の界隈の人は有料記事の率が高いように感じた。おそらく一定のシェアを見込んでのことかもしれない。※すべて個人の感想です。


⬛️脳内でイメージを見る体験がない視覚性アファンタジア民でも、文章を読むとき脳内では色などの感覚情報が無意識のうちに自動的に処理されていることを示唆した研究

出典(x.com):無像之像

Investigating mental simulation during sentence comprehension in aphantasia

https://sciencedirect.com/science/article/pii/S0028393226000898

【意訳】
脳内でイメージを見る体験がない視覚性アファンタジア民でも、文章を読むとき脳内では色などの感覚情報が無意識のうちに自動的に処理されていることを示唆した研究。何気に重要そう。

心の目がなくても理解できるのは当然としても、この研究が面白いのは「理解できる」にとどまらず、理解の裏側で感覚的な処理が実際に生じている点を具体的に確かめたところにある。意識に上るイメージがなくても、脳はこっそり色をシミュレートしているわけだ。

ただし、色以外の感覚(この研究では距離)については、アファンタジア民だけでなく一般民でも同様の効果が確認できなかった。「無意識のシミュレーション」が何にでも起きるわけではなく、感覚の種類によって話が変わる可能性がある。この研究で確かめられたのは、あくまで色について。


⬛️アファンタジアの人を脳波(客観的測定)だけで見分けられるかを検証した研究

出典(x.com):無像之像

先週公開されたアファンタジアの人を脳波(客観的測定)だけで見分けられるかを検証した研究。

Signature-Based EEG Classification for Color Memory and Mental Imagery: A Preliminary Study Toward the Characterization of Aphantasia
Rémi Vaucher et al.
PDF file: Here

【意訳】
結論としては、現時点では明確に見分けることはできない。ただしアファンタジアの人でも、視覚的イメージ課題に対応する脳活動パターン自体は検出された。つまり、主観的には「見えていない」場合でも、何らかの処理が脳内で行われている可能性がある。なおサンプル数はN=4と非常に少ない。

何らかの処理が脳内で行われている可能性がある。

これはアファンタジア当事者の立場からすると、可能性というより単なる事実。イメージ試行時に視覚的心的イメージの体験はないが、それが何であるかは理解できるし、説明もできる。ただし、その主観的体験や処理を客観的に掴めるか?というだけ。


⬛️アファンタジアとSDAMは才能である

出典(x.com):無像之像

アファンタジアとSDAMは才能である
https://note.com/imageless_img/n/nc3ed0842ca83

自分は生まれながらにして二つの才能を授かった。心の目や耳に揺さぶられない才能(アファンタジア)と、過去に揺さぶられない才能(SDAM)で、何の努力もせず最初から自動的に備わっていた。


⬛️アファンタジアやSDAMの研究は、マジョリティ理論の都合上、後回し(結果的には半ば無視扱い)だった?

出典(x.com):無像之像
引用:https://x.com/imageless_img/status/2034178380736950751

おそらく、

  1. まず大多数に当てはまる理論をこしらえる(普通の人を説明できればOK)。

  2. 例外(アファンタジアやSDAM)は後回しでもよい。

  3. アリストテレス後からゴルトン後に至るまで、後回しにされがち。

つまり、理論の都合上、後回し(結果的には半ば無視扱い)
※あえて単純化してます。


⬛️内言に関して、興味深い個人記事を読んだ

出典(x.com):無像之像
引用:https://x.com/kiyoharamurasak/status/2041471948774133941

内言に関して、興味深い個人記事を読んだ。

内側で言葉が絶えず流れている感じがあまりない

内言が少ない

内言は必要なときに意図して使うものだと思ってた。
もしも絶えず流れているとしたら、それは多動(例えばADHD的様相)なのでは? と思った。(※個人の感想です)

