邪王炎殺黒龍波を、冨樫義博はなぜ捨てたのか
邪王炎殺黒龍波。
邪王、炎殺、黒龍波。
邪、王、炎、殺、黒、龍、波。
本当に凄いネーミングである。全ての熟語、全ての漢字が中学生男子が好きなもので埋め尽くされている。
今更ながら改めて説明すると、これは漫画、『幽★遊★白書』の人気キャラクター、飛影の必殺技の名前である。
初披露時、相当強いキャラの風格を漂わせていた六遊怪チームの是流を一撃で屠ったことで、当時何人の中二男子の脳を焼いたことだろうか。私もその一人である。その衝撃については既に一つ記事を書いた。
放った後に自身の右腕も使用不能になるほどのダメージを受けるその危うさ、後に右腕にまかれたボロボロの包帯、そしてその包帯が満を持して解かれるときの「封印解除」のワクワク感。

巻き方を忘れてしまったなんて……!
全てがカッコよさに全振りされている。そして邪王炎殺黒龍波と、それを駆使する飛影は確かに格好良かった。
そもそも圧のある漢字の羅列で技の強さを表現するという手法自体は、『北斗の拳』における「北斗百裂拳」や「北斗有情猛翔破」など、80年代で既に完成されており、冨樫義博も意識しているであろう作品『魁!男塾』の時点で一種戯画化すらもされていたのだが、それでも飛影というキャラクターと、巻かれた包帯、そして放たれる邪王炎殺黒龍波というトータルコーディネートはあまりにも強力過ぎた……。
「中二病」以後の視点から見る飛影
そう、確かに飛影は格好良かったのだと過去形で表現してしまうのは、時代の流れと共にあまりに強烈だったその飛影のキャラクターは現代の視点ではあまりに中二病過ぎるキャラクターに見えてしまうからである。
『斉木楠雄のΨ難』における中二病を戯画化したキャラクター、海藤瞬やんけと。

邪王炎殺黒龍波という厳めしい字面で埋め尽くされたネーミングセンスも、ボロボロの包帯が巻かれた右腕も、それを満を持して解放する飛影の所作の全てはあまりに強い影響力でもって人口に膾炙し、多くのフォロワーを輩出し、やがてネットのおもちゃと化していった。
そして作者の冨樫義博自身、そのことに対しては誰よりも自覚的でもあったように思う。
邪王炎殺黒龍波から念能力へ
『幽★遊★白書』から短期連載の『レベルE』を挟んでからの現在においても連載中の最新作『HUNTER×HUNTER』に至り、邪王炎殺黒龍波のような漢字の天丼で、文字の圧で殺すみたいなネーミングはあまり登場しなくなった。
『HUNTER×HUNTER』のネーミングは「伸縮自在の愛(バンジーガム)」や、「薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)」のような漢字とひらがなの組み合わせ表記にルビでカタカナのネーミングを乗せるのが基本ルールとなっている。ネテロ会長の「百式観音(ひゃくしきかんのん)」みたいなそのまま読ませる例や、ゴンのジャジャン拳のようなシンプルなネーミングもあるのだが、比較的最近(それでも10年近く前…)登場している「11人いる!(サイレントマジョリティー)」のように漢字とひらがな名にカタカナでのルビ振りネーミングが基本ルールである。

邪王炎殺黒龍波はとにかくその字面の圧によって強さを表現していたが、「伸縮自在の愛(バンジーガム)」や、「薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)」といった技名はその機能の説明表現というのが近い。冨樫義博のバトルがより強い力で相対するものを圧倒するパワーバトルから、知略を駆使するロジック型に移行したこともネーミングの方向性が変化した大きな理由だろう。
そして何より「念」だ。
『HUNTER×HUNTER』におけるパワーバランスであり、バトルシステムの根幹を為す能力「念」のネーミングのシンプルさは特筆に値する。「念」から派生する「纏(テン)」「絶(ゼツ)」「練(レン)」「発(ハツ)」といった名称といい、この「念」関連のネーミングのシンプルさ、素朴さは冨樫義博自身、耐用年数の高い汎用的なネーミングにすることで、この概念をかなりの長期間運用するつもりで設計したのだろう。この「念」概念の、その名称の時点からわかる手堅い設計から窺えるのは、冨樫義博という作家は自身の作品が一種のトレンドとして消費されていくということに自覚的な作家であるということだ。

「11人いる!(サイレントマジョリティー)」という名称をもう一度振り返ってみよう。この萩尾望都の古典的名作短編漫画のタイトルと欅坂46の有名曲から引用して一つの能力名に仕上げるあたり、冨樫義博の真骨頂だなと私は思う。冨樫義博は様々な作品から受けた影響や引用、しかも現在進行形の流行を自身の作品に取り入れることに躊躇いのないタイプの作家だからだ。だから『幽★遊★白書』には当時の流行そのものであった全盛期のダウンタウンが登場する。
現在進行形の流行を作品に取り入れるということは、それが時代の流れとともに「古くなる」ということでもある。そしてそんなことは冨樫義博自身が誰よりもわかっている。だから、彼は邪王炎殺黒龍波のようなあまりに魅力的な必殺技を登場させながら、それを最新の作品では容易に捨てて新しいスタイルを獲得する。
そして、冨樫義博は今更私が指摘するまでもなく現代で最もクレバーな作家である。だから『HUNTER×HUNTER』がどれほどの休載期間を挟んで、連載が長期化しようとも根本の面白さが劣化しないのは「念」概念のように時代の流れで古びない強固な基礎のある作家だからである。
時代の流れに左右されない強靭な基礎と、時代の最先端を捉えて古くなったらそれを迷いなく捨てていく容赦のなさ、この二つの能力を併せ持つ作家。それが私にとっての冨樫義博という作家である。
※サムネイルは冨樫義博『幽★遊★白書』kindle版7巻 No.37より引用
