休職258日目・文武両道について、アンパンマンと聖闘士星矢で語る。
万年係長様の記事より。
この記事を読んで、気付きました。
工場派遣だけでもダメ。
接客業だけでもしんどい。
私にとっての「文武両道」は、
働き方のバランスだったのだ。
アンパンマンで例えるなら、
文武両道の話はとても分かりやすい。
勉強だけしていても、アンパンマンは強くならない。
まず身体を動かして、
新しい顔を焼ける状態を作る。
そのあとに知識や刺激を入れることで、
初めて力として使えるようになる。
つまり、
勉強だけでもダメ。
運動だけでもダメ。
こねて、ふくらませて、焼き上げる。
という話です。

勉強だけを詰め込んでいる状態は、
アンパンマンが顔がしぼんだまま、
ばいきんまんと戦おうとしているようなものだと思います。
やる気はある。
正義感もある。
でも、エネルギーが足りない。
だから知識を入れてもすぐ忘れる。
集中力も続かない。
脳のパン工場が、まだ十分に温まっていない。
そこで大事になるのが運動です。
運動とは、
アンパンマンでいうなら、パンをこねること。
身体を動かすことで、
脳の中では新しい神経細胞のもとになるものが増える。
パン工場でいえば、
パン生地をこねて、イースト菌で発酵させ、
ふくらませている状態です。
ただし、
こねて、ふくらんだだけでは、
まだ新しい顔にはなりません。
そこに勉強や知的刺激を入れることで、
パン生地が焼き上がる。
そして、
アンパンマンの新しい顔として使える状態になる。
つまり、
運動でパン生地を作る。
知的刺激で焼き上げる。
記憶として定着し、力になる。
この順番です。
このとき重要な働きをするのが、
記憶に深く関わる海馬です。
アンパンマンで言えば、
海馬は「記憶のパン工場」。
ここで、思い出や知識や経験が整理される。
「前にこういうことがあった」
「これはあれと関係している」
と、物事をつなげやすくなる。
だから文武両道とは、単なる根性論ではない。
身体を動かして、脳の受け皿を整える。
そこに知識や経験を入れて、使える力に変える。
かなり合理的な「脳のパン作り」なのだと思います。
そして、
この話を読んで、
私は自分自身の働き方にも重なるものを感じました。
私は、
工場派遣だけだとダメになるタイプなのかもしれません。
工場の仕事は、
生活を支えるうえではとても現実的です。
手順があり、
役割があり、身体を動かし、
決められた作業をこなす。
それ自体は大事です。
工場派遣の仕事には、安定したリズムがあります。
黙々と作業する時間もある。
余計な会話が少ない分、気楽な面もある。
生活費を稼ぐ手段としても、かなり現実的です。
でも、
工場派遣だけに閉じていると、
だんだん世界が狭くなる。
それが、なんとなく嫌だった。

人間関係も、会話も、評価も、
現場の空気に偏っていく。
その職場のルール、
その職場の人間関係、
その職場の評価だけが、
世界のすべてのように感じてしまう。
気づけば、
自分の感覚まで工場内の物差しに染まりそうになる。
だから私は、
たまに接客業をすることで、
バランスを保っていたのだと思います。
接客業では、
いろんな人と話す。
相手の表情を見る。
言葉を選ぶ。
その場の空気を読む。
工場とは違う社会の流れに触れる。
工場では見えにくいものが、
接客業では見えることがあります。
人が何を気にしているのか。
どういう言い方なら伝わるのか。
相手が安心する距離感はどこなのか。
自分の言葉や表情が、相手にどう届くのか。
そういう刺激が入ることで、
自分の中の感覚が少しずつ戻ってくる。
これは、アンパンマンのパン工場でいうなら、
パン生地にイースト菌が入って発酵する時間に近いのだと思います。
工場派遣は、生活の土台を支える仕事。
接客業は、社会感覚や人間性をふくらませる仕事。
どちらか一方だけでは、私には少し足りなかった。
工場派遣だけでもダメ。
接客業だけでもしんどい。
工場で生活の土台を支え、
接客で社会感覚を取り戻す。
その行き来が、
自分の中のパン工場を止めずに回していたのかもしれません。
だから私にとっての文武両道は、
単に「勉強と運動」という話ではありません。
工場派遣と接客業を行き来しながら、
自分の感覚を守ること。
それが、
私にとっての文武両道だったのだと思います。