考えるときはだいたい書く。あるいは話しながら考える。よく吃るし、途中で止まる。その場でまだ組み上がっていないのだと思う

内言が少ない

考えること自体を進めるための道具だった

内言が少ない

外に出さないと考えが前に進まない。紙でも、画面でも、声でも、何かに出力して初めて、思考が動き出す

内言が少ない

私の実感そのものが言語化されていて心地よい。
となると、私はこれまで「自分には内言がある」と思ってたが、本当にそうなのか。

思い返すと、私が内言(脳内で声/音を聴いたり発音したり響かせたりする現象ではなく、言葉をなぞる、あるいは刻む・踏むといった方法)を使うときは、外部媒体を「読むとき」とくに「書くとき」が主であって、それ以外では「頭に念押しする」とき以外、内言は使わない(使う必要がない)。
多分、日常では使わない時間がほとんど。

このとき脳内はどうなっているかというと、非言語的かつ非イメージ的な「直観的な認識・把握」の世界になっている。

そうだ、コーディングしているときの状態がまさにこれだ。
プログラミング言語は単なる記号なのだが、その体系を用いて構造や論理、入出力を記述する。
純粋にコーディングしているとき、私の中に内言はなく、直観的で、非言語・非イメージ・抽象・概念・論理の思考がある。


⬛️見るときに使う神経と、思い浮かべるときに使う神経は、かなり同じだった

出典(x.com):無像之像
引用:https://x.com/WadiaVarun/status/2042338914116256155

アファンタジア研究にも関連する画期的な論文が公開された。

A shared code for perceiving and imagining objects in human ventral temporal cortex
https://science.org/doi/10.1126/science.adt8343

核心をシンプルに言うと「見るときに使う神経と、思い浮かべるときに使う神経は、かなり同じだった」ことが示唆された。

さらに、視覚は神経のパターン(コード)で表現されており、想像はその同じコードを再生(再活性化)している、ということが示唆された。

たとえるなら、視覚⇒カメラで撮る。想像⇒そのデータ(コード)を使って画像を再生成する。その際、同じデータ形式で動いている。ということだった。

【AIによる日本語要約】
ChatGPT のログ(PDF版画像版
Gemini のログ(PDF版画像版
Grok のログ(PDF版画像版
Copilot のログ(PDF版画像版
Perplexity のログ(PDF版画像版
Claude のログ(PDF版画像版


⬛️アファンタジアの「漆黒の虚無に抱かれ、奈落の闇こそ我が友」な世界

出典(x.com):無像之像

アファンタジアの「漆黒の虚無に抱かれ、奈落の闇こそ我が友」な世界
https://note.com/imageless_img/n/nf866e1ced193

目次
1. アファンタジアのハードボイルドな世界観
2. SDAMな私の記憶世界
3. 思い出が豊かな人の記憶世界
4. 光はないが、静か


⬛️睡眠時以外は常に考えている人のこと

出典(x.com):無像之像

睡眠時以外は常に考えている人のこと
https://note.com/imageless_img/n/n8418a729ab00

私のパートナーは、私からすると少し変わっている。 パートナー曰く、365日24時間、覚醒時(睡眠時以外)は常に何かを「考えている」のだという。そして、頭の中には視覚的心的イメージ(いわゆる脳内映像)も飛び交っているのだという。


⬛️「頭の中で音が聞こえるかどうか(=心の耳)」は、人によってかなり違い、その違いが性格・注意力・マインドフルネス・創造性・記憶のあり方にまで、それぞれ別々の形で関係している

出典(x.com):無像之像

少し前に公開されたアファンタジア関連の海外論文。

ざくっとナナメ読みしたが、個人的には微妙な箇所もあった。
Zeman や Pearson ら主流の見解は如何に?

