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少年漫画における「課長」について

※サムネイルはゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』kindle版6巻 No.70より引用

 「課長」、企業において欠かせぬポストであると同時に、中間管理職とも呼ばれ、上と下の両面からの圧力に晒される最も悲哀に満ちたポジション。「課長」と聞いた瞬間に、「冴えない」とか「苦労人」みたいな言葉が脳裏に浮かんでしまうのは私だけではないだろう。

 私は現在、東京都内のゲーム会社でマネージャー、つまりは「課長」として働いているのだが、実際なってみるとかつて学生時代にボンヤリと思っていた以上に大変なポジションである。

 多くの会社組織では「課長」になる前には「主任」や「係長」といった役職があるものだが、「課長」とはそういった役職のさらに上位に位置する。つまりはちょっとしたチームのリーダーから新卒ホヤホヤの新人までを束ねるのが「課長」なのである。組織における「課長」の重要性はとても高い。

 一方で「課長」とは当たり前だが「部長」をはじめとする会社のさらに上役の部下でもあるわけなので巷に喧伝される「中間管理職」という言葉に嘘偽りがなかったことも日々痛感させられてもいる。思ってたより大変だし思ってた通りに大変なのが課長ってものだとなってみて思う。

 日本には『課長 島耕作』というあまりに有名な課長を主人公に据えた漫画作品があるのだが、あまりに膨大すぎるこのシリーズについては本気で向き合うと大変なことになるので一旦置いておくとして、今回考えてみたいのは少年漫画における「課長」の存在である。

 少年漫画の世界において「課長」の存在を感じることは少ない。なんだかんだ言っても主人公は圧倒的に「現場」で活躍するものだ。上司的な存在はいたとしても、組織の中では上司でありつつ同時に部下でもあるような「中間管理職」自体が少年漫画においては存在感が希薄なのである。それでも少ないながらに「課長」が登場する少年漫画は存在する。これらの例を振り返りながら少年漫画における「課長」について考えてみよう。

課長がラスボスになるという画期性

 私が少年漫画における「課長」として真っ先に思い浮かぶ存在といえば『機動警察パトレイバー』の漫画版における物語を通じてのラスボスであるシャフト・エンタープライズ、企画七課の内海課長である。

ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』Kindle版5巻 No.31より

 「課長」が少年漫画のラスボスというのは当時としても相当画期的だったし、現在においてもその画期性は未だ古びていない。だが、ある種のオタク性を抱えたまま犯罪行為にも躊躇せず手を染めていく内海課長の立ち振る舞いは、明らかに「課長」の範疇を超えている。「課長」というよりは、大企業に買収された元小規模ベンチャー企業の社長って感じが強い。会社役員と直接コミュニケーションを取る頻度の高さなどからも「課長」よりも「部長」、「本部長」あたりが適当なんじゃないかと今では思う。まあそれでもやっぱり「課長」って響きのままに悪役に据えたかったんだろうなあという意図は理解できるし内海にはやっぱり「課長」という響きが良く似合う。

 一方でそんな内海課長と作中で丁々発止の駆け引きを展開し、唯一内海課長と対等に渡り合えていた、作中屈指の人気キャラクターといえば後藤隊長なのだが、彼の役職は特車二課の第二小隊の隊長であって、「課長」ですらない。係長くらいのポジションだろう。

 そして特車二課には福島課長という実際の「課長」も登場するのだが、年を重ねて味わいを増すのは後藤隊長以上に実は福島課長の働きぶりである。福島課長の何がよいかと言えば、現場に必要以上に介入しない点につきる。かと言って完全な放任かと言えばそういうわけでもなく、廃棄物13号編では、決戦の舞台になった特車二課棟で全体の指揮は取っているし、後藤の進言にもちゃんと耳を貸している。

ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』Kindle版10巻 No.43より
ちゃんと後藤隊長の言葉に耳を貸しつつ結構察しも良い福島課長

 福島課長がもっと現場介入するタイプの課長だったら、後藤隊長の活躍ぶりは相当抑えられていただろうし、物語の方向性も大分変わっていただろう。後藤隊長が伸び伸びと越権行為を出来ているのは実は福島課長の存在あってのものだとこの年齢になると良くわかる。当時は冴えないおっさんとか思ってすいませんでした。

 今年発表された32年ぶりの『機動警察パトレイバー』の新エピソードは福島課長を軸としたエピソードになっている。なんだかんだ彼が重要なキャラクターであったことを作者であるゆうきまさみ自身が自覚的であったということなんじゃないかと思う。

