自己犠牲は国宝になる――『ワールドトリガー』におけるブラックトリガーという文化装置
↑葦原大介『ワールドトリガー』2巻 No.177より
命がけの死闘を描き、お互いの命どころか世界の存亡を懸けての闘いが描かれるバトル漫画において、しばしば発生するのが、己の命を捨ててでも仲間を守って敵に一矢報いようという、自己犠牲である。
『ドラゴンボール』のナッパの渾身の一撃を身を挺して悟飯を守って命を失ったピッコロや、『HUNTER×HUNTER』のキメラアント編においてネテロ会長が、自身の全ての技を尽くしてなお圧倒的な力の差のあるメルエムに対して放った「貧者の薔薇」による自爆攻撃、『呪術廻戦』の宿儺が放った竈(カミノ)から虎杖を守って力尽きた脹相など、挙げていけばキリがないほどにバトル漫画において、様々な形の自己犠牲が描かれている。
『DRAGON QUEST ダイの大冒険』において、師匠である勇者アバンが己の命と引き換えに放った自爆呪文、「メガンテ」を弟子であるポップもまた師匠の道をなぞるかのように強敵を相手に「メガンテ」を放ち、命を落とすという自己犠牲の連鎖までも描かれている。もっともこの漫画はその後その連鎖を断ち切るような方向に進んでいくのだが、それについてはかつて自分が書いた記事があるので、興味がある方はそちらを参照していただきたい。
今回、扱いたいのは、そんな自己犠牲が横行するバトル漫画シーンにおいて、自己犠牲を世界のシステムに組み込んでいるユニークな漫画、『ワールドトリガー』についてである。
この漫画が規格化された「量産型」の武器を使って集団での戦闘を描く漫画であるということは以前に記事を書いた。
この「量産型」のノーマルトリガーに対して、究極の「一点モノ」と言えるのがブラックトリガーである。ブラックトリガーはノーマルトリガーよりも圧倒的に強力な力を秘めているのだが、なぜそんなに強力なのかと言えば、それは一人の人間の命を注ぎ込んで作られているからだ。だから量産が出来ないし複製も出来ない。

そしてブラックトリガーは優れたトリオン能力の持ち主でしか生成は出来ないし、それに適合し使える人もまた限られるため、「量産型」とはあらゆる点において対極の位置にあると言える。
そのため、この世界においてはトリガー使い同士の戦争が起きた際、追い込まれた側が命を捨ててブラックトリガーを生成して捨て身の反撃をするという状況が発生する。つまりブラックトリガーという存在が戦争の切り札であると同時に抑止力となっている側面があるということだ。

この自己犠牲をシステム化し、世界の内側に取り込んでいる点が『ワールドトリガー』を非常に興味深いものにしている。
まず、劇中において、最初に登場するブラックトリガーは主人公である空閑遊真が所持している。そしてそのブラックトリガーは彼自身の父が生成したものであり、彼が命の危機に瀕しているところを救うために父親がブラックトリガーとなることで空閑遊真の命は何とか保たれているということが既に物語の中で明かされている。そのため空閑遊真にとってのブラックトリガーとは、戦うための武器であると同時に常に彼に寄り添う守護者的な側面が強い。恐らくは空閑遊真以外に使用可能な人間はいないだろう。
次に登場するブラックトリガーは主人公格の一人、迅悠一が所持する「風刃」である。これは迅悠一の師匠である最上宗一が生成したもので、迅悠一以外にも多くの人間が使用可能な汎用性の高いブラックトリガーであり、個人のためのブラックトリガーというよりは、最上が所属していた組織のためのトリガーという側面が強い。恐らく彼は誰かを守るためというよりも、彼が所属した組織のためにブラックトリガー化したのではないかという背景が伺える。
そして、他にもブラックトリガーは複数登場するが、際立って特徴的なのは、大規模侵攻編において敵国であるアフトクラトルが使用する「星の杖(オルガノン)」と呼称されるブラックトリガーである。これは劇中において、その敵国の国宝であることが明かされ、一国における最重要兵器であると同時に、崇め奉る宝であるということが示唆される。
以上、現在作中に登場しているこれら3つのブラックトリガーは、それぞれ、個人のため、組織のため、国のためという異なるスケールで捉えられている。後半になるほどブラックトリガーが、一種の文化装置としての機能すら果たしているのである。
この世界において、命を懸けた戦いで発生した自己犠牲が、ブラックトリガーという形をとることによって、後世にまで残り、やがては国宝として祀られさえもする。それは優れた創作物が作者の死後も力を持ち続けることに似ている。
自己犠牲のシステム化のさらに先の、先人の功績を崇め、奉る行為が後世にまで影響を与えていく。これがブラックトリガーを通じて形成される『ワールドトリガー』の世界である。
才能と熱意のある作家がその才能と命を注ぎ込むことで世に生まれた作品が、本人がこの世からいなくなってもなお強力な影響を与えていくように、ブラックトリガーは、その唯一無二の強力さと同時に、かつてその元となった人物がいたという事実を淡々と提示し続ける。『ワールドトリガー』とは、バトル漫画という形式を通して、創作の本質を描いてしまっている作品でもある。
その尊くもあるが一種の禍々しさを放つ強力無比な武器は、やはり「ブラック」トリガーと呼称されるのが最もふさわしいのだろう。