The Enigma of the Silent Mind: What Have We Learned About Anauralia?
Published online: 09 Apr 2026
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/25742442.2026.2656856

この論文の内容について、そしてこの論文の結果や理論が当事者(私)の内的世界をどう説明できるかについて、ChatGPTにまとめてもらった。

これ
ChatGPT のログ(PDF版画像版


⬛️その瞬間ごとの「イメージの鮮明さ」は瞳孔サイズに反映されるが、「その人が普段どれくらいイメージできる人か(個人差)」はほとんど反映されない

出典(x.com):無像之像

少し前に公開されたアファンタジア研究にも関連する海外論文。

Pupil Size Reflects Trial-Level Variability in Imagery Vividness During Immersive Storytelling but Not (or Hardly) Individual Differences in Trait Imagery Accepted: 30 March 2026
PDF file: Here

Joel Pearsonらによるアファンタジア先行研究(瞳孔反応)への接続はこちら:
ChatGPT のログ(PDF版画像版


⬛️13年前に作った「日本近現代文学史の俯瞰図」を発掘した話

出典(x.com):無像之像

13年前に作った「日本近現代文学史の俯瞰図」を発掘した話
https://note.com/imageless_img/n/nfaa1cae8ca82

余談のパートで、アファンタジアのエピソードも執筆しました


⬛️これまで数世紀にわたって影響力を持ってきた哲学者デイヴィッド・ヒュームの中心的な主張「思考はイメージに基づく」という理論に強い疑義が投げかけられた

出典(x.com):無像之像

先日、以下のアファンタジア研究の論文が公開された。

Aphantasia as a challenge for humean abstraction
Uku Tooming, Roomet Jakapi
20 April 2026
https://sciencedirect.com/science/article/pii/S0028393226001119

【ざっくり概要】
近年(とくに2015年以降)明確に認識されるようになったアファンタジア(心的イメージ体験の不在)の存在によって、これまで数世紀にわたって影響力を持ってきた哲学者デイヴィッド・ヒュームの中心的な主張「思考はイメージに基づく」という理論に強い疑義が投げかけられた。この疑義は、ヒューム理論の重要な前提を揺るがすもので、あえて単純化して言えば、ヒューム理論の根幹が揺らいでおり、理論は根底から再検討を迫られている。

【詳細】
Claude のログ(PDF版画像版
Copilot のログ(PDF版画像版
Gemini のログ(PDF版画像版
Perplexity のログ(PDF版画像版
ChatGPT のログ(PDF版画像版


⬛️ヒューム理論から探る、私のアファンタジアとSDAM

出典(x.com):無像之像

ヒューム理論から探る、私のアファンタジアとSDAM
https://note.com/imageless_img/n/n2cbf69b33a8b

先天性アファンタジアおよび SDAMの当事者として記した私の手記を、哲学者デイヴィッド・ヒュームの理論体系を実装した AI に投じ、その理論的枠組みから私の内的世界をどこまで再構成できるかを検証しました。


⬛️アファンタジアが突きつける、ヒューム理論への挑戦

出典(x.com):無像之像

ところで、先日(2026年4月20日)アファンタジア研究に関する以下の論文が公開されました。

Aphantasia as a challenge for humean abstraction
Uku Tooming、Roomet Jakapi
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0028393226001119 .

この最新の論文「Aphantasia as a challenge for humean abstraction」と、私が作成した既存のレポート「ヒューム理論から探る、私のアファンタジアとSDAM」の理論的整合性をAIで検証しました。結果は以下の通り。

アファンタジアが突きつける、ヒューム理論への挑戦
https://note.com/imageless_img/n/n61d243c08800 .


⬛️「心の中で映像が見える人」と「まったく見えないアファンタジアの人」では、言語を処理するときの反応速度に “全体的な差” がある可能性が示された。すなわち、アファンタジアの方が全体的に反応が速かった

出典(x.com):無像之像

先日(2026年4月21日)、アファンタジア研究に関する以下の論文が公開された。

Utilizing Aphantasia to Examine Embodied Cognition in the Visual Modality
Author: Tessa Moskoff
Published: 2026-04-21
https://journals.colorado.edu/index.php/honorsjournal/article/view/4961

研究の要点(まず結論):
「心の中で映像が見える人」と「まったく見えないアファンタジアの人」では、言語を処理するときの反応速度に “全体的な差” がある可能性が示された。
すなわち、アファンタジアの方が全体的に反応が速かった。これは統計的に有意だった。