 私自身、「課長」となった今となっては、福島課長は現場に過剰に介入しないという判断を自身に課すことを通して後藤隊長を始めとする現場スタッフを最大限活かしていたんじゃないか、結果的ではあるがそんなことを考えさせられる。「課長」として、適切な判断と部下の公平な評価をするためにも現場への介入は抑えたほうが良い側面が多々存在する。そしてその抑制は間違いなく「課長」として最大の貢献である。

組織に「課長」が生まれる過程を描く『ワールドトリガー』

 ここまで内海課長、福島課長、という2人の「課長」について振り返ってみたが、内海課長は活躍の範疇が「課長」を逸脱しすぎ、福島課長は紙面上での目に見えた活躍はしてなさすぎという点において、結局のところ少年漫画において、「課長」が「課長」のままに華々しく活躍するケースは非常に少ない。

 なにより、福島課長のような現場に深く介入しないスタイルが、「課長」としての良い振る舞いであるのであれば、「課長」が、往々にして激しいバトル、つまりは「現場」を描く少年漫画にはあまりに相性が悪いではないか。それに昨今の「課長」はその大半が現場での作業もこなすプレイングマネージャーが大半である。

 ではそもそも現実の組織における「課長」とは何をやってる人なのだろうか。私自身「課長」として組織の中で働く上で大きな比重を占める仕事としてまず思い当たるのは組織メンバーの「評価」をすることである。

 多くの会社組織では1年の上半期や下半期毎に所属スタッフの「評価」を行っている。それなりの規模の組織であればそれはトップの独断ではなく、他の「課長」などの意見も踏まえた合議で決まるものである。この辺は組織によって細かい部分での違いはあるだろうが、定期的に「評価」を行っているという点は変わらない。そしてメンバーの待遇、そしてその後の人生に少なからず影響を与える「評価」はそれ相応の時間や熟慮の末に行われるものだ。

 この「評価」という点において、近年、私が少年漫画を読んでいて「課長」の気配を強く感じた漫画が『ワールドトリガー』である。

 現在、遠征選抜試験編が描かれている本作だが、大きく2つある試験の一つ目、閉鎖環境試験において、B級(一部A級含む)メンバーの振る舞いを観察し、「評価」するのは40名のA級メンバー(一部サポートメンバー)たちである。そしてその「評価」しているA級メンバーたちは、さらに上の幹部からその振る舞いを「評価」されている。

 以前、このnoteでも書いた『ワールドトリガー』28巻におけるヒュースが若村に向けて行った忠告、というか説教のエピソードがこれ単体でも非常に面白いのだが、さらに面白いのは続く29巻以降のエピソードで、この説教に対するA級メンバー達の「評価」の応酬がなされている点である。

 『ワールドトリガー』は、特に遠征選抜試験が始まって以降、基本的に座って会話しているだけなのになぜ面白いのかということが度々話題になる漫画である。それは、他者の振る舞いを無責任に批判するのではなく、発言する彼ら自身も、己の価値観、視点を提示した上でさらに議論が重なるから面白いのだ。

葦原大介『ワールドトリガー』Kindle版29巻 No.25より
若村に辛辣な評価を下す真木

 この組織の上位レイヤーの一員として、メンバーを評価しつつ、自分自身はより上位レイヤーからの「評価」の目にも晒されるこの感じ、これこそが「課長」である。そして優秀なメンバーが集うA級のメンバーからは明らかに今後の幹部候補も存在するであろうし、幹部たちは既にある程度候補者には目をつけてもいるだろう。

 将来の幹部候補、隊長候補はB級メンバーからだって抜擢される可能性はある。普段は隊長をしているにも関わらず試験ではあえて候補に選ばれていないものもいれば、その逆も存在する。普段は見せていないリーダーとしての適性や、リーダーではなくなった場合のバックアップ能力などもここでは確実に審査されているし、そのバックアップ能力を適切に「評価」出来ているかということすらも審査されている。

葦原大介『ワールドトリガー』Kindle版29巻 No.135より
派手な活躍以外も重視するボーダー、良い組織……

 そこそこの規模の組織の中において、「課長」はいきなり生まれるものではない。片手で余るような小さい組織であればリーダーが一人いれば事は足りる。だが一人のリーダーではとても目が行き届かないほどに拡大した組織には次第にトップの下にさらに何人かのリーダー的ポジションの人材が生まれる。そこからさらに下部の階層構造が出来ていく過程で必然的に生まれるのが「中間管理職」、つまりは「課長」である。

 『ワールドトリガー』における主人公が所属する組織、ボーダーは戦闘員だけで500名以上のメンバーが所属する大きな組織であると同時に、現在進行形で規模拡大中の組織でもある。より規模を拡大していく組織にとって、上部と下部を繋ぎ、必要に応じて自身も現場にコミットもする「課長」は必須の存在だろう。そんな「課長」が今まさに組織の中で立ち上がる過程を本作は、試験と重層的な「評価」を通して描いている。

