眠りの森の植木屋さん 第一話「眠り姫達は自力で立つ/高宮 花(タカミヤ ハナ)」
※このお話には「序章」があります
note創作大賞応募用あらすじ
この物語の本編は、一話毎に男女の視点が入れ代わります。
三十六歳、独身の花さんは、雨の日に見かけた『親切の通り魔』のような植木屋さんの事が気になるが、見ているだけで満足で。
同じく三十六歳、独身の植木屋さんは、ちょっぴり学歴コンプレックスの苦労人。朝のコンビニで時折見かける、いつもペコペコと頭を下げている花さんの事が密かにお気に入り。
冬になり、思いがけず縮まる二人の距離。誤解し、すれ違い、やがて気持ちが通じていくものの、花さんには一歩踏み出せない理由があった。
誰だって自分をさらけ出すのは怖い。だって、傷付きたくないから。
じれったい程に何度もすれ違い続ける。そんな大人達の、時に切なく、時に笑える恋の行末、あなたも一緒に見守って下さい。
Xのコメントで、「泣いた」との声を複数いただいたお話です。
応募用に、序章と第一話にのみ「あらすじ」と各話URLが記載されています
《各話一覧》
第一話 ※現在のページです
第二話 眠りの森の植木屋さん 第二話「落葉樹の王子様/室見 高虎(ムロミ タカトラ)」|ふたごやうめじんたん
第三話 眠りの森の植木屋さん 第三話「茂みの中の迷子たち/高宮 花」|ふたごやうめじんたん
第四話 眠りの森の植木屋さん 第四話「答え合わせ/室見 高虎」|ふたごやうめじんたん
第五話 眠りの森の植木屋さん 第五話「薔薇男/高宮 花」|ふたごやうめじんたん
第六話 眠りの森の植木屋さん 第六話「虎、吠える/室見 高虎」|ふたごやうめじんたん
第七話 眠りの森の植木屋さん 第七話「いじけ虫のプライド/高宮 花」|ふたごやうめじんたん
第八話 眠りの森の植木屋さん 第八話「雨・前編/室見 高虎」|ふたごやうめじんたん
第九話 眠りの森の植木屋さん 第九話「雨・後編/高宮 花」|ふたごやうめじんたん
第十話 眠りの森の植木屋さん 第十話「外野達の宴/室見 高虎」|ふたごやうめじんたん
第十一話 眠りの森の植木屋さん 第十一話「雨上がり(前編)/高宮 花」|ふたごやうめじんたん
最終話 眠りの森の植木屋さん 最終話「雨上がり・後編/室見 高虎」|ふたごやうめじんたん
第一話「眠り姫達は自力で立つ」
「あなた、おいくつ? ご家族はいらっしゃるのかしら?」
私にそう問いかけた女性は、高級老舗旅館の元女将で現会長だ。温泉記事の取材に訪れた私に、その帰り際、もう少し待てば駅までの無料バスが出るわよと声をかけて下さり、よかったらそれまでお喋りに付き合ってと、事務所の奥にある小部屋に招かれた。
白髪のベリーショートがよく似合う彼女からは、快活な暮らしを送っている高齢者特有の強い空気感が伝わって来る。しゃんとした背筋に、かろやかな笑顔。ティーカップに掛けた指には、大きな石が輝いていた。
私は、テーブルに運ばれてきたお茶のお礼を言ってから質問に答えた。
「ちょうど、明日で三十六になります。独身で一人暮らしです。きょうだいは、兄が一人」
「あらまあ、それはおめでとう!! そうなの。今は多いわよね、あなたみたいに、素敵な人なのに結婚しない、独身主義の女性」
「素敵だなんて、ありがとうございます」
独身主義なんて、私はそんなかっこいいものでは無い。結婚をしたくないわけでも無く、かと言って、積極的にしたいわけでもない。独身を貫く覚悟も、結婚相手を探す努力もしないまま、宙ぶらりんに年齢を重ねているだけだ。
「私の若い頃はね、皆、頭が固くって。進路でも何でも親が決めるのが当たり前で。男の子は男の子用の生き方、女の子は女の子用の生き方というのが決まってたわけよ。結婚しないと変な目で見られたりとか、女一人じゃ食べていかれないとか、それで、仕方なしに初対面の人と結婚したりもね。今思えば、信じられないような話よねぇ」
彼女はそう語りながら、ケラケラと愉快そうに笑った。
自分が過ごして来た時代背景を批判しているのに卑屈さは無く、そして、決して独身である私に対する嫌味では無い事も伝わって来る。いたずらっ子のように可愛らしい、キュートな笑みだ。素敵なのは、彼女の方だろう。
そんな彼女が、「でもね」と、切り出した。