以下は AI による解説:
Copilot のログ(PDF版画像版
Claude のログ(PDF版画像版
Gemini のログ(PDF版画像版
Perplexity のログ(PDF版画像版
Grok のログ(PDF版画像版


⬛️心的イメージが記憶のどの段階に影響するかを調べた研究

出典(x.com):無像之像

先日(2026年4月24日)、アファンタジア研究に関する以下の論文が公開された。

Influences of mental imagery at different stages of Atkinson’s and Shiffrin’s modal model: Visual imagery is associated with enhanced iconic memory performance
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S001094522600119X

ざっくり要点:
心的イメージが記憶のどの段階に影響するかを調べた研究。ごく初期の見た直後の記憶(アイコニック記憶)では、イメージ能力が高い人ほど成績が良いが、その効果は時間とともに低下する傾向があった。一方、数秒後の記憶(作業記憶)ではグループ間の差は見られなかった。
アファンタジアの人は逐次的・言語的戦略に依存している可能性が示唆される。これらから、アイコニック記憶は単なる受動的保存ではなく、視覚イメージによるトップダウンの影響を受ける可能性があり、記憶は複数の処理経路で成り立つと考えられる。

これらの結果から、アイコニック記憶は単なる受動的な保存ではなく、視覚イメージによるトップダウンの影響を受ける可能性があり、

つまり、「見たもの」がそのまま記憶されるのではなく、「頭の中のイメージ能力によって、その場で強化されている可能性」がある。


⬛️意識とは、自分の思考を見ている感覚であって、思考を作っている主体ではない

出典(x.com):無像之像

先日(2026年4月頃)、意識研究に関する以下の論文が公開された。
https://philpapers.org/rec/HARSAT-52

【ざっくり概要】
意識は、思考を生み出す主体ではなく、無意識の処理を観察・調整するために進化したインターフェースである。
つまり、あなたの脳は「自動運転AI」である。
・無意識=AI本体(すべての処理をやっている)
・意識=モニター画面

要するに、あなたは運転していない、ただ画面を見ているだけ。
あなたが自分で考えていると思っていることは、実は環境によって作られた無意識の結果を、あとから見ているだけ。
意識とは、自分の思考を見ている感覚であって、思考を作っている主体ではない。

【ざっくり感想】
面白いモデルだが、ちょっと極端で、実証も不足してるように思う。興味深い仮説という印象。


⬛️知覚・信念・心的イメージ: 表象する心についての考察

出典(x.com):無像之像

先日(2026年3~4月頃)、以下の論文が公開された。

【論文】知覚・信念・心的イメージ: 表象する心についての考察
【著者】Philip D. Groth(UC Santa Cruz、哲学博士論文)
https://escholarship.org/uc/item/73w5m5h2

アファンタジアにも接続される内容となってる。

論文全体の「発見」をまとめると:
見ることと信じることは同じか? ⇒ いいえ。見ることは非命題的・図像的で、信じることとは根本的に異なる。
では見ることはどう信念を生むのか? ⇒ 心的イメージが媒介する。イメージは知覚の「乗り物」を使いつつ、概念・命題という認知の「内容」を持つ。
思い込みは知覚を変えるか? ⇒ 知覚自体は変わらない。変わるのは心的イメージ。知覚と認知の境界線は守られている。

より詳細な内容と、アファンタジアへの接続はこちら:
日本語による解説
Claude のログ(PDF版画像版


⬛️アファンタジアは想像力の欠如ではなく、想像の特定モード(視覚的再現)の制約である

出典(x.com):無像之像

先日(2026年4月30日)、アファンタジア研究に関する以下の論文が公開された。

Afantasía y fenomenología. Un análisis terminológico
https://revistas.ucm.es/index.php/ASHF/article/view/102284
https://revistas.ucm.es/index.php/ASHF/article/view/102284/4564456576964