勉強だけでもダメ。
運動だけでもダメ。
工場だけでもダメ。
接客だけでもしんどい。
こねて、ふくらませて、焼き上げる。
この流れがあって初めて、
人は自分の力をちゃんと使える。
そう考えると、文武両道とは、
根性ではなく、
自分の脳と心と生活をうまく循環させるための知恵なのだと思います。
私の場合、それは机の上だけの話ではありませんでした。
工場で働くこと。
接客で人と関わること。
外の世界に触れること。
自分の感覚を閉じ込めないこと。
その全部が、
自分というパン生地をこねて、
ふくらませて、
焼き上げる作業だったのかもしれません。
社内ニート大学版・
アンパンマン式文武両道、
たくさんの方に伝わりやすいと思いますので、
記事にしました。
聖闘士星矢版は、ここからです。👇️👇️👇️👇️👇️
続きまして、
聖闘士星矢で例えるなら、
この記事はこうです。
これはつまり、
「勉強だけで小宇宙は燃えない。
身体を動かして、小宇宙の炉を温めてから知識を叩き込め」
という話です。
勉強だけの人=聖衣を着ていない星矢

机に向かって勉強だけしている状態は、
聖闘士星矢でいうと
聖衣なしで十二宮に突っ込む星矢です。
気合いはある。
根性もある。
でも身体と脳の土台が整っていない。
だから、覚えたつもりでもすぐ忘れる。
集中力も続かない。
知識が身体に定着しない。
つまり、小宇宙が燃えきっていない状態です。
運動=小宇宙を燃やす修行
記事でいう「運動」は、
聖闘士でいうところの基礎修行です。
星矢がペガサス流星拳を撃つ前に、

崖を登ったり、走ったり、殴られたり、身体を鍛えたりする。
あれと同じで、運動によって脳の海馬が刺激される。
聖闘士星矢風に言えば、
運動によって、脳内に“新しい聖闘士候補生”が生まれる。
記事でいう前駆細胞がそれです。

勉強=聖闘士候補を本物の聖闘士に育てる
ただし、運動だけではダメ。
走っただけでは、ただの候補生です。
聖域に入っただけで聖闘士になれるわけではない。
そこに勉強や知的刺激が加わることで、
候補生が本物の神経細胞として育つ。
聖闘士星矢で例えるなら、

運動で青銅聖闘士候補を増やし、
勉強でペガサスの聖衣をまとわせる。
この流れです。
海馬=記憶の聖域
海馬は、記憶を司る大事な場所です。
聖闘士星矢でいうなら、
記憶の聖域です。
ここが弱ると、昔の思い出や覚えたことが崩れやすくなる。
でも運動と知的刺激を組み合わせることで、
聖域に新しい守護者が増える。
つまり、
走ることで聖闘士候補を集め、
勉強することで十二宮を守れる戦士に育てる。
帰宅部だけだとどうなるか
バリバリの帰宅部は、聖域に入らず村で待機している状態です。
平和ではある。
でも、小宇宙が鍛えられない。
一方で運動部は、
毎日どこかで小宇宙を燃やしている。

そこに勉強が入ると、
脳の受け皿ができているから、知識が入りやすい。
だから、この記事の言っていることを聖闘士星矢でまとめると、
文武両道とは、ペガサス流星拳と知識の聖衣を同時に鍛えることである。

一言で言うなら
勉強だけではセブンセンシズに届かない。
運動で小宇宙を燃やし、勉強でその力を記憶に変える。
これが、社内ニート大学版・聖闘士星矢式「文武両道のすゝめ」
ということで、
軽くおさらい。
運動=小宇宙を燃やす修行
勉強=聖衣をまとわせる訓練
記憶の定着=セブンセンシズ到達
で、ございます😃
万年係長、ありがとうございました🫡
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