「今の時代は、何もかもが自由でしょ。私の頃とは大違いで、人生の選択肢がとっても多いじゃない?」
それを聞いた私は、今の時代背景を羨んでいるのだと、ほとんど無意識にそう思い込み、こんな人でも無いものねだりをするのだなと、少し寂しいような気持ちを覚えた。
魅力的な人に声をかけられて嬉しかったのに、結局はお年寄りの愚痴相手に選ばれただけなのか、と。
けれど、その言葉の続きはとても意外なもので、私はこの日、帰りの無料バスの中で、そして、三十五歳最後の眠りにつく前のベッドの中でも、この何気ない会話の切れ端を、何度か心の中で反芻したのだった。
「それはそれで、とっても大変なんだと思うわ。人生なんてただでさえ孤独なのに、途方も無い自由に放り出されるなんて。それはもはや、苦行よねぇ」
・・・・・
秋と冬が交差する早朝は肌寒く、けれど真冬の刺すような冷たさとはまた違って、澄んだ空気に包まれている。
東の空がぼんやりと白み、朝が夜を追い払っていく。この瞬間のこの町が、一番好きだ。
住宅街を抜けて公園に足を踏み入れると、大きな池に浮かぶ鴨達の姿が目に付いた。水鳥を数えつつ池に沿って歩くと、やがて遊歩道に入る。その遊歩道には鮮やかな紅葉の絨毯が敷き詰められていて、私の足取りは一層軽くなった。
三年前の私なら、こんな時間に散歩をしている自分も含め、想像すらできなかった景色だろう。
バス通りに出る頃には朝陽がすっかり街を照らしていて、つい早足になった。少しだけ遅れる右足を左足がカバーするものの、二つ目の横断歩道で赤信号に引っかかる。
赤信号の向こう側には、私のお目当てのコンビニとその駐車場。この辺りは駅近との境目なので、車客がこの駐車場を求めて自然と集まって来る。けれど今に限って言えばがら空きで、車は一台も停まっていなかった。
ほら、急ぐ必要なんか無かった。だって、私はただコーヒーを買いに行くだけなのだから。
青になってとぼとぼと横断歩道を渡り店内に入ると、入り口付近にある雑誌の棚に、かつて自分が携わっていた情報誌が並べられていた。デジタル化の波にもまれて月刊では無くなったが、特別号だけはこうしてムック本の形で残っている。
その本棚と、会社員時代の嫌な思い出をまとめて無視し、そのままレジに直行した。電子マネーで支払いを済ませ、南米系らしき名札をつけた店員さんからホットコーヒー用の紙コップを受け取る。
二台あるマシンは一台が清掃中で、もう一台には先客だ。
待ち時間の間、何をするでも無くボンヤリと立ち尽くし、そして自分の順番が回って来て紙コップをセットした、その瞬間。
「おはよう」
私にかけられた言葉では無いと分かっていながらも反射的に声の方を振り向くと、そこには期待通りのツリ目があった。朝陽を背負った作業着姿が眩しい。
彼から挨拶された店員さんが、流暢な日本語で返す。
「おはようございます。アナタ、今日も早いですねぇ、朝からお疲れ様です」
「そっちこそ、夜通し働いてたんじゃねえの? 俺よりよっぽど大変じゃん。夜勤、お疲れ様!!」
明るい声で店員さんをねぎらう彼の目尻に笑いジワが広がり、その強面が一気に崩れる。ああ、この笑顔が見られるなんて、今日はツイているに違いない。神様、気の利いた誕生日プレゼントをありがとう。
勝手に見つめていると、ふいに振り向いた彼と目が合った。
「おはよう」
そのおはようは、今度こそ私にだ。ただの気さくな挨拶なのに、盗み見をしていた気まずさからついペコペコと頭を下げて挨拶を返す。
「お、おはようございます!!」
照れくさくなり、そそくさと店を出ると、駐車場に彼の黒いハイエースが停まっていた。それを横目に、再び軽い足取りになって帰路に着く。
あの人の事を、気になっていないと言えば嘘になる。けれど、お近付きになりたいかと言えば、それはまた別の話だ。
何かの拍子にうっかり距離が縮まって、抱いていたイメージとは違ったと勝手にガッカリするのも、されるのも、まっぴらごめんだ。恋人や妻子の有無だって、わざわざ知りたいとは思わない。
社交的なあの人は、きっとモテる事だろう。三十五歳、いや、今日で三十六歳になった自分が、あの人の目に異性としてどんなふうに映っているかなんて、無意味な想像をして無駄なショックを味わいたくもない。