【ざっくり結論】
従来の研究では、「イメージを思い浮かべる能力」と「想像力」が、十分に区別されてこなかったため、両者が混同され、アファンタジアは「想像力の弱さ」と理解されがちだった。しかし実際には、アファンタジアの人は見える想像(視覚イメージの再現)が苦手なだけであり、見えるかどうかに依存しない想像(仮想的構成)という異なるモードは保たれており、思考の中で機能している。したがって、人間の思考や創造は必ずしも視覚イメージに依存しない。要するに、アファンタジアは想像力の欠如ではなく、想像の特定モード(視覚的再現)の制約である。

【個人的な感想】
一当事者としては、本論文の結論は特に新しいものには感じられず、ある意味で自明に思える内容である。ただし、当事者以外に向けてこうした区別を明確に言語化する意義は理解できる。一方で、このような点を改めて説明しなければならない状況には、一定の負担や煩わしさも感じる。


⬛️言語は思考のための道具ではなく、コミュニケーションのための道具である、とMITの研究者らは主張する

出典(x.com):無像之像

二年ほど前(2024年7月)に公開された、アファンタジア研究にも関連するかもしれない記事について。

『言語は思考のための道具ではなく、コミュニケーションのための道具である、とMITの研究者らは主張する』
https://www.technologynetworks.com/neuroscience/news/language-is-a-tool-for-communication-not-for-thought-mit-researchers-argue-388410 .

【ざっくり概要】
人間の思考の本体は「非感覚的・非言語的な構造処理」であり、言語・イメージ・記憶はその「表現レイヤー」に過ぎない可能性が高い。
つまり、言語は思考の本体ではなく、後からのる「伝達インターフェース」である。

【ざっくり考察】
この仮説はアファンタジアやSDAMに、どう接続するか?

MIT研究 → 思考は言語とは独立
アファンタジア → 思考は視覚とも独立
SDAM → 思考はエピソード再体験とも独立

詳細はこちら
ChatGPT のログ(PDF版画像版


⬛️アファンタジアやSDAMを持つ人々、そして彼らを理解しようとする人々のための空間

出典(x.com):無像之像

以下、Reddit の r/Aphantasia より引用。
出典:https://www.reddit.com/r/Aphantasia/comments/1t15hbv/built_a_ukfocused_fullycited_resource_for/

私自身もアファンタジアとSDAMを抱えており、しばらくの間、ひっそりと何かを構築してきましたが、ようやく共有できる段階になりました。

フィードバックを得るため、そして、もしこれが私よりも早くこの言葉を見つける誰かの役に立てば価値があるという思いから、投稿することにしました。

The Unseen Mind( https://theunseenmind.org )は、両方の症状について、平易な英語で書かれた、英国に特化したリソースです。

r/Aphantasia、r/SDAM、Aphantasia Network、いくつかの学術論文、Redditの証言などに有用な情報が散在しているため、かかりつけ医やパートナーを含め、人々が簡単に参照でき、科学的根拠を過剰に主張しない場所が必要だったため、このサイトを作成しました。


⬛️人々が感じる「思い出すのは青春時代のことばかり」という統計的傾向のことを「レミニセンス・バンプ」と呼ぶ

出典(x.com):無像之像

半年ほど前(2025-12-19)、以下の論文が公開された。

Autobiographical memory, time and space into an integrated neuropsychological perspective: insights from pathological and healthy functioning
CONTI, MATILDE 2025-12-19
https://iris.uniroma1.it/handle/11573/1758671
Full text:
https://iris.uniroma1.it/retrieve/bab4416f-9de0-4354-98cf-5995452d208a/Tesi_dottorato_Conti.pdf

【論文のざっくり概要】
私たちが過去の記憶を持つとき、それは単に情報の羅列ではなく、「いつ・どこで」という時空間的な座標系に配置された地図のようなものだ、という仮説だそうだ。

この論文についてAIと対話してたら、以下の知見に出会った。
対話ログ
Claude のログ(PDF版画像版

【知見】
人々が感じる「思い出すのは青春時代のことばかり」という統計的傾向のことを「レミニセンス・バンプ」と呼ぶそうで、自伝的記憶の研究で繰り返し再現される、きわめて頑健な現象だそうだ。