 なぜ、『ワールドトリガー』はこのような大掛かりな手続きを通して組織の中に「課長」が立ち上がる瞬間を描こうとしているのだろうか。それはやはりシンプルに『ワールドトリガー』が少年漫画らしい「強さ」や「成長」そして、その先にある「勝利」を表現しようとしている漫画だからだろう。「強さ」や「成長」を表現するのであれば、そこには「個」があれば「組織」もある。そして「強い組織」、「成長する組織」を表現するのであれば、有能な「課長」、「中間管理職」が必要とされるというわけだ。

 ちなみに大きな組織に「課長」が必要かという議論については意見が分かれるところだと思うが、かつてGoogleが行った組織内の中間管理職、マネージャーを廃止するというプロジェクト(Project Oxygen)の結果が参考になるだろう。答えを先に言ってしまうと、あのGoogleであっても「課長」の存在は必要だということに落ち着いている。

 『ワールドトリガー』とは圧倒的に強力な「個」が大暴れする漫画であると同時に、その強力無比な「個」に組織の力で立ち向かって勝つことを描いている漫画でもある。そんな『ワールドトリガー』ならば、より大規模な組織を、より解像度高く描くのであれば「課長」の存在は必須となる。その誕生の過程を描くために遠征選抜試験は存在しているのだと私は考えている。

A級VSB級の長時間戦闘試験における「課長」の誕生

 そして、今現在、連載最新話においてA級メンバーに4人のサポートメンバーを加えた40人対B級メンバー55人という大規模部隊同士の戦闘が描かれている。双方40人を超える部隊ともなれば、その部隊全体を指揮する指揮官は「部長」に相当する。しかしそれだけの人数を一人の人間で統括するのは難しい。であれば「部長」はより細分化されたセクション毎に権限移譲をする必要に迫られるし、すでにその伏線は張られている。この過程において間違いなく主人公の三雲修は「課長」を任される瞬間が訪れるだろう。

 いや、B級合同チームの隊長ですらない三雲修がいきなり「課長」なんてことはなく順番でいえば三雲修の上長であろう諏訪隊長が順当ではあるのだが、諏訪という人物はガロプラ戦で既に見せたように権限移譲の名手である。スムーズに三雲修に指揮権を移譲することはこれまでの振る舞いからも想像は容易い。

葦原大介『ワールドトリガー』Kindle版15巻 No.55,56より
権限移譲の名手、諏訪さん

 これまで『ワールドトリガー』は組織の大ボスである司令官や、その下の幹部、または3~5名で構成される小規模チームのリーダーは描いてきた。言ってしまえば、役員と係長、主任で構成されている組織であって、そこには中間管理職が欠けていたし、それが必要になってきたときは経験豊富なメンバーが急遽その役割を担っていたような側面があった。大規模侵攻編でB級合同チームの指揮を執ったのは指揮能力の高い東隊長だったが、彼がたまたまその立場につけたのは敵の配置などの偶然による部分も大きい。

 しかし、より組織を拡大する上で『ワールドトリガー』は組織の成長の必然としての「課長」の誕生を描こうとしている。私が『ワールドトリガー』に過剰なまでにのめり込んでしまうのは、やはり現実を生きる「課長」の一人として、「課長」の成り立ちを描くという前代未聞の少年漫画にどうしようもなく引き付けられるからである。作者の体調面の不調などから非常にスローペースで連載されている本作だが、クオリティは全く落ちていないどころかむしろ上がっている。

 ここまで圧倒的なナイスガイであり、周囲から侮られ、軽んじられることも多かった三雲修を誰よりも的確に評価してきた嵐山隊長がここにきてA級の最強の指揮官として立ち塞がる展開は面白い。三雲修を決して侮らない嵐山は、彼がやりそうなことをやがて先読みして攻略する可能性があるからだ。的確な「評価」をするものが組織のトップに立った時、そしてそれが敵対する組織だった時の恐ろしさを嵐山は現在体現しつつある。

 一方のB級合同チームはA級隊員であり閉鎖環境試験でも優秀な古寺が指揮官を務めているが、現状嵐山に対して若干の後手に回っている感は否めない。だが、そこでさっそく三雲修に献策してもらって打開を図るあたり、彼の三雲修への信頼は厚い。おそらくは諏訪隊長経由で三雲修に「課長」の役割が課せられる日は近い。大きな組織の成長の過程としての「課長」が誕生する瞬間、それが今から楽しみでならない。

 ※少年漫画における「課長」、「中間管理職」を感じさせるキャラクターといえば『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』があるのだが、それについては私が書いた記事が既にあるのでそちらをご参照ください。


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