このままがいい。こうやって、名前すら知らないままに時折挨拶を交わして、あの笑いジワを拝ませてもらいたい。そう、例えば、中高生の女の子が気になる先輩を見かけてパッと世界が明るくなる瞬間のような、そんな気分の切れ端を疑似体験したいだけだ。
そんな事を考えながら自宅まで戻った私は、コーヒーを取り出す事をすっかり忘れていた事に今更気付き、三十六歳初の苦笑いを一人で浮かべた。
仕事のスケジュールは空けていたものの、何やかんやと雑用をこなしているうちに夕方になった。フリーランスの悪い癖だ。
せっかくの誕生日だからといつもより少しだけ丁寧にお化粧をして、それから夜風に耐えられそうな上着を引っ張り出していると、スマホに雨の予報通知が届いた。これからお出かけなのにとがっかりしたが、詳細を見てみると、どうやら通り雨で済むようだ。
折り畳み傘を探していると、開いたままにしていたノートパソコンから呼び出しの通知音が鳴った。千早だ。
『誕生日おめでとう、俺達』
「誕生日おめでとう、私達」
お互いにお祝いの言葉を交わした後、千早が「そっちは今、何時だっけ?」と、寝癖頭を掻きながら言う。朝寝坊をしていたらしい。
「もうすぐ午後五時。ごめん、もう出かけるところなんだ。あずみちゃんと夜遊びしてくるね」
『はい、楽しんできて。でも、くれぐれも夜道は気を付けて』
通話を終わらせてコートを手に取り、軽く羽織って自宅を出発した。あずみちゃんの家は、うちから駅までのちょうど中間にある。
母のバレエ教室の生徒だった大橋あずみちゃんとは、当時はあまり親しくなかったけれど、大人になってから改めて友人になった。
中学二年生の夏にバレエを辞めた私は、それと同時に母の教室に顔を出す事も無くなった。一学年上だったあずみちゃんの方は本格的に進路を決める時期で、彼女の方も私のすぐ後に辞めてしまったのだと、後から人づてに聞いた。
それから会うことも無く時が流れ、私が見切り発車で会社を辞めて恋人とも別れた頃、どうせならもっと家賃が安い土地に引っ込もうと、心機一転、引っ越してきたこの町で偶然の再会を果たしたのだ。
深夜のスーパーで声をかけてきた彼女は、よくよく見れば確かに面影はあったものの、すぐには誰だか分からなかった。何せ、記憶の中の彼女は宝塚の男役さながらの長身美少女だったのに、横幅が倍ほどに膨れ上がっていたのだから。
その昔、バレエ教室の発表会でジュニアクラスの演目が『眠れる森の美女』だった時、主人公のオーロラ姫を演じたあずみちゃんは、金色の刺繍があしらわれたチュチュに負けないほどの輝きを放っていたものだ。
そんな当時の彼女の姿を思い出しながら、現在の彼女が住むマンションの玄関前に到着した。
インターフォンなんて押さなくて良いと本人に言われてはいるものの、一応はピンポンと鳴らし、鍵すら掛けられていない玄関ドアを開ける。
1DKのこの部屋は、玄関とダイニングキッチンが一体化していて、その奥に寝室がある。よくある間取りの、一人で住むには充分な広さの賃貸マンションだ。
しかし彼女の部屋は物であふれかえっていて、常に足の踏み場が無い。
私は勝手に部屋の灯りを点け、この空間で唯一整理整頓されている靴箱の中、備え置きしているマイスリッパを取り出し、その混沌に足を踏み入れた。
オーロラ姫のお城はイバラで覆い尽くされていたが、かつてオーロラ姫だった彼女の寝室もまた、謎の段ボールや紙袋、機能していない大小の棚、衣類の山などなどで覆い隠されているのだ。
それらを巧みに避けながら、あるいは踏みつけながら寝室に近付き、「あずみちゃーん」と声をかけると、混沌の奥でトドのようなシルエットがゆっくりとその巨体を起こした。
「……ああ、花……ごめんごめん、仮眠してた……」
あずみちゃんはそう言って、これまたトドのように大きなあくびを一つすると、「よしっ!」と気合いを入れて立ち上がった。今までベッドで横になっていたとは思えないような、気合いの入ったパンク・ファッションと真っ赤な口紅。
その姿に目を奪われていると、彼女は豊満な胸と体を揺らしながら満面の笑みで張り手を繰り出し、私の身体はあっと言う間に寝室の外に押し戻された。
「ほれほれ、早くうまいもん食べに行くぞ!!」
「やめてよやめて、ここ、狭いんだから」