この現象は1980年代から繰り返し確認されており、文化・国籍・世代を超えてほぼ普遍的に観察されるそうだ。
この時期(10~20代)は人生の転機が多く、自己同一性(アイデンティティ)が形成されるため、記憶が強固に定着し、「コブ(Bump)」のように想起量のピークとなる、というふう説明される。

興味深かったので「レミニセンス・バンプ」(Reminiscence bump)の図を添付しておく。

① 一般人の場合(ウィキペディア英語版より)
② SDAMな私の場合(私の主観的なスケッチ)

図のオリジナル出典:
https://en.wikipedia.org/wiki/Reminiscence_bump


⬛️あなたが自分の人生を思い返すとき、「思い出すのは青春時代のことばかり」ということが多いですか? この現象を「レミニセンス・バンプ」と呼ぶそうです

出典(x.com):無像之像

レミニセンス・バンプとSDAM
https://note.com/imageless_img/n/n87b0da6117d3


あなたが自分の人生を思い返すとき、「思い出すのは青春時代のことばかり」ということが多いですか? この現象を「レミニセンス・バンプ」と呼ぶそうです。 アファンタジアとSDAM(自伝的記憶再体験の生涯的不在)な私にはこの現象がありません。


⬛️私は今、note.com アカウントの運用でジレンマに陥っている

出典(x.com):無像之像

私は今、note.com アカウントの運用でジレンマに陥っている。
私の note のテーマはアファンタジアと SDAM だが、これらに関連する記事は明確にストック(積むこと)を意識している。そしてこれらコンテンツこそアカウントの目的である。

一方で、雑記などテーマと関係のない自由な話題を記事にするときは、明確にフローを意識している。
だが、フローが多いとストックが過去に追いやられ目立たなくなる。それは避けたい。

なので、現状はストックは積んだままで、フローはよほど意義のあるものでなければ一定期間後に非公開または削除してる。
そういう意味では運用は整理されているため、冒頭に述べたジレンマというほどでもない。


⬛️アファンタジアは「個性」と言うと、パブロフの犬のような反応を示す人々

出典(x.com):無像之像

私は私のアファンタジア/SDAMを障害だと思っていないし、現に障害でもない。もちろん病気でもない。ハンディキャップでもない。困ってもいない。むしろ有利に感じることさえある。だから私のアファンタジア/SDAMは、私にとっては単なる「個性」「普遍」である。

なお、最新の複数の主要な研究からの知見でもアファンタジア/SDAMは障害や病気とはみなされておらず、当事者や専門家の間で、そういった合意を結ぶ動きさえない。もちろん医療基準もないし法的基準もない。

だが、まるで正反対の考えを持つ人が、他の障害とアファンタジア/SDAMを併存している人の中に見られる。とくに発達障害(ASDやADHDなど)を併存している人に多い印象がある。ここ数日でも何回か見た。これまでにも何回も見た。こういった「被害者」の人々は断固として「個性」という言葉を嫌う。

そこに何か価値判断があるように蛇蝎の如く嫌う。なぜそこまで「個性」という言葉を嫌うのか個人的にまったく共感しない(そのメカニズムはおおよそ想像がつくが同意しない)。こういった被害者の人々は「個性」という言葉に関連して何かトラウマでもあるのだろうか。

それはトラウマの方の問題であって、「個性」という言葉や概念とは別のことだ。「個性」という言葉に対して脊髄反射的に逆恨みするのは正直痛々しい。みっともない。感情的すぎる。と個人的には思う。以上はあくまで個人の感想であって一般の話ではない。


⬛️脳が情報を正しく処理しているのに、その処理を「体験として感じる」チャンネルだけが切れている状態が、複数の異なる疾患・特性にまたがって共通して存在する

出典(x.com):無像之像

先日(2026年3月18日)、アファンタジア研究に関する以下の論文が公開された。

Phenomenal Access Dissociation: Blindsight, Aphantasia, and the Structural Unity of Identity Without Phenomenal Channel
https://philpapers.org/rec/THOPAD-5

【ざっくり感想】
論文では以下の現象を扱っている。

【現象】
🟦盲視:見えないが、視覚的に反応できる。
🟦アファンタジア:イメージは浮かばないが、想像でき
🟦アネンドファジア:内言はないが、言語処理できる
🟦アレキシサイミア:感情はあるが、自覚・言語化できない
🟦ナムセンス:感触はないが、触覚を識別できる
🟦聴覚盲視:聞こえないが、音を判別できる
🟦解離:行動はできるが、自分との繋がりを欠く

これら現象には「機能(処理)はあるが、主観的な体験(感じること)がない」という共通点があり、「感じること」と「処理すること」は別物であり、そのズレを統一的に説明する理論が必要だという。

【この論文について各AIの見解】
ChatGPT のログ(PDF版画像版
Claude のログ(PDF版画像版
Copilot のログ(PDF版画像版
Gemini のログ(PDF版画像版
Grok のログ(PDF版画像版
Perplexity のログ(PDF版画像版


⬛️完全アファンタジア(無イメージ)の感情処理は、ハイポファンタジア(低イメージ)よりも明らかに優れており、標準イメージ(一般イメージ)と同程度であった

出典(x.com):無像之像

先日(2026年2月20日)、アファンタジア研究に関する以下の論文が公開された。

Complete Aphantasics Process Emotions Differently, But No Less Efficiently: Evidence of a Non-linear Relationship Between Visual Imagery and Alexithymia
https://hal.univ-lyon2.fr/hal-05521354

【ざっくり概要】
完全アファンタジア(心的イメージ体験の生涯的不在)の人は、感情処理も苦手になるのか? 従来の理解では「イメージできないなら感情も乏しいのでは?」と考えられていた。しかし実態はもっと複雑だった。視覚的イメージ体験の程度が異なる以下のグループでそれを大規模に調べた。

🟦1. 完全アファンタジア(完全にない:無イメージ)
🟦2. ハイポファンタジア(わずかにある:低イメージ)
🟦3. 標準イメージ(普通にある:凡イメージ)
🟦4. ハイパーファンタジア(非常に鮮明:高イメージ)

【ざっくり結果】
完全アファンタジア以外は、イメージ能力が上がるにつれて、感情処理も比例して上手になっていた(つまり従来の理解に近い)。ところが、完全アファンタジア(無)の感情処理スコアは、ハイポファンタジア(低)よりも明らかに優れており、標準イメージ(一般)と同程度であった。

【ざっくり感想】
私は完全アファンタジア(無)に該当するが、この研究の結果だと私の感情処理は一般人と同程度の可能性がある。個人的な実感としては「まさに」という感想で、完全に同意する。常々、私は自分のことを感情的な人間だと感じていたし、実際の生活でも感情的な反応は豊富だ。

【本研究に対する各AIの考察】
ChatGPT のログ(PDF版画像版
Copilot のログ(PDF版画像版
Gemini のログ(PDF版画像版
Grok のログ(PDF版画像版
Perplexity のログ(PDF版画像版


⬛️アファンタジアは個性か? A氏との対話記録(結果は決裂)

出典(x.com):無像之像

アファンタジアは個性か? A氏との対話記録(結果は決裂)
https://note.com/imageless_img/n/n53a40a3d34ed
2026年5月に行われた、アファンタジアを「個性」と捉えるべきかどうかについての対話の連なりです。一つの事例として記録に残しておきます。


⬛️イメージの〈ない〉世界に生きる アファンタジア(2025年、編著者:髙橋純一、杉村伸一郎、行場次朗)

出典(x.com):無像之像

イメージの〈ない〉世界に生きる アファンタジア(2025年、編著者:髙橋純一、杉村伸一郎、行場次朗)

先日、アファンタジアに関する新著を一回ナナメ読みした。
いまあらためて二回目の精読中である。
ここに感想を記しておく。

読書中感想文
https://note.com/imageless_img/n/n9d2d16bead5a .