私は彼女のコミカルな動作にクスクス笑いながら玄関に向かって踵を返し、二人で夜の街に飛び出した。
あずみちゃんからの誕生日プレゼントは焼き肉屋さんの食べ放題で、お腹いっぱいになって再び外に出た頃には、空はすっかり暗くなっていた。
雨は知らないうちに通り過ぎたらしく、地面がずいぶんと湿っていた。鉄板の熱気とお酒でほてった身体を、夜風と湿気が心地よく包む。
「ねぇ、花、今夜は遅くまで大丈夫なんだよね? 良い感じのバーがあるんだけど、これから行かない? 歩きだとちょっと遠いから、一駅だけ電車に乗っちゃおう」
その提案を受け、私達は駅に向かって歩き始めた。
「花ぁ、誕生日おめでとう」
あずみちゃんは道すがら、既に百回は口にしたお祝いの言葉を言って、酔っ払い丸出しでレポーター風のふざけた会話を始めた。
「それではここで、お誕生日の方にインタビューをしてみましょう! 花さん、三十六歳になったご感想は?」
「えー、そうですねー、誕生日も三十六回目ともなると、もはやプロと言うか……うん? あれ、誕生日って、産まれた時が一回目? じゃあ、三十六回目じゃ無くて、三十七回目? いや、誕生記念日の略だから、三十六回目で合ってる?」
おふざけを受ける私もほろ酔いで、同じく酔っ払いらしい話の脱線をさせつつ、何がそんなに面白いのか二人で声に出して笑いながら夜道を進んだ。
三十六歳になった感想はと言えば、その三十六歳を迎えた自分の日常を愛おしく思える私で良かった、という事に尽きる。
浮き足立つような若さは無いけれど、そんな若さ故の無知や焦りで自分を不用意に傷付ける事も無い。幼い頃に思い描いていた将来とは全く違うし、一級品の人間でも無いけれど、人並みに自立し、人並みに駄目で、人並みに頑張っている。
今の自分の事は、なかなか気に入っている。
駅前の通りに差し掛かかると、雑居ビルのエントランスから複数の母娘連れが出てくるところに遭遇した。
きっちりとまとめられたお団子頭の女の子達は、その雰囲気からバレエのレッスン帰りなのだとすぐに分かった。きっと、低学年向けのクラスが終わったところなのだろう。
ああ、可愛らしい。私達にもこんな頃があったな。
ーーーーー踊らないあの子となんて、やっていける自信が無いわ。
ふいに、母の言葉が脳内で再生された。
ああ、もう。最近は無かったから安心してたのに、こんな楽しいタイミングで、最悪だ。
心臓がドキリと強く脈打ち、鼓動が早くなる。そっと胸に手を添え、あずみちゃんにバレないよう小さく深呼吸をしながら千早の笑顔を思い浮かべると、それは徐々に治まった。
「あたし、トイレ。花は?」
「私はいいや」
駅に着いてあずみちゃんの問いに答えつつ、近くにあった自動販売機を覗き込むと、ミネラルウォーターが売り切れだった。水でも飲んで落ち着きたかったのに。
「ホームの方にも自販機あったよね? 喉が渇いたから、先に行ってるね」
一人でホームへ向かうと、週末の喧騒に反してエスカレーターは思いのほか空いていたが、意識して足を鍛えるようにしている私は自然と階段を選択した。
途中、電車が到着したらしく、人の波が一気に階段になだれ込んできた。その迫力に気圧され、階段中央の手すりをつかみ、そのまま手すり沿いに階段を進んだ。
あと少しでホームというところまで登り詰めたころ、年若いサラリーマンが階段を下ってきたが、どうも様子がおかしい。ガラ空きなのに、わざわざ私と向かい合うように突き進んでくる。それも、まるで運動会の行進のように不自然に両手を大きく振りながら。おそらく、相当な酔っぱらいなのだろう。
ご機嫌な彼に道をゆずろうとした、次の瞬間。
その大きく振られていた手からスマホが抜け落ち、反動で宙を舞った。高く高く放り出されたスマホは、どうやら私の頭上に降りかかるらしい。私は、それを他人事のように眺めた。まるで時が止まったのかと思うくらい全てがゆっくりで、遠巻きに沸いている騒めきも含めて、全てが夢の中のようだ。
それを突き破るように、私の背後から男の人の怒号が響いた。
「危ない!!」
そう叫ぶその声は、私の無意識の願望が産んだ幻聴なのか、あの人の声に似ているような気がした。
第二話『落葉樹の王子様』に、続く
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