⬛️アファンタジアと芥川龍之介『蜜柑』

出典(x.com):無像之像

アファンタジアと芥川龍之介『蜜柑』
https://note.com/imageless_img/n/n97b20c5a1693

芥川の『蜜柑』は、世に倦み切って世間や人間に対して興味を失っている灰色の世界の主人公(おそらく芥川自身という設定)が、汽車に乗り込むところから始まる。


⬛️アファンタジアへの憎悪を募らせる自己愛サイコパスさんのケース

出典(x.com):無像之像

興味深い(アファンタジアへの憎悪を募らせる自己愛サイコパスさんのケース)


⬛️アファンタジア語感地獄で盆栽をちまちま整える話

出典(x.com):無像之像

アファンタジア語感地獄で盆栽をちまちま整える話
https://note.com/imageless_img/n/n9ecbf39f513b

いまから、私個人の「語感」の話を書きます。
最近の私は、アファンタジアを説明する短い表現として、
「心的イメージ体験の生涯的不在」
というフレーズを好んで使っています。
その理由は…


⬛️自称「重度のアファンタジア」な人たち

出典(x.com):無像之像

自称「重度のアファンタジア」な人たち
https://note.com/imageless_img/n/ndbd7b1ce99aa

「重度のアファンタジア」と自称する人を、これまで国内 SNS(ブログ、X、note など)で何度も見かけてきました。
世の中では今日も「重度のアファンタジアを自称する人」が増えているのかもしれません。


⬛️アファンタジアは情報処理の観点から見ると「無駄な映像レンダリングを省き、論理思考に特化させた、極めて効率的なもう一つの脳のシステムである」

出典(x.com):無像之像

High-Resolution Internal Simulation (HRIS): A Substrate-Neutral Taxonomy for Internal Simulation Fidelity and Its Role in Structural Precognition-SP
2026-05-15
Russell Trent
https://philarchive.org/rec/TREHIS

論文によれば、LRIS=アファンタジア(心的イメージ体験の生涯的不在)は、情報処理の観点から見ると「無駄な映像レンダリングを省き、論理思考に特化させた、極めて効率的なもう一つの脳のシステムである」とのこと。

この特徴により、「記号的推論や本質を捉える抽象的思考に強みを持つ一方、視覚的なシミュレーションや感情と結びついた記憶の再生には課題を抱える傾向にある」とのこと。


⬛️【福島大学】「イメージの多様性」は年代によって異なる: 若い人ほど,イメージが浮かばない(アファンタジア)割合が高くなる

出典(x.com):無像之像
引用:https://x.com/psychologylabo/status/2056608979263127998

こちらはPDFファイルではなくHTMLページなので、環境によってはこちらのほうが見やすいです。

【プレスリリース】【福島大学】「イメージの多様性」は年代によって異なる―若い人ほど,イメージが浮かばない(アファンタジア)割合が高くなる―

年代によるアファンタジア(イメージが思い浮かばない特質)の「出現率」と「サブタイプ」の違いを検討するために,20~70歳代の約2,500名を分析対象とした大規模調査を実施。

出現率:40~70歳代(0.8~1.7%)に比べて,20・30歳代(3.6~4.5%)の方が,アファンタジアの出現率が高い。

サブタイプ:20・30歳代では「多感覚アファンタジア」や「視覚アファンタジア」のサブタイプが抽出された一方で,40~70歳代ではサブタイプは確認できなかった。

年代によってどのようにイメージ能力が変化していくか(発達的変化),に関しては縦断的検討などもふまえて今後も検討が必要。

↓ 山形大学
https://yamagata-u.ac.jp/jp/information/press/20260519_01/

↓ 論文 Neuropsychologia
https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0028393226000795

https://x.com/psychologylabo/status/2056608979263127998

※ 前回の雑記:雑記①(2026.1.31~3.4/x.comより)
※ 次回の雑記:雑記③(2026.5.20~7.2/x.